40・『もう一つの再会』
すっかり暗くなった街をどこへ行くこともなくゆっくりと歩く。
空を見上げれば星空の中を光を灯した街が建ち並ぶ浮遊島が漂い、星空の光と共に島自体が淡く光っている。
そんな幻想的な風景を楽しめる余裕は、今の私の心にはない。
あの後、私を気遣うレベッカさんを無視して、学園を逃げ出すように出てきた。
ルーファスさんに負けたのは悔しいが、それ以上にあの人に勝てる力がなかった自分に苛立ちを覚えた。彼とは同じBランクのはずだ。なのに彼との間にはあきらかな差がある。
経験の差か、実力の差か。いや、どちらもあるだろう。
今の私では仇を討つことはできない。だから強くならなければ。もっと強く、ルーファスさんなんて弱いと思ってしまうくらいに。
「……今度は絶対に勝つ」
空に浮かぶ学園を睨みつけてから、また歩き出す。
「とりあえず、宿を探さないとなぁ……」
ここへ到着してからすぐに学園へと向かったので、宿は取っていなかったことを思い出す。これからどうするか考えるのよりも、今は今日の寝床を確保しなければならない。ついでに夕飯も。ルーファスさんを頼りに行くことも考えたが、今は彼とはあまり会いたくはない。
どこに宿屋があるか地図を見て確かめようと、ギルドカードを取り出そうとした、その時。
「……ちゃん! ラクサちゃん!」
私を呼ぶ声が後ろから聞こえた。
後ろからは走っているのか、それなりの速さでこちらに向かってくる人の魔力の気配がある。この気配が声の主だろう。後ろを振り返ると、私を呼んでいた人物が抱きしめるように飛びついてくる。飛びつかれて危うく後ろに倒れそうになった。
いきなりのことで驚いた私は胸に飛び込んできた人物……少女を見る。
白いシスターのような格好をしており、細くてふわふわとしたプラチナブロンドの長い髪が揺れていた。自分の目線の下にあるどこか見覚えのあるその顔はやや幼さを残した顔であり、桃色の大きな綺麗な瞳がこちらを見つめている。
お互い見つめ合った状態が続いた後、私は恐る恐る少女の名を言う。
「……クレア? クレアなのか?」
「うん、そうだよ! やっぱりラクサちゃんなんだね!」
そう言って嬉しそうに笑いながら、また私に抱きつくクレアだった。
「……でも、どうしてクレアがここに?」
クレアがこの王国にいるなんて思わなかった。今もあのリーデリルの街にいると思っていたのだ。
「ラクサちゃんこそ! 今までどこにいたの! ルーファスの所に居ると思ったらいないし! すっごく心配してたんだよ!」
怒ったようにいったがその顔は今にも泣きそうな顔だ。
「ルーファスに聞いても、無事だって言うばかりで会わせてくれないし、居場所すら教えてくれなかったんだよ……。どれだけ心配したと、うぐっ……ううぅ……」
「クレア……。ごめんね、心配かけて……」
結局涙を堪えることが出来ず、泣き出してしまった彼女を慰めるように頭を撫でながら抱きしめる。
「……もう会えないんじゃないかって思ってたんだから」
「ごめん……」
そんなやり取りを彼女としていると、後ろからさらに気配を感じ取った。
「……ちょっと失礼」
「えっなに? ……キャッ!」
彼女の腰に腕を回して抱きかかえながら刀を抜くと、近づいてきた気配が振り下ろしてきた剣を受け止める。
「この野郎! クレアから離れろ!」
いきなり斬りかかってきては私に向かって怒鳴る少年を見る。
茶色の短い髪とこちらを睨みつける緑の瞳。着ている服は魔法学園のブレザーぽい形の制服。腰のベルトには鞘が吊るしてあり、その中身の剣は私に向いている。
「おい! 聞こえなかったのか? 今すぐクレアから離れろ! 彼女だって嫌がってるだろ!」
こちらをさらに睨みつけながら剣に力を込めてくる少年に向かって、懐かしさを感じながら言う。
「離れろも何も……彼女の方から抱きついてきたし、嫌がってもいないんだけど……」
