42・『臨時教師』
「こちらの方は今日の授業の代理を務めて下さる、臨時教師のラクサ先生です」
ヘンリーの声が訓練場に響き渡る。この訓練場は昨日ルーファスさんと決闘をした所だった。
「えっと、臨時教師のラクサ・ギナです。よろしくお願いします」
そう言って目の前の、私と歳の変わらない子供達に向かって挨拶をする。
目の前の子供達は武術学科二年生だ。この学園に入学して二年目になる子供達だが年齢は少しばらつきがある。十四歳くらいの歳の子供が多いが中には十歳や十六歳らしき子供の姿もあった。
この学園の入学可能年齢は十歳だ。だが、推奨年齢としては十三歳から入学するのが良いとされる。それは習う授業が理解出来る年齢とされるからだ。だからここにいる生徒の大半は十四歳が多い。
まぁ中には十歳から入って飛び級する子もいれば、三十歳で入学する大人もいるらしいけど。
……そして、十三歳で教師をするような奴もいる。……私の事だけど。
さて、そんな子供の私が教師を務めるのだ、何かしら生徒達から不安の声でも上がると思っていた。
だけど、生徒達は意外にもそんな不安そうな顔をせず、何故か興味津々と言った様子でこちらを見ている。
「はーい! 新しい先生に質問です! ――本当は何歳なんですか?」
……いきなりなんて質問をしてくるんだ、この生徒は。
どうみても今の私は十三歳の子供で……まさか私が転生者で中身は大人だって見抜いたのか!?
質問の意味に混乱している私を置いて、それをきっかけに他の生徒達も質問をしてきた。
「校長先生と同じで外見が若いだけですよね? と言う事は二百歳は超えてますよね!」
「ばっか、校長先生より下だろ? 先生は百歳と見た!」
「もう、年齢を聞くなんて失礼よ。……それにしても先生イケメンですね! 彼女とかいるんですか?」
「先生って昨日ルーファス先生と決闘をしてませんでしたか? オレ見てました! 凄かったっす!」
「でも、ルーファス先生に負けてたよな。案外弱っちぃのかも」
「いや、噂だとBランク冒険者らしいぜ。先生! 冒険者ってのは本当ですか?」
「えっ冒険者だって!? 先生! 今までどんな依頼とかしてきたんですか? どっかで財宝掘り当てたりしましたか!」
「先生! 女子生徒に抱きつくというセクハラをして、泣かせたのって本当ですか!?」
「ちょっと待て、いきなりそんな質問攻めしないで欲しい! それから最後の質問はなんだ!」
次々に質問してくる生徒達に頭痛がしてきて頭を抱える。
……本当、最後の質問とかなんだよ!?
ちょっとだけ見に覚えがあるにはあるけど、あれはセクハラとは呼ばない……はずだ。
「おい、お前ら! 先生が困ってるからそこまでにしといてやれ!」
その時、生徒の中からそんな声が響く。そちらのほうを見ると、なんと……。
「ウィリアム?」
「……よう、ラクサ。臨時教師がお前なんて聞いてないぞ」
私の幼馴染みのウィリアムがそこにいた。
「おい、ウィリアム! 先生と知り合いなのか!?」
「まぁな。ラクサとは幼馴染みだぜ」
「えっ! じゃあ、校長先生みたいに見た目詐欺じゃないってことか!?」
俺の予想が外れただの、同い年だの、子供が教師かよだの、先程期待していた反応が今頃になって生徒達の間に走る。……遅いよ。
「はぁ……とにかく今日の授業は私が受け持つから、そういうことでよろしくお願いします」
そう言うと彼らは素直に返事をする。……意外と素直な奴らだ。
とは言ったものの、授業なんて何をすればいいんだ?
助けを求めるようにヘンリーを見てみるが……。
「すみません。僕は魔術学科なんで、武術学科の事は……」
そう言って申し訳無さそうに謝るヘンリーだった。
誰ですか、ヘンリーを補助に付けた奴。明らかに人選ミスですよ!
