11・『思い出の花畑』
「本当にありがとうございました! あなた方は村の救世主です!」
そう言って出迎えてくれた年老いた村長は、疲労で倒れそうだったがその顔は晴れやかで笑顔が満ちていた。
私達は今村長の家の前に居る。
私と父上そして剥ぎ取りを終えて戻ってきたルーファスさんを囲うように数十人の村人が居た。
村人たちも村長と同じく疲労していたが、皆笑顔を見せてお礼の言葉を口にしている。
「本当にありがとうございます!」
「救世主様! 村を救ってくれてありがとう!」
年老いた老人から若い人や子供まで喜びお礼を次々に私達へ向けて言う。
その中で若い娘さん方が父上とルーファスさんに熱い視線を向けながら黄色い声を出していたのは気のせいだと思いたい……。
父上はダメですよ! 父上には母上という人がすでに居ますから!
あとルーファスさんもやめておいた方がいいよ! 絶対泣かされるから!
そんなことを思いながら不機嫌そうにいると私に声をかけてくる村人がいた。
「坊主はあっちの黒い兄ちゃんの弟か? お前も魔物退治に協力したんだってな、ちいせぇのにすげぇな」
「ちょっとあんた! よく見なさいこの子は女の子でしょうが! うちの主人がごめんなさいね。あなたもお兄ちゃんたちの手伝いをしてくれたそうね、本当に感謝しているわ」
そうやって話しかけてくるおじさんの村人とその人の奥さんらしいおばさん。
まさか男の子に間違われるなんて……。
改めて自分の格好を見る、動きやすいようにいつもの修行姿なのでズボンだし長い髪も結んでいる。それだけだが見ようによっては私は男の子に見えるらしい。
少し凹みながらもそれよりも彼らが勘違いしているもう一つの方の誤解を解くことにする。というかこっちが重要だ。
「いえ気にしないでください。それよりも私はあの人の弟でもなく妹でもありません。私はあの人の娘であの人は私の父親ですよ」
その言葉を聞いて目を見開き驚いた顔をするおじさん。
「娘だぁ! あんな若いのにお前さんみたいな歳の子がいるとは思えねぇぞ!」
「あはは……父上はああ見えて三十代ですよ」
その言葉に絶句する二人。分かるよ、そう思う気持ち……。
でも信じ難い事に父上は二十代の容姿なのに歳はもう三十路超えなんですよ。ついでにルーファスさんも。
そんな風に二人と話していると村長の声が聞こえてきた。
「本当にありがとうございました。聞けば魔物は+Cランク級だったそうで、ならば報酬は上乗せして……」
「村長、報酬はそのままで結構だ」
言葉を遮るように父上は村長の提案を断った。
「なんと! 報酬は上乗せしなくて良いと!?」
「ああ、Cランクのままで良い。これから食料などを買わねばならないだろう? その分はその費用に回してくれ」
父上の言葉にただただ驚きそして涙を流し感謝する村長だった。
+Cランクの《暴れ猪》の討伐報酬は普通のCランクの魔物の討伐報酬の何倍にもなる。
それなのに父上はCランクの報酬で良いと言ったのだった。
これはギルドを通さない依頼だったから出来たことだろう。
もしギルドを通した依頼であれば、この依頼を出した村側はランク偽称のペナルティーや報酬額の不足で罰せられていたかもしれない……。
「では俺達はこれで失礼する。……ああ、そうだった。リーデリルの領主に食料を分けてくれるように頼んだから今日の夕方くらいには届くだろう」
「なんと!? 本当に何から何まで……感謝してもしきれません!」
報酬を受け取り、長居するのは迷惑だと考えた私達は帰ろうとした所で父上がそんな話を村長にした。どうやら街を出る前に領主とこの村の救援について話をつけて来たようだ。
「この御恩は忘れません! いつか必ず村人全員と共にお礼を致します!」
村長と強く大きな声で言い頭を下げ、村人達も笑顔で私達を見送ってくれる。村人の嬉しそうな顔を見ながら、私は人を助ける手伝いが行えて良かったと思うのだった。
来た時と違い陽の光が差し込む森の中をゆっくりと馬に乗りながら移動している。
冬が終わり春になりつつある陽だまりの森は、花が咲き始めて緑だらけの森を綺麗に彩り、そして小動物が森を駆けていく。そんな風景を楽しみながら進んでいると頭の上から声が聞こえてきた。
「そういえば、この近くだったな……」
そんな言葉が聞こえ、振り返り父上を見る。
馬に二人で乗っている私は前に乗り、父上は私が落ちないように両腕で私の体を支えながら手綱を握り後ろに座っていた。
「近く? 父上、この近くに何かあるんですか?」
私は気になり父上へと質問する。
「……気になるかラクサ? なら連れて行ってやろう」
そう言って笑うと父上は馬の進行を右へと向けた。
「ルーファス、先に帰っていろ。俺達は用事ができた」
「はぁ!? ちょっ待てよナツセ!」
そんなルーファスさんの声も無視して父上は道を外れて馬を走らせる。
一体何処へ行くのだろう? 私は期待と不安の心を持ちながら馬に揺らされた。
「わぁ、なにこれ! 綺麗!」
父上に連れて来られた場所はとても綺麗で美しい場所だった。
