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第8記 −弱いからこそ成長する(3)−

 蹴りの衝撃はなく、体が地面に着く前に背後から服を掴まれ、そのまま起こされた。


「お見事。ちょいと休憩」


 ラキはそう言うと、少し離れて煙草に火を着けた。エミも一息つき、呼吸を整える。


「今の…お見事だったの?避けきれなかったと思うし、そのあと攻撃されてたら…」


「いんや、今は危ねェと思った攻撃を感じ取れりゃイィ。それプラス、致命打を受けねェよーに動いたから見事ってゆったの。その先はまだ早い」


「な、なるほど〜…」


 実戦経験は少ないエミだが、基礎だけは充実している。教えさえすれば体がついていかないという事はなかった。後は経験を積み、慣れていけば自然に強くなっていく。

 闘いに勝つ事や、誰かに認められる事で自信もつくだろう。明日から予選という事で、良い腕試しの機会でもある。

 それから2人は空腹になるまで訓練をして、予選に備えて早めに部屋に帰る事にした。




………………




「ムリ」


「ぇえ〜…ほんとに〜…?」


 予選当日。

 開催式から帰ったエミは、ラキが出場する試合の時間を伝えた。何となく分かってはいたが、ラキは棄権すると即答した。

 試合は時間で区切られていて、早く終わっても次の試合までは準備調整に時間を使う。試合終了時間になれば有無を言わさず終了し、勝敗が決まっていない場合は両者敗北となる。

