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第7記 −罠と盾(3)−


「あ、ありえねぇ…魔力がどんな作用してんだよ…」


 魔力の作用については魔力総学という分野なので、中等部のエミには難しい話だった。そんな単語が素で出てしまうあたり、サリーは自称した通りの秀才のようだ。


「効果は3秒くらい。そっちからすると0.1秒とかかな」


「…忍者って、すげぇんだな…」


 何だか分からないうちに、サリーは納得していた。というより、分からないから仕方なく追究を諦めたのだろう。

 頭が良いのか悪いのか、とりあえず面倒な事態は避けられた。エミはほっと安堵の息を漏らし、サリーから離れた所へラキを連れ出す。そして、サリーに聞こえないよう声を抑えて話した。


「バレちゃっても良かったの…?」


「いんや、面倒だから隠すよ」


「じ、じゃあなんで…」


「スゴすぎりゃ、逆に理解が及ばねェもんだ。アレね、美術館の面接の時に試してみたんだよ」


 ラキは悪どい笑みを浮かべていた。

 確かにヴェネとの闘いで、ラキの横へ素早く移動したヴェネは気付けば音も無く倒れていた。その時にはすでに使いこなしていたのだ。

 不思議には思っていたが、これで謎が解けた。


「ま、お前には教えとくべきだったかもな。悪かったよ」


 突然ラキが謝ったので、エミは驚いた。謝った事もそうだが、エミを限定した言葉だった事が大きく心に残る。


「へっ?な、なんで…?」


「小僧も納得したし、ぺちゃくちゃ喋んのも見せびらかすのも疲れた。コレっきりねー」


 話は終わりというように、ラキはエミの背中を押してサリーの元へ戻る。

 エミは気になって仕方なかったが、ラキは絶対に答えないだろう。そして、もう1度聞けば殺される。エミは身震いした。


「仲がよろしいことで」


 2人が戻るとサリーが軽口を叩く。ラキは鼻で笑い、3人は再び探索を開始した。

 それからずいぶん歩いたのだが、これといった変化はなかった。強いて言えば、罠が少し多いと感じるくらいだ。


「難易度10って見かけ倒しだな。俺はもっとガンガン鍛えたいのに」


 サリーは歩きながら、暇をもて余す訓練にぼやく。それにはエミも同意し、必死に動くよりも疲れるといった様子だ。長時間、心身に刺激がなく気疲れしてしまっている。

 ラキの先導により、モンスターとの遭遇を避けるように進んでいるが、それはつまり避けられる程度の難易度なのだと、少しずつ緊張感が薄れていく。


「こうやって油断してると罠に引っ掛かるんだよな。まぁ俺は大丈夫だけど」


「ハッ。今にもカチッとか聞こえそーだ」


「考えすぎるのは良くないよ〜」


 その時どこからか、小さくてもはっきりと“カチッ”という音が聞こえた。3人は瞬時に、そして一斉に動きを止めて足元を見る。


「おっおー」


 ラキだった。

 足元には、岩肌の凹凸から非常に浮いた存在感のボタンがあった。それが思い切り踏まれている。


「おっおー。じゃねぇよ!…ってかそれはマズイだろ!そんな分かりやすいなら即死級の罠じゃね!?」


「誰にでも失敗はあるんだよ、マイク」


「サリーだよッ!!」


「あ、あの…2人とも……音が…」


 余裕の心持ちで会話していると、重い地響きが継続して聞こえてきた。

 例えて言うならば、円形の通路を綺麗に埋めるほどの大岩が、背後からこちらに向かい勢いよく転がってくる音だ。例え話にもならない。


「…オイラずっと気になってたんだけどさ、映画とかではこーゆー時、岩とか水が見えてから逃げるだろ?絶対確認して、驚いてから鈍い動きで逃げ始めるだろ?そんで結局追いつかれんじゃん。…アレ何なの?」


「そんな事言ってる場合かよ!ってもういねぇ!!」


 喋っていたと思ったら、ラキはすでに居なかった。

 そう言えば以前読んだ漫画に、魔力を操れない忍者が暗殺のみで世の悪を断罪するというものがあった事を思い出す。非情で残酷な現実を売りにしていたが、あれは駄作だった。なぜなら、地味だからだ。物語として映えない。そして、今はそんな事を考えている場合ではない。


「エミちゃん逃げるよ!ってもういねぇ!!」


 ラキだけなら分かるが、エミさえもすでに居なかった。

 その地味な漫画は、途中から劇的な演出を織り交ぜるようになったが、駄作中の駄作になって打ち切られてしまった。なぜなら、非情で残酷な現実ではなくなったからだ。美化する前の方が良かったと、隠れファンの間で嘆かれていた。


