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第7記 −罠と盾(2)−

 準備室から出た場所は、周りが高い岩壁に囲まれた空間。

 正面には先が見えない真っ暗な洞窟がある。ここはまだ夜空に浮かぶ月や星のおかげで少し明るい。

 後ろには入ってきた扉が見える。その扉の1つに、1から10までのボタンがあった。


「これが難易度か。どうする?5くらいにしとく?」


 先程よりは険悪な雰囲気が和らいでいて、出会った時の軽い表情でサリーが2人に確認する。それを見たエミも安心し、表情が柔らかくなった。


「…ハッ」


「じ、10はやめようよ…私は3でもむりだよ〜…」


 鼻で笑ったラキの意図が分かり、エミはすがるように嘆く。

 訓練は実戦よりも甘い。ゆえに難易度の内面は高く設定されている。

 説明書の要約では、1は冒険者になりたての者が多少苦労する程度で、3は並の冒険者が難しいと感じる。6は熟練した冒険者が必死になって達成できる。

 訓練とはいえ、効率や失敗を恐れて7以上の難易度が押される事は少ないという。まして10などは、始めて間もなく中断する者しかおらず、訓練にならないと騒ぐ者もいたらしい。

 サリーはボタンを眺めながら呟いた。


「達成できる鍛練は鍛練じゃない…って師匠に散々言われたぜ」


「達成する事が目的じゃねェからな」


 ラキが返した言葉に、サリーは感心したように頷く。


「あんた良いこと言うね。そう、鍛える為。過程が大事なんだ」


 達成する事で力を得られるのであれば、もちろん簡単な方が良いだろう。しかし、そんな甘い方法は存在しない。

 困難を身に受け、乗り越えようとする考えや行動などが力になる。結果でなく、過程こそが鍛練の真髄なのだ。


「つ、つまりぃ…?」


 エミは不安な表情で、分かっていながらも聞く。

 ラキは悪どい笑顔を見せ、10のボタンを押した。すると扉が消え、必要用のロッカーに入れた物が各人の扉の下に現れた。武器と道具袋だ。

 ラキは武器と超次元ポーチを装着し、使用感を確かめる。普段と変わらずに扱えるようだ。

 エミも超次元袋を装着し、中身を確かめた。自分の持ち物は一切入っていないが、代わりに訓練専用の道具がいくつか入っていた。

 黒布に包まれた光輝石(こうきせき)という光る石が2つ。壊れやすいが、半永久的に光り続けるので探索に役立つ。

 チョコムの実から作られた、チョコミーテというポーション。精神安定と傷の治癒を促進させ、生命力を回復させる。

 マシュムの実から作られた、マシュマールというポーション。精神を安定させ、魔心の回復を促進する。その他にも、洞窟探索に必要なロープや小物がある。

 サリーだけは着の身着のままだった。ロッカーに何も入れなければ支給品もないらしい。

 持ち込んだ道具は効果が発揮されないので、冒険者として命綱が無い状態という事だ。

 準備が整ったところで、3人は洞窟内へ足を踏み入れた。


「ラ、ラキ…光輝石は…」


「あ、忘れてた。ほれ」


 身を縮こませながら進んでいたエミが、光源が自分にしかない事に気付く。そしてラキは、自分の光輝石を包みのままサリーに渡した。サリーは短く礼を言い、光輝石に付いている紐を腰のベルトに括り付ける。

