俺が天威だ
「うーきっきっき!! 俺が!! 天威だ!!」
「「「わあああああああああ!!!」」」
称号列挙の儀式が行われていた大講堂とは別の、比較すると小さな講堂の中で苑珠は『101』サングラスをかけ、豪快に腕を振り上げる。
そして集まった生徒達に向けて叫んだ。
生徒達は苑珠の一声で一気に沸き立つ。
「サイコーっすよ! 苑珠さまー!」
「天威! 天威!」
「俺らはどこまでもアンタについて行くぜー!」
ここに集まったのは苑珠が“天威”を得た事で、仲間になる意思を示す者達だ。
わっしょい、わっしょいと苑珠を持ち上げる。
数はおよそ100ほど。
(一度にこれほどの人数が何も言わずとも集まるとは。流石は“天威”と言ったところか……末恐ろしい。だがこの数、拠点を二つ獲得できる)
猿荻は騒ぎに耳を塞ぎながら、集まった生徒達を眺めて未来図を頭の中で組み立てていた。この数を一気に仲間にすれば拠点が二つ手に入る。
曹沙も紹美もまだ一つなのに、苑珠は一気に二つ。この利点は無視できない。
「はーはっはっは!!」
苑珠は大声で笑う。
金ピカに装飾された玉座にどかりと座る。
「きーききき、紹美の悔しがる顔が目に浮かぶぜ。おいお前らの中に絵が上手い奴はいないか! 紹美が歯を食いしばって泣いてる顔を描いて、学園の校門前に飾ってやろうぜ!」
「ぎゃー! サイコー!」
「そりゃいい! このまま東拓も曹沙も、みーんなぶっ潰して苑珠様の天下だー!」
「うおおお!!」
苑珠が何か話すたびにみんなすぐに沸き立つ。
「今日は集まってくれてありがとなー! 記念に写真撮るぜー! お前ら一箇所に集まれ集まれ!」
100人もの大勢が一箇所に集まり、講堂のステージ上から自撮りの格好をした苑珠の後ろで、画角に収まろうと頑張っている。
そして撮影が終わる。
「YAーー!! 今日はありがとな! みんな明日からもよろしくー!」
「「おおーー!!」」
生徒達は興奮冷めやらぬまま講堂から出て行った。
全員が帰ると途端にさっきまでの騒がしさが嘘のように静かになる。静寂の中、猿荻はホッとして耳から手を離す。
「猿」
皆が去った後すぐに、猿荻を呼ぶ低めの声がした。
「っ! な、なんだ?」
さっきまでのはしゃいでいたテンションとは真逆だったので一瞬反応が遅れたが、猿荻は慌てて返事をする。
サングラスを外しながらさっき撮った写真を見せて来る。撮った時は苑珠自身を入れた集合写真を撮っているのだと思っていたが、画像を見れば苑珠は写っておらず、後ろにいるさっきの連中しか写っていなかった。
苑珠は順番に顔を指差して行く。
「この黒髪のロン毛と白髪の短髪、それから茶髪の奴と青髪の奴、コイツら男四人はすぐに仲間に入れろ。ピンク髪のメガネっ子と青い髪の胸がでかい女、紫髪の無表情な女、金髪のガタイのいい男は保留」
「な、仲間の話か?」
「そーだよ。覚えた?」
「覚えはしたが……仲間を選出するにしても、そんな少なくていいのか? 今いた人数を全員仲間にすれば拠点が手に入るのに」
「今言った奴ら以外はいらん、後からなんか言ってきても無視しろ。拠点もまだだ。今持っても地盤が出来上がってない。すぐに東拓や紹美に潰されるだけだ」
猿荻が覚えたのを確認してから、苑珠はアドレス帳を開いて『陽杉』に電話する。
「陽杉、俺が天威になったのはもう伝わってるよな。お前ももう予想ついてると思うが一気に人が増えた。今武器はどのくらい集まってる? ……ほーん、上出来だ。だが足りなくなった。今すぐ剣も槍も斧も弓も盾も全部+10用意。金は気にするな。張田にも伝えとけ」