 最後に敗者全員が参加できるバトルロイヤルが設けられているのは、1試合目で負けて闘う機会が少なかった者への配慮だ。

 ラキの試合は10時半で、エミは14時。現在の時刻は8時50分だ。

 天候は良好。晴天でとても明るい。闘技場は屋根がないので、太陽光の下で試合が行われるという事だ。


「賞品はどうするの?」


「3位の奴からパクろっかなー」


 ラキは強い光を嫌っている。別に魔族の類いなどではない。ただ嫌いなのだ。

 暗い時間に行動する者は珍しくないが、人間がここまで光を嫌うのは異常と言えるかもしれない。ヴァンパイアだと疑われるのも納得できる。


「私はどうしよう…」


「お前は出りゃいーだろ。つーかさ、3位になったら指輪はパクってやるぞ。指輪のがパクりやすいしな」


「…3位……うんっ、頑張るよ」


 どうやらラキは本当に棄権するようだ。エミに3位の賞品である海殺しを獲得させ、1位の魔導器を盗んで手に入れる事になった。

 感覚が麻痺してきたのか、盗むという非人道的な考えに対し、動揺も反対意見もなかった。どちらかというと、1位より3位を目指す方が現実的だと安堵したくらいだ。


「よっしゃ。って事で試合観に行ってやるから、帽子とサングラス買ってきてー」


「え〜…買い物くらいなら行けるでしょ?一緒に行こうよ」


「死んじゃうじゃん」


「や、やっぱりそうなのっ…!?」


「…やっぱり、とは?」


 冗談を真に受けたエミの真意はお蔵入りとなり、2人は帽子とサングラスを買いに街へ出かけた。

 ラキと旅に出てからこれまで、昼の街を2人で歩くのは初めてかもしれない。外ではラキが目を細め、眠気と光に対してぶつぶつと愚痴をこぼしていた。

 曰く「世界が闇に飲まれればいーのに」だそうだ。そうなればさぞかし寒いんだろうな、とエミは思った。




………………




 闘技場内中心部の試合会場。

 砂などを固めて造った地面に、周りは客席というシンプルな場所だ。ルールによっては遮蔽物や石畳が現れたりもする。

 他にも様々な仕掛けが使われるが、ルールや仕掛けの説明は開始直前まで分からない。


「どきどき…あっ、声に出ちゃった…(どきどきどき…)」


 試合開始10分前。

 控え室の長椅子に腰掛けているエミは、緊張により落ち着きなくそわそわしていた。いつも以上の不安度だ。

 意味不明な独り言を呟いたり、脚を無駄にぶらつかせたり、両手を握りしめたまま胃の辺りをさすっている。


「エミ選手、スタンバイで〜す」


「(は、はいぃ!…あっ、心の中で返事しちゃった…)は、はいっ…」


 不審なエミを気にとめる事なく、係員はドアの横に立つ。エミはそそくさと、そしてぎこちなく会場へ向かう通路に入り込んだ。

 薄暗い通路の先には鉄格子の扉から漏れる明かりが見える。

 歴戦の猛者達の血を啜った重苦しい口が開いた時、少女は生きるか死ぬかの闘いに身を投じるしかないのだ。


「戦争にでも行くのか、お前は」


「うぅ…ラキ…」


 エミが通路を歩いていると、壁際にしゃがんだラキに声をかけられた。ここは眩しくないので、帽子とサングラスは外している。

 ラキは観戦用の客席ではなく、選手入場口手前の横にある小さな部屋で観るらしい。

 元は関係者が使っていた場所で、会場が見渡せるように壁が大きく空いている。客席がある場所から下は結界が弱いため幾分危険なのだが、ラキには関係ないのだろう。


「お前の対戦相手、魔法も魔闘も使えねェみたいよ」


「そ、そうなんだ…」


 買い物から帰って仮眠を取ったあとは姿を見なかったが、どうやら試合相手の調査をしていたようだ。

 相手の情報を聞いたエミは気持ちが楽になり、少し表情が柔らかくなった。


「イィ訓練相手だな。ま、ハクワルは使うなよー」


「ぇえっ!?な、なんでぇ!?」


 魔法が使えないのなら、ハクワルを防ぎきるのは困難だ。だからエミにとって動きを封じる事は大前提だったのだろう。途端に不安の表情へ逆戻りしていた。


「知らねェ奴に使った方が効果的だからだよ。初戦から見せびらかしちゃダメじゃん」


「う…でも、テムルズだけじゃ…」


「魔法弾あるっしょ」


 ラキの言う事はもっともだ。ハクワルの真価は余程の戦力差がない限り奇襲で発揮されるが、知っていれば予測して対処できてしまう。その対処を対処する能力は、まだエミにはないだろう。

 切り札として扱うのが現状では好ましいという事だ。


「不安だよ〜…負けちゃったらどうしよう…あ、そっ、それよりも、死んじゃったらどうしよう…!」


「………ドロンッ」


「はくじょう者ーっ…!」


 頭を抱えて嘆いていたらラキは消えてしまった。エミはラキが居た場所に手を伸ばし、うちひしがれている。

 ラキが向かう場所は限定されているので行こうと思えば行けるのだが、行ってどうにかなる問題でもない。エミは不安を残したまま、諦めて会場へと向かった。

 少し歩き、大きな鉄格子の扉の隙間から会場が見えた。見る限りでは観客で埋め尽くされている訳でもないが、もうすぐ試合という事で会場はざわついており、重量感のある雰囲気が伝わってくる。

 審判席にいる者の声が会場に響き、選手の入場を促した。そしてゆっくりと扉が開き、会場のざわめきが声援へと変わった。

 エミは気を引きしめ、1歩1歩しっかりと地に足を付けて進む。

 審判の1人が試合内容を説明するために会場の中心に立っており、そこまで観客の声援を受けながらたどり着いた。

 続いてエミの対戦相手が入場する番だ。間を置かずに向かい側の扉がゆっくりと開き、初の対人戦の相手が歩いてくる。

 大きい。そして筋骨隆々。身長はラキも見上げる程だ。

 顔を覆い隠さない造りの兜をしているため、その厳めしい表情がはっきりと確認できる。頑強という言葉が違和感なく当てはまるしかめっ面が闘いの雰囲気に拍車をかけていた。

 重そうな防具は所々が空いていて、歩くたびに発達した筋肉が脈動しているのがわかる。

 背負っている斧のような片刃の剣は、使い古されて金属としての輝きを放っていない。

 エミは思った。名は体を表すと言うが、あれは確実に嘘だ。


「エミ選手、ロミオ選手、前へ」


 ロミオ。何故あなたはロミオなのか、全くもって理解できない。


「試合は縦横20mの石畳上で行う、30分間のポイント制フルファイトです。ルールはポイントを取る事であり、相手を気絶させたり死亡させるなど、打倒する事ではありません。有効打や致命打を与える事でポイントが増えますが、その判断は私を含む5人の審判に任されます。石畳上から出てしまえば減点となります。では始めます」


