41・『厄介事はやってくる』
「はあ……!?」
突然言われた事が理解できず、そんな言葉が出てしまう。
ここはルーファスさんの研究室だ。無事に宿に泊まって一晩を過ごした私は、今朝彼に呼び出された。
ちなみにどうやって呼ばれたかというと、ギルドカードから電話があったのだ。
なんと、ギルドカードには電話機能が付いてたのだ。
地図といい、本当にスマホぽくなってきていないか?
まぁ首都の全体に掛けられた大魔導時代の技術である《魔法伝達システム》という通信回線みたいなものを利用しているから《魔法伝達システム》のある主要都市ぐらいしか利用できない機能みたいだけど。地図もそのシステムを利用しているようだ。
「だから何度も言ってるだろ? 今日魔力熱で病欠した教師がいるんだよ。武術学科の授業なんだが、代わりができる他の教師がたまたまいなくてな」
困ったようにルーファスさんは言うと、こちらを見ながらまた喋り始める。
「いつもなら他の授業か自習にする所なんだが、……丁度いい代わりの教師になりそうな奴がいるなら、そいつに頼むだろ?」
「そこまでは分かりますが……どこに代わりの教師がいるというんですか?」
「とぼけるなよ。今俺の目の前にいるじゃないか」
この研究室には私とルーファスさんしかいない。つまり――。
「…………私に教師をやれというのですか?」
「その通り!」
ルーファスさんはさも当然といった風に言う。
……ああ、頭が痛い。というか面倒くさい。
大体、私には教師をしている暇なんてない。
目の前にいる人に勝つためにも、修行をしなければならないのだから。
「ルーファスさんがやればいいじゃないですか」
「俺は魔術士だぞ? 確かに剣は扱えるが専門じゃない。それに俺だって魔術学科で授業があるんだよ。……つーかあの参考書どこ行きやがったし、授業で使うのに」
そう言いつつまた本を手にとっては元に戻している。
彼は先程からこうやって部屋の至るところにある本の山を荒らし回っていた。
こんな散らかった部屋から目的の物を探すのは困難を極めるだろう。
「……どういう本ですか?」
「魔術工学の本。最近出版されたものだから新品のやつだな」
周りを見渡し、近くの本の山に紛れていた、明らかに周りの本よりも新品な分厚い本を見付けて取り出す。
「……もしかしてコレですか?」
「あーそれだ! 良かった、魔術工学は専門じゃないし、教えるわけじゃないんだが今日の授業で必要だっから助かったぜ」
私の手元の本を指さしながら喜ぶルーファスさん。
「……もう少し部屋を片付けたほうがいいのでは?」
「えっ? まだ綺麗だろ? 他の教師の部屋とか今度見てみるといい。これがマシなレベルだ」
特に反省もせずにそう言いながら、私から本を受け取る。
その本と交換するようにして何故か黒い布を渡された。よく見ればその黒い布はこの学園の教師用のローブのようで、目の前のルーファスさんが着ているローブにそっくりだ。
「はいこれ。俺の予備でごめんね」
「……待ってください。なんでこんな物を渡すんですか」
「なんでって教師するならこれ着ないといけないだろ? サイズの心配ならしなくていいぞ。
ローブには魔方式の魔方陣が使われているから、体格に合わせて縮んだりしてくれるからね」
「そんな事は聞いていません。着ませんので!」
手に持ったローブを彼に返すように押し付けるが、彼もそれを押し返すように渡そうとしてくる。
「いや、本当、頼むよ!」
「いいじゃないですか自習で。……大体、子供の私が教師なんて」
子供の私が教師なんてするのはダメだと思うのだが……。
「子供の教師ならすで居るから大丈夫だよ」
「えっ居るんですか!?」
「外見だけだけどね。まぁ君は年齢の割にはそんなに子供ぽくないから任せられるんだよ」
「そ、それは……」
確かに、精神年齢はもう結構、歳を取ってますけどさ!
「あっそうだ! 私は《属性なし》ですよ! 魔法が使えない私に教師なんて務まらないと思いますよ!」
教師なんてやったことないのに、さらにここは普通の学校ではないのだ。魔法が使えなければ授業なんてできないと思い、それを指摘して教師という面倒な仕事を断ろうとしたのだが――。
「いや、さっきも言ったけど武術学科の授業だから。生徒と模擬戦できればいいから魔法は特に要らないかな? 低学年の授業だし、実力も教師できるくらいあるし」
「この学園って《属性なし》の入学は断って――」
「それは生徒の話だろ? 教師は《属性なし》でも大丈夫だ。言っとくがちゃんと校長と理事長である国王にはすでに許可は取ったからな?」
何故か勝ち誇ったかのような笑みで、こちらを見るルーファスさんだった。
なんてこった! 教師は別に、魔法が使えなくてもいいだと!?
そして次に指摘しようとした事まで対策済みだと!? しかも国王の許可付きかよ!?
