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第6記 −普通の魔法士(1)−


「はぁ〜…森の中に豪邸が…」


 2人はサテュールンから徒歩で約2日かけ、深い森の中へ来ていた。

 街道から大きく外れた場所にある無名の森。動物や植物は多いが、魔物や旅に役立つ物などはあまり見かけない。今の世の中では珍しく平和な所だ。その深い森の中に一軒の屋敷があった。ここで館長と落ち合う手筈になっている。

 今回はエミもしっかり休憩を取っていたからか、前回ほどの疲労は無いようだ。少しずつ慣れてきているのだろう。ただ、やはり思春期の少女なので苦労は絶えない。それでもエミは必死に順応しようと努力し、健気に頑張っているのだ。

 エミが口を開けて場違いな屋敷を見上げている横を通りすぎ、ラキは屋敷の扉を軽く叩いた。ほどなくして足音が聞こえ、静かに扉が開いた。


「お待ちしておりました。どうぞ中へ」


 出迎えたのは館長。身なりや立ち居振舞いは美術館に居た時と同じで、これが彼の常なのだと分かった。2人は屋敷の中へ入り、食堂へと案内された。

 屋敷内は意外にも質素だった。いや、単に贅沢な調度品などが無く、何もかも至るところまで磨かれている訳ではないという意味だ。言うなれば、庶民的な富豪というイメージだろうか。

 食堂に着いて椅子に座ると、良い香りのハーブティーが出された。

 この屋敷の事は全て館長がこなしているのか、館長以外の者は誰も見かけない。


「ほぁ〜…美味しい〜」


 エミはハーブティーを1口飲み、ほっと息をついて館長にお礼を言った。館長はそれに応え、微笑みながら浅くお辞儀をして部屋を出ていった。

 ラキはテーブルに肘を付き、手で顎を支えてくつろいでいる。


「ラキはお茶きらいなの?」


 ハティーの部屋で出された紅茶が減っていなかった事を思い出し、ふとエミが聞いた。


「ハーブがキライなんだよ」


 エミはラキの意外な一面に驚くが、それが真実かどうか定かではない。興味が無い事にはとことん関わらないのがラキだ。適当にあしらっているだけかもしれない。

 ここへ来た目的はティーでもディナーでもない。話を急かす事はしないが、目的以外の事をしていたいとも思っていないだろう。しかもラキは用心深い。信用していない者から与えられたものには絶対に手を付けず、手を付けるとしても納得いくまで調べてからのはずだ。つまり、そういった事を説明するのが面倒だから当たり障りのない事を言っただけだ。ハーブが嫌いというのは間違いなく嘘だ。


「ウソじゃねェよ、殺すぞ」


「ひぃぃっ!」


 エミの会心の推理は、読まれていた上に間違っていたらしい。

 紅茶を飲み終えた頃合いで、部屋を出ていた館長が戻ってきた。


「お食事がまだでしたらご用意いたしますが、話を先になさいますか?」


 エミはご馳走になりたい気持ちでいっぱいだが、ラキは話を優先させたいと思っているかもしれない。しかし、ラキは全く別の疑問を口にした。


「怪盗ムーン、いるんだろ?話進めちゃっていーの?」


「えっ…?いるの?ここに?」


 この屋敷は館長が指定した場所で、エミは怪盗ムーンが来るとは聞いていなかった。だが、関わりのある者として同席するのはおかしくない。むしろ当然と言える。

 ラキが気にしたのは、怪盗ムーンが館長のボスだと思っての事だ。上司である怪盗ムーンを放って話を進めて良いのかと聞いたのだ。


「取り引きの際は、すぐにお連れいたしますので。…ヴェネ様がいると、良く分かりましたね」


「は?…あぁ、まぁ。女の匂いがな」


 ラキはいつもと違い、少しきつい表情で答えた。

 いるかどうか気付いた事など、ラキにとっては問題にするほどの事ではない。仲間なのだから、いると見当を付けていて当然だ。その程度の事も分からないエミや感心などする館長に対し、ラキは殺意を覚えていた。


「チッ…」


「…ん?ラキ?」


小さく舌打ちするラキに、エミが首をかしげながら顔を近付ける。

 ふとラキの胸の中から苛立ちが消え、たった今の自分の感情が遠い過去のように感じた。そこで、ある事に気がついた。


「……ハッ。なるほろ」


 ラキを不思議そうに見ている2人に、食事を先にしたいと希望し場の空気を流した。もちろんエミは大賛成。目的を忘れ、能天気に喜んでいる。


「かしこまりました。ではご用意いたしますので、しばらくお待ちを」


 館長はお辞儀をして部屋を去っていった。




………………




「わはぁ〜!いただきま〜すっ♪」


 料理が出てくるまで随分と時間がかかったが、その理由は料理を見て納得した。どれも手の込んだものばかりで、下ごしらえを済ませてあっても簡単にはいかないだろう。それを館長が1人で用意したのだ。要領の良さは素晴らしい。


