10・『暴れ猪』
「あれがこの村の平和を脅かしていた魔物……」
草むらの影から見た魔物は人の何倍も大きいイノシシの姿をしていた。
口から生えている牙はとても大きくあれで串刺しにでもされれば無事では済まないだろう。
不意にこちらへとイノシシが顔を向けてくると耳に鋭く響く唸り声を上げてこちらへと突進してきた。どうやら気づかれてしまったようだ。
私では避けることができない突進だったが父上に抱えられたお陰でイノシシの突進を回避することが出来た。
先ほどまで私達が居た場所は、突進してきたイノシシが通り過ぎ周りにあった木々をなぎ倒して地形を変化させられている。
「まさかこちら気づくとはな」
父上は冷静に呟くがルーファスさんは焦ったように言う。
「なぁナツセ、こいつ+Cランク級な感じなんだけど! 聞いてねーぞおい!」
「+Cランクの《暴れ猪》だな」
父上達が会話している間もイノシシは私達に突進を繰り返し、それを回避する。父上達はあのイノシシはランクが+Cランクの《暴れ猪》だと言っていた。
+がランクにつく魔物というのはそのランクの中でも強く、そして複数人での討伐が推奨される魔物だ。上のランクであるBランク級の父上達だが、それでも+Cランク級の魔物であるあのイノシシを相手に二人だけで戦うのは辛いかもしれない。
「ああ、《暴れ猪》か! あー面倒くせぇなおい! ……仕方ない。ナツセ、三十秒だ! そいつの注意を引け!」
「ああ、分かった。……ラクサは離れていろ」
そう言うと父上は私を安全な場所に下ろすとイノシシへと向かう。それと同時にルーファスさんは魔法を詠唱し始める。
どうやら無詠唱できない強力な魔法を使用するようで、それの詠唱が終わるまで父上に時間稼ぎを頼んだようだ。
父上はイノシシへと目で追えないスピードで迫り、イノシシの左目に刀を突き立てた。
「ブガアアア」
そんな痛みの叫びとともにイノシシは父上へと大きな牙を突き立てようとするが避けられさらに体の数カ所を切り刻まれる。
完全に父上へと敵意を向けたイノシシは父上へと立て続けに突進などの攻撃を繰り返すがどれも当たることはない。まるで牛と闘牛士が戦っているかのようだ。
イノシシは父上に傷を付けられる事が出来ず、さらに傷を付けられていく。
優勢に見える状況だがイノシシの体中を切り刻まれてできた傷はすぐに再生して塞がり、いつの間にか左目も治っていた。傷を付けてもすぐに回復する厄介な能力持ちのようだ。
そんな中、また突進を繰りだそうとするのか頭を上に上げたイノシシだったが……。
「!?」
私は異変を察知した。イノシシの牙と牙の間に、物凄い勢いで魔力が集中するのが視えたのだ。
「チッ!」
父上も異変に気づいたようだ。
それと同時に魔力が収束し放たれたのは魔力でできた光線だった。
父上はそれを瞬時に回避したが……。
「ラクサ!」
私はその光線が当たる位置に居た。この速さの光線では今からでは回避出来ないだろう。
だが私は慌てること無く素早く木刀を引き抜く。
……なぜ私は木刀なのか。それは真剣はまだ持ったことがなかったし、今回私は戦わない予定だった。
それに木刀でも何の問題もなかったからだ。
私は光線を視る。かならずある綻びを見つけるために……。
「……視つけた」
光線の魔力の流れから右斜め上あたりに光線の弱点を視つけた。
私は木刀を小さく八の字に回して木刀に魔素を纏わせる。
集めて凝縮された魔素は木刀を覆うようにそして魔素の刃を作り上げた。それは木刀の強度を上げ、本来あるはずのない刃を作り出し木刀に切れ味を追加させる。
もはや木刀とは呼べない、真剣のような切れ味を持つ魔素で出来た一振りの刀が出来上がった。
即席の刀を作り終えた私の目前に光線が迫り来る。
「はぁっ!」
掛け声とともに見付けておいた弱点を狙って魔素の刀で光線を斬れば、光線は私の目の前でまるで視えない壁に当ったかのように飛散し魔素へと戻っていく。
私にはまだあのイノシシを倒せる力はない。だけど、攻撃を無効化することならできる。それに少しだけなら父上達の力になれるはずだ。
私はすぐにくるりと大きく刀を回して飛散した魔素も含めて魔素を集めると、イノシシへ向って《斬撃波》を放つ。
力強く放たれた斬撃波は二回目の光線を出そうと魔力を集めていたイノシシの顔に綺麗にぶち当たる。
斬撃波によりイノシシは顔から横一線に傷を負い、更には二本の角も斬られて折れた。
「ブルグアアア」
そんな声を上げながら苦しむイノシシ。
斬撃波を受けた傷口は再生すること無く、血と魔力を溢れだし、斬撃波の影響で光線のために集めた魔力は飛散して魔素へと戻っていく。
そんなイノシシに追い打ちをかけるように高らかに魔法の詠唱が響いた。
「炎よ、我が命令に従え! 奴の自由を奪え! 奴に豪炎の痛みを与えろ! 《燃える牢獄》!!」
ルーファスさんの詠唱が終わると共に複数の大きな魔法陣がイノシシの足元に現れる。
現れた魔法陣からはイノシシを囲うように火柱が立ち上がり、瞬く間にイノシシを包み込む。炎の檻に包まれたイノシシは炎によって退路を塞がれ、そして炎によってその体を燃やされてく。
「悪い!光属性の魔物だって分かったから魔法を途中で変更したせいで遅くなった!」
魔物にも属性があり、同じ個体だとしても違う属性を持っている場合がある。今、私達の前にいるイノシシの魔物は光属性持ちだった。