「んな馬鹿な事あるか! 今すぐ離れろ!」
さらに顔を真っ赤にさせて怒る彼に、私は一つため息を付きながら言う。
「相変わらず無駄に元気そうだね、……ウィリアム」
「なっ! なんで俺の名前を!!」
ウィリアムの名を呼ぶと彼は驚く。その隙を付いて、彼の剣を弾き飛ばす。
「うわっ!」
「また私の勝ちだね」
「……えっ? また?」
そう言って彼に刀を突きつければ、彼は言われた言葉に驚き、困惑した表情になる。
「ウィリアム! クレア! 僕を置いて行かないでください……えっ?」
静かになった場所に二人の名を呼ぶ声が響く。
声が聞こえてきた方を見れば紺色の髪の毛と金色の瞳を持つ、魔法学園の制服とローブを着た大人びた少年が立っていた。
私を見た少年は驚いた顔をしながら言う。
「……もしかして、ラクサなんですか?」
「久しいね。君も元気そうでよかったよ、ユリウス」
――まさか、全員居るとは。
そう思いながら、幼馴染み三人の懐かしい顔を見渡した。
「まさか、ラクサだったなんて思わなかったんだよ……」
私の目の前には謝りながらもステーキ肉を頬張るウィリアム。
まぁ会うのは三年振りだし、それに子供の三年なんて成長してあっという間に外見も変わってしまうから仕方ないことだろう。
そう言おうと食べていた物を飲み込んでいると、隣の席に居たクレアが口を開く。
「なんで気づかないの。どう見てもラクサちゃんじゃない、しかもいきなり剣を向けるなんて!」
「いやだって……最初は男だと思ったんだよ。しかもそいつがクレアに抱きついてるし、クレアは泣いてるから俺はクレアを助けようとして」
「ラクサちゃんは女の子よ! なんで間違えるの!」
「んなもんラクサだって気付かなかったからに決まってるだろ! なんでお前らは気づいたんだよ!」
「ちょっと二人共、落ち着いてください! 周りのお客さんに迷惑がかかります!」
ユリウスに止められて二人は周りを見渡し、少し落ち込みながら料理を食べ始める。
あの後、再会した三人とともに夕飯を一緒に食べることになり、こうして食事に来たのだ。
「三人共、成長したけどあんまり変わってないね」
そんな懐かしいやり取りを見て、少し笑いながら言う。
「むしろラクサは変わりすぎですよ。最初見た時はナツセさんかと思ったくらいです」
「……そんなに父上に似てる?」
「ええ、そっくりですよ。ウィリアムがなんで分からなかったのか理解できないくらいに」
「おい、ユリウスどういう意味だ、それ!」
今度は声を小さくしながらウィリアムが怒るがユリウスは無視を決め込むようだ。そんな態度にウィリアムが暴れだす前に私が話しだす。
「この話はまた今度にしよう。……それにしてもびっくりしたよ。三人共王都に居るなんてさ。しかもユリウスとウィリアムは魔法学園に通ってるなんて」
話を逸らして私は気になっていたことを聞く。ユリウスとウィリアムはあの王立総合魔法学園の制服を着ているから、彼らはこの学園の生徒となる。
「ルーファスさんが僕らに学園の推薦状をくれたんですよ」
「そうそう、ルーファス兄ちゃんのお陰で俺達はあの学園に入れたんだ」
「へぇーそうだったんだ」
ルーファスさんは今はあの学園の教師として働いているから、彼からの推薦状なら確実に入れたに違いない。
「……それでクレアはどうして王都に?」
「私も学園の生徒だよ。そっか、制服じゃなくてこっちの服だから分からないよね」
彼女の服装は白いシスター服だ。可憐な彼女によく似合っている。そんな服を着る人なんてあの人達しかいない。
「私はね、竜神教のシスターになったんだよ。学園に通いつつシスターとしての勤めもしているからこの格好なんだよ」
「……そうなんだ」
分かってはいたが竜神教と聞いて少しだけ複雑な気持ちになる。
「知ってるか? クレアは普通のシスターじゃねぇんだぜ! なんと竜に祝福された聖女様なんて呼ばれているんだ」
