称号列挙の日
5月1日。
毎年この日は特別だ。
鯉の日、語彙の日、コインの日。数字の語呂合わせで人々は、いろんな意味を見出すけれど、特定の者にとっては何よりも重要な特別な日。
「…………」
苑珠は腕を組んで佇んでいた。高いところに登ろうとする本能をなんとか押さえ込んで。
この衝動が起きる原因は自尊心の欠如。自信を失くした時に起きる。しかし今は苑珠の身に何も起きていない。
原因は視線の先。
「出雲神羽、“将軍”!」
奇怪な紋様が描かれた覆面で顔を隠した、白いローブの得体の知れない集団。大講堂の前にあるステージの上で、彼らは水晶の周りを囲んでいる。
生徒は彼らの目の前に置かれた水晶に手を置く。そしてその水晶の上に現れる光の形状で称号列挙を決定する。そして覆面の奴らが皆に伝わるように発表する。
出雲神羽が水晶に手を置いて現れたのは剣。それも立派な装飾が施された剣であり、それが表すのは“将軍”。一年目にやったのと同じ結果だ。
「おかえり、神羽。やっぱり前と変わらなかったね」
「タイトルは進化して上位に変化する事はあっても、下位になる事はないそうだからね」
ステージから降りた神羽が玄岩に出迎えられて、会話していた。
巨大な大講堂の中で全校生徒が集まっている状態だ。黒岩もいるし、当然東拓とかもいる。
反目し合う者同士が一箇所に集められている状態。小競り合いの一つでも起きそうだが、儀式がある日は暴力禁止。
「煤孫若鬼、“将軍”!」
煤孫一派のリーダー、若鬼は前と同じく将軍のタイトル。
ステージから降りる際、若鬼は苑珠に目を向けて来た。その視線に軽く手を振って答える。
次にステージに登ったのは若鬼の妹、琥珀。
「煤孫琥珀………え?」
いつも怪しげで正体がわからない覆面の者達が一斉にどよめいて、戸惑い始める。
会場も騒つく。
なぜなら琥珀が水晶に触れて現れた光の形は、豪華な剣と王冠の二つ。
これはどういう事かと戸惑う。だが曹沙、紹美、東拓などの頭の良い者達は早々に気づく。苑珠も気づいて、すぐ隣に立つ猿荻も気づいたため彼が言葉にする。
「これはかつてこの学校に居た“覇王”と呼ばれた者と同じ! “王将”と“将軍”のダブルタイトル!」
かつてこの学園にいたと伝えられる伝説の“覇王”。彼もまた学園で覇を競い合い、そして目覚ましい活躍をしていたと言う。
そんな伝説も、琥珀と同じように豪華な剣と王冠を同時に出した。
「………マジか」
ぶるっ、と苑珠の体が震える。今にも逃げ出してどこか高いところに登りたい。
あんな凄いやつが同世代に現れるなんて。
一年目の儀式で琥珀は“将軍”だったはず。しかし二年目にしてまさか、“王将”を同時に発現させた。
「琥珀〜!!」
「す、すごいです姉様! まさかこんな事が……」
ステージから降りてきた琥珀に秋結が抱きつき、琥珀の妹である煤孫茂仲は感激して涙を流して震えていた。
琥珀は自身の手を見つめて、手応えを感じている様子だった。彼女もこの結果には納得している。そして抱きついてくる秋結を優しく抱き止めながら、そばに寄ってきた茂仲の頭を撫でる。
「次は茂仲、行って来い」
「はい!」
煤孫茂仲もステージに上がり、覆面の集団はまだ衝撃が冷めない様子だったが、茂仲を迎え入れて水晶までいざなった。
そして茂仲が水晶に手を置いて出てきたのは、金色に輝く卵。
「煤孫茂仲、“原石”!」
可能性の塊である原石。将軍、軍師、王将など上位ランクのタイトルになる可能性がある。
姉はダブルタイトル、妹はあらゆる可能性を秘めた原石。
「煤孫と組んだのは正解だったようですね」
「……どーだろうな」
横にいる猿荻と小声で話す。
力があるのは頼りになるが、ありすぎるのは逆に脅威だ。やはり煤孫とは付かず離れずが理想か。
「操神曹沙、“王将”!」
「円月紹美、“王将”!」
王冠が出たものは他に二人。
一年目からそうだった。
曹沙と紹美、あの二人は相変わらず。
ギリ、と苑珠の口の中で歯が軋む。
「天宮龍布、“原石”」
そして問題の転入生の結果は原石。
価値はあるが1番扱いにくい結果だった。計画に組み込むのは難しそうだ。
「猿荻卿、“軍師”!」
え?と苑珠の横にいた橋渡が思わず驚いた声を上げる。
猿荻も驚いている表情だ。彼は前に文官と自分から名乗っていた。
つまり何かをキッカケにして、いつのまにか軍師に進化していた。そのキッカケとは……。
(あの人だ)
猿荻は苑珠に目を向ける。苑珠の元に付いた事がキッカケだったのは間違いないと確信した。思わず猿荻の顔に笑みが浮かぶ。
