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第7記 −罠と盾(4)−

 サリーは大きく息をつき、冷静さを取り戻した。そして、場違いな空気にしてしまった事を申し訳なく思いながら、爽やかな笑顔で吹き飛ばした。


「俺はハタチだよ。エルフとしては生まれたての赤ん坊さ。あ、エミちゃんは、歳上の男は嫌い?」


「えっ…いや、そ、そんなことは…」


「そりゃ良かった!俺もエミちゃんみたいな可愛い娘なら、種族とか歳なんて気にしないからさ♪」


「サリータコンプレックス」


「うっせーよ!!サリコンって意味わかんねーよ!つーかお前だって、どうせ俺と同じくらいだろうが!」


 場の空気は一瞬で和んでいた。エミの機転の賜物だ。ちなみにラキは、最初から特に張り詰めてもいなかった。




………………




 その後は敵に見つかる事なく探索を続け、合計6つの宝石を手に入れた。

 6つ目の宝石を手に入れてからは新しい発見もなく、残すは更に地下へと向かう階段のみ。

 階段の近くには、魔物が2匹徘徊している。闘う事も考えたが、他の魔物に気付かれてしまうかもしれないし、ここまで来たら最後までかいくぐってやるのも面白いという話になっていた。

 確実な仕事を求められる囮役をラキが巧みにこなし、その隙に2人が階段へ潜り込んだ。

 警戒はしていたが魔物の気配もなく、階段は長く真っ直ぐに、下へ下へと続いている。後からラキが追いついてきたようだが、相変わらず姿が薄くて確認しづらい。

 壁にかかった松明が道を照らし、3人分の影がどんどん下っていく。

 長かった冒険の末、先に小さく見える松明の集まりが道の終わりを示していた。


「あれ?クリアかな?」


 6つの窪みが円形に出来ている扉を前にして、エミが疑問を口に出す。


「まさかでしょ」


 そう言ってサリーは、エミが持っている宝石を扉の窪みに入れるよう指を差す。

 今まで手に入れた宝石をはめ込み、6つの窪みが全て宝石で埋められた。はめ込まれた宝石同士の光が繋がり、六芒星を形成する。そして、重い音を立てて扉が開いた。

 扉の先に見えるのは、1つの大きな魔法陣が描かれた広い部屋だった。3人はゆっくりと扉を抜ける。

 見上げると、高い天井から鎖で吊り下げられた小さめの檻が複数見える。檻には何も入っていないが、血が付着して錆びた檻は妙に現実的で気味が悪い。

 3人が部屋に入った途端ごりごりと音を立てて扉が閉まり、部屋の魔法陣が心臓の鼓動のように明滅し始めた。


「やっと俺の得意分野が来そうだぜ」


「強制戦闘…こーゆー展開にはウンザリだよ」


「わ、私は…足手まといだと思うんだけど…」


 異様な雰囲気が部屋を支配し、静寂の中で3人の会話だけが響く。


「エミちゃんは俺が守るから、安心していいよ♪」


「ハッ、騎士は盾なりってか。ま、姫を危険に晒すことしかできねェ厄病神だけどな」


「けっ!危険を先んじて排除する忍者は罠ってとこか。でもその罠は姫も殺す。死神だな」


 エミの耳には、2人の会話は入っていなかった。現れた魔物に驚愕していたのだ。

 雪のように白い肌、血を思わせる真っ赤な目。黒く長いマントで顔以外を覆い隠した生き血を啜る者。吸血族のヴァンパイアだ。


「…いきなり厄介な奴が出てきやがったぜ。エミちゃん、常に結界の準備ね。なるべく目は見ないように」


「は、はいっ…」


 予想以上に危険な敵が現れ、サリーはエミに指示して身構えた。

 ヴァンパイアは静かに敵を見定め、突然右手を横に払った。すると黒い風が巻き起こり2人を襲う。素早く散開し、態勢を整えた。

 吸血族の能力は異質で、最も魔族に近いと言われている。他種族には習得が不可能な天性の力が多いのだ。

 その中でよく知られているものは、相手を魅了し、一時的に意のままに操る魔眼。そして、噛んだ相手を吸血鬼に変化させ、自分の配下にしてしまう外道の力。特殊で強い力なので、かかってしまうと抗う事は非常に困難だ。