「ちょ、ちょっとウィリアム! 声が大きいよ!」
「あ、悪い悪い!」
そんな彼らの会話が聞こえてきたのか、少し離れたテーブルから聖女様と呟く声が聞こえてくる。ウィリアムの言っていることはどうやら本当らしい。
「噂には聞いていたよ。『再来の聖女様』……だっけ? まさかそれがクレアだったなんて」
「うう、恥ずかしいから言わないでよ!」
クレアは顔を真っ赤にしながら下を俯いてパンをかじる。
「聖女様って言われるのは確か治療魔法の才能があるからって聞いたけど?」
「ええ、確かにクレアの治療魔法は天才的です。この歳で再生魔法が使えるからそう言われているのですよ」
「再生魔法って上級魔法だよね? 場合によっては最上級魔法にもなるそれが使えるなんて、凄いんだねクレア。そりゃ聖女様と呼ばれるよ」
「も、もう二人共黙ってよ!」
ユリウスとそんな会話をしていると、さらに顔を真っ赤にして恥ずかしがるクレアに怒られた。
「そう言ってるラクサちゃんのほうが私よりすごいと思うよ! だってBランク冒険者なんでしょ!」
「うん、まぁね……」
褒められてもあまり嬉しくはなかった。
――だって自分は本当にBランクの実力を持っているのか、分からなくなっていたから……。
「おいおい、そこはもっと誇れよ! だってその歳でBランクなんだぜ」
「そうは言われても……」
「Bランクと言えば、ルーファスさんも元Bランクでしたね。ということは彼と同じ実力を持っているということになることですし……」
「――ルーファスさんと同じ実力? そんなのは持ってない。持っていないんだよ!!」
そういった瞬間、周りが静かになる。いや、他のテーブルの声は相変わらず聞こえてくる。静かになったのは私達のテーブルだけだ。
「ねぇ大丈夫……ラクサちゃん?」
クレアが心配するように私に話しかける。どうやら先程の声はとても低く恐ろしい声だったようだ。
「……ごめん、なんでもない。それより料理を食べようよ。冷めちゃうからさ」
そう言って私は彼女に笑いかけてから、食べかけの料理を食べ始めた。
「おい、ラクサ?」
「……ウィリアム、食べましょう」
ユリウスが追及しようとしていたウィリアムを止めた。
ウィリアムは止められて、納得しない顔でこちらを見ると、ユリウスの言う通りに静かに料理を食べ始める。
そして、私達は最後までどこか気まずい空気で食事を終えた。
「……えっとクレアは修道院に、俺達は学園の寮に帰るんだけどラクサはどうするんだ?」
食事が終わり、王都の大通りを三人とともに歩いているとウィリアムにそう聞かれる。
「ああ、そうだった。宿を探してる途中だった」
「え!? じゃあ今日は寝る所がないの!?」
驚いた声を上げたクレアに心配をしないように言う。
「大丈夫……だと思う」
「なんだよ、頼りねーな」
私の言葉にウィリアムが呆れたように呟く。その横でユリウスが考え込みながら喋り始める。
「まぁ、大丈夫だと思いますよ。王都に人が集まるような事は今はありませんし」
「もし泊まる場所がなかったら私の修道院にくるといいよ!院長に頼んでみるから!」
「ありがとう。でも迷惑をかけそうだからそれは最終手段にするよ」
少しずつ空気が戻りつつある。そのことにホッとする私だった。
「と、なると宿を探さねーとな」
「あ、そういえば修道院の近くに評判のいい宿屋があった気がする!」
「ああ、あの宿屋はいいですね。確か値段も手頃だったかと」
「それじゃ、そこに行ってみようかな?」
「そうするといいよ! だって私の修道院が近いし!」
「だな! それにもし泊まれなかったらそのままクレアの修道院に行けばいいしな!」
案外早くに私の宿屋探しは終わった。まぁまだその宿屋にも着いていないけど。
「それじゃここで解散でいいよね! 近くに転移魔法陣があることだし!」