 整地されていない岩の中を歩いていると、何かの物音が聞こえた。ラキは2人を手で制し、少し先まで偵察に歩く。


「…ま、魔物かな…」


 エミは不安の面持ちで呟く。そこへサリーが、肩に手を置いて笑いかけた。


「大丈夫だよ、エミちゃん。俺が守ってあげるから」


「ありがとうございます…」


 湿気や水の滴る反響音が現実的に感じられ、寒気もする。その現実的な感覚は、ここが仮想空間だという事を頭から離してしまう。


「っていうかさ、明かりもないのに見えんの?あいつ」


「あ、はい…見えるみたいです。光は物事を屈折させるからキライだって言う人です」


「へぇ…もしかして吸血族のハーフとか?」


 吸血族とは光を嫌う種族で、暗闇を好み、快楽として生き物の血を啜る闇の者達だ。

 肌は雪のように白く、目は血のように赤い。比較的新しい種族で、一種の病気から始まったと言われている。

 吸血族の全てが忌み嫌われている訳ではないが、人型の種族の中でも異質な力を持っているため、悪事を働く者は多い。


「どうなんでしょう…わかりません」


「仲間なのに知らないの?」


「まぁ、ラキはあまり自分のこと話しませんから。…仲間って訳でもありませんしね」


 サリーはエミの言葉に首をかしげた。そして、苦笑するエミの表情に違和感を覚えた。

 取り立てて話題にするほどの大きなものではなかったので、軽く相槌を打った。


「…あいつ、どこまで行ったんだろ」


 ラキが偵察に行ってからしばらく経過した。その間、相変わらず謎の物音も聞こえていた。


「遅いですね…あ、でも、もうそばにいるかも…」


「ん〜?いや…いないな」


 サリーは辺りに目を凝らすが、あるのは岩壁だけだった。その時、影が浮き出るようにラキが現れた。


「成長したじゃねェか」


「うおっ!マジかよ!こわっ!」


 サリーは驚き、信じられないといった目でラキを見る。

 ラキは壁際にしゃがみこんでいて、2人が気付くと立ち上がった。


「ちょいと先まで行ってきた」


「何かいた…?」


 偵察の結果を知るため、エミは恐る恐る聞いた。

 ラキの様子だけでは全く分からない。重大な事でも、何事もないようにへらへらと言い放つからだ。


「ん、何だっけ名前。あの青い…ワニとトカゲ足して2で割ったよーな奴」


 ラキはこめかみに指を当て、記憶を呼び起こしている。そのキーワードに当てはまるものをエミは答えた。忘れるほど昔の事ではないし、簡単に忘れられる事でもない。


「……ヘルビトゥス?」


「それ。似た奴がこっちに来るよ」


 一瞬、ラキの言葉が信じられなかった。

 ヘルビトゥス。幾多の冒険者を軽々と葬り、国から懸賞金がかけられたモンスター。生きる事を諦め、死と引き替えにラキに一撃を加えた化け物。

 ヘルビトゥスがこちらに向かってくる。いや、あくまで仮想なのだが、どのように再現したのだろうか。仮想の魔物にできるほど情報が集まっているのだろうか。しかしラキは“似た奴”と言っていたので、ある程度の模倣と考えるのが現実的だ。

 そんな事より、勝てる訳がない。あの時とは状況が違う。ここは隠れる場所も逃げ場もない洞窟で、エミやサリーが近くにいるのだ。狙われれば終わりだ。サリーの強さは分からないが、ヘルビトゥスに勝てるとは思えない。