森が開けた場所にユリのような白い花が一面に咲き誇るその様はまるで白い絨毯のようだ。風に揺られて白い花びらが舞いさらにこの場所を幻想的に美しく見せている。
周りを木に囲まれ唯一日が差し込み、美しい白い花が咲き誇るこの場所はまさに森の中の秘密の花園。
こんなにも美しい花畑を私は見たことがなかった。
「そうだろう? ルシアも……お前の母さんもそう言っていた」
「えっ? 母上も?」
「ああ、お前の母さんはこの場所が好きでよくこの花畑に訪れていた」
母上もこの場所に……。
私はこの白く美しい花畑を見る。この場所は母上が好きだった場所。
母上は私が生まれた時に死んでしまい会ったことはない。
だから母上が好きだったという花畑、そこに自分がいるのはなんだか母上が近くに居るように感じてとても嬉しくなった。
「本当はもっと早くお前を連れて来たかった。遅くなって悪かったな……」
申し訳無さそうにいう父上に私は首を横に振りながら答える。
「気にしないで。それよりもここへ連れてきてくれてありがとう! 母上の事、あまり知らないから、この場所に来れたことで母上の事が少しでも知られて良かったよ」
母上はこの花畑が好きだった。それだけ知れただけでも私の心は満たされたかのように嬉しかった。
「そうか。そういえばお前には母さんの話をあまりしていなかったな……」
父上は舞い散る白い花びらを見ながら懐かしむように話しだす。
「お前の母さんはな、草花が好きな心優しい人だった。冒険者をしていたのだって困っている人を助けたい、そんな理由からだ。まったくルシアは貴族のお嬢様だったというのにいつも無茶をして人助けして……」
……父上が母上の話をするのはいつ以来だろう?
それだけ父上は母上の話をしないし、私も話題には出さなかった。
実は嫌いだった? なんて考えたこともあったが今の父上を見ていると母上を心から愛していたようだ。今まで母上の事を話さなかったのはそれだけ愛していたがゆえに話せなかったのだろう。
二度と会えぬ者の話をするのは辛かったのかもしれない。でも、今は失ったその傷も癒え、私にこうして話してくれるようになったようだ。
「お前が生まれる前にな、依頼を受けてあの村に行ったんだ。
依頼を終えたその帰り道、ルシアが動物の泣き声がすると言って道を外れて……そして怪我をして蹲っていた魔物を見つけたんだ。
ルシアは治療魔法で魔物の怪我を治してやった。
魔物は動けるようになり、ルシアのそばを離れそのまま立ち去ると思っていたんだが、その魔物は少し離れた所からこちらを見たまま動かなくなった。
ルシアは気になったのかその魔物に近づくと魔物はそれに合わせて歩きだしたんだ。まるで付いて来いとその魔物が言っているかのような行動だったよ。
……そしてこの場所に辿り着いた。
二人でこの場所を眺めていると魔物はいつの間にか居なくなっていた。
――そしてルシアは言ったんだ。
『きっとあの魔物は怪我を治してくれたお礼としてこの素敵な場所に連れてきてくれたのね』
俺はそんなバカな話があるかと思ったんだが、不思議とルシアが言うと本当にそうなんじゃないかと思えて仕方なかったよ」
そう言いながら父上はとても楽しそうに笑いながら話してくれた。
父上が話してくれた母上の話。それは今まで知らなかった母上がどんな人なのか分かった気がする。母上は魔物にまで優しい人で人助けをするために冒険者をしていた。
……私は思い出す、それは先程私達にお礼を言って笑顔を見せる村人達の光景。
母上はあの笑顔のために人助けをしていたのかな? 一つの思いが私の中で強くなっていく。――私も母上みたいになれるだろうか?
「……父上」
私はしっかりとした目で父上を見る。
父上はそんな私の雰囲気を見て、それに答えるように真面目な顔つきなり、私の言葉を待っていた。
「私も母上のような冒険者になりたいです。もちろん父上のような冒険者にもです。私は困っている人達を笑顔にしたい。冒険者にはそれができる力があります。だから私は冒険者になりたいです」
私は人の笑顔が好きだ。
困っている人を助けたいと思ったのもその人達に笑顔になって貰いたかったからだし、今まで褒められるために行動していたのもその人が喜んで笑顔を見せるからだ。
冒険者には憧れていて、いつかなりたいとは思っていた。
でも、今は憧れだけじゃない、人の笑顔の為に冒険者になりたいという気持ちが強い。
「そうか。こんな日がいつか来るだろうとは思っていた。……お前の好きにするといい」
父上は嬉しそうに私が冒険者になることを許してくれた。
「ありがとうございます、父上!」
そう言ってお礼を父上に言うと父上は今度は真剣な眼差しでこちらを見る。
「だが、冒険者になれるのは十歳の誕生日を迎えてからだ。それでもいいな?」
私の十歳の誕生日は来月だ。
たった一ヶ月待てば良いのであれば、それで良い。
「はい! 分かりました父上!」
それは白い花びらが舞い踊る、幻想的な花畑での出来事だった。




