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円月きょうだい

 すっかり夜の帳が降りた、狂気なる学園の校舎の屋上。

 金と銀のきょうだい。金の方は屋上の柵に手をかけて学園と街の風景を眺める。銀の方はその後ろで欠伸していた。


「ねぇ」


「なんだよ」


 美しい声で紹美が聞くと、ぶっきらぼうな返事が帰ってくる。


「あなた、私の派閥に来ない?」


「くたばれ」


「別に嫌味で提案してるわけじゃないのよ」


 屋上から街の景色を見ていた体を反転させて、苑珠の方を向く。


「私は今や50人の構成員を束ねる派閥の長。東拓や曹沙と同じく、拠点を持っているわ」


「それが嫌味じゃなかったらなんなんだよ」


「聞きなさい。派閥を持たず、また派閥に入っていない生徒がどう言う扱いになるか。寝床は八畳程度の小さな部屋の中で、男女関係なく詰め寄って眠る場所。お金を稼げば個人部屋が買えるけど、あなたはそうはいかないでしょ? 入学してからずっと箱詰めで寝てると聞いてるわ」


「何が言いたいんだよさっきから」


「だから、そんなひもじい生活は円月家の者として恥ずかしくないのか、と。私の派閥にならちゃんとした寝床を用意できる。由緒正しい円月家の一員としての自覚を……」


「ぺっ!」


 苑珠は唾を吐き捨てた。


「そう言ってられんのも今のうちだって事を覚えとけ。いつかテメェを引き摺り下ろす。そして俺は円月家の当主になる」


「答えは変わらないのね」


「たりめーだ」


 こんな交渉無駄だとわかっていた。紹美は大きくため息を吐いたのちに、スッ、とさっきの封筒を見せる。


「実家から母上より手紙が送られて来たの」


「……」


「内容聞きたくない?」


()()()だとしても嫌だな。テメェの方だったら聞く必要ねーだろ、俺のだとしたら……なんで俺じゃなくテメェんトコに来たんだってなる。けっ」


「それもそうね。ならこの手紙は、捨てることにしましょう」


「………。好きにしろ」


 少しだけ迷ったが、しかし苑珠はそっぽを向いて興味を向けなかった。紹美は小さく息を吐いてから、手紙をライターで燃やして見せた。

 紹美はタバコを吸わない。そんな彼女がなぜライターを持っているのか。こうして苑珠が読むのを拒むことをわかっていたから予め持って来ていたのだ。

 足元に焦げた手紙が落ちる。


「………」


「目が向いてるわよ。やっぱり読みたかったんじゃない」


「……ウルセー」


「いじっぱりな所は昔から変わらないわね、子供の頃から」


 金糸のおぐしを靡かせて、隣に立つ。

 銀色の髪に、青と赤の両眼をした、小さなきょうだい。


「子供の頃……私たちは、仲が良かったように思う。けど、1番上の兄が死んで状況が変わった」


「……あー、思い出話なら後で手紙送ってくれ。安心しろ、燃やさねーから」


 耳をかきながらそっぽを向く。


「もし送るなら私宛だとは書かないわよ。私からの手紙と分かれば読まないでしょ」


 べ、と苑珠はそっぽを向いたまま舌を出す。

 そんな苑珠の小さな舌に指を向ける。


「それに手紙が出されるなら、次はあなたからの降伏状」


「………あ?」


 姉の指先を睨む。顔を見れば、どこか笑っている姉の顔。

 ふつふつと怒りが湧いてくる。


「私は昔からあなたに譲って来た。ケーキを切り分ければ大きい方をあなたに譲ったし、父上と買い物に行くと、父上が欲しい物を買ってくれる時にはあなたを優先させた。けどこの学園では違う。学園での主流派の座は渡さない———実家の次期当主も」


 首に力が入り、顎が引く。

 眉間に力が入り、眉頭が付く。

 ギリ、と歯が軋む。

 眼光で目の前のクソ野郎をぶっ殺してやりたいという念が溢れ、その怒りを、紹美は———とびっきりのキュートな笑顔で受け止めた。


「がんばれ、えーんじゅ」


 ブチィ、と頭の中で何かが切れた。


△▼△▼△▼△▼

 4月30日。称号列挙の儀式前日。

 場所は八畳の狭い部屋。

 苑珠は机の上でしきりに手を動かす。その後ろでは仲間達が立っていた。四人衆と猿荻、蜂巣、燕、そしてもう一人。


「そこの魚顔、誰?」


 手元に集中して一切顔も目も向けないまま、苑珠は唐突に聞いた。

 なんの予測もない問いに一瞬驚いた猿荻だったが、すぐに説明する。


「俺が東拓から引き抜いてきた。魚田華金(うおた かきん)


「引き抜いたぁ?」


「元々仲良かったからな。華金も東拓から離脱する事を望んでた」


「ふーん。これで猿に、蜂に、燕に、魚か」


 手元で作業しながらの会話。

 話を聞いていた橋渡が猿荻に尋ねる。


「なあ、明日タイトルの儀式があってそこで出た結果から転入生の扱いを決めるって話なんだよな。東拓に対抗するにあたって俺たちには何が必要だと思う?」


「作戦実行のために必要なものとなると、まずは資金と武器だ」


 この学園には金儲けの手段が三つある。

 一つは産業。木、石、紙の加工をしてそれを売ることだ。そしてそのお金で食べ物や生活用品、さらには戦うための武器を買う事ができる。

 加工場は派閥の拠点となる砦の内部に設備される。つまりこの方法でお金を儲けるには他人の領地に入るしかない。


 二つ目は農業。学園の畑や、派閥の拠点で農園が設置できてそこで作物を育てて売ればお金になるし、そのまま食べてもいい。ただし食について食堂に行けばお金を払って好きなものが食べられるが、肉の生産は生徒にはできない。肉は買うしかない。