 まだ洞窟に入ってすぐだというのに、いきなりの絶望。これが最高難易度。理不尽だと騒ぎたくなる気持ちも分かる。

 ラキは何故、倒してこなかったのか。1人で倒しては訓練の意味がないとでも思ったのだろうか。それとも他に何か事情があったのだろうか。罠や別の魔物のせいだろうか。

 エミは頭が混乱し、あの時にラキが受けた傷はどうしたのかと、不必要な疑問まで出てきた。


「あの時の傷はっ…!?」


 実際に聞いていた。


「あのさ、ヘビ何とかって、なんなの?」


 サリーはヘルビトゥスを知らないのか、軽い態度で聞く。


「本を読め、本を」


 ラキもよく知らないのだが、憎たらしく馬鹿にする。サリーは苦い表情で唸った。


「ラキってばっ…!!」


 2人が余裕綽々で話している事が理解できないエミは、泣きそうな顔でラキの服にしがみつき、どうするのかと答えを求める。

 ラキはエミの頬を鷲掴み、引き剥がして答えた。


「お前は頭悪ぃクセに深く考えすぎだ…ってコレ前にもゆったか。少し先に分かれ道あるから、さっさと行くぞ」


 ぐっしゃりと掴まれ、変な顔のまま頷くエミ。少々荒いが、落ち着きは取り戻せたようだ。サリーも同意し、光輝石の明かりをできる限り隠して静かに進む。

 進んでいくにつれ、はっきりと低い呻き声が聞こえてくる。例えて言うなら、空腹時の腹の音だ。内から込み上げるような、低く重い音。

 敵は近いが、もう目の前に分かれ道が見えている。ラキの後に続き、音がしない方の道へ進む。道は下方へ軽い傾斜になっていて、少しずつ地下に向かっているようだった。

 ある程度進んでから、3人は足を止めて一息ついた。まるで本当の洞窟探索のように酸素が薄く、気を張り続けているため疲労も早い。

 エミは支給品の水を飲んで深く呼吸をし、袖で額の汗を拭う。仮想であるはずの水だが、喉はしっかりと潤った。


「なぁ、魔物は結構離れた場所にいたんだろ?なんでこっちに向かってくるって分かったんだ?」


 エミが休んでいる横で、サリーは平然としていた。そして何気無い疑問を投げかける。

 ラキも全く疲れていないようで、平然と答えた。


「さぁなァ。タバコの匂いでバレたんかな」


「はぁ…?」


 ラキの答えに、サリーは渋い顔を見せた。


「ここで煙草吸えんの?使える物は支給品だけだろ?」


「吸えたよ。ポーチから出して個別に預けりゃ、ここでも使えるんだろーね」


「なるほど。いやでも…仮想の魔物が匂いに反応するかよ」


「そーゆー設定なんだよ、たぶん。魔法は何でもありっぽいからなァ。つーか魔法のことはお前らの方が詳しいじゃん」


「俺は頭良いんだよ。だから、どうも理屈で考えちまう。エミちゃんは知ってる?」


 自分で自分の頭が良い事を平然と言うサリーに、エミは誰かと重なって見えた。少し似ているなと思い、笑みがこぼれる。


「…んん?」


 ラキの目が光り、口元を歪めた横顔だけで威嚇された。もちろん目はこちらを見ていない。だが視られている。

 エミはびくりと反応し、今の考えを吹き飛ばした。


「いえ、いえいえ!…あ、いえ、はい!幻で作られた生物も五感とかありますよ!ここで使えるものは、ここに影響するってこと!そういう仕様ですね、うん!魔法は理屈じゃないんですよ〜!」


 エミはラキの標的を逸らすため、話題の答えを強調した。そして、ふと思った事を言った。


「…サリーさんって、魔法は使えないんですか?」


「使えるよー?資格は取ってないけど、魔闘も使うから魔連士だね」


 エミは驚き、感心していた。

 魔連士とは、魔法と魔闘の2つの力を扱う者の事だ。魔力を操る才能があれば訓練次第で両方扱えるようにはなるが、両方を極めるのは不可能とされているため、その努力をする者は少ない。

 どんなに修業を積んでも魔法では魔法士に劣り、魔闘では魔闘士に劣るのだ。しかし、2つの異なった力を扱えるという事は、それだけ戦術の幅も広がる。その恩恵は多大なものだろう。


「エミちゃんはマジェーラロアンの生徒だし、見た目からして魔法士だよねー。ラキくんは?」


「“くん”を付けるな、気持ち悪ぃ」


「じゃあラキは?」


 ラキは話を濁そうと思ったのだが、サリーは間髪入れずに聞き返した。

 どう答えようか、エミが不安そうに考えを巡らせる。適当に答えても、すぐにばれてしまいそうだ。

 先程の、突然ラキが現れた事も気になっているだろう。上手くごまかす方法はないか考えているうちに、ラキが答えた。


「忍者」


「……ニンジャって、あの忍者?」


「そ。あのニンジャはその忍者」


 エミは上手いと思った。忍者ならば不確定の存在だし、奇妙な技を使っても納得せざるを得ない。魔法を使うと答え、適当に不可思議な技を見せれば簡単だ。


「へぇ〜。忍術とかできんの?いや、忍法?なぁ、どんなの?」


 サリーは興味津々といった様子で楽しそうに聞く。どうやら質問ばかりするのは相手が女性だからではなく、好奇心溢れるサリーの性格らしい。

 エミは甘かった。ここで軽く姿を消すだけで良かったものを、ラキはエミも知らない新技を披露してくれたのだ。


「ドロンパ。これぞ秘技“在る月相”でござる」


 それは確かに凄かった。しかし凄すぎて何も分からない。

 『在る月相(あるげっそう)』と名付けられたそれは、瞬く間にサリーの背後へ移り、足元にはナイフの傷跡が4つ付いていた。風もなく岩を削る音も聞こえず、まるで止まった時の中を動いていたかのようだった。

 これまでにも“いつの間にか居た”という事はあったが、一瞬で移動した事はなかった。

 実際ラキは、姿を消せても速く動ける訳ではないとエミに話していた。むしろ『不在の新月』発動中は死んでいるような状態だというので、無理な運動は出来ないらしい。


「大量に寿命減るけど、時間を遅くできるんだよ」


 何やらとんでもない事を言っているが、時の流れは変わらない。変わったと感じるだけだ。現に、エミとサリーは通常の時の中で、一瞬だと感じている。ラキだけが遅く感じているのだ。つまりラキが速くなった…と、理屈では考えるのだが、速く動いたのだとしたらそれなりの風が起きる。ラキの技の後に空気の流れが変わった様子はなかった。瞬間移動と同じだ。

 削った寿命を使うとは、理屈で説明するのは簡単だ。心臓を早く動かせば良い。しかし、それが不可能だという事も理屈で説明できてしまう。

 何をどう考えても、理屈では説明できない。そう成ってしまったのだから、そうなのだと思うしかないのだ。

 有り得ないついでに考えるなら、世界の時間軸より自身の時間軸を早くする…などだ。それは別の世界を移動する事と同義だが、その考えならば移動時に強い風が起きない事も説明がつく。

 とにもかくにも、ラキは自らの寿命を削り、一瞬の時の中で通常通り行動する事ができる。

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