第8記 −弱いからこそ成長する(2)−
冒険ギルドに着いた2人は、早速掲示板を眺める。討伐依頼は無いが、これから更新される依頼などもあるかもしれないので、確認のため受付に顔を出した。
エミはすっかり顔馴染みになった受付員と挨拶を交わし、キャットタグを見せて討伐依頼の有無を聞いた。が、答えはNOだった。なんでも、近々闘技場でイベントがあるらしく、その裏方の依頼か、街の中の簡単な依頼しか届かないのだそうだ。
魔導器を試すために魔物を狩るなら、依頼を請ければ一石二鳥だと思っていたのだが、無い物ねだりをしても何も解決はしない。エミは諦めて、近場で魔物が出る所へ行こうかと考える。そこに、受付員が提案を出した。その提案とは、闘いたいなら闘技場のイベントに参加してみては、というものだった。
闘技会への参加は前々からラキが頑なに拒絶していたので、受付員には適当に感謝の言葉を述べ、空になったシャトルラテの容器を捨てて冒険ギルドを出た。
結局、近場の洞窟にでも潜り、浅い階層にいる基本的に無害な魔物を痛めつけて楽しむ事になった。ついでに闘技場のイベントがどんなものかを見るため、2人は闘技場の前を通って街門へ向かおうと歩き出した。
「ラキは強いのに、なんで闘技会に参加しないの?」
「殺せるのと強いのとじゃ、全然ちげぇのよ」
「…えぇと?強いわけじゃないってこと?」
「そゆこと」
「ふ〜ん…」
エミには違いがよく分からなかった。だが、ラキはこれまでの戦闘でまともな闘いをした事がない。
正々堂々の闘いが苦手だと言っていたのは間違いないようで、戦闘で優先するのが逃げる事や隠れる事なのだ。
エミが戦闘の指導を願い出ても、避ける動作や防ぐ技術などしか教えてくれなかった。だが、そのお陰で魔法の新しい使い方も覚え、戦闘に関して大きく成長したと言える。
エミにはラキが弱いなどとは到底思えなかった。物語に登場する人物だとして、物語の均衡を崩すほどの力を持っているのだから、闘技会に出場すれば必ず良い結果を残せるはずだ。
そんな事を考えながら歩いていると、もう闘技場の前に通りかかっていた。イベントの詳細が書かれた貼り紙が大きな掲示板に張り出されている。
エミは小走りで近付いていく。そのちょこまかとした姿は小動物のようだった。そして、イベントの詳細よりも先に、ある物に目を奪われていた。
「ま、魔導器だ〜っ!1位!賞品!トーナメント式!」
でかでかと張り出された紙には、これまたでかでかと賞品の写真が載っていた。エミの顔は少しずつ上へ向いていき、最終的にイベント詳細まで到達した。
「魔導器なら、盗みたてホヤホヤのがあるだろ」
後から追い付いたラキが、危険極まりない言葉を投げかけてきた。エミは挙動不審になりながら周囲を確認する。
「わっ、わ〜!やめてよ〜…」
「アンタの欲は底無しか!悪いお人やでぇ!」
「うわぁ〜あ〜ぁ〜…!」
わざとらしく悪役を演じているようなラキに、エミは耳を塞いで唸った。
ラキはへらへら笑いながら掲示板に目を向ける。そして気になるものを発見し、疑問の表情を浮かべた。
「精霊魔力装工・海殺しセット?何だこりゃ」
ラキが見ている賞品の写真には、小さな半透明の石と大きな魔力石、その横に紙切れが写されている。エミに答えを求めてふと見ると、まだ耳を塞いで唸っていた。
「…せーれーあれこれセットーーー何だこりゃーー」
「むぎゅぐぅ〜っ!?」
ラキは光の無い据わった瞳でエミの頬を鷲掴み、同じ言葉を繰り返した。ある程度エミを暴れさせた後、頬から手を離す。
エミは頬をさすりながら、涙が滲んだ目で賞品を見た。
「…精霊の力を服とかに付け加えるんだよ……これが精霊石と魔力石で、この紙は装工費の無料券だね…」
「ほほぉん…海殺しってのは?」
「え〜っと、メーカーさんがつけた名前。たしかね…海の上に家を建てたら、水を弾きすぎて少しずつ沈んでいっちゃう…っていうCMがあったの。そんなことしてたら、海の底に水がなくなっちゃうからね」
「総じて人殺しだな」
「ネットでずいぶん批判されてたみたいだよ。使い道が少なくて魅力を感じないし、値段も高いからあんまり売れなかったみたい」
「世界を沈めるテロ道具に、関心も大金も出したくねェだろーな」
「ラキはこれに興味あるの?」
「当然だ」
ラキの興味を惹いた海殺しは、水の精霊の力を付加し、防水性にするという魔力装工の材料らしい。上手くすれば水上を歩く事もでき、氷の上も滑らずに移動できる優れものだ。付加した効果は半永久的だが、装工屋で効果を消し去る事もできる。
