表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/24

第6記 −普通の魔法士(2)−

 どこへ行き何をするのか、何も分からないまま厨房までやってきた。

 広い厨房の調理台には調理器具や調味料などが置いてある。先程の騒動のせいで、片付けが途中なのだ。

 ある場所で立ち止まったヴェネが短い口笛を何度か吹くと、何の変哲もない床の一部が重い音を立てて開いた。その隠し床の先は階段になっていて、ヴェネは慣れた表情で降りていく。

 薄暗い中を4人縦に並んで進んでいき、石造りの大きな空間に出た。魔力光球のランプが部屋を薄く照らし、部屋の中央には土台のような低い段がある。その面に、円で囲んだ大きな魔法陣が描かれていた。

 一応魔法士であるエミが魔法陣に興味を示し、ヴェネに問いかける。


「あの、これって…?」


「転移の魔法陣。制約は多いけど、移動士を使うより安上がりだよ。これでレイノスの近くまで送ってあげる」


 他にも何ヵ所か隠してあり、仕事上よく使うのだとカラルドが付け加えた。

 エミは目を輝かせた。移動士の高額な空間移動など経験できるはずもなく、短距離の空間移動さえも高度な魔法なのだ。一瞬で違う場所へ移動するという事がどんなものなのか、魔法士のはしくれとしてずっと気になっていた。それを今、経験できる。

 エミは跳びはねそうになる気持ちを抑え、そわそわしていた。


「あとこれ、あげる」


 ヴェネに渡されたものに対し、続けざまに驚いた。それは“マジュナカード”と呼ばれる半透明の綺麗なカードだ。

 マジュナイ石という薄い水色の自然石を加工したもので、血を垂らした者の魔力を2つ記憶でき、記憶した者同士で意思を伝える事が出来る。簡単に言えば、1人にしかかけられない通話専用の携帯電話のようなものだ。

 どちらかが意思を伝えようと思いを込めるとカードが反応する。それに応じて同じく思いを込める事で、感覚的に話が出来るのだ。

 携帯用の通信機器が普及している現代では骨董品となっているが、電波の影響を受けない点と継続料金が無いという点で、冒険者にはうってつけだ。

 ただし、マジュナカード1枚につき自分と相手の2人分しか記憶できず、一度記憶してしまうと取り消せない。仲間が多数いるなら何枚も持たなければならない。そして破損してしまえばカードの魔力は失われ、二度と使う事はできないという欠点もある。

 相場は1組10000モネル。エミがネウピエスにいた頃の、1ヵ月の生活費とほぼ同じだ。


「さ、早く血垂らして」


 エミが感動に打ち震えているところに、ヴェネから血を催促される。

 ラキが即自分の分を済ませ、ナイフを貸してくれた。今の今まではしゃいでいたエミは、空笑いしながら血を出す事に躊躇っている。

 切ったら痛いんだろうなと、ナイフと指を交互に見つめている。そこで、気配を全く抑えていないラキの視線を感じた。エミの背後から、恐ろしい高笑いが静かに断片的に聞こえる。

 血を見て興奮してしまったのか、このままではエミの分もラキにやってもらう事になる。それだけは駄目だ、死んでしまう。一滴や二滴ではない、全部持っていかれてしまう。

 自分でやらなければ殺られる。

 エミが恐怖と闘っていると、持っていたナイフが自分の手ごと強引に動き、人差し指を切った。


「−−っぴやぁぁあ〜ッ!!」


「当て身」


「ウッ…!」


 エミはラキに首筋を打たれ、短い呻き声と共に倒れた。

 顔を上げると、ラキが血を垂らしたカードをヴェネに渡していた。血はカードに染み込むように消えていく。

 エミは自分の手を見て、小さな傷から血が滲んでいる事が分かる。


「失礼な妄想してなかったか?」


 ラキは言いながらエミを持ち上げる。


「え?いえ、いえいえ!あははは〜!」


 エミは笑ってごまかし、場を流した。ふとヴェネ達に目を向けると、平静を装いながらも少し汗をかいている。エミはそれ以上考えない事にした。

 気を取り直し、ヴェネが魔法陣の説明をしながら転移の準備を始めた。


「転移の魔法陣は、送るものと受けるものの2つあるんだ。これは送る専用で、受ける専用の魔法陣はレイノス付近の祠の地下。1人ずつしか送れないから、まずは怪盗アサシンからね。陣の中に入って」