ルーファスさんは魔術士だから、魔術学科の生徒のほうが詳しいのだろう。
その中から私のサポートが出来そうな人を選んだのだろうけど……、できれば武術学科の人にして欲しかったな。
とりあえず、ここは武術学科の生徒に聞こう。ということでウィリアムの方を見る。
「……ウィリアム、私は先生なんてやったこと無いから授業の仕方が分からない。普段はどんな事をしているの?」
「授業か? そうだなー……。基礎体力作りに馬術訓練とか……あと指定された武器を手に生徒達二人組作って模擬戦とかか? たまに先生が見本として生徒相手に模擬戦とかするけど……」
そういった所で今まで静かにしていた生徒達が声を上げる。
「先生! オレ先生の戦ってる所がみたいです!」
「俺も! 昨日の決闘の時から先生の戦い方が気になっていたからみたいです!」
「先生! できれば昨日使っていた剣術と体術魔法を教えて下さい!」
どうやら昨日の決闘を見ていた生徒たちからそんな声が上がった。
……ふむ、魔法じゃないけど私の《魔斬流》について教えとくか。他に何をすればいいか思いつかないし。
「では、ご期待に応えて私の剣術でも披露しようか」
「「やったー!」」
私の言葉に、生徒たちは歓喜の声が上がる。
――だけど、私の次の言葉に、その声は消えた。
「それじゃ、誰か私の相手をしてくれないかな?」
そういった瞬間、生徒たちは青い顔をすると私から少し身を引いていく。
ただ一人を除いては……。
「……? 皆、どうしたんだ?」
他の生徒が引き下がっていく中で唯一下がらなかったのは、ウィリアムだ。他の生徒達から孤立するかのように立つ彼に対して、生徒達が言う。
「先生! 先生の相手ならウィリアムが適任だと思います!」
「武術学科の二年生の中じゃ優秀な人だしね!」
「そうそう! 俺らじゃ先生の相手なんて無理無理!」
「けして、先生の相手をするのが嫌なんてわけじゃないですよ!」
「あんな戦い見た後じゃ、いくらルーファス先生に負けているからって相手にしたくないとか思ってませんから!」
……うん、大体分かった。説明ありがとう、生徒達よ。
つまり、昨日の決闘を見た彼らにとってあのレベルの戦いをする私は、いくら負けた者でも彼らでは敵わない人という認識らしい。
「ルーファス兄ちゃんと決闘? ラクサ、いつの間にそんな事してたんだよ」
どうやらウィリアムは決闘の事を知らないようだ。私も言ってないからね。
「昨日ウィリアム達と出会う前にルーファスさんに会ってたんだよ。その時にね」
「そんな事一言も言ってなかったじゃないか……」
「……話す必要はないと思って」
あの時は負けたショックもあったから言いたくなかったのもあるんだよ。
「まぁとりあず、私の相手はウィリアムでいいね」
「……そうだな。他のやつはやりたがらないようだしな」
やれやれといった具合にそう言うウィリアム。
しかし、次にこちらを見たその目は挑戦的なものだ。
「今だにお前がBランク冒険者だって実感が湧かねぇ。でも、戦えば分かるよな! それに昨日の借りを返す良いチャンスだぜ!」
「……そう簡単に借りを返せると思わないほうがいいよ」
「俺だって強くなったんだよ! それを教えてやるぜ!」
自信に満ち溢れたような声で彼はそう言い放った。
こうやってウィリアムと模擬戦をするのは実に三年ぶりだ。
目の前には木剣を持ったウィリアムがいる。
自分も同じく木剣を持ち、彼の前に立つ。ちなみに木刀はないと言われた。まぁ、剣でもなんでもいいさ、とにかく魔素を操れる棒状のものであれば何でもいい。でも、使い慣れた刀の形がいいというちょっとしたこだわりがあるにはあるが。
「ルールはさっき言った通りだ! ちゃんと守れよ!」
「分かっているよ! ……先制はどうぞ、ウィリアム」