「ちっ…映画と同じになる前に…って来てるぅぅぅーーーーー!!」


 サリーの叫びは、大岩が転がる音にかき消された。現実とは、非情で残酷なものである。




………………




「散々な目にあったぜ。真の罠は、常に身近にあったらしいね」


 サリーはラキにチラチラと目を向け、腕や体を回しながら呟く。結局、岩に轢殺された。すごく痛かったらしい。

 エミは、ラキに抱えられて安全な場所まで辿り着いた後、別の罠でダメージを負っていた。

 ふらふらと壁際に手を付いた時、毒が滴る1本の矢が放たれたのだ。その矢はラキが寸前で掴んだが、驚いた拍子に転んで頭を打ったようだ。


「ハッ。何事も訓練だ、未熟者め」


「あ〜あ、分かってるよ。まだまだ修業が足りねぇ」


 サリーは憎たらしげにため息をつき、潰された時に壊れた光輝石を求める。ラキはポーチから最後の光輝石を渡し、3人で歩き出した。

 転がる岩のおかげで随分と進んだが、まだ洞窟は続いている。景色に変化がなく地図なども無いため、どの程度進んでいるのか見当がつかない。しかも迷路のように入り組んでいて、いつモンスターに遭遇してもおかしくない。

 そんな事を考えていると、道の先に明かりが見えた。3人は警戒しながら、ゆっくりと足を進める。

 明かりの正体は焚き火のようで、ゆらめく炎が小部屋のような空間を照らしていた。

 小部屋へ繋がる道は他にもあるはずなので、サリーとエミは光輝石を隠し、岩の陰に隠れて様子を窺う。


「…オッケー。行こう」


 ラキの合図で、3人は小部屋に入った。

 焚き火の回りには6つの椅子と、隅の方に木箱がある。木箱はからっぽだった。

 椅子に座ると生命力や疲労、魔心が少しずつ回復していく。難易度によっては、木箱の中に支給品が入っているのだ。


「ダンジョンアドベンチャー中に1つあるっていう、休憩ポイントみたいだな。…で、ここからは少し楽しくなりそうだぜ」


 サリーは小部屋の先を覗きながら呟いた。ラキ達もそれにならい、小部屋の出口から覗き見る。


「遺跡だ…」


 エミはその光景に息を飲んだ。それは吹き抜けの遺跡。少し高い位置に休憩所があるため、遺跡の全体像の半分は把握できた。

 朽ちた石柱や壁画、薄暗い中に少量の松明の火が見えている。耳をすませば魔物の息遣いも聞こえる。分かりやすい警告音だ。

 ここまでは魔物も罠も避けてきたが、この遺跡の探索は一筋縄ではいかないだろう。

 思えば、最初の方でヘルビトゥスらしき魔物が居たり、罠も死に繋がるものばかりだった。運が良かっただけで、もっと危険があったのかもしれない。

 しかし、ここからは違う。同じ空間に魔物が徘徊し、小賢しい罠もあるだろう。上手くこなせなければ、続行不能になる事もあり得る。3人は気を引き締め直した。

 いつの間にかラキの姿が消えている。ラキなりにやる気になっているのかもしれないと考え、邪魔になるはずもないので、エミとサリーは気にせず進む事にした。


「モンスター発見…あの柱の陰だ。そっちの壁の近くにもいる」


「はい…えと、なるべく隠密行動で、はじから調べていきませんか?」


 エミは壁の所々にある、別の部屋への入り口らしき穴を指差す。


「エミちゃんがそう言うなら、もちろんOKだぜ」


 まずは1番近い所から調べる事になり、2人は警戒しつつ目的の横穴まで移動する。途中、新たな魔物を見付けたが、何とか気付かれずにたどり着いた。

 横穴に入り少し進むと、狭い空間に宝箱が置いてあった。


「冗談みたいな宝箱…俺は本物見たことないけど、イメージとぴったりだぜ」


「どこをどう見ても宝箱ですね〜」


 2人は無駄に宝箱に食いついていた。これはあくまで仮想の宝箱だ。本物の宝探しで、古くから語り継がれている外見の宝箱など、滅多にお目にかかれないだろう。


「これ、開けなきゃ鍵とかが手に入らないけど、開けたら罠発動とか…そういうのだったりしてね」


 サリーは周囲を見ながら呟く。

 出入り口は1つ。狭い通路に狭い部屋。露骨な宝箱。答えは、閉じ込められて魔物が出現。という事だろう。


「難易度10…ですもんね…」


 誰もが考えそうな事を口に出し、誰も宝箱を開けようとしない。そこに、姿を現したラキが歩み出る。


「あ、おい。他の場所も見てからにしようぜ?」


 サリーの言葉を無視し、ラキは宝箱に手を伸ばす。エミは体と表情を強張らせた。


「んよぃっしょー」


 ラキは一声上げて、宝箱をそのまま持ち上げた。重そうに両腕で抱えている。


「開けなきゃ大丈夫みたいねー」


 へらへらと言い、のしのしと移動する。なるほどと2人は頷きながら横穴の出口へ向かい、次の目的地を定めた。

 横穴を出てすぐに開け、もし話の通りの罠が発動してしまえば、出現した魔物がこちらに気付き、その事に他の魔物が気付くかもしれない。ラキはそこまで考えていた。