しかし、一時的な防水効果をもたらす道具がすでに安価で市場に出回っていたため、あまり需要がなかったようだ。今は廃品となっている。
「3位、締め切り明日、闘技大会選抜技量披露会なげぇよ」
「…えっ?ラキ、出るの?」
「3位に、オイラはなる」
ラキは3位の賞品を獲得するため、闘技大会選抜技量披露会(通称、予選)に出場しようと考えていた。
予選は年に1度開催される闘技大会の出場者を選抜する行事だ。
形式としてはトーナメントで行われ、位付けはあるが上位の者が選抜されるという訳ではなく、あくまで技量を見極める為の闘技会である。
闘技大会とは違い、特別ルールの趣向を凝らした試合もある。ルールといってもここは闘技場。基本的に相手を打ち負かすのは当然の事で、殺さずのルールであっても死者は出る。
「そ、それならラキが1位取ってよ!私は頑張って3位取るから!ねっ?」
「やだよ」
「え〜〜〜…」
「参加申請してこよーっと」
「あ、ま、待って!…い、1位に…私だってなる〜!」
闘いが苦手な2人が、賞品に目が眩んであっさり出場を決めてしまった。募集の締め切りは明日までだが、勢いに任せて早々と申請を済ませた。
予選の開催は3日後。2人は試合に備え、武具の調整や新調をする事にした。
ラキの今の格好は、防御性も無く魔力も無い普通の服。これまでは隠密行動に頼ってきたが、試合となればそうもいかないだろう。
エミの格好は薄手ながらも丈夫で魔法にも強く、実は希少素材を使った自作品なのだ。中等部に上がった時におばさんから素材を贈られ、3ヵ月かけて作ったエミの一張羅だ。
2人とも替えの服は一応持っているのだが、洗濯中以外の時に着た事はない。
ちなみに、服のようなかさばる物をどこに持っているのか不思議に思うだろうが、もちろん常に持ち歩いている訳ではない。魔法力倉庫という、個人用の預かり所が各街にある。倉庫の空間は保存されているので、別の街でも引き出す事ができる。
銀行と同様に手数料を取られるが、設定された容量以内であれば何でも預ける事ができ、登録の手続きは身分証の提示と名義を記すだけなのだ。加えて、キャットタグを提示すると手数料が格安になる。何かと持ち物がかさばる冒険者の為の仕組みだ。
ともあれ2人は試行錯誤し、ニュースタイルに変身を遂げたのだった。
………………
「じゃじゃ〜ん♪どぉどぉ、似合うかなっ」
エミは満面の笑みで両手を高く挙げた。
ワンピースのように繋がっていた服が上下に分かれ、スカート状だった下部分が半ズボン状になっている。つまり、元の服を動きやすくするために加工していた。
「クールビズからクールビズになったな」
ラキの反応は薄かった。早くも選手交替。
………………
「ジャジャーン。どーよコレ」
ラキは自慢気な表情で両手を大きく広げた。
服の裾を少し上げて黒いベルトを見せている。つまり、新しいベルトを買ったのだ。
「うん、黒いね」
エミの反応は薄かった。
こうしてニュースタイルの披露は終わった。納得のいく格好に満足した2人であった。
そして予選前日の夜。
エミは予選の大まかなルールを予習し、魔法と体術の訓練を欠かさず行っていた。
盗んだ魔導器−−ルビフェンヌでの試し撃ちではラキが被験者になってくれた。魔物より修行になるだろうと、いつもの悪どい笑顔で申し出たのだ。
ルビフェンヌを装備してからの魔法は革命とも言える変化で、魔導器の無い状態と比べて別人のようだった。
予選を目前にした2人は、街や街道から離れた平野に来ていた。他の冒険者も見当たらず好戦的な魔物も少ないので、エミの訓練によく使っている場所だ。
「明日が試合だからって、特別な事はしねェからな。ただ、今回から少しずつ実戦に近くしてくよ」
エミが戦闘の指導をラキに頼んだ時、初めは全く乗り気ではなかった。回避か防御をしろと指示し、小ナイフを投げるだけだったのだ。だが、回数を重ねる毎にエミの魔法や体術に意見を出し、提案するようになっていった。
ラキの教えは的確で無駄がなく、とても分かりやすい。しかしそれ以上にエミは覚えが早かった。
今まで基礎ばかりに努力を費やし、応用への架け橋が無かったのだ。エミにとってラキは良い架け橋となり、どんどん成長していった。
訓練を続けるうち新たな魔力の使い方を発見し、新しい魔法も出来た。
「ついに実戦ですねっ、師匠っ!」
「死を覚悟したまえ」
「いやぁぁぁっ…!」
これから行われるのはあくまで訓練だ。