昨日ルーファスさんに言われた言葉を、まさか今日自分が言うとは思わなかったが、言う。
私とウィリアムの周りには、生徒たちがこの模擬戦を見学している。
昨日ルーファスさんに負けたとはいえ今は先生だ。こんな事を言っておいて生徒であるウィリアムに負けるなんて事はしないようにしないと……。それにBランクという実力の証明が揺らぎそうだし。
「へっ! そんな余裕がいつまで続くかな!」
そんな私に向かってウィリアムはそう大きな声で言いながらこちらに近づいてきた。彼の体内魔力の流れ的に身体強化の魔法でも使っているようで動きが速いが、ルーファスさんほど速くはない。
そのまま私の懐に一撃を食らわせようと剣が動くが、それを素直に食らうほど私は弱くない。ウィリアムの木剣を打ち返し、その隙を狙うが彼もまた私の剣を打ち返して来た。
私の剣を打ち返したウィリアムは私に向かって剣を勢い良く振り下ろす。それを後ろに下がりながら避けるが、彼が魔法を使ったようで剣に魔力が宿るのが視えた。
「地天流奥義、《地天返し》!!」
ウィリアムが剣を地面に叩きつけるとその衝撃により、地面が盛り上がり、そのまま私に迫る。足元が崩れ、地面が飛び出し、岩が飛び交う攻撃。その攻撃を魔素の流れに乗り、宙に逃げて飛んでくる岩を避けたり、斬り落としたりしてやり過ごす。
いくら木剣を使っているからとはいえ、魔法を使えばこの通りだ。安全ではない。
まぁ、昨日と同じで私とウィリアムの体には防御魔法が掛けられているからそんな心配はないが。だけど、昨日よりも性能の低い魔法なので、強い攻撃が一発でも当たれば終わりである。
つまり、この模擬戦は一発でも相手に攻撃を当てさせれば、その時点で攻撃を当てたほうが勝ちだ。
「なんで空を飛べるんだよ! お前、魔法使えなかったはずだろ!」
明らかに高い位置にまで飛んだ私を見て、ウィリアムから驚くような声が上がる。
そう言えば、ウィリアム達には魔素の事については何も言ってなかったな。
「魔法は使えないよ。でも、それに代わる物は使える。そうでないと教師としてここにはいないよ」
そう言いながらウィリアムに向かって《斬撃波》を放つ。
彼は技を放った私の行動を見て、不思議そうな顔をした。傍から見れば空中で何もにないのに突然素振りをしたように見えるはずだから、そんな顔をしたのだろう。
だけど、手前に飛んでいた岩が真っ二つに斬られたことで、そこに何か見えはしない攻撃があると分かったのか、驚いた表情をした後すぐに横へ転がるように避けた。
避けられた《斬撃波》はそのまま地面に激突すると、地面を大きく削り、その存在の爪痕を残す。
それを見たウィリアムがまた驚いた声で叫ぶ。
「お前……! 本当になんだよ、それは! 魔法じゃなかったら、それは一体なんなんだよ!!」
地面に着地したこちらを睨みつけるウィリアムのその目に、恐れが映る。
そりゃそうだろう。こちらは魔法が使えないはずの《属性なし》なのに、魔法のような、でも魔法ではない得体のしれない術を使っているのだ。そんな訳の分からない術を使う者が目の前にいる、いくら知り合いだとはいえ、恐れるのも無理はない。
だけど、そんな目で見て欲しくない。だから私はすぐに私の使う《魔斬流》について説明する。
「《魔斬流》だよ。魔法ではない、魔素を使った流儀」
《魔斬流》と言った瞬間、ウィリアムが先程よりも驚いた表情でこちらを見る。
いや、ウィリアムだけじゃない、周りの生徒達からも驚く声が上がっていた。
「《魔斬流》!? まさかお前、グラシードの《魔斬の剣士》か!?」
ウィリアムが驚きの声とともに、私の通り名を言う。
「そうだよ。この王都までその名が伝わっているとは……。だけど、私の名前までは伝わっていなかったようだけど」