 サリーはラキにも警告しようとしたが、どこにもラキの姿が見えない。仕方なく諦め、闘いに集中する事にした。

 2人はヴァンパイアを中心に移動しながら様子を窺う。赤い目が2人の動向を監察している。

 標的を定め、現れた場所から1歩も動かなかったヴァンパイアが動いた。飛ぶように移動し、サリーの元へ向かっていく。左手からは、先程と同じ黒い気が発せられている。

 避けられない速さではない。サリーは横に跳び退き、準備していた魔法を放つ。

 ヴァンパイアが左手を振るった場所には、黒い煙が立っていた。


「アグナ!」


 液体のような炎が弾け、ヴァンパイアは炎に包まれる。しかし怯みはしたものの、ヴァンパイアから一際強い力が発せられ、炎は一瞬でかき消されてしまった。


「さすがに楽勝は無理か」


 サリーが呟いて体勢を整えると、ヴァンパイアの両腕と両足を光が貫いた。エミの『ハクワル』だ。


「う、動きは封じました!長くは持ちません!」


 サリーが交戦している隙に、魔力を練っていたのだろう。

 ヴァンパイアはもがいているが、光のナイフに貫かれた箇所は全く動かせないでいる。サリーはニヤリと口元を歪ませた。


「悲観する必要ねぇじゃん」


 凄い魔法だと、サリーは素直に感心した。

 気持ちを切り替え、両手に魔力を集める。魔力の光が身体を輝かせ、ヴァンパイアに詰め寄る。

 ここでエミの『ハクワル』が解けてしまい、牙を剥き出して攻撃を仕掛けてきた。しかし、すでに充分な時間を稼いでくれた。

 左手の攻撃をかいくぐり、懐に潜り込んで左拳を突くと、ヴァンパイアの体は小さく痙攣する。すかさず腰に溜めた右拳を、心臓目がけて突き出した。


「破城一拳ッ!!」


 その一撃は凄まじかった。衝撃でサリーの足元や打った方向の地面一帯にひびが入っている。

 ヴァンパイアは枯れ木のように吹き飛び、壁に激突した。

 崩れ落ちたヴァンパイアの近くに、しゃがんで煙草をふかしているラキがいた。目が合うと、ラキは爽やかに笑いかけてきた。


「…なぁぁぁにやってんだよ、お前!!呑気に一服してんじゃねぇ!!」


「いやガチンコバトルとかホント忍びねェから」


 ラキは悪びれもせずに答え、煙草を捨てて歩き出した。

 これまでの旅で慣れているエミは、気にとめずサリーの元へ駆け寄り、先程の技を褒め称えた。


「サリーさん、今のすごいですね〜!」


「あぁ、ありがとう。師匠の十八番なんだ。昔、あれで城を壊したって言ってたからね。それに比べたら、俺のなんて全然だけど」


「し、城を…ふぇ〜…」


「っていうかエミちゃんこそ、あんな凄い魔法使えるんだから、びっくりしたぜ。相手を縛ったり覆ったりする拘束魔法なら知ってるけど、エミちゃんのは貫いて動けなくしてたじゃん。あんな魔法あるんだなぁ」


「いえ、えへへ…ありがとうございます」


 2人はお互いの見事な技を誉め合い、一息ついていた。だが、気を抜くのは少し早かった。

 壁際でのそりと動く影に気付き、2人はそれに目を向ける。禍々しい雰囲気を纏った光る目が覗いていた。

 ヴァンパイアはまだ生きていたのだ。しかし、気付いた時には遅かった。

 どす黒い紫に変色したヴァンパイアの瞳を直視してしまった2人は、体の自由が利かなくなっていく。こちらに向かって歩いていたラキも、後ろを振り返った。


「ラキ…!振り向くな…!」


 その警告も遅かった。振り向いたと同時にぴたりと動きが止まり、何の反応も返らなくなってしまう。

 頭が痛み、息が苦しい。抵抗しても苦痛を味わうだけで、そのうち意識を失ってしまう。そうなれば、仲間を手にかける事も、血を吸われる事も敵の思うがままだ。

 ヴァンパイアがゆっくりとこちらに近付いてくる。エミは朦朧とする意識で、役に立てない自分を情けなく思った。が…辺りは一瞬で、殺意と悪意に満ちた。

 ヴァンパイアの禍々しい気配が、まるで子供の遊びのように感じられた。悪寒と恐怖感が心身を襲い、痛いほどに鳥肌が立つ。

 サリーとエミは目を疑った。ヴァンパイアの首に、ナイフを刺すラキの後ろ姿が見えるのだ。そのまま足をかけ仰向けに倒し、首を踏みつけて両目を刺した。何度も、楽しそうに何度も刺していた。