そうクレアがいうとウィリアムが不満そうにいう。
「な、なんでだよ。いつもは修道院まで送っているだろ?」
「今日はいいから。だってもうすぐ門限でしょ?」
「門限? それなら早く帰ったほうがいいよ。クレアは私に任せて」
「何言ってんだよ、女の子二人だけで帰らすなんて危険だ」
「……ラクサちゃんはBランクだよ?」
「あ……」
俺より強かった……とそんな小さな言葉を言いながら落ち込む、ウィリアムだった。そんなウィリアムを慰めるように肩を叩きながらユリウスが言う。
「ここはクレアの言う通り帰りましょう、ウィリアム。クレアなら僕らよりも強い人がいるから大丈夫ですよ。それに本当に彼女たちを送って行くと、門限までに帰れそうにありませんし」
「……いつもは大丈夫じゃんか」
「今日はちょっといつもより遅いよ?」
「……ああ、もう分かったよ!」
そう言ってウィリアムはこちらを睨みつけるように言う。
「ラクサ! クレアになんかあったら許さないからな!」
「それは私には何かあっても良いって事?」
「え、あっ! 違う、そういう意味じゃねー! とにかく! 二人共、気を付けて帰れよ!」
「はいはい、そっちこそ。……ってそっちは転移魔法陣で一瞬か」
「ええ。そちらも一応修道院の近くまで転移できますが……ラクサはあの魔法陣が使えるんですか?」
「誠に有難いことに《属性なし》でも使えるよ」
そう答えるとユリウスは考えこむように、ぶつぶつと独り言のように喋り出す。
「ああ、やはり使えるんですか。……魔法陣にも属性がありその魔法陣を使用するために与えられた魔力の属性が別属性だった場合、魔法陣に宿る属性と同じものに変換すると聞いていましたが、属性なしでも起こるんですね。
ということは属性なしの魔力を属性のある魔力に変えたということに……」
そんなユリウスを見かねたようにウィリアムが声をかける。
「おい、ユリウス。研究なら学校でやれ! 聞いてるこっちが頭痛くなってくる」
「ああ、すみません。つい気になったもので……。ということで今すぐ帰りましょう」
「えっ!? 待て、まだいいだろ!?」
「研究は学校で、と言ったのは貴方ですよ?」
なにやらスイッチが入ったユリウスは、ウィリアムの腕を掴むと彼を引きずるように歩いて行く。
「それでは、私達はこれで失礼します」
「おい! ユリウス! ……クソッ! ま、またな二人共!」
「ええ」
「またねー!」
転移魔法陣で転移していく彼らに向かって、私とクレアは手を振った。
「さてと、修道院の近くまでなら転移できるんだよね?」
そう言いながら私は彼らと同じように、転移魔法陣に向かって歩き出そうとした所で手を掴まれる。
「クレア?」
「……あのね。できれば歩いて行きたいなって思ってるんだ。……そんなに遠い距離じゃないし」
私の手を両手で握ったまま、下を向いていた彼女はゆっくりと顔を上げてこちらを見つめる。
「……ダメ、かな?」
少しだけ首を傾げて、潤んだ瞳で見つめながら控えめな声で言う。
「……はぁ」
「えっ……ダメ、なの……?」
「あー違う違う……」
思わずため息をついてしまったのは、随分前にルーファスさんが言っていたことを思い出したからだ。女の子の頼みを断れないと彼は言っていた事を……今ので少しだけその気持ちが分かってしまった。
……まったく、なんてこった。こんな可憐な少女にこんな頼み方されたら断る人なんていないよ。少なくとも私には出来ない。
「えっと……いいよ。でもクレアにも門限とかあるんじゃないの?」
「それなら大丈夫だよ。……聖女様の特権があるから!」
「……聖女様がそれでいいの?」
「いいの! でなきゃここには居られないもん! 普通の修道士は修道院の敷地内から出られないんだよ?」
「聖女様だから、特別に外出許可が出されているということか……」
「そうなの! 他にも色々あるよ!