 そして肉が買えるのは他人の領地。


 三つ目は学業。学力。定期テストで点数を多く取れば取るほど、学園側から振り込まれる金額が高くなる。そしてこれは次の定期テストまで同じ金額が毎月送られる。

 軍師や文官などの頭の良い生徒はお金をたくさん持っている。しかし武力がないため将軍や武官、王将の作る派閥に入れてもらって守ってもらう必要がある。


「武官ばかりの苑珠の派閥は何を資金源にしてるんだ? そう言えばよくハチミツを買ってるが、あれはどこから金が?」


「前にも言わなかったっけ。俺らには別で動いてる二人の仲間がいる。張田(はりた)陽杉(ようすぎ)だ」


 木家の説明を聞いて猿荻は合点がいったように頷く。


「別動隊がいるのは意外だったが、一体どこで動いてるんだ?」


「東拓の拠点」


 なんでもないようにまたしても苑珠がサラッと言った。


「なるほど、確かにあそこなら強い武器も揃う」


 派閥の拠点には金を稼ぐための加工場と、武器を作る鍛冶場を建設できる。

 派閥が拠点を持つ利点はリーダーや仲間達が他からの攻撃を防げる所にあるが、それだけではない。店や食堂なんかを拠点内で開くことで外から来る人が金を落とし、派閥の資金源となる。

 ここで言う外から来る人とは学園の生徒の他に、街の住人も含まれる。

 そして派閥が大きければ大きいほどさらなる拠点が獲得でき、得られる資金も増えていき、結果鍛冶屋を拡張して良質な武器を作る事ができるようになる。

 現在一番大きな勢力は東拓だ。東拓の拠点なら強い武器も手に入る。


「しかしいつ頃から東拓派に潜り込ませてたんだ?」


「東拓が前の主流派を潰そうとしてた頃。主流派になるより前だな」


「そんな前から? じゃあその別に動いてる張田と陽杉ってのも大分昔から苑珠派に付いてたのか」


 同時に猿荻は苑珠の先見の明と用意周到さに感心した。すっかり東拓の敵となった苑珠一派、今東拓派の拠点に入り込めばすぐに追い出されるだろう。下手したらボコボコにされて追い返される。

 だが事前に仲間を潜り込ませておいて、一派の仲間だと思わせないようにしておけば、敵対した後も東拓内部の施設を利用できる。


「合流は明日よりも後だ。その時に集まる」


 ばん!と苑珠がテーブルを叩いた。手元の作業を終えて、立ち上がる。

 机には折り紙が並んでいた。目、カメラ、ジャガー。

 それを一つずつ手に取り、仲間に向かって投げ渡す。


「猿と燕、お前らは目、東拓の動きを監視。蜂と魚、お前らはカメラ、今日明日明後日の3日間学園と他の派閥の動きを調査してまとめろ。そんで橋渡、綱森、木家、楽土、お前らはジャガー。東拓の拠点から離れて孤立してる奴がいたら容赦なくぶちのめせ」


「ああ、承知してる」「わかりました」

「了解」「承りました」

「おいおい昨日までと変わらねーな」「これまでもずっとやってきた」「ま、俺らには相応しいだろ」「その代わり仕返しが痛いが……」


「明日、龍布のタイトルが決まれば討伐隊全員で合流して作戦を実行する。結果がどうなるかまだわからないが、一つ目的がある」


 苑珠は忌々しげに顔を歪める。


「紹美を越える。アイツは絶対に許さねぇ。何が譲って来ただ———俺の力は俺のもんだ! 俺が自分で手に入れた! ……紹美を俺の目の前で平伏させてやる。そのための布石として東拓を喰らう」


 大言壮語。ギラつく目で、目の前の敵と、未来の敵を見据えている。

 その覚悟に仲間達は胸を熱くした。しかし一人だけ、猿荻は物申す。


「……しかし、不安な点も多々ある。さっき橋渡から聞かれた答えにもなるが、俺たちには資金や武器以外にも必要なものがある」


「人だろ? 人材、才能」


「ああ」


 苑珠はさらりと答えた。そして説明を付け加える。


「俺ら苑珠派閥、加入を正式に登録してるのは四人衆と猿と蜂と燕だけ。別動隊の二人は他領地で動くためにまだ正式に加入してない。魚は、いつか好きな時に加入申請しとけばいいが、頭数に入れるとすると合計で10人程度。チーマーレベルのしょっぱい規模だ」


「その通り。それで、人を増やすのはどうだ?」


「いやまだ要らない。とりあえずはこのままでいい」


「明日の儀式の結果に賭けると?」


「それもある、が、安易に増やすのも、だろ?」


「そりゃあその辺は懸念していた。だが……」


「うるせー、俺が要らないって言ったら要らないの」


「わかったよ。なら、従おう」

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