「オイラがテキトーに攻めるから、お前は全力で防衛な。方法は自由」
「わかりましたっ」
エミが了承した瞬間、訓練は始まった。
ラキは小ナイフを斜め上に1本、前方直線に1本投げた。エミは上の小ナイフを見てから横にステップし、直線で向かってくる小ナイフを躱す。すでにラキは消えていた。
しっかり見ていれば移動する位置を予測する事もできるのだが、一瞬でも目を離してしまうと途端に難しくなる。
エミはラキの姿を捉える事を諦め、魔力を集める。
「ほい」
ラキの声がした方に目をやると、小ナイフが飛んできた。エミはすぐさま『ハクワル』を発動し、光のナイフが小ナイフを貫く。
詠唱も呪文も唱えていないので、威力は格段に低い。それでも、エミはルビフェンヌが無ければ唱えずに発動する事ができなかったのだから、魔法士の必需品と言われているのがよく分かる。
勢いよく回転していた小ナイフが宙に浮いたままピタリと止まり、すぐに光が消えて地面に落ちた。
ここまでは問題ない。立体的に位置を測る事ができていなかったエミに、ラキが教えてきた事が実になっている。
以前は対象を正面から見て『ハクワル』を発動していたが、正面から見ればただの線であるナイフは捉えにくい。だが、横から見れば面は広がり、回転しているのなら軸も分かる。対象を空間ごと把握し、形を立体的に分析するのだ。
エミは、指定した場所に発動する『ハクワル』を前方に放出するように使っていたため、ヴェネとの闘いで簡単に読まれたのだ。もちろん圧倒的な力の差があったというのが1番の理由だが、実力の差は技術と工夫で補える。
元々『ハクワル』は、消えては現れ、敵を刺し貫くラキをイメージして作った魔法だ。単調な使い方では真の効果は発揮されない。
エミは訓練の中で『ハクワル』の使い方をより効率よく応用できるようになっていったのだ。
「ヒハハ!」
見えていない間に、ラキは間近に迫ってきていた。その手には何も持っていない。接近して格闘し、魔法を使いにくくしようとしている。
エミは魔力を集める最低限の集中力を欠かさず、横向きの態勢で構えた。
それを見てラキは右足で地面を強く踏み、勢いを緩ませてから小ナイフを投げる。足下に向かって投げられたナイフを、エミは咄嗟に足を捌いて躱す。同時にラキが左足で地面を蹴り、勢いを取り戻した。
エミは後退しながらできる限り魔力を集め、攻撃に備える。
そこに忍ばない音が聞こえた。目の前には土と一緒に鉄色の刃物が光っている。エミが躱した小ナイフを、ラキが地面ごと蹴り上げたのだ。
エミは目を細めながら魔法を発動した。自身の内側から外側に向けて白い光が広がっていき、押し出すように周囲に結界を張る魔法だ。
新たに習得したこの魔法を『テムルズ』と名付けた。これはラキの一言から閃きを得たもので、動きを止められるのなら膜のように張れば防げるだろうと、安易に口走った事がきっかけだった。しかし『ハクワル』は対象を貫かなければ効果がなく、それ自体はすり抜けてしまう。
きっかけを無駄にせず、2人の試行錯誤の末に出来上がったのが『テムルズ』だ。
維持するのが難しく、今はまだ一瞬しか出せないが防御能力は高い。むしろ瞬間的には攻撃としても成り立つ優秀な魔法なのだ。
結界によって土とナイフは勢いよく弾き返され、エミに届く事はなかった。ここでまた、ラキの姿が見えなくなる…と思ったら、すぐに現れた。
横から影のように浮かび上がり、両手に釵を持って迫る。
「く、ぅ、むむぅっ!」
釵を持ったラキの多彩な攻撃。右手や左手だけでなく、足も攻撃に参加させている。エミはそれを、歯を食いしばり汗を飛ばしながら必死に防いでいた。
エミの両手には薄い赤色の光が見える。自身の魔力を放出する初歩的な魔法、魔法弾だ。それを放出せずに現出・循環させ、留める事で体術の補助として使っているのだ。
しかしこれはあくまで魔法弾であり、攻撃に使う力の塊だ。衝撃を無効化できる訳ではない。受けている手は当然痛い。
金属の武器と打ち合うという芸当は、ルビフェンヌがあっても今のエミには難しい技術かもしれない。
弾けるような音が響き、攻防が続く。ラキは呼吸も乱れず、汗もかいていない。
「♪」
止まらない攻防で集中力がほんの一瞬欠け、防御に穴ができた。ペースを崩されたエミに、ラキの蹴りが潜り込む。
完全に防ぐのは不可能だと悟り、エミは破れかぶれで体を横に倒し、両足を浮かせて衝撃を受け流すために地面へ倒れ込もうとした。
「ぐっ…!う…」
エミが小さく呻く。