 ラキがナイフを振り下ろす度に、ヴァンパイアの体は痙攣して跳ねていた。


「ヒハハハ!ヒハハハハハハ!」


 いつまでそうしていたかは分からないが、刺しているうちにヴァンパイアは跡形もなく消えた。

 現実でも絶命した後しばらく経つと消滅する魔物がいる。ヴァンパイアの死体が消えるという話は聞いた事がないので、訓練だからだろう。

 ここでやっと、これが訓練だという事を思い出した。


「……鬼だ」


「………」


 サリーは初めて見る人ならざる存在に、率直な恐怖感を口にした。エミは身を震わせるしかなかった。幸いだったのは、ラキが2人に背を向けた状態だった事だろう。

 そのあとラキも加わり、3人は今度こそ一息ついた。

 ラキがなぜ魔眼に支配されなかったのか。それは単純に、目を合わせなかったからだと思われる。普段から誰とも目を合わせようとしない癖が、こんなところで役に立ったという事だ。


「これで終わりってワケでもねェんだろーなァ」


「だろうな。次はちゃんと参加しろよ?」


「ドロンッ」


「あっ、てめ!…また消えやがった。何なんだ忍者ってのは…」


「それがラキなんですよ〜」


「…エミちゃん、あんなのがいいの?」


「え…?いや…い、いぃとか、そういうことでは…」


「あれのどこがいいの?」


「ドロンパッ」


「うぉおっ!?」


「そーゆー話やめよーぜぇ。ムシズが走る」


「ふん…これが普通の男女の会話なんだよ」


「スケチビが強くなる会話してくんない?」


 会話の途中だったが、サリーが答える間もなく、新たな敵が姿を現す。例のごとく、ラキは消えた。

 2人は気を引き締めて戦闘態勢に入った。




………………




 モンスターラッシュは死ぬほど難関だった。理不尽といっても決して過言ではない。

 3人は惜しくも続行不可能となってしまい達成はできなかったものの、訓練の成果は上々だった。

 意外にも、エミは身のこなしが良く、体術も多少の心得があるようだ。昔とは違い、魔法士の学校にも体術を教える講義があるらしい。

 訓練が終わり、受付へ料金の支払いに行くと、訓練の成績表を全員分渡された。失った生命力や発動させた罠の数、倒した魔物の数、死亡数など、その他にも細かい記録を数値化した紙だ。

 受付員は驚いていた。若い3人が最高難易度で、しかもこの記録は見た事がないと。


「もう、記録が間違ってるのかと思いましたよー」


 受付員は笑顔で語るが、最高難易度でも聞いた通りの難しさはなかったように思う。最後の部屋のモンスターラッシュ以外は、熟練冒険者なら問題なく進めるのではないだろうか。エミは不思議に思いながら、表を見てみる。

 自分としては良い結果とは言えない数値だった。自分が凄いからではなく、他2人が凄いから自分があやかったという数値だ。

 その中でふと目についたのは、発動させた罠の欄だった。軽く2桁の数値が記録されている。

 エミは毒矢以外の罠にかかった覚えがなかったので、他の評価対象と数値が入れ違っているのだと結論付けた。

 特に取っておく必要もないので、3人は成績表を破棄する事にした。サリーはざっと見て捨て、ラキは結果を見もせずに捨てていた。


「まぁ…いい訓練だったな。楽しかったぜ」


「私も楽しかったです。お世話になりました」


 訓練場を出て、サリーとエミが挨拶を交わす。外はまだ暗いが、大分時間が経っていた。


「番号交換できないのが残念だけど、エミちゃんとはまた会えそうだ。今度は2人だけで遊ぼうね」


 爽やかな笑顔で言うサリーに、エミは照れながら笑った。


「お前は女の子にもっと優しくしろ」


「ん、分かった」


 ラキは適当に答え、さっさと帰れというように手を振りながら答えた。

 最初から最後まで憎たらしい態度に、サリーは唾でも吐きそうな表情で去っていった。


「また2人になっちゃったね〜」


 サリーが去った後、しばらく立ち尽くしていたエミが呟く。ラキは興味なさそうに無視し、腹を押さえて立ち上がった。


「ハラ減った。ピッツァ食べよーぜ」


「うんっ。あ、でも闘技場は?」


「今日の夜にしよーよ。食べ終わる頃には明るくなってんぞ、コレ」


「そうだね〜。急ぐ必要もないしね」


「そゆこと」


 レイノスへ来て数時間。まだまだ先は長いという事で、2人はピザとラザニアの店“ピッツァーニャ”へと向かって歩いていった。

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