「おいし〜い!」


 味は見た目や香りからも分かる。紛う事無く一流の腕だった。

 エミは一口食べるごとに美味しいと叫び、ラキも満足そうに食べていた。

 館長は微笑みながら、後片付けの為に厨房へ戻っていった。

 次々と料理が減っていく中で、物音が聞こえてきた。階段を乱暴に降りる足音だ。足音は食堂へ近付いてくる。そして足音が止み、勢いよく食堂の扉が開かれた。


「怪盗アサシン…」


 猛然と食堂へ入ってきたのは怪盗ムーンだった。当然ながら顔は隠しておらず、袖の無いパーカーにタイトジーンズという、出逢った時と比べて意外な格好をしている。

 精悍で、女でも見とれてしまうほど綺麗な顔立ちにエミが憧れの念を抱いている。それとは対照的な態度で、怪盗ムーンはラキを睨みながら言った。


「もう一度闘え」


 エミはテーブルに置いておいた帽子を取り、不安な表情で2人を交互に見る。

 ラキは鼻で笑いながら目を流していた。それを見た怪盗ムーンの表情が一層険しくなる。

 これは危険な兆候だ。このラキの態度は、どちらでも良いのだ。相手が闘う事を諦めれば何事も無かったように振る舞い、向かって来れば躊躇いなく殺してしまうだろう。そして、怪盗ムーンは冷静さを欠いた一触即発の状態だ。

 重い空気を払うように、エミは恐る恐る話に割って入った。


「あ、あのっ…話をしに来ただけなんですよっ…。目的は闘うことじゃない…と思います…」


「雑魚は引っ込んでて」


 エミの言葉は怪盗ムーンの耳に届かなかった。拳を握り、構えをとっている。おそらく魔力隠術で、すでに魔力を集めている。闘った経験のあるエミは、怪盗ムーンが魔闘士だと知っている。

