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第7記 −罠と盾(1)−

 祠から出て2時間も歩かないうちに、2人はバスカツィオ国のレイノスへ着いた。

 遠目からも街の明かりは見えていたので、街が眠っていない事は分かっていた。すぐに門番へギルドカードを見せ、関所で入国許可を貰うようにとの注意も聞き流し、2人はレイノスへ入った。

 街の中は夜なりの落ち着いた活気があり、通りを行き交う人々からは、闘技場や訓練場の話なども聞こえる。


「宿決めたら闘技場行こーぜぇ♪」


 ラキはこれまでに無い機嫌の良さだった。

 ラキの世界にも闘技場はあるが、使われていたのは古い時代だけで、今は観光地になっているらしい。


「おぉ〜!ラキなら優勝だね!」


「出ねェよ、見るんだよ」


 エミは血を吸わないチュパカブラを見るような目で、心底意外そうに相づちを打つ。

 ラキはこの街へ来たら確実に闘技場へ出場し、喜んで惨劇を繰り広げると思っていた。屍を踏みつけ、高笑いするラキが容易に想像できる。エミは身を震わせた。

 2人は案内板の地図で宿がある区画を探し、備え付けの案内書を取ってから向かう。幸い、闘技場や訓練場まであまり時間がかからない所に宿を見つける事ができた。なかなか質の良い宿で、料金も人気も高いようだ。

 部屋へ案内がてら従業員が話していたところによると、少し前に大きな催しがあり、それが終わった事でぽつぽつと空き部屋ができているらしい。


「白銀3枚の部屋なんて、贅沢だぁ〜♪」


1部屋2食付き、各サービス料別で3000モネル。これでもこの宿では並程度の部屋だ。

 エミがベッドに座って喜んでいると、ラキは窓から外を見つめながら喋り始めた。


「手持ちのカネは、2人合わせて大体3万モネル。この街に滞在すんのは約1ヵ月。宿泊費、食費は切り詰めれば1日3000モネル。10日でカネが尽きる。闘技場も訓練場も入るだけでカネ取られる。悪い運は続くもんだし、冒険ギルドで割に合う依頼が無かったらどーしよ。この贅沢な白銀3枚の宿に泊まり続けられるのはいつまでかな。必死に頑張っても、結局は路頭に迷って餓死するのか。短い人生はここで終了かー」


「………」


 まるでお経のようにぶつぶつと呟き、最後に小さくため息をつく。

 エミは硬直していた。表情から喜びの色が消え失せ、額には汗が浮かんでいる。

 エミの脳内では、早く資金を工面しなければ人生終了という、壮大な物語が出来上がっているだろう。


「面白すぎるふ」


 ラキはそんなエミを真顔で見下ろし、言葉と笑いを同時に漏らした。そしてすぐに「おっと」と口を押さえる。

 そこでエミはラキの思惑に気付いた。はっと顔を上げ、悔しそうに叫んだ。


「ぐぎ…ウカツ!」


「ハッ、乗っかったのはお前だ。自己責任だ」


 いつも通りの平和な世間話で一息つき、2人は闘技場へ向かう事にした。

 宿から大通りへ出ると、巨大なドーム型の建物が見える。ラキは歩きながら案内書を広げ、闘技場を紹介している部分を読んでいた。そして突然、足を止めた。

エミが不思議そうに振り向く。


「…?どうしたの?」


 ラキが目的地へ進む足を止めるなど余程の事だ。いったい何があったのだろうか。


「休み時間らしい」


 ラキはぼそりと呟いた。

 そう。闘技場は催しの無い通常時、時計の上部2時間が、点検や清掃のため休憩時間となっている。つまり1日2回、時計内数字の11から1までは休みという事だ。加えて、毎日闘いが行われている訳でもないので、観戦目的なら日を選ばなければならない。

