月が選ぶは虎か竜か
苑珠はスマホのメールボックスに来た二通のメールを眺める。
宛名は『煤孫若鬼』と『竜崎雹』。
(どー考えても、先のことに関する相談だよな)
メール内容はどちらも同じ。儀式前日の今日、会って話せないかと言う内容だ。
このメールの意図。これは儀式の後もしくは東拓を崩した後に協力関係を結ばないかという持ちかけ。ただもう夜だ。
今日中に会えるのは片方どちらかとなる。
「オニキと竜崎のアニキ、さてどっちにするか」
苑珠からして二人とも兄貴分のようなもので、どちらからも目をかけてもらって、世話にもなった。
仲間に相談はしない。彼らにはもう役割を与えて動かしている。
それに自分の仕事はこの辺のことだとわかっている。
他派閥との関係をどう構築するか、誰と組むか。その決定が派閥の長としての自分の役目。
「どっちも格上だ」
今の苑珠派からして煤孫も竜崎も敵う相手ではない。
東拓派閥を倒した後にもしばらく苑珠は力を溜める時期に入る。いきなり大きな力を持つようなつもりはないが、その期間に他勢力から狙われると危うい。
だからその溜め期間の間、良好な関係の派閥が一つでもあれば崩壊の危機は免れる。どちらとも組めば得する。
だがどちらとも組む、なんて甘い考えは無し。もし煤孫と竜崎間で軋轢が生まれた時板挟みにされて面倒臭い事になる。
加えて、選ばなかった方とはあわや敵対の可能性も出てくる。
「慎重に考えるべき、だとは思うが、まー好きな方選べばいいか」
ネガティブにはならないように考えた。
まず二つの勢力をおさらいしてみよう。
「煤孫若鬼は、将軍と軍師が山ほど居る。紹美や曹沙と同レベルになろうとしているが……まだ拠点をこさえる程にはなっていない」
人材の安定感はある。
若鬼のカリスマ性や人をまとめる能力からも、派閥としてパワーがある。未来性も充分。
ただあまりに強くなる可能性が高すぎると、苑珠と敵対することになった場合、厄介だ。
仲良くし過ぎると、いずれ向こうが大きくなるに連れて、そのまま吸収されかねない。
付かず離れずが理想。
「竜崎雹は、かなり頭がいいし時流を読む目もあるにはあると思うが……いかんせん行動力が乏しい気がするな。なにより問題なのが……」
内部抗争の兆しがありありと見て取れること。
竜崎派の烏帽子という奴が勢力の内部で力を付け始めている。元々求心力のあった人物だ。そんな烏帽子を誘って派閥を作ったのは竜崎だが、それが裏目に出ている。
そんな身内のごたごたに付き合うつもりは無いし、余計な力を使う事になってこっちが損になる。
ただ……竜崎雹、そのものをこちらに引き込むチャンスはあるかも知れない。いずれ竜崎派は分裂する。そんな時こちらの派閥に誘い込めたら、竜崎という仲間を得られる。
だから仲良くしておくことに損はない……かも知れない。
「んー……」
「はあ……」
屋上、街を眺めながら悩んでいた苑珠だったが、後ろからため息が聞こえた。
振り向けばいつの間にか気づかなかったが、屋上に設置されたベンチに緑髪の女子が座っていた。
(玄岩?)
