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ありすインワンダーランドで交じり合う道

 意識がなくなるその一瞬まで、いとし子を見つめていた。

 いつだって思い出せるように、いとし子の顔を思い出せばどんな悪夢も希望になるだろう。

 たとえ、二度と会えなくとも、思い返せばすぐに会える。


 (愛している)


 お前がわたくしの生きる意味。お前こそが愛。


 ―――――そして魔女は瞳を閉じる。



 *******



 ・・・ふわふわした羽毛の上に寝転んでいるみたいに、温かかった。ふわふわでぽかぽかだ。


 日差しはやわらかくも明るくて、目を閉じていても魔女の両目を暖めた。

 (・・・まぶしい)

 それにおや?と首をかしげた。

 確か右の瞳は抉ったはずだ。

 ・・・なのに、日差しが柔な目を焼くので眩しさに目を眇めた。すると、目の前に影が映る。


 「おはよう、***」


 精一杯ひらいた視界が、ようやく焦点を結ぶ。

 黒髪に、こげ茶の瞳の、ややふっくらとした女だ。その女がこちらに手を差し伸べて抱き上げられた。


 ・・・混乱した。


 身体がちいさい。腕を払って避けようにも、上手く動かないし首がカクカクとたよりなくて、視界が定まらない。


 ・・・くらくらする。


 (な、なんじゃっ!?)


 わきの下に入れられた手を嫌がろうにも、やけにふにゃふにゃした身体に力が入らない。


 (なんじゃ、この身体!)


 ふわり、と抱き上げられて黒髪の女が優しく目を細めた。


 鼻に届く甘いにおい。甘くて幸せなにおいだ。いとし子を抱き上げるとふわり、かおる。


 (夢だ!夢にちがいない!)


 離せぇっと叫んだつもりがふぎゃあああああ、と泣き出す声。・・・それをあやす女の声。


 目の前の女は泣いて暴れる魔女を見て、さも愛し気に微笑んだ。


 「あら、お腹がすいたの?」

 器用に左手一本で頼りない身体を抱き上げた女が、右手で胸元をゆるめた。

 

 (~~~~~や、~~~~~や~め~ろおおおおおぉぉぉおおお!)


 おもむろに胸をはだけさせた女を前に、銀の魔女アリアナは失神した。




 *****




 ・・・そして魔女は途方に暮れる。


 (・・・地獄。考察するに、ここが地獄というわけか・・・)


 ふふ、ふふふふ。乾いた笑いがこみ上げた。


 ベビーベッドの中でぼんやりと天井を見上げた赤ん坊は、拳を握り締めた。

 

 混乱した頭を整理するのにさほど時も置かず、早々に思い至ったアリアナだった。


 必死に抗ったが空腹に勝てず、文字通りかじりついた黒髪の女の乳房。←満腹になって我に帰った・・・Σはぅあ!。


 よせ!来るな!ひとりでできる!ひとりにしてくれ!と叫んだにも拘らず、つるりと下着(オムツ)をむかれて下の世話。←泣いて嫌がったが音の出るおもちゃであやされて、一瞬気をそらした隙に剥かれた・・・しょぼーん。


 泣いて喚いて暴れると、四角い箱の中で愛と正義だけが友達の寂しいヤツが自分の顔をちぎって、友達に食べさせていた。←あまりの自己犠牲と共食い推奨に、ドン引きした。


 散々な羞恥プレイに、もはや精も根も尽き果てた。


 意識飛ばせば本来の宿主たる赤子の自我が対応するのか、一日の時間の経過が早かった。その事実に気が付いた時は、思わず神に祈ったほどだ。


 ・・・それ以来、下の世話の時はなるべく意識を飛ばすようにしている。


 (ふ・・・ふふふ・・・銀の魔女も堕ちたものよ・・・)


 くっちゃね、だけならまだしも、だしてヤケ泣きするなんて(泣)、なんて赤子だ、まったく。自立心はないのか!

 しかも、目の前に差し出された乳房という名の暴力も、食欲の前に戦わずして負け、こちらから吸い付きにかかる有様。何たる屈辱!


 (悪魔のような女だ・・・あんな平凡な顔をしているのに)


 黒髪の優しげな女は、毎日にこにこと赤ん坊であるアリアナに話しかける。

 朝の天気から始まって、散歩の合間に彼女があげる、草花の名前、虫の名前、鳥の名前、犬の名前、道端で日向ぼっこする猫の名前・・・上げても上げても切がない。 

 家に帰ってもいちいち話しかけてくる。

 抱き上げて歌を歌い、食事の支度をし、家の中を整えては、柔らかくほほえむ。


 (なんと恐ろしい女)


 ・・・硬く凍りついた魔女の心を溶かすほどに、狡猾だ。ぐずぐずと安寧の中に堕ちていく。


 (だが愛しい我子が魔女だと知ったら、この女は泣くのだろうか?)