 エミが近くの店にある時計を見てみると、現在23時半だった。


「んー、じゃリーダーに従うわ」


「え、私…?うぅん…」


 エミは主導権と案内書を譲られ、どうしようかと考える。

 闘技場が開くまで待っても構わないのだが、どうせ待つなら有意義に時間を使いたい。しばらく考えた後、エミはふと閃いた。


「あ、訓練場に行ってみようよ」


「了解」


 エミの決定に従うと言ったラキは、まさに言った通り即答して従った。

 案内書には、訓練場は24時間営業で月末が定休日と書かれている。

 訓練場はこの街で1番大きな建物だ。今いる場所からも容易に確認できる。

 2人はまたしばらく歩き、闘技場よりも大きな建物の前に着いた。ガラス張りの入り口からは、広く小綺麗なロビーに受付が見える。


「うぉふっ。自動ドアかよ」


 ラキがガラスの扉を押そうと手を伸ばした時、触れる前に横にスライドしたのだ。


「うん、どこをどう見ても自動ドアだね」


「わかんねェだろ、どー見ても」


 スライドするガラス扉は近付くと一時的に開く。魔力石を動力に使用している自動ドアだ。おそらく、気配を抑えているラキでなくエミを関知して開いたのだろう。

 もちろん電力を使った自動ドアもあるが、これは魔法力学に基づいて作られたものだ。ラキの世界には無いものなので、2人は少しの間、自動ドアの近くで文化の差について語り合った。

 話が終わり、受付まで足を運んだ。深夜なので客が少ないためか、受付員は1人だった。


「いらっしゃいませ。2名様ですか?」


 おかしな話をしていた2人を不審に思う事もなく、受付員の女性は指を2本立てて聞いた。エミがそれに答えると、訓練案内表と書かれた薄めの本を開き、辿りながら説明に入った。


「ご利用は初めてですか?」


「は、はい」


「訓練場には色々なシステムがあります。訓練形式は主に実戦形式や対戦形式、技術形式などです。技術形式以外は仮想空間での訓練なので、環境や建物、生き物なども豊富にありますよ」


 訓練場の中には多数の部屋があり、その部屋を借りて訓練する。

 実戦形式の訓練は仮の魔物や人などを敵とし、特定の条件を達成させるといったものだ。

対戦形式は、他の客や担当係員などの実際の人と闘ったり、条件を決めて競うものだ。

 仮想空間では特殊な魔法がかかり、より現実に近い感覚で危険な事を試せる。多少の痛みや怪我をする事はあるようだが、今までに死者が出た事はない。代わりに仮の生命力が設定され、訓練の条件によっては、それが尽きると一時的に動けなくなったり所定の場所へ戻されたりする。

 技術形式の訓練は、実際の武器や物を使い、技を磨く事ができる。


「う〜ん…何がいぃかな〜」


 エミが表と睨み合っていると、受付員から提案を出された。


「特に希望がなければ、実戦訓練のダンジョンアドベンチャーはいかがですか?3名でダンジョン探索を行う条件で、只今1名が待機中なんですが」


 聞くところによると、待機中の者も訓練場は初めてで、30分ほど前から待っているらしい。エミはその提案を受け、2人分の登録をした。

 訓練室に対応するカードキーを2人分渡され、入室から退室までの説明をざっと聞いた。部屋にも説明書が備わっているというので、分からない事があれば確認する事ができる。

 2人はさっそく訓練室へ向かった。建物内は広いが、ほとんど番号が書かれた扉と通路だけなので、迷う事なく目的の部屋へ着いた。

 扉を軽く叩き、2人は部屋へ入った。ここは控え室らしく、狭い部屋にテーブルとソファー、飲み物の自動販売機がある。部屋の隅には、人1人が通れる縦長の扉が6つ並んでいる。服屋の試着室に見えなくもない。


「やっと来たか。眠っちちゃうトコだったぜ」


 部屋に居たのは若いエルフの男だった。

 少々長めの金髪を後ろで結い、自身に満ちた凛々しく引き締まった顔立ちをしている。襟の縁に柔らかい毛が付いた白色のジャケットは腰のベルトが見える程度に丈が短く、デニム生地のようなこげ茶色のズボンを履いている。身長はラキと同じか、少し低いくらいだろうか。