 ラキは言われた通り、魔法陣の中に入る。


「で、これが魔法陣を起動させる魔力石ね。小さいものだとこのくらい必要なの。陣の中に投げ入れるよ」


 魔力石とは魔力を多く含んだ石の事で、魔法の力を増幅させたり魔力を補う為に使われる。この場合、魔法陣を使えるようにする補助的な役割になる。

 ここでヴェネの目がキラリと光り、魔力石をラキに向けて力いっぱい投げ始めた。


「死ねやぁー!」


「ヒハハハ!」


 ラキはその気配を察して瞬時に2本の釵を抜き、向かってくる魔力石を弾き返した。そしてその全てがエミに命中していた。

 魔力石を投げ尽くしたヴェネは露骨に舌打ちし、エミに当たった魔力石を回収する。

 エミは仰向けで大の字に倒れていた。


「魔法陣の外じゃ効果はないの!手間かけさせないで!」


「次は気をつける」


 ラキはヴェネの理不尽な怒号もさらりと返し、釵を納めた。

 今度こそ魔法陣の中に魔力石を放り投げ、すぐに魔法陣が輝きだした。


「あとは魔法陣の中で適当に魔力を込めれば、気付いた時にはあっち側ってわけ。さ、行って」


「ぁん?魔力込めるって、どーやるんだよ」


「…はぁ?何言ってんの。子供でも出来るのに……いいから適当に念じる!」


 ラキには全く理解出来なかった。

 この世界の者ならば、どれほど才能がなくても魔心は必ずある。ただ適当に念じるだけで、魔力が外へ流れる。それを操作するのが魔法士や魔闘士なのだ。この世界では誰もが知っている常識だ。

 そんな常識は分からないが、ラキはとりあえず試してみる事にした。

 ただ適当に念じる。というのはなかなか難しいので、魔法陣に入り込むイメージをした。すると、一瞬の光の後に景色が一変していた。

今まで居た屋敷の地下に似ているが、周りには誰も居ない。成功したのだ。


「おほぉ〜…テレポートだよ、ホントに」


 さすがのラキも驚いているようだ。

 ラキは魔法陣が描いてある段を降り、振り向いて見つめる。魔法陣の輝きは薄れ、静寂が辺りを包んでいた。




………………




 ラキが転移に成功した事は意外だった。てっきり自分が手伝わなければいけないとエミは思っていた。


「あ、魔力石は貸しだから。結構な出費でね」


 ヴェネは言いながらエミの分の魔力石を出し、転移の準備を整える。

 魔力石は、稀少ではないが需要は高い。消費物のため大量に求める者が多いにも関わらず、それによって価格が大きく変動した例がないのだ。


「エミって言ったね。ちょっといいかな」


「は、はい…なんですか…?」


 エミが転移を試みる前に、ヴェネは邪気のない微笑みを見せて言った。


「アナタの魔法、なかなかだったよ。それと、酷いこと言ってごめんね」


 精悍な顔付きからは想像できなかったヴェネの笑顔は、とても可愛らしかった。

 まさか怪盗ムーンから褒められ、謝られるなどと思っていなかったエミは、気恥ずかしい気持ちと逆に申し訳ない気持ちになる。あせあせと言葉をつかえ、気にしていない事を告げた。


「でも怪盗アサシンは悪。あれは味方にはなり得ない。絶対に」


 可愛らしい表情から一変して真剣な表情で言うヴェネに、エミは苦笑しながらも素直に頷く。それはヴェネより自分の方が理解していると、そう思っていた。

 エミはラキを、よく言う『悪人だが、良いところもある』とか『誤解されるが、根は良い奴』といった風に思っているのだ。しかし、ヴェネが言った言葉の本当の意味は、エミが思っているような甘いものではなかった。そして、それを今伝えたところで、エミは理解できないという事も分かっていた。

 ヴェネはエミの反応を流し、表情を和らげた。


「それじゃ、旅を楽しんでね」


「はい!ありがとうございます!」


 エミは笑顔で答え、光と共に消えていった。

 ヴェネはしばらく佇んだまま息をつき、小さく呟いた。


「本当に普通の子供だねぇ…」




………………




 エミが祠の地下に現れた時、ラキは地上へ続く階段の近くで煙草を吸っていた。いつも隠れて吸うので、あまり見ない姿だった。

 エミは初めてのテレポートに興奮しながら、ラキに駆け寄る。

 テレポートやマジュナカード、自分の魔法が褒められたりと、今日はエミにとって良い事が多かった。良い気分も相まって、何気なくラキに聞いた。


「ラキは私の味方?」


 ラキは唐突な質問に考える間もなく、形だけの微笑みに氷のような目で答えた。


「ヘドが出る。殺すぞ」


「ひぃぃっ…!」


 予想はしていたが、ラキが向ける殺意は本物だった。それでも、一緒に旅をしている事実が、少なくても敵ではないとエミに思わせる。


「味方、仲間、ハッ。下らねェことゆってねェで修業に行くんだよ」


 そう言ってラキは階段を昇る。エミも取り立てて気分を害する事なくラキに続いた。

 祠を出た先は林になっていた。月明かりが漏れる林を抜け、見渡しの良い平地が広がる中に街があった。あれがレイノスだろう。

 2人は新たな街がどんな所なのか、期待を抱いて歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