グラシードの《魔斬の剣士》か。……やっぱり、教師なんてやらなきゃ良かった。だけど、呼び名の事はバレても構わない。困るのは別のことだ。
「《魔斬》ってあの!?」
「確か《魔力なし》なのに魔法を使う人だっけ?」
その声に反応するように周りの生徒達からも魔斬という言葉が聞こえてくる。《魔力なし》の部分はもしかしたらエミリーの事かも知れない。彼女の噂と私の噂が混じったのだろう。
「まぁ、そういう訳で。……魔素のご提供に感謝します」
「へっ!?」
そんな私の言葉に驚くウィリアムを視界に入れつつ、周りを見渡す。
先程ウィリアムが魔法を使ってくれたおかげで、その時の魔法が魔素に戻った分が宙に漂っている。
――利用できるものは、利用しましょう。
ということで、周囲に漂う魔素をかき集め、流れを作る。
「――魔素はすでに、我が手中にあり!」
生徒達も居ることだし、そんな風になんとなくカッコつけて、魔素を操る。
刀を一つ振れば、それに合わせて魔素の激流が流れる。その激流は浮かび上がる岩をも巻き込んで、ウィリアムを襲う。
「くそっ!」
驚く顔をしながらなんとか飛んでくる岩を避けつつも、魔法を使おうとするウィリアム。
だけど、そんなことをはさせない。
「――っ!?」
飛ぶ岩陰から飛び出るようにウィリアムの背中を取り、そのまま後ろから容赦なく斬った。
「うわっ」
彼を守っていた防御魔法は私の一撃によって崩れていく。
斬られた勢いで詠唱していた魔法が中断し、木剣を落としながら尻もちをつく形で倒れたウィリアムに向かって言う。
「また、私の勝ちだね」
「……それ聞くの二回目だから、もう言うんじゃねぇよ」
不貞腐れるように呟いたウィリアムに向かって手を伸ばす。伸ばされた私の手を一旦睨みつけてから、彼はその手を取ったので腕を引いて立ち上がらせる。
「そう落ち込まないで。昔よりは強くなったよ。特に私が避けた後に魔法を使ったのはいいと思う」
とりあえず、先ほど戦って思ったことをウィリアムに言ってみることにした。
「避けて体制を立て直そうとする相手に、そんな暇を与えること無く足場を崩す。しかも崩れた地面から岩が飛んでくる。体制を崩している相手にとってはそんな岩なんて避けられない、いい戦法だ」
「……でも避けられた。飛ぶなんて卑怯だぞ」
「……卑怯と言われても、それが有効な手段であるなら使うまでだよ。とにかく、このやり方は避けられた場合の対処が出来てなかったのがダメかな」
「一応、対策はあったぞ。でも、お前の《魔斬流》に驚いちまって、それをする前にお前に倒された」
「君の弱点はそうやって驚く事かもしれないね」
「……そうかもな」
そう言うとバツが悪そうな表情をするウィリアムだった。彼は想定外のことについての対処が甘い気がする。まぁ、とりあず今はそれは置いておこう。
「そういえば、防御魔法を壊す前に魔法を使おうとしていたね。それが対策なの?」
「ああ、磁力魔法だ。さっき飛び出した岩には磁力が宿っていてな、それを操ってなんとかしようと思ったんだが、それの詠唱中に邪魔されちまった」
「なるほど……でもあの時だと詠唱する暇は無かったね。無詠唱できれば、違っただろうけど」
「俺は魔術士じゃないからな……。自然魔法の無詠唱はできないから無理だ」
「詠唱できる隙を作れば、なんとかなりそうかな?」
そんな感じに、先ほどの模擬戦についての反省点などをウィリアムに言ったり、私の《魔斬流》に付いて生徒達に解説したりした。
その後はせっかくの実習なので、いつもやっているという一対一の模擬戦を生徒達にさせながら、その戦いを見て、思ったことやアドバイスできそうな所を見つけたら教えて回っていくという形で授業を進めていく。
気付けば授業は終わっており、なんだかんだで私は臨時教師としての仕事を、無事に終わらせたのだった。