玄岩隆美。
神羽、春日の“将軍”二人を引き連れた派閥の長。
苑珠と同じ武官のタイトルながらに、人を率いる立場にいる。
だがベンチに座る彼女はため息をついて、ガックリと項垂れていた。その姿に見覚えがある。それは自信を無くした時の自分だ。
「なあ」
「え?」
気づいたら声をかけていた。
玄岩が顔を上げてこちらを見上げる。その素直で純粋そうな目が、不安で揺れていた。
どこか似てるかもなー、と苑珠は思った。
「お前、あの神羽と春日を仲間にしてるくせになんでそんな落ち込んでんだ?」
「……私は元々ふさわしくない。あんな凄い二人が慕ってくれるような立派な人間じゃない」
「ふーん、じゃあ辞めりゃいいじゃねーか」
なんならあの二人を俺にくれ、と頭によぎったが流石にそれは口に出さない。
玄岩はまた項垂れた。
「そうできれば苦労しない、って言うか。その……期待されるのは嫌じゃないから。でも重度の期待は荷が重すぎて……」
「なあ、それよりさー」
なんかもう話を聞くのが面倒くさくなって来たので、苑珠は玄岩の隣に座って話題を変える。
話を聞いてくれていたものだと思い込んでいた玄岩は急にハシゴを外されて、そしていきなりすぐ近くに座って来た行動に驚いた。少し顔が赤くなる。
「え、は、話を聞いてくれてたんじゃ……な、慰めたりとかは」
「最近学園の物価上がってねーか? 先月はハチミツ125円だったのに、いつのまにか130円になっててよ」
「あー、それなら派閥の拠点に行けばいいんじゃない? リーダーに融通がきけば値引きしてくれるし」
「そんな相手いねーよ。東拓とはバチバチだし、曹沙とはこないだ槍のやつに喧嘩売ったし、紹美んとこは消え去れボケと思ってるからな」
「ええ……」
ふと、玄岩は気になった。
「ねぇ、どうしてそんなに敵を作るの?」
「?」
「だって敵を作ったから、こうして不都合が生まれてるんでしょ?」
「そりゃ元から味方なんていないからな。それに三人とも気に入らねーし」
「……コソコソ生きようとは思わないの? 賢くして、隠れていれば誰からも敵視なんてされないのに」
「何言ってんだお前」
苑珠は顔色一つ変えずに、当たり前のように答える。
「コソコソ生きる事ができて、誰かの下につくような奴が、派閥の長になんてなれるかよ。現状が気に入らなくてつまらなくて、何か成し遂げたくて、成し遂げるべきだと使命感を感じて体が勝手に動いて、今の世の中に平伏して迎合したくないやつが自ら行動して、仲間を増やして、組織作ってんだ」
「………」
まあ別に俺は今のこの現状が悪いとは思ってないがな、と頭の中で付け加える。
というよりも、今のこの暴力渦巻く環境にしか苑珠は自分を見出せない。
「ま、気楽に考えろよ。心が行動を支え、行動が心を支える。やりたいことに気持ちが追いつかねーと何やっても半端になるだけだしな」
「慰めて、くれてるの?」
「? 優しい言葉をかけたつもりはねーけど。あ、じゃあお返しに神羽と春日くれね?」
「……ふっ。あげないわよ」
おもむろに玄岩は立ち上がった。そして両足を踏み締めて、夜空に向かって握った拳を突き上げる。
「私はこの学園を平和にしてみせる! その想いのために動きたいと思ったんだ! もう誰かが傷ついて、涙して、血を流して、苦しんでるところを見たくない! だって、だって———この世界に生まれたからには、みんな幸せに暮らす権利があるはずだから!」
…………。
その宣言、言葉を苑珠は黙って聞いていた。紹美に似ているなー、と。
けど紹美の言葉を聞いた時とは違って、玄岩のはスッと胸の内に入り込んで来た。なるほど玄岩の恐ろしさはこれか、と思い知った。
(コイツの言葉には根拠がなくても、納得できる力がある。そして助けてやりたいと思わせる)
そこは紹美と同じだ。
印象が違うのは苑珠の好感度の差だろう。
ふと考えて、ポケットに入れていたスマホを取り出す。そこには先ほど悩んでいた二通のメールがある。
『煤孫若鬼』と『竜崎雹』。片方に自分が行き、もう片方に玄岩を行かせようと考えた。
「なあ、玄岩。会いに行ってほしい相手がいるんだが、いいか?」