光属性の最大の特徴、それは再生能力だ。
斬られてもすぐに治っていたのはこれが原因だろう。
そして先程の光線も光で作られたもので光属性であると分かるものだった。
強い魔物を相手にする時、本来ならばもっと時間をかけて観察してこうした情報を引き出すものだ。
しかし今回は急いでいたため、戦いながら情報を引き出すものになってしまった。その影響でルーファスさんは途中で魔法を切り替える事をしなければならなくなったたようだ。
「いや十分だ、ルーファス。後は任せろ」
そう言って父上は炎の檻に閉じ込められたイノシシを静かに見つめる。
閉じ込められたイノシシは体を焼かれ、それを再生させるもすぐにまた炎によって焼かれていた。焼かれては再生しまた焼かれては再生を繰り返しているがその再生能力も無限に使えるわけではない。しかしイノシシの魔力量ではまだまだこの状態のまま耐えられるようだ。
それに《燃える牢獄》という魔法はその炎の檻を維持するのに魔力が必要なようで、行きの時に少し魔法を使いすぎたルーファスさんの残りの魔力量ではイノシシの魔力が尽きるまで魔法を維持するのは無理そうだった。
そんな時、刀を鞘にしまい佇んでいた父上の魔法の詠唱が聞こえてくる。
「風が吹けば、緑葉は揺らぎ、音を乗せ、匂いを運ばん。
それが世の理なり。
されど、無の風が刻、全ては無に成らん。
我、風が操り、無の風に成らん!」
そして、周囲から音が消えた。……違う、風が止まったのだ。
不自然なほどに辺りから風が消え、葉の一枚も揺れることのない無風のこの場所はまるで時が止まったかのような空間。
そして、いつの間にか、炎の檻の中、イノシシの背後に、父上がいた。
「我、無の支配者なり。全ては無になり、無に帰らん。
無の風よ、我が敵を、無なる死へ、誘え!
風絶流奥義……《凪》!」
鞘から抜かれた刀は魔力を纏わせて煌き、刹那の居合が繰り出される。
その瞬間、無風だったこの場所に疾風が吹き溢れた。
風に吹き飛ばされそうになりながらも前を見て入れば、イノシシが声も上げること無く、頭と体を切り離されて地面に崩れ落ちる姿が映る。
そして、炎の檻がイノシシと共に斬られて赤い火の粉をまき散らしながら崩壊していく様を見ていた。
「ふーなんとか終わったな」
風が収まり、ルーファスさんが一息つくとこちらに近づいてきた。
「一時はどうなるかと思ったけど、本当、ラクサちゃんは凄いな。
光線を一瞬で魔素に戻したのは俺の魔法とかもそうして消した事もあったから驚きはしなかったけど、あのイノシシを傷つけたあの技!
普通の《斬撃波》みたいだったけどあれなんなんだ!? あの技でできた傷は再生してなかったぞ!」
私に近づくなり興奮気味に質問をしてくるルーファスさん。
「えっと……あのイノシシは体内から魔力を使って再生していたみたいなのでその元となる魔力の流れ視て、その流れを止める事ができる位置を狙って斬撃波で斬りました」
父上と戦っている時、傷を再生するイノシシの魔力の動きを視て気づいたことだった。
あのイノシシは内側から魔力を魔法に変えて傷を再生していたようだ。
そして光線を出すときは必ず二本の牙の間で行っていた所をみると魔法を使う場合、あのイノシシは体内か牙を使わなければ魔法を使う事が出来ない。
そこで私は魔力の流れを断つことにしたのだ。
事前に魔力の流れを視ていたのでどこへ当てれば魔力の流れを断てるか分かっていた。
傷口周囲は魔力が送れないようにその道を斬った為、体内から傷を再生するための魔法を使えず、外から掛けようにも牙を折られた為に体内以外で魔法が使えなくなったイノシシでは私に斬られた傷を再生させることができなかったのだ。
「……なるほど、魔力の流れが止まり更に牙を折られたから、傷口まで魔力を届けることも外から魔法を使う事も出来なくて再生出来なかったというわけか」
私の説明を聞いて考えこむようにしていたルーファスさんがふと真面目な顔で質問する。
「……なぁ、その魔力の流れを止めるって人間相手でもできるのか?」
「できると思いますよ。
止めることができる場所が分かれば大きく斬らなくても小さな針でも挿せば部分的に止めることも全体を止めることもできますね。この場合は一時的なもので時間が立てば元に戻りますよ。
……もし永久に止めておきたいなら魔力を蓄積する部分を壊す事でしょうか。これを壊した場合、多分魔力の蓄積量が少なくして魔力なしに近い状態にすることが可能そうですね。
完全に壊してしまえば魔力を蓄積できなくなるので生命維持に必要な魔力が無くて死――」
「わあああああ! ストップ! ストーーーープッ! お願いだからそれ以上は言わないでラクサちゃん!」
最初は興味深そうに聞いていたルーファスさんが今は顔を真っ青にしながら私の口を塞いできた。
魔術士のルーファスさんにとって魔法を発動するのに必要な魔力とは必要不可欠なものだ。
その魔力が無くなるというのは魔法が使えなくなる事なのでルーファスさんにとって魔法が使えないことは死よりも恐ろしい事なのかもしれない。
「本当……ラクサちゃんは恐ろしいな……。大体まだ十歳にもなってないのに+Cクラスの魔物の攻撃をかわすどころか打ち消すとはな……。これは魔素に近い魔力を持っているからか?