「わ、ちょちょ…ちょっと!待ってくださいっ!」


 審判席へ確認するために視線を巡らせようとした審判を、エミは必死に止めた。審判は淡白な態度で振り向く。


「すっ、少し…あの、時間をください…!」


「…急いでくださいね」


 審判は眉をひそめたが、少し考えてから許可した。

 エミは頭を下げると、猛ダッシュでラキのもとへ向かった。入場してきた扉の数m左に、サングラスをかけたラキの姿が薄く見えた。窓の外に肘を出して顎を乗せている。

 部屋の中へ飛び込みそうな勢いで近づくと、悲愴な表情で崩れ落ちた。


「ラ、ラキっ…私、あんな筋肉もりんもりんに勝てないよ〜…」


 エミの絶望的な様子にもラキは顔色1つ変えず、シャトルラテを飲みながらサングラスを外した。

 部屋の中には椅子と小さなテーブルがあり、テーブルの上には数個のシャトルラテと煙草が置いてある。


「落ち着け。相手は魔法使えねェダルマだ。圧倒的にお前が有利なんだよ?」


「…でも…むりだよ…私の魔法じゃ、鎧にも筋肉にも通じないよ……っていうかあれが鎧なのか筋肉なのか…鎧がむきんむきんだし…」


 エミはひどく取り乱していた。ロミオの風貌に圧倒され、怖じ気づいてしまったのだろう。


「まぁコレでも飲め」


 ラキが持っていたシャトルラテを渡され、エミは悲愴な表情のまま、その残りを全て吸い取った。ずびずびとストローが鳴いている。


「肉モリマッチョマンの変人でも痛がる部分はある。痛けりゃ倒れるし、殺せば死ぬんだよ。混乱すんな。ほれ行け」


「うん……」


 不安が消えた訳ではないが、少しだけ冷静になる事ができた。

 振り向いた時にはすでに石畳が現れており、エミは開始を待つ者達がいる舞台へと上がっていく。

 対戦相手のロミオは何も言わず、ただ黙って立っていた。その闘士は萎える事なくエミを圧倒してくる。


「それでは、始めます」


 審判は2人から距離を取り、4方向の審判席へ目で確認をする。そしてついに、試合開始の合図とともにエミの初陣が始まった。


「うおぉぉぉああぁッ!!!!」


 開始と同時に、観客の声を上回る声量で雄叫びを上げながら、対戦相手のロミオが突進してきた。剣を横に構え、重い鎧が鈍い音を立てて向かってくる。

 エミはその戦車のような突進に一瞬気圧されたが、まずは落ち着いて動きを見る。

 重い鎧を纏っているのに動きは意外に速く、軸もしっかりしていてブレがない。おそらく、突進するだけの相手ではない。

 エミはまず横へ動き、相手の右側を取るように移動した。移動と同時に魔法弾を脚へ放つ。


「ふっ!ッどりゃあ!」


 ロミオは足を捌き、方向を変えながら魔法弾を跳び避けた。そのままエミへ剣を降り下ろす。

 寸前で回避するも、重い剣風のせいで体勢を崩してしまう。体勢が整うまで相手が待つはずもなく、発達した筋肉をさらに膨張させて左から右に剣を薙いだ。

 エミは攻撃を迎え撃つため、すでに魔力をできる限り集めていた。

 魔力隠術の余裕はなく、体を巡る魔力によって光が漏れている。光が見えていても構わず向かってくるロミオの剛剣に、両手を向けて魔力を爆発させた。


「ぐぉッ…!」


「ぅわあっ!」


 ロミオは剣を振り切れずに仰け反り、エミは尻もちをついた。

 エミが放ったのは魔法弾。あの筋肉から繰り出される剣撃を防げる強さの『テムルズ』は間に合わないので、魔法弾をぶつけたのだ。

 剣の衝撃は相殺できなかったが、エミ自身、無傷でいられるとは思っていなかった。体勢が崩れていなければ持ちこたえて追撃も可能だったかもしれない。

 エミが立ち上がって身構えると、ロミオは剣を前に構えて様子を窺うようにじりじりと移動する。

 警戒している。エミの魔法弾に攻撃を弾かれた事で、次にどう動くべきか考えているのだ。

 それに便乗してエミも戦法を考える。相手が怯んだからといって、ただ魔法弾を放つだけでは駄目だ。

 相手の鎧は肌が見えている部分がある。その部分を狙って強い魔法弾を撃ってみるか、構わず数多く撃つか。逆に接近して至近距離から撃つという手もある。それならば鎧の上からでもダメージは与えられるはずだが、近距離の戦闘では圧倒的にエミが不利だろう。本来、魔法士は距離を取って味方の後方で立ち回るものなのだ。なかなか決定的な策が思い浮かばないまま、時間だけが過ぎていく。

 経験の浅いエミとは違い、ロミオは作戦がまとまったようだ。剣を肩に担ぎ、体勢を低くして突っ込んでくる。先程の突進とは明らかに違う。

 そこでエミは見えてしまった。危険信号だ。

 どう動いても次の一手で不利な状況になる。その次や、そのまた次も、エミの技術では危機を回避できそうにない事を、直感が告げていた。


「邪を払い、魔を退け、悪を屈す!」


 エミはロミオに勝つ事はできない。良い策も浮かばず、圧倒的な力もない。

 それならば、何も考えずにただ暴れ、その危機を根底から吹き飛ばす。砕けても無理矢理にぶつかり抜ける。

 土壇場でエミの意志は固まった。戦略を捨て、自分にできる全ての力を思いきり使ってやると、腹を据えて臨む。

 魔力の流れを感じ取りながら詠唱を口に出す。精神は最高潮に達し、これまでにない会心の魔法が出来上がった。大量の魔心が削れていくのが分かる。

 体からは魔力の光が溢れ、ルビフェンヌも呼応するように輝いていた。


「−−テムルズっ!!」


 魔法を発動したエミを中心に、薄い光の膜が広がった。その範囲も強さも今までで最高だった。

 頑丈な造りの石畳さえも勢いよく亀裂が入り、破片が吹き飛ばされた。

だが、ロミオは発動の寸前に方向を変え、転がりながら距離を取っていた。テムルズが消えると同時に、剣を切り上げる構えで向かってくる。

 エミは両手に魔力を集め、体の右側を向けて構えた。ラキと同じ構えだ。

 その瞳に落胆や絶望の色はない。相手を見据え、闘志をぶつけるように強い輝きを放っている。

 そんなエミを見て、ロミオの口端が一瞬上がったような気がした。

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