苑珠は東拓の拠点で動いている別働隊の陽杉と、張田に指示を送った。武器の調達。さっき猿荻にすぐに仲間にしろと言った四人と、保留枠四人の分の用意だろう。
電話を切るとすぐに立ち上がり、出て行こうとする。
「煤孫んとこ行ってくる。東拓討伐の作戦で俺と玄岩の立ち位置は重要だろ。その話し合いだ。猿、お前は早くさっき言ったアイツらを仲間にして来い」
「りょ、了解した!」
「あ、ちゃんと燕を連れて行けよ。アイツから目を離すな。いいな」
苑珠はそれを言い残して、バン!と扉が閉めて出て行った。
椅子に偉そうに座ってはしゃいでいた苑珠は見間違いだったのか。夢や幻だったのか?猿荻は自身の認識を疑った。
△▼△▼△▼△▼
「琥珀のパワーは、パンチの一撃で校舎を丸ごと壊せるレベルだ。そして恐らく龍布は、それよりも上。校舎を一つ半くらいパンチで壊せるレベルだろうな」
「なあなんで強さを校舎破壊換算してんだ?」
煤孫派閥がよく集まっている温室プール。
プールの前にあるベンチに煤孫若鬼は座っていた。彼の元に来た苑珠は、いきなり言われるとすぐには理解できない話を繰り出された。思わず兄貴分の正気を疑った。
だが実際、苑珠はあの二人が校舎を壊した場面を目撃している。だから納得はできるが……こんな事いきなり言われたら反応に困る。
「で、オニキんとこはどーなんだ。琥珀が二度目の儀式であの結果だ。人も増えて膨らんだだろ」
「まあな。お前や隆美のとことは比べものにならないが」
「……そーいや玄岩も人が増えてる可能性があんのか。まあどうでもいいか。でだ、オニキ。バカアホカスとんちきクソザマみろ紹美と曹沙の二人に、作戦提案を一緒にしてくれねーか?」
「まずは内容を聞こう」
「俺と玄岩、“天威”が出た俺らを攻める側の大将にする。どうせ東拓を完全に潰すには、東拓が居住する本拠地以外の二つの拠点を取らねーとダメだろ」
拠点を攻める時、ルールがある。
一つ、攻める側も守る側も、戦いが始まったら派閥に増員禁止。乱入や助太刀の加勢はアリ。
二つ、どちらも大将を決める。そしてどちらかが倒されるとそこで戦闘は終了。倒した方の勝ち。
三つ、負けた方は派閥を強制解散。再び人を集めて派閥を作ることは可能だが24時間は他勢力に攻撃はできない。拠点持ちは24時間以内に再び50人集めないと拠点を没収される。
「二つの拠点を取るのをお前と隆美が大将として担当する、と。確かにその方が士気が上がるだろうし、大将になるのに分かりやすい。当然討伐軍も二つ……いいや、曹沙紹美の本隊と分けると三つに分断するよな」
「多分あの二人も同じ作戦を考えてるはずだ。だから俺んとこにはアンタの一派が来て欲しい」
「隆美んとこには竜崎か? へっ、気づいてるからな。お前が俺と竜崎でどっちを取るか悩んで、そして隆美に竜崎の所へ行かせたこと」
モテるってのは辛いねー、と茶化される。
肩をすくめてそれを受け流していると、プールの方から琥珀と秋結が出てきた。どちらも競泳水着姿だ。
ぴっちりした水着なため、彼女らの豊満な胸や、抜群のプロポーションがありありと見て取れる。腰から伸びる白くて長い美しい形の脚も、付け根から全部見えている。
秋結は濡れた前髪から雫を落としながら、髪の隙間から苑珠の姿を発見して、苦々しい顔になった。
「げ。苑珠」
「おうおう、こちとら“天威”様だぞ」
「はん! 何かの間違いよ! アンタなんかがいきなり天威になんてなるわけないじゃない! べーっだ!」