 魔闘と魔法は力の質も扱い方も違う。魔心を削り魔力へ変換するのではなく“気”へ変換するのだ。どちらも才能に寄るものなので、両方を極めるのは不可能とされている。

 張り詰めた空気に気圧され、雑魚と言われてすっかり畏縮してしまうエミ。

 ラキは薄味の冷たいレモネードを飲み干し、やれやれと首を振りながら口を開いた。


「ザコは引っ込めって。ほら、お前も引っ込め」


 怪盗ムーンに対し、シッシッと手で払う仕草を見せる。

 ラキの軽い態度に、余計に状況が悪化した。怪盗ムーンは歯を食いしばって小刻みに震えている。いよいよ問答無用の争いになろうというところで、助け船が渡された。


「ヴェネ様、おやめください!」


 調理の後片付けに出ていた館長が、騒ぎに気付いて戻ってきた。館長は怪盗ムーンの前に立ち、肩に手を乗せてしっかりと目を見る。


「目的の為に、浅はかなお考えは切り捨てると決めたはずです。重要な事を忘れてはいけませんよ」


 強く深みのある言葉を受け止め、怪盗ムーンは握りしめていた拳を解いて力を抜く。1つ深呼吸をして、表情もいくらか柔らかくなった。


「そうだったね。ごめん、カラルド。もう大丈夫」


 そう言って怪盗ムーンが謝ると、館長は優しい微笑みでお辞儀をした。重い雰囲気が消え去り、エミがほっとしながら帽子を被る。

 怪盗ムーンが2人の向かい側に座り、館長は2人に軽く謝罪をしてから席に着く。怪盗ムーンはそっぽを向いた状態だ。ラキへの敵対心が消えた訳ではないらしい。


「では、取り引きを始めましょうか」


 空いた食器をテーブルの端に寄せ、館長が切り出した。

 本題に入る前に自己紹介をする事になったが、ラキは全く興味が無いようでエミに任せていた。怪盗ムーンも興味がないのか、自分と館長の呼び名だけを答えた。

 怪盗ムーンは美術館でも館長に呼ばれていた“ヴェネ”で、館長は“カラルド”と紹介された。お互いの名前が分かったところで、4人は本題に入った。


「怪盗アサシン。まずは例の物を出してよ」


 ヴェネはラキの名前を呼ばず、エミが時間稼ぎに使った嘘の通り名で宝石を催促した。

 ラキは特に気にせずLポーチから宝石を取り出し、無言でテーブルの中央に置いた。宝石は相も変わらず美しく、内側から妖しく輝いている。

 ヴェネとカラルドは宝石をじっと見つめ、しばらくしてからお互いに頷き合った。そしてラキ達に顔を向け、取り引きの内容を話し始める。


「何が欲しいの?」


「何だと思う?」


「アナタねぇっ…!」


「ヒハハハ!ジョーダンだよ、怒るな怒るなー」


「早く答えて!」


「コイツに聞け」


「…へっ?」


 ラキはエミを指差していた。今まで黙っていたエミは突然の出来事に驚き、裏声が漏れる。

 色々な経験が浅いエミに取り引きなど出来る訳がない。これまでの旅でもラキがエミを引っ張ってきていたのだ。今回も全てラキが進めてくれると思っていたのだろう。

 何を言えば良いか分からず、もごもごと答えに迷っていると、ヴェネが頭に手を当てながら厳しい口調で言った。


「もう…こんな役立たずの子供に任せるなんて、どうかしてる…」


「お前は役立たずの子供の時、どんな役に立ってたんだよ」


ヴェネの言葉に、ラキがすかさず返した。

 経験が無いのだから、役に立たないのは当たり前。誰でも同じなのだ。


「…アナタ、取り引きする気あんの?」


「落ち着けって。役立たずの子供じゃねェんだから」


 ラキはきつく睨むヴェネを視界から外し、ひらひらと舞って行きそうなほど軽い態度をしている。そして、自責の思いで押し黙っているエミの帽子のつばを叩いた。

 エミは俯いていて、帽子のつばで前にいる2人から顔を隠していた。目だけをこちらに向けたエミの表情は、軽く泣き出していまいそうなほど暗い。


「相手は何て聞いてきた?」


 エミはラキの言葉の意味が分からなかったが、何を聞かれたかは考えるまでもなく分かっている。相手は“何が欲しいの?”と聞いてきた。そして自分達が欲しいのはコペッカ録の著者の情報だ。その為に旅をしてきたのだから考えるまでもない。


「………ぁ…」


 エミが声を漏らすと、ラキは鼻で笑った。そう、鼻で笑うほど単純な事だったのだ。

 エミはただ混乱していただけ。不意の出来事に驚き、その事で頭がいっぱいになり、考えを整理しようと焦る。物事を上手く処理できる能力がまだ無いだけなのだ。


「役立たずの子供が取り引きを進めるよーん」


 ラキは皮肉を込めて言い放つと、ヴェネは苛立たしげに深く椅子に座り直した。

 エミは少し落ち着いた様子で、背もたれに掛けていた鞄からコペッカ録を取り出し、2人に見えるように置いた。思考は正常だが、初めての取り引きに緊張している。


「…こ、この本…もしくは著者、コペナス・クアッロのじょ、情報が欲しいです」


 カラルドはコペッカ録を見て眉間にシワを寄せた。そして本を手に取り、ペラペラとめくっていく。何度か紙の擦れる音が響いた後、手を止めて小さく唸った。

 ヴェネは不思議に思い、立ち上がってカラルドの横から本を覗いた。何も書かれていない。つまり、全て白紙だった。


「何これ。何も書いてないじゃん」


 怪訝な表情で呟くヴェネに、カラルドが何かを伝えた。それに対してヴェネは、納得したように頷いた。

 どうやらコペッカ録には魔法がかけられていて、それが本の内容を隠しているらしい。


「異世界から来たコペッカという探検家の話は聞いた事があります。この本にかけられた魔法が異世界のものだとしたら、解くのは難しいですね」


 異世界という単語にエミが反応し、口を開きかけた。が、横からラキの鋭い視線が突き刺さり、慌てて口を塞いだ。

 ラキが異世界の住人だという事を話してしまっても問題はないのだが、話の腰を折りたくないのだろう。代わって今度はラキが話し始める。


「解けねェの?」


「調べてみない事には何とも言えませんが…」


 カラルドは言いながら、決定権を持つヴェネに目を配る。腕を組んだまま考えていたヴェネは、渋々といった様子で答えた。


「それが取り引きの条件なら、やるしかないしねぇ。でも時間はかかるよ?だいたい2、3ヵ月」


 期間を聞いたエミの表情が険しくなる。

 コペナス・クアッロが異世界から来たという事を知り、やはりこれを調べていけばラキを元の世界に戻す手掛かりが見つかるかもしれない。これで目的が達成される可能性が見えてきた。しかし、それまでの期間をどう過ごせば良いのかと考えてしまう。目的も無く3ヵ月待ち、もし成果を得られなかったとしたら、また1からやり直しだ。そう考えると、新しい手がかりや別の方法を探した方が良いのではないかとも思う。


