12・『壊れた幸せ』
春になりずいぶんと暖かくなった開けっ放しの窓から入り込む風を感じながら、ソファに座った私は本のページをめくる。
私はこの前の魔物退治に協力したのでお小遣いを貰った。
銀貨十枚、子供の私には大金だ。銀貨二枚あれば最低限一ヶ月は生きていけると言われている。
そんなお金をどうしようかと思っていると丁度欲しいものがあった事を思い出した。
それは今読んでいるこの本。
大魔導時代に活躍した冒険者の物語が書かれたこの本は銀貨二枚だ。
他にも何冊か読みたかった本を買ったがどれも銀貨一枚以上の値段だった。
この世界の本はとても高い。
ほとんどの本が手書きで書かれているからだろう。一応魔法で印刷のようなことができるみたいだがそれでも高いのだ。そんな本は高価なもので庶民には馴染みのないものだった。
まぁ私の家には本が何十冊と置いてあるけどね……。
後ろを振り返れば本棚がありそこにきっちりとつめ込まれた本が並んでいる。全て幼い頃からあり、幼い頃に読んで読みきった本達だった。
私の家って結構お金持ちだったんだな~。
冒険者という仕事は危険な仕事が多い。そのためか貰える報酬というものも結構な額だ。
そんなこと思いながら私はページをめくる。
父上はルーファスさんと共に冒険者としての仕事に出かけていた。
今回は王国の方まで行くみたいで帰ってくるのが遅いらしい。
だけど私の誕生日までには帰ってくると言っていた。私の誕生日は二週間後だ。
早く帰ってこないかな! そしたら私も冒険者になれるんだ!
父上達と一緒に依頼を受けたりしたいな!
そんなことを思いながら、私はワクワクと落ち着かない気持ちで父上の帰りを待っていた。
一週間が経った。私の誕生日が来週に迫っていた。
まだ、父上は帰ってこない。
まぁ、依頼が長引いて帰ってくることが遅くなるのは結構あることだったので気にしない。
早く帰ってこないかなと思いながら、父上が依頼の間はいつもお世話になっているセシリアさんの所で晩ご飯をいただく。
「そういえば、来週はラクサちゃんの誕生日ね」
セシリアさんは嬉しそうに聞いてきた。
「はい! そうなんですよ! しかも誕生日なれば私は冒険者になれるんですよ!」
「あらあら良かったわね。私も誕生日ケーキとプレゼントを用意しておくから楽しみにしていてね」
「やったぁ! セシリアさんのケーキ楽しみ!」
ケーキと言っても生クリームなどが使われたショートケーキではなく、パウンドケーキのようなものだ。
セシリアさんが誕生日になるといつも毎年作ってくれる。とっても美味しいから今年も楽しみだ。
そんな話をしながら楽しい夕飯を過ごした。
五日経った。私の誕生日は二日後だ。
まだ、父上は帰ってこない。
さすがに焦り始める。
帰ってくると言ったのに……まさか忘れた? 約束したのに?
そんなことを思いながら私は街の出入口で、父上が帰ってこないか待っていた。
「ラクサちゃん」
私を呼ぶ声に振り向くとウィリアムの父親がいた。
「こんにちは」
「こんにちは。こんな所で何しているんだ? もしかしてナツセさんを待っているのか?」
「はい、私の誕生日までには帰ってくると言っていたんですけど……まだ帰って来なくて……。誕生日、明後日なのに……」
「そう落ち込むな。確か今回は王国のほうまで行っているんだろう?