魔素というのは本当に興味深いな……、また王国に戻って魔素について調べてみるか。確か大魔導時代の研究者が魔素について研究していたな、そいつの資料をまた探してみるか」
「ルーファス、研究もいいがそれは後にしろよ」
ぶつぶつと独り言をするルーファスさんに向って父上が声をかける。
父上はあれだけ至近距離に居たにもかかわらずその体には返り血を一切浴びていない綺麗な姿のままだった。
「分かっているってば……。ああ、でも一つだけ聞いてもいいかな?」
そう言ってルーファスさんは私を再び顔を向ける。
「なんですか? ルーファスさん」
「前から思っていたんだけどラクサちゃんの剣術ってさ、風絶流をベースにしているけど今じゃ随分と変わっていて、それこそもう別の剣術のようになってないか?」
「……確かに。俺が教えた技の面影はあるが、風絶流に詳しくなければ別の剣術に見えるだろうな」
父上もそう思うようでルーファスさんの意見に頷いていた。
「まぁ魔素を操る動きを取り入れているので、その動きを最適化した結果、あのような剣術になってしまいましたから……」
「もう別物の剣術だよね……。魔素を操って利用する剣術かー。あ、魔力も見えて魔力や魔法を斬ることも出来るよね」
そんな風にルーファスさんと言葉を交わしていると父上が言葉を呟く。
「魔素……利用……魔力……魔法……斬る……か。
――魔を利用し魔を斬る剣術、《魔斬流》といったところか」
「まざん?」
「良いな、それ! これからはラクサちゃんの能力や剣術は全部引っ括めて《魔斬流》と呼ぶことにしよう! この方が分かりやすいし!」
私は首を傾げながら、そしてルーファスさんは勝手に決めていく。
「《魔斬流》……」
「……嫌だったか、ラクサ?」
「いえ! そんな事はありません! ただ嬉しかったんです。父上に私の力の名前を付けてくれたのが。……ありがとうございます、父上」
私は笑顔を父上に向けると父上はそうかと満足そうに呟きながら笑ってくれた。
《魔斬流》これが私の力と剣術に付けられた名前。
父上に付けてもらった大切な名前。
私は嬉しくて何度もその名を小さく呟くのだった。
「それにしてもこのイノシシの死体どうするんだ? 良い素材になりそうだから貰っていいか?」
「ああ。面倒だから全部好きにしていいぞ」
「マジで!!よっしゃ! それじゃお言葉に甘えて剥ぎ取りしてくるぜ!」
そう言ってルーファスさんは喜々とした表情で魔物の死体へと向かっていく。
魔物の持つ牙や毛皮は時に高値で売れる。
+Cランクの《暴れ猪》の毛皮や牙なら結構な高値で売れるだろう。
「ラクサ、怪我はないか?」
父上が心配そうに聞いてきたので私は元気良く答える。
「はい、私は傷ひとつありませんよ! 父上のほうこそ大丈夫ですか?」
「そうか、俺も怪我はしていないぞ。さて、《暴れ猪》を倒した事だ、すぐに村へ戻ってこの事を報告しに行くぞ」
「はい!」
《暴れ猪》は倒され、この村には平和が戻ったことだろう。この事を早く村人達に伝えて安心して欲しい気持ちでいっぱいだ。
「そうだ、ラクサ」
父上は村へ続く方向へ進めていた足を止めて私に振り返る。
「……さっきはよくやった。お前がイノシシの魔法を使えなくしてくれたお陰ですぐに倒すことが出来た」
父上は微笑みながら私の頭を優しく撫でてくれた。
父上とルーファスさんなら私の手助けが無くてもあの魔物をすぐに倒せたよね?
そう思いながらも、褒められて悪い気はしないので素直を喜ぶ私。
周囲はいつの間にか夜が明け、私達は朝の日の光に包まれていた。