 武器や鞄などはなく、格好だけなら冒険者には見えない。受付員は冒険者と言っていたが、実は観光客なのかもしれない。


「俺はサリー、よろしくな。そっちは?」


「あ、わ、私はエミで、こっちはラキです。よろしくお願いします」


 笑顔で自己紹介をするサリー。その笑顔はとても愛らしい。

 凛々しさと愛らしさを兼ね添えるこの顔は、多くの女性が見惚れるだろう。人見知りをするエミも、照れたように微笑んだ。

 興味がないラキは、いつの間にかソファーに横になっている。


「エミちゃん可愛いねー。何歳?何してる人?」


「え、えっと…14歳です。最近までマジェーラロアンの中等部にいたんですけど、休学して旅をしてます」


「へぇー、マジェーラロアンか。なら、凄い魔法使えるんじゃない?」


「いえ、全然ですよ〜…落ちこぼれなんです」


「そんな事ないよ。エミちゃんからは良い魔力感じるぜ?それに可愛いしね」


「そ、そんなそんな…あは、あはは…」


「いや、可愛いよー。ほっとく男は馬鹿かゲイだって。ねぇ、彼氏は?」


「いいい、いませんいません!」


「え、いないの!?もったいないな〜!あ、そこの彼は?ラキくん、だっけ」


「ラキとは一緒に旅してるだけですよ!」


「ふーん、そうなんだー。じゃあさエミちゃん、番号交換しようよ」


「あ、えと…携帯持ってないんです…」


「ありゃー、残念。じゃあ、俺と一緒に旅しない?俺も旅してるんだ」


「ぇえっ!?いえ、でも…ラキもいるし、それに…」


 エミはチラリとラキに目を向けるが、ラキは会話の途中から次々と体勢が変わっていき、今では奇怪な格好で横たわっていた。


「えー、いいじゃん。彼も無反応だし、問題ないって事じゃない?そんなに仲も良くなさそうだしさ。俺と行こうぜ♪」


 サリーがウィンクをしながら言い終わったところで、突然目付きが変わり、上半身をよじった。

 顔のすぐ横を鋭い風切り音が通り、壁にはラキの投擲用ナイフが刺さっている。


「おっ…と。おいおい、何すんだよ」


 サリーは薄く笑いを浮かべながら、横になったままのラキに顔を向けた。


「いや、欲しそーな顔してたし?」


 ラキは立ち上がって意味深な事を言った。おそらく、反応をして欲しがっていたから…という意味だろう。


「は?何だよそれ。…ねぇエミちゃん、挨拶もしないし、1人だけ離れてずっと無反応で、おまけに暗殺未遂。こんな奴と旅するより、俺の方がマシだと思わない?」


 サリーは首を振りながら、エミに同意を求める。

 確かにその通りだと、エミは内心思っていた。だが、これがラキの全てではない事も、エミは知っている。一旦そう考えたが、やはりそれが全てかもしれないと思った。

 エミは唸る。そこでラキが口を挟んだ。


「馴れ馴れしいし、自分の事も話さずに相手に質問ばっか。オマケに、一緒に旅してる奴がいる前でしつこく勧誘…まさにウンコクズだと思わない?独りぼっちのサリーくん」


 見下し、馬鹿にしたように言葉を返した。ラキは奇怪な格好で全ての会話を聞いていたのだ。

 聞いていないように見えてもしっかり聞いている。興味がない事も記憶し、いざという時、自分を有利にするための武器にしてしまう。そしてラキは、相手の心を抉る言い回しが得意だ。言ってはいけない事や、言えば相手を酷く傷付けるような、人が理性で思いとどまる言葉を簡単に発する。

 嫌悪感が胸いっぱいに広がるサリーは、ラキを鋭く睨みながらも笑っていた。


「…エミちゃんに馴れ馴れしくされて、妬いてんの?」


「ま、返せる言葉はそれくらいしかねェよな。独りぼっちだもんな」


 サリーは、もう何を言っても嫌悪感が広がるだけだと悟り、ため息をついて口を閉じた。


「さぁさ、軽い自己紹介も終わったし、そろそろ訓練しよーよ」


 何故こんな雰囲気になってしまったのか、エミは気まずい空気に疲労を感じながら考えていた。

 答えはラキの対応だと、すぐに結論付いた。あんな事までする必要はあったのか、過ぎてしまった出来事に歯痒くなる。しかし半面、ラキがあそこまで反応した事に嬉しくもあった。大体は何も言わず、ただ笑って殺意を向けるからだ。

 ラキにとっては気に入らない相手を罵倒(あと暗殺)しただけなのだろうが、エミにとっては違っていた。

 場の空気は洗い流れていないが、ラキの言葉と共にそのまま訓練を始める事になった。全員が初めてなので、説明書を読みながら手順を踏んでいく。

 部屋の隅にある扉の中は、少し広めの試着室のような部屋だった。

 目の前にまた扉があり、右側にはロッカーに似た棚が2つ。

 カードキーの挿し込み口が付いているロッカーへ武器や道具袋といった必要な物を預け、付いていないロッカーへ不要な物を入れておく。

 カードキーを挿し込む事で、仮想空間で使える仮想の道具が現れる。持ち込んでも仮想空間内の設定では反映されないのだそうだ。

 カードキーを挿し込んだ瞬間、特殊な魔法が体を覆った。少々痺れるような、不思議な感覚だった。準備が整い、3人はほぼ同時に扉を開いた。

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