ここから王国までは結構な距離だ。依頼が長引けばそれだけ帰ってくる時間も遅くなる。気長に待っていればいいさ」
「はい……」
確かにそうなのだが、できれば誕生日までには帰って来て欲しい。
そう思いながら私は街の外、王国へ繋がっているだろう道を見つめる。
その日の夜、父上が帰って来ないか眠い目をこすりながらソファに座り、本を読んでいた。
暗い闇の外は雨が降り水音が聞こえてくる。
――そして、この家に近づく魔力の気配を感じ取る。
コンコンッ
扉が叩かれた。父上はこの家の住人だから扉を叩くことなんてしない。
「ラクサちゃん、起きてるよな? 俺だ、ルーファスだ」
扉越しに聞こえた声はルーファスさんだ。急いで扉を開けるとそこには雨に濡れフードを被ったルーファスさんがいた。
「ルーファスさん、おかえりなさい」
私は笑顔でルーファスさんを出迎えた。
ルーファスさんがここに居るということは父上も帰ってきたのだろう。
ここに居ないのは多分何か用事でも済ませているのだろうかと、思いながらルーファスさんを見ていると……。
「ラクサちゃん、実は話したいことがあるんだ」
そういったルーファスさんの声は酷く低くわずかに震えている。
そんな雰囲気のルーファスさんに驚く。
……何か嫌な予感がする。この先は聞かないほうがいい気がする。
「あのルーファスさん、お話なら家の中で……」
「ラクサちゃん……。本当は言いたくない、けど言わないといけない。君が知らないなんて良くないからな……」
ルーファスさんの顔はどこか苦しそうで悲しそな顔をしている。
心の中の嫌な予感が増していく。
「よく聞くんだラクサちゃん。
ナツセは、君のお父さんは――――死んだ」
死んだ? 誰が? 父上が?
ありえない……。ありえない……!
そんなの、そんなの!
「嘘……、嘘言わないで!! ルーファスさん!」
だけど、すぐには言葉は帰ってこなかった。
数秒の沈黙の後、ルーファスさんが口を開く。
「嘘、じゃない……俺だって嘘だと思いたい! けどナツセは……ナツセはもう!」
大声で叫ぶように言葉を絞り出すルーファスさんの顔は、酷く歪ませて泣いている。
「……嘘だと思うならついて来い。教会にナツセの死体を置かせてもらってっ!?」
その言葉を聞き終わる前にルーファスさんを突き飛ばしながら家を飛び出した。
ありえない! ありえない! ありえない! ありえない!
だって父上は強いんだ! Bランク冒険者なんだ!
なのに死んだ?
死んだ? しんだ? そんなの……そんなの!!
「父上が死ぬなんてありえない!」
私は魔素の流れに乗り街を駆け抜け、その勢いのまま教会の扉にぶち当たり転げまわりながら入っていった。
「ラクサちゃん!?」
そんな神父さんの驚く声を無視してすぐに起き上がると父上を探す。
広い教会の祭壇。そこに棺が置かれている。
まさかと思いながらも近づいていく。棺は蓋を閉められておらず誰が入っているか見えた。
――――父上だった。
黒い髪とどこか日本人風に整った顔。
その黒い瞳は閉じられ、その顔からは生気が感じられず、魔力も感じられない。わずかに体内に魔力が残るだけでこれだけでは生きていくための魔力が足りない量だ。
傷は一つもない。それはきっと治療魔法が使われたからだろう。
だけど治療魔法は、どんな傷だろうが腕が千切れていようが体を元の状態に戻すことは出来るが死んだ魂まで戻すことは出来ない。
魔法で体の傷を治したが、もうすでに死んでいて手遅れだったのだろう。
蘇生の魔法なんてこの世界には存在しない。あったとしてもそれは代わりにとてつもない犠牲を払って行われるもので、しかも成功するとは限らない禁忌の術だ。
恐る恐る、父上の頬を触る。
冷たい、とても冷たかった。それはもうすでにこの体は死体であり、父上が死んだと分かるのに十分な冷たさだった。
手に伝わる冷たさは、これはけして夢ではない現実だと教えてくれる。
「どうか……目を開けてください」
瞼は固く閉じられ、けして開くことはない。
――もう二度とその下の黒い瞳を見ることはできなかった。