「お前は頭悪ぃクセに、ムダに考えすぎなんだよ」


 分かりやすいエミの表情から思考を読み取り、小馬鹿にするラキ。

 何故ラキはこんなにも楽観的でいられるのだろう、とエミは不思議に思った。

 気付けば独り見知らぬ世界へ来ていて、前も後ろも分からない状態のはずなのに躊躇いなく行動ができる。モンスターが居ない世界で暮らしていたのに、武器の扱いにも闘いにも慣れている。

 ラキと居ると、常に劣等感や不安を抱えている自分が無意味な存在だと思えてしまう。


「んぎゅっ!?むぃ〜!」


 考えに耽っていたエミは、突然頬を鷲掴みにされて現実に返ってきた。見ればラキが恐ろしい薄ら笑いを浮かべていた。


「起ーきーろーよぉ〜」


 ラキはエミの頬を鷲掴んだまま、ぐいぐいと顔を回す。手を退けようと必死にもがくが、顔が余計に面白い形になるだけだった。


「まったく…イチャついてないで早く決めてよ」


 ヴェネは呆れながら、虐待されている少女に言う。そこでようやく解放され、頬をさすりながら自分の考えをまとめた。目には涙が浮かんでいる。


「え、えっと〜…3ヵ月は、その……な、長いな〜と思います…」


「…話、やっぱり聞いてなかったみたい」


 ヴェネは更に呆れ顔になり、カラルドの肩を叩いて交代した。どうやらエミが考えに耽っている間に話が進んでいたようだ。


「本の件は、約1ヵ月の時間をいただきます。その間、特にお急ぎでなければレイノスへ行ってみてはいかがでしょう?」


 カラルドは話を聞いていなかったエミに、先ほどと同じ内容の話を丁寧に説明してくれた。

 ヴェネ達にも都合があるのだが、ラキは1ヵ月以内に答えを出せと譲らなかった。ヴェネは仕方なく、約1ヵ月という事でラキも手を打った。

 1つの場所に留まっていれば集合もしやすく、空いた期間を有意義に過ごせるようにとカラルドが気遣い、レイノスという街への滞在を提案した。


「レイノスって、どこにあるんですか?」


「ここから北東へ、馬車で6日ほどの場所ですね。闘技場や訓練場がありますので、冒険者にとって有益な事が学べますよ」


 レイノスは獣人が統治する国の中にあるが、その街自体は人間が治めている。治安も物価も安定しているため、冒険者だけでなく観光客にも評判の街だ。

 結果が出るまでやる事がないからといって、この屋敷に居座るのは迷惑だろう。それならば、居場所も分かり力も付けられる過ごし方は最適と言える。

 ラキが元の世界へ戻る方法も、新しい旅が探す範囲を広げてくれる。たとえ本の調査に3ヵ月かかるとしても、旅をしていればごく短い時間だ。それに、旅をする事自体が目的でもある。ラキのような奇妙な存在と行動できる事など、生きていてそうあるものではない。何も後ろ向きになる必要はないのだ。

 エミはさっきまでのもやもやした気持ちが消え失せ、おかしな考えをしていた自分が遠い過去のように思えた。


「じゃあ…そうします!本のことは任せました!」


 エミは活力に満ちた清々しい表情で答えた。ラキも頷き、取り引きは成立という事で話がまとまった。


「まぁ仕事はキッチリやるよ。で、すぐに出発する?」


「えっ?す、すぐにって言っても…色々準備もあるので…」


 現在、旅に必要な物資は用意していた量の半分をきっている。買い足さなければレイノスへ着くまでに物資が尽きてしまうのは事実だが、それ以前にエミの場合、すぐに行動を起こす心の準備が整っていないのだろう。要領が悪い。


「すぐ行くんだね。じゃあ付いてきて」


 どうやら特に聞いた意味はなかったらしい。

 ヴェネがエミの反応を無視し、カラルドと共に部屋を出ていく。あたふたと挙動不審になっているエミを鼻で笑いながらラキも続いた。

 いい加減、不意の出来事に慣れなければと、エミは息をついて後を追った。

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