 「***」と、そう呼ばれるのにもなれた。


 けれど誰もわたくしを知らない。

 誰も知らないから、さげすんだ目で見られることもない。

 それでも、胸のどこかが軋むのだ。


 「***」


 ・・・それは、わたくしの名ではない。いとし子が、心を込めて呼んでくれた名ではない。


 冷たく心が澄んでいく。


 (・・・転生なのか、憑依なのかが問題だ。前者なら、この身体を支配する権利がある。後者ならばわたくしにその権利はない)


 だが「***」と呼ばれて応える者は魔女ではない。


 (ではこの意識は?わたくしという存在はなんなのか)


 この頃にはもう魔女には分かっていた。この赤子は彼女であって、彼女ではないのだ。


 ひとつの身体にふたつの人格が宿っていた。


 魔女は自分のしいた魔方陣を思い浮かべた。あれのどこに不備があったのだろう?


 それとも。


 それ以前に敷いた魔方陣のどれかが、誤作動を起こしたのだろうか?


 そうとでも思わなければこの事態はありえなかった。


 (地獄の業火に焼かれるつもりが、こんなことなどありえない)


 ふわふわと甘いミルクの香り、綿菓子の夢。はるか昔に夢見たことが目の前に現実として鎮座していた。望んでも叶わなかった肉親の無償の愛。

 愛しいと合わす目線が物語る。

 

 おびえた目でわたくしを見ていた女とは違う。


 血の気を失った白い腕が振り上げた、細い刀。走る熱。胸を刺されたはずなのに、その痛みは身を苛むのに、こと切れていたのはその女だった。

 ではもう十分ではないか。


 混乱するほどの愛を貰ったのだ。


 この女のいとし子に、この身体を返そう・・・わたくしは、また永い眠りにつけばいいのだ。


 

 ********



 「―――――――わ!おい、―――――******!」


 「はい!はい、はい、はい!寝てません、先生、******寝てません!」


 ・・・必死に寝てないアピールをしたが、誰の目にも明らかだった。失笑が漏れる。それに真っ赤になりながらも***は席を立った。


 「ほほう、寝てないのか・・・そうかそうか」


 「***!よだれ、よだれ!」


 「ぎゃあっ!」


 さらさらの黒髪、切れ長の黒い眼差し。凛としたたたずまいは、彼女の性根をあらわし真っ直ぐだ。

 

 黙って立っていれば、それなりに美少女なのに、***は己に頓着しない。大口開けて笑い、男子に混ざってサッカーすれば、女子に混ざってお菓子の品評会もする。スカートの裾など気にせず廊下を走り先生に怒られるし、妙に要領が悪くてみんなから弄られる。


 そして中学入学したばかりなのに、これだ。クラスから笑いが漏れる。それに顔を赤くしながら***は教科書を手に取った。


 「・・・よし、じゃあ、続き読んでみろ」

 「はい! meny students were talking about・・・」


 ・・・おっちょこちょいだが、そつなく学業をこなしもする。


 「――――――ふん、よく出来てる。しかし、次はないぞ?」

 片方の眉を器用に上げて、先生が頷いた。


 大きくため息をついて、***は席に着いた。周りを見渡す。


 何も変わらない風景。事業中に寝ちゃうのもいつもの通り、いつもの、世界。なのに今日は違和感を感じた。


 「・・・夢、かな。変な夢・・・」


 妙な夢だった。


 金色の髪に碧の瞳のちっちゃな天使が、男に殺されそうになっていた夢。


 血にぬれた金の髪、泣き濡れた碧の瞳。土煙も血臭も、息遣いまで現実に迫る勢いの。リアルな夢。


 子供を虐める悪いヤツを止めようと、振るった拳は・・・・・・やめよう。


 「夢だよ。あれは、ゆめ」


 ぽつと呟いた言葉は誰の耳にも留まらずに消えた。


 彼女が夢を夢だと思えたのは・・・自分の身体がまるで戦士のように動いた為だ。


 まるで、魔法にかかったように鮮やかに、滑らかに動いた拳。駆け抜けた胆力、敵を蹴り上げた脚力。


 自己防衛・・・結果を見ると過剰防衛かもしれないが、女子供に剣を抜いた男は容赦しなくていいと思う。


 ただ、こうして座っていても、早鐘のように打ち付ける心音が不安にさせた。 


 なんだか、眠っていたなにかを、たたき起こしてしまったような、そんな、予感がしたのだ。 


 終業のチャイムを聞きながら、少女は帰り道、思いつく限りの神社仏閣にお祈りしながら帰った。


 夢の中、ウワンコウ、ウワンコウと泣いていたあの金髪天使が無事でありますように、と祈るために。


 「ってーか、あたしわんこじゃないし。にんげんだものー」


 ・・・胸の底の奥底で、なにかが目覚めた事から目をそらすように。


 

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