ルーファスさんの言葉に唖然としながらも、なんとか口を動かす。
「……許可取るの早くないですか」
「昨日の時点で許可は下りているぜ」
「……病欠の知らせが朝に来たにしては随分と早い対応ですね。予知でもしていたんですか?」
「俺に予知能力なんてないしそんな魔法も使えないぞ。たまたま都合よく病欠が出ただけで……っていや何でも無い! 今のは忘れろ!」
……最初から私を教師として勧誘するつもりだったんですか。
そう思いながら、慌てるルーファスさんを冷めた目で見る。
「こんな回りくどいことせずに正直に頼めばいいものを……」
「素直に言っても断るだろ。まぁ、その回りくどいことしても結局断られたけど」
ルーファスさんが肩を落としてがっくりと項垂れた所で、扉を叩く音が響いた。
「ルーファス先生いらっしゃいますか? 魔術学科四年のヘンリーですが……」
「来たか! 入っていいぞ!」
扉を開けて入ってきたのは、私と同い年の十三歳くらいのベージュ色の髪の毛と水色の瞳を持つ少年。
「悪いな、こんな朝から呼び出して」
「いえ。それよりもどのようなご用件で私をお呼びしたのか教えていただけますか?」
「ああ、悪い悪い。急いでたもんで用件を言ってなかったな」
そう言ってルーファスさんは何故か私を見ながら話しだす。
「実は、急遽この子が臨時の教師として授業をすることになった。ヘンリーくんにはそのサポートをしてもらいたいと思ってね」
「ちょっとルーファスさん、私はまだやるなんて一言も言ってませんよ!?」
「まぁまぁ、いい経験になると思えばいいじゃないか。……っともうそろそろ授業が始まってしまう!」
私の言葉には耳を貸さずにルーファスさんは先程探していた本と、さらに別の分厚そうな本を数冊持つと、扉に向かって歩いて行く。
「ということでヘンリーくんはその臨時教師に付いていてくれ! ちゃんと許可は取ったから!
それで、授業は武術学科二年生の実習だから、第一訓練場に行くといい」
「……かしこまりました」
「じゃあ、後は頼んだぞ!」
「ちょっと待ってください! ルーファスさん!」
制止の言葉にも耳を貸さずに、彼はまるで逃げるように慌ただしく部屋を出て行った。
静まった部屋に取り残された私と少年は、困ったように顔を見合わせる。
「……もうすぐ授業が始まりますが、どうなさいますか?」
そう聞かれて私は、手に持った教師用のローブを見つめながら言う。
「……はぁ、仕方ないからやるよ、臨時教師」
私がやることはすでに決まってしまった事らしいので、面倒だけど仕方なくやることにする。それに今回だけ、一回だけやればいいのだ。次に頼まれたら断固拒否すればいい。
渡されたローブの袖に腕を通す。ルーファスさんに合わせたサイズなので子供の私にはやはり大きく、ローブの裾なんて地面についてしまっている。
「これ、魔方式の魔方陣が組み込まれてるからサイズは大丈夫って言ってたけど、どうすればいいの?」
着たはいいが一向にローブは私の体に合わせたサイズに変わることはない。困った私は目の前にいた少年に助けを求める。
「ああ、これは口頭発動式なので……《サイズ・チェンジ》」
ローブに触れながら彼がそう呟くと少年の魔力が魔方陣に吸い取られ、魔法が発動された。
するするとローブは縮んでいき、私のサイズに合わせた形に変わっていく。
「自動発動式じゃなくて口頭発動式だったか……」
魔方式で作り出される魔方陣の発動の仕方には二種類ある。
キーワードを言うと発動する口頭発動式と魔力を感知する事で発動する自動発動式の二つ。どうやらこのローブに使われている魔方式は口頭発動式だったみたいだ。
「ええ、キーワードをご存じないと発動しません」
「キーワードを知らなかったから助かったよ。えっと……ヘンリーさんだっけ?」
そう言うと彼は慌てたように言う。
「申し遅れました。私はヘンリー=ウォード・ヘイデンです。どうぞ、ヘンリーとお呼びください」
礼儀正しく、ヘンリーは綺麗にお辞儀をする。たったそれだけの動作なのだが、それだけで彼からはどことなく育ちの良い、品格の良さのようなものが感じ取れた。
この学園に入学する生徒の殆どは貴族と言っていいだろう。きっと彼も貴族に違いない。
「えっと……ラクサ・ギナです。そんなに畏まらないでください。歳はそんなに変わらないみたいですし……」
先程まで子供同士だからとタメ口を使っていた私だが、そんな事実と彼の仕草を見て少しだけ恥ずかしくなる。
「そう仰られましても……それに寧ろ貴方様の方が畏まらなくてもよいのです。臨時とはいえ教師ですので、それからあのルーファス先生の紹介ですから……」
「ルーファスさんの紹介? それがどうかしたのですか?」
そう聞くとヘンリーは驚いた顔をしながら話しだす。
「どうもなにもあの御方はラドフォード侯爵家の御方ですよ!? いくら次男とはいえ侯爵家の者、そんな御方のご紹介となれば貴方様の扱いを粗相にするわけにはいきません!」
侯爵家の人間? あのルーファスさんが?
信じられないものを見る目でヘンリーを見るが、彼が嘘を言っているようには見えない。
ルーファスさんが貴族だとは知っていたが、まさか侯爵という結構な位置の貴族の息子だとは思わなかった。
「君がそこまで拘る理由が分かったよ。でも、できれば普通に接して欲しい。その扱いには慣れていないし、私にはそんな資格はないから……」
「……それは命令でしょうか?」
「無理強いはしたくない所だけど、普通がいいからそういうことでいいよ」
そう言うとヘンリーは不満そうな顔をした後に、すぐに笑顔で答える。
「……分かりました。これからよろしく、ラクサさん」
少しだけ雰囲気が崩れたが、それでも畏まった雰囲気は抜けていない気がする。
「まぁ、さっきよりはいいか。これからよろしく、ヘンリー」
そう言って私は手を差し出して、ヘンリーと握手をする。
「授業の場所は分かるよね?」
「はい、案内しますから僕に付いて来てください」
ヘンリーはそう言って扉に向かって歩いて行く。
教師用のローブを翻しながら、私は彼に付いていき、ルーファスさんの研究室を出て行った。