「次、隆美よ」
「がんばれー!」
「う、うん」
玄岩隆美が神羽と春日に応援されながらステージに上がる。
水晶の元に行く前に、ふと、隆美は振り返った。そして苑珠と目が合う。
少しの間だけ見つめあった後、玄岩は意気込んで水晶の方へ向き直る。
「玄岩隆美———」
彼女が小さな手を水晶に置いて、出たものは———
“龍”。
金色の光を放ち、龍が飛翔した。
水晶から飛び出した光の龍は隆美の頭上を飛び回ると、咆哮し、そして隆美の方へと落ちていった。
呆気に取られていた。
唖然としていた。
愕然とする者も、叫ぶ者も、泣き出す者もいた。
龍の咆哮を聞いた有象無象の心に、震えが起きる。
隆美に向かって落ちた龍。
すると彼女が広げた手の上に光り輝く卵が現れ、孵化し、顔を出したのは小さな東洋龍。蛇の如き伸びた体と、巨大な頭にツノ。鱗に覆われたその生物は、卵から孵化するとすぐに隆美の周りを飛び回った。
「———“天威”だ」
誰かが呟いた。
静寂の中、覆面の集団さえ声を発せなかった大講堂の中に、その言葉が伝播する。
この世代、誰もいなかった“天威”。
それが隆美に宿った。
操神曹沙はあんぐりと口を開けたまま固まっていた。震える体が止まらない。
円月紹美は後退りし、顔をこわばらせて恐れた。
煤孫若鬼は妹達の結果に歓喜していた喜びが崩れ去った。
煤孫琥珀は驚いた声を上げかけたが、隣から秋結の手が彼女の腕を掴んだ。親友の手は震えていた。
煤孫茂仲は震えて、歯をカチカチと鳴らす。
竜崎雹は侮れないと言う顔と汗を流したが、同時に使い道を頭の中で模索していた。
尊馬珊瑚は同級生の隆美が“天威”を発現させた事に目を丸くさせる。
東建恭架は隆美に驚愕と、強い関心を向ける。
芦馬丹錦は胸の前で組んでいた腕に力を入れて、片腕を握る。
天宮龍布はよくわからずボーッとしていた。
そして苑珠は目元が緩み、泣き出しそうになったが、堪えた。口を結んで声が漏れないようにした。
『わアアアアアアアアアアアア!!!!』
大聖堂内部、生徒達の感情が爆発した。
ステージから降りてくる隆美の元に雪崩れ込む人、人、人。
苑珠は後ろから突き飛ばされて転けてしまう。誰も支える者はいない。四人衆も猿荻も、他の仲間達も唖然として固まっていたからだ。
(次は……俺……)
人の嵐。
倒れた苑珠なんて誰も気にせず、中には踏んづけて行く者もいた。
なんとか這いずってステージに向かう。ステージに上がった時にはもうズタボロだった。
隆美の方に全員の注目が集中している。
押し寄せる人々に、神羽と春日がなんとか押し留めているが、玄岩はもみくちゃにされている。“天威”を授かった感動を噛み締める余裕もなかった。
苑珠はステージに上がる。覆面の集団も隆美に注目していて、まともに苑珠を迎え入れなかった。ただ一人、仕事を遂行する気概を持った者一人が苑珠を水晶へと導いた。
痛む腕を上げて、水晶に手を乗せる。そして———
再び“龍”が舞い上がった。
曹沙「———………は?」
紹美「え、んじゅ?」
若鬼「なん、だと……?」
琥珀「うそ……」
茂仲「え? え?」
竜崎「アイツ……⁉︎」
珊瑚「隆美が“天威”なんじゃ……⁉︎」
恭架「まさか二人目⁉︎」
龍布「すごい、また龍だ」
隆美「———苑珠っ!」
人間、脳の理解が追いつかなくなると何も出来なくなるらしい。
誰もが驚愕した。
そんな中で玄岩だけが、どこか救われた気持ちだった。
そうして舞い上がった龍は、玄岩の時と同じように苑珠の元へ落ちた。
龍が苑珠の中に入った。すると苑珠の腕からボトリと何かが床に落ちた。
「……ハチミツ?」
自身も訳がわからず呆然としていた中で、自分の腕から足元に落ちたものを見る。それは黄金色に光る粘液、苑珠の大好きなハチミツだった。
腕から垂れたそれは苑珠の意思で出したり、消したりできる。そして試しに舐めてみると……。
「味がしない」
ぺちゃぺちゃとした粘つく感触はあるものの、味は全くしなかった。ぺっ、と吐き出す。
味見して、触って感触を確かめて見て、ハチミツを出したり消したりと試して、段々と実感が湧いてきた。
ステージ下にいる全校生徒の方を見下ろし、その中から滝のような汗をかき口を震わせている姉を見つけた。
「紹美———……」
「苑、珠……」
呆然とする姉に向かって指を差し、そして。
「ザッッッマァァァァァァァ!!!!」
とびっきりに悪い笑顔で盛大にバカにした。
紹美の口から舌打ちがステージの上からでも聞こえた。