 次の横穴は、今の横穴を出て右に進んだ先にあった。階段を昇り、魔物に気付かれないよう足早に向かう。

 上にも敵が潜んでいるかもしれない。3人は確認しながら、そそくさと横穴に入った。

 通路で宝箱を置き、ラキは息をついて腕を回す。

 魔物に気を配り、腕力に自信がある訳でもないのに重い宝箱を抱え、迅速かつ隠密に移動をしたのだ。平静を装ってはいるが、かなり大変な作業だったはずだ。


「これで罠がなかったら、逆にがっかりしちゃうよね」


「主にオイラがな」


 3人は宝箱の周りにしゃがみこみ、もう1度単純な罠がないか確認してから、サリーがゆっくりと開けた。

 中に入っていたのは、ダイヤモンドのような透明の宝石だった。何に使うのかは3人とも分からない。

 宝箱を開けた後に元の場所で物音がした。それに続いて魔物の呻き声も聞こえる。読みは当たっていたのだ。


「成功だな。次は俺が持つよ」


 宝石はとりあえずエミが預かった。

 次の宝箱はサリーが運ぶ事になり、3人は通路の先の宝箱へ向かう。やはり先程と同じ宝箱があった。だが、サリーは宝箱の前で2人を止めた。


「待った……これは違う罠だ。離れて」


「え…違うって…」


「ほれピヨッコ、行くぞ」


 ラキはエミを摘まみ、通路へ戻っていく。

 サリーは数歩下がり、左手を横に伸ばした。そして、ぼそぼそと何かを呟き、宝箱に右手を向ける。

 その様子を通路から見ていると、宝箱に異変が起きた。ガタガタと音を立てて激しく動き、次第に宝箱の周囲の空気が白く染まっていく。そして爆発音と共に宝箱は粉々になった。

 離れていた2人が近付いて見てみると、破片の他に血や肉のようなものが確認できた。


「物と融合して獲物を襲う、いわゆるミミックだよ」


 サリーは話しながら、ミミックの残骸から小さな宝石を取った。先程と同じ物のようだ。


「ぜ、全然分かりませんでした…」


「血の匂いだ。お前にゃまだ早い」


「いや、そんな魔族みたいなことできねぇよ…。生き物の反応っていうか、生きてれば呼吸とか鼓動があるだろ?俺はそれを聞き取ったんだよ」


 ミミックは呼吸や鼓動を極限まで抑え、獲物が近付くまで仮死に等しい状態で待っている。それを聞き取るなど、エルフにしか出来ないのではないかとエミは思った。まして血の匂いを感じ取る事など一生不可能だ。できるようになりたいとも思わない。

 ミミックを見極めた事もそうだが、エミはもう1つ気になっていた。サリーが使った魔法だ。


「あぁ、宝箱の周りを真空状態にして、熱気と冷気を喰らわせてやったのさ」


「み…みみ、3つの魔法を1度にっ!?」


 魔力の操作は集中力を必要とするため、複数の魔法を同時に発動するのは困難なのだ。

 複雑な魔力の混合を制御し、高い魔力と精神力、多大な魔心を有して発動に至る。失敗すれば通常の魔法よりも負荷は大きい。習得だけでなく、試みるにもそれなりの覚悟が必要だ。

 エミは旅に出てから色々な驚きがあった。世界は広い。そして、自分は小さい。そんな事を考えていた。


「エミちゃん、まだ14でしょ?全然全然、これからだって。な?」


 サリーは落胆気味のエミに笑いかけ、ラキに顔を向ける。


「年齢はカンケーねェだろ」


 ラキは相変わらずだった。その冷たい言葉に、サリーの表情が険しくなる。


「…あのさ、お前いい加減にしろよ。14歳の女の子だぞ?ほんの少しも労れねぇのかよ。いったい何様だ?」


 サリーは、ラキのエミへの対応にずっと嫌悪感を抱いていた。

 ラキはここへ来るまでにも、へらへらと笑いながら突然エミを転ばせたり、服を掴んで投げ飛ばしたり、事あるごとにエミを小突くのだ。労る事もなく平然と続け、エミは健気に受ける。

 厳しくなければ修業にならない事は理解できるが、鞭ばかりで飴がない。ただ痛めつける事を楽しんでいるようにしか見えないのだ。

 何故そんなにも冷たい言葉を浴びせ、冷たい目付きができるのか。

 何故エミは泣きそうになりながらも甘んじているのか。笑いが起きる雰囲気でも、じゃれるという感覚でもない。

 虐待されている子供を見るような、見ているとだんだん不快な気持ちになっていく。

 サリーは嫌悪感を抱きながらも黙っていたが、今のラキの態度で口を出さずにはいられなくなり、我慢の限界だというようにラキをきつく睨む。


「サ、サリーさんっ…サリーさんは、な、何歳なんですか…?」


 空気の変化に逸早く気付いたエミが、すぐに話題を変える。サリーもエミの気遣いに気付き、困った表情を見せた。

 腹の中が熱く、治まり切らない。しかし、エミの必死な表情に負け、気分が沈着していく。

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