まぁ、そんな事どうでもいいから行くよ!」
彼女はとても嬉しそうに笑い、私と手を繋いだまま歩き出す。その手に引かれながら私も歩き出した。
星空のが輝く空の下、道を照らす魔法の外灯のおかげで暗くない道を歩く。先程、ウィリアムが女の子二人だけで帰らせるのは危ないと言っていたが、これだけ明るく整備された道と治安の良い王都なので、そんな心配はあまりなさそうに思える。
彼女と手を繋いだまま、そんな道を歩くが会話は一つもしていない。道もそんなに人が歩いていないため、とても静かだ。
その時、クレアが急に立ち止まる。
「クレア?」
立ち止まった事に不思議に思いながら、彼女の小さな背を見る。
「ねぇ……ラクサちゃん。……何か、あったの?」
「何かって……何が?」
「よく分かんない。でも、なんか気になるの……。ねぇ、本当に大丈夫?」
振り返ってこちらを見つめる彼女は、今にも泣きそうな顔だ。
「大丈夫だから。そんなに心配しないでよ」
そう言って私は彼女に笑いかける。
……だけど。
「……嘘。全然大丈夫じゃない」
なぜか、さらに疑うようにこちらを見る。
その瞳はこちらをまっすぐ見ている。……まるでこちらを見透かすかのように。
「最初にラクサちゃんを見かけた時、様子がおかしかったよ。その時はそんなに気にしなかったけど、食事の時の様子と今の笑顔を見たら、全然大丈夫そうじゃないって確信できた」
「なんでそんな事言うの? 私なら大丈夫だから……」
そう言って彼女にまた笑いかけるが――。
「ねぇ、その笑顔は止めて。見ているこっちが苦しくなるから」
「…………なんで、そう思う?」
思わず、自分でもびっくりするくらい低く冷たい声で彼女に問いかける。
彼女はそんな私の声に怖がりながらも話しだした。
「……目が、瞳が笑ってないの。顔は笑ってるのに。……いや違う。今のラクサちゃんはいつも瞳の奥はなんだか悲しそうで……苦しそうに見える」
……この短期間で彼女は気づいてしまったようだ。私の抱える闇に。だけど、これは彼女に話せるようなものじゃない。
「……そうかもね」
「ねぇ、何があったの? どうしてそんなに苦しそうなの?」
「できれば聞かないで欲しいんだけど……」
そう言うと彼女は黙って俯いていしまう。
しばらくの沈黙の後、握ったままの手を見つめながら彼女は口を開く。
「私じゃ……力にはなれないの?」
「……そうじゃないよ。ただ君には言いいたくないんだ」
――竜神教の君にはね。
今まで見てきた物を竜神教の聖女様であるクレアには話したくはない。
「……どうしても?」
「…………それじゃあ、ちょっとした質問に答えてくれる?」
その言葉に反応するように顔を上げてこちらを見るクレア。
その瞳を見つめながら問いかける。
「もしも、さぁ……。正しいと思ってした事が間違っていたらどうする? その人の為にと正しい行動だと思っていた事が、実はその人を、他者を追い詰めるような事をしてしまったら、君はどうする?」
――あの時の行いがあの人を破滅に導いた。あの時の行動があの子を苦しめた。
そう問いかけると彼女は答える事なく、俯く。
「……ごめん。今のは忘れて」
十三歳の子供に何を聞いているんだ。こんな質問、答えられるわけがないのに……。
「……正しいと思うのは人それぞれだよ。絶対に正しい事はこの世にはないと思うよ」
そう言うと彼女は私の手を両手で包みながら、また話しだす。
「私にはその答えは答えられない。
だけど、自分の行いの全てが間違っている事もないはずだよ。
間違っていた事もあったかもしれない。でも、あなたのその行いに助けられた人が居ることも忘れないで……。
――私もあなたに助けられた一人だよ。あなたがあの時、助けてくれなかったら今の私はいない」
いつの間にかその言葉は、私に向けられて言われた言葉になる。答えは聞けなかったが、その言葉に少しだけ救われた気がした。
「……ありがとう。その言葉だけで十分だ」
「少しは力になれた?」
「うん、ありがとう」
そういってクレアに笑いかける。
「……まだ心配だけど、少しは大丈夫になったね」
クレアは私の笑顔に笑い返してくれた。
「もう何も聞かないけど、もし何あったらなんでも聞いて! 私はいつでもラクサちゃんの味方だからさ!」
そう言って彼女はまた歩き出し、私も歩き出す。
――味方か。
前を歩くその小さな背を見ながら、心の中で問いかける。
――もしも、私が竜を殺したら、それでも君は、私の味方で居てくれる?
その問いかけの答えは、――どちらであっても望まない。