「じゃあ玄岩は予想できたか?」
「どっちも予想外よ!」
秋結は苑珠が“天威”になったのが気に入らない。
本当にどうしてなのかさっぱりわからない。
「ねー琥珀〜」
「私に言われても、こっちも驚いてるから」
「いいもん、どれだけ苑珠がすごーいとか言われてても琥珀に敵うわけないもーん」
なんか幼児退行してないか?と苑珠は秋結の子供っぽい言動に首を傾げる。
すると二人の後ろから、末っ子の茂仲が出て来た。可愛らしい白いスク水を着ていた。茂仲はベンチに座る自分の兄と、その隣の苑珠の姿を見つける。
「あ、お兄と……あなたは、苑珠先輩」
「よ」
苑珠と茂仲。ここの二人はよくわからない関係性だったりする。
兄の若鬼が目をかけている相手が苑珠、と言うだけで茂仲には何も特別な感情はなかった。しかし“天威”に選ばれたなら話しは大きく変わる。
否が応でも注目するしかない。どう言う人物なのかは今まで何度も会って来て知っている。だからこそなぜ“天威”になったのか茂仲はわからない。
「茂仲は今度の東拓討伐はどーすんだ? 参加するのか?」
逆に苑珠は茂仲に対して悪感情は持っていない。むしろ気に入っている方だ。
立ち上がって自分と同じくらいの背丈の茂仲に近づき、頭を撫でる———寸前で秋結が間に入ってきて、牙を剥いてきた。
慌てて手を退く。
「っと。で、どーなの?」
「参加させるつもりだ」
後ろで若鬼が答えた。
その答えに茂仲は顔がこわばる。それを見て苑珠は、まだ戦いに慣れていないんだと察した。
「大丈夫なのか?」
「慣れるためには経験が必要、だろ? 相手は東拓、不足はない」
「へー、厳しいなぁお前の兄さんは。なあ」
軽薄な苑珠に、茂仲は答えに迷った。
「他にもウチの精鋭と、四人の幹部を投入する。この戦いに全力をかける」
「煤孫派の四人の幹部って、えーと……『オケツやんけ』だっけ?」
「「「「虎穴四騎!!」」」」
あやふやに覚えていた単語を適当に言ったところ、背後から四人の揃った声に咎められる。
プールの方から件のオケツ……『虎穴四騎』が出てきていた。彼らは苑珠を睨んでいる。
「相変わらずいい加減ね……」
四騎の筆頭格であるビキニを着た女子の、松程天音が豊満な胸の下で腕を組んで、肩をすくめる。
後ろにいる他のメンバーの海パン一丁の屈強な男達、衣笠黄彩、当岐義広、刈茂草兵も松程に同意してうんうんと頷く。
ここにいる四人とも“将軍”のタイトル持ちだ。
(……やっぱ煤孫は要注意かもな)
「やっぱ煤孫は要注意かもな。今は手を組んでるが敵になった時厄介だ、と考えているな?」
若鬼に指摘されて彼の方を振り返ると、ニヤニヤしていた。自分の勢力が強いと認められている事が嬉しいのと同時に、苑珠の反応から予想的中させた事がわかってご満悦。
「ならここで契約しようか? 口約束になるが」
「ん?」
「———煤孫派閥は、金輪際一切苑珠達に危害を加えない、と。攻撃もしないし拠点を奪ったりもしない」
「ヤダ」
若鬼の言葉に慌てて止めようとした秋結と虎穴四騎だったが、それよりも早く苑珠が即答で断った。
体が固まった煤孫派。その中で琥珀はゆっくりと苑珠の方を見る。
苑珠は答えの続きを語る。
「だってそれだと、こっちもそっちを攻撃できなくなる」
「ほう? 随分大きく出たな。なら自信があるのか。先の未来では苑珠は煤孫を超えていると? こちらを降し、派閥を潰す事ができると」
「まだそこまではわからねーけど、でも今この時も、アンタら潰す算段は考えてる」
「やはり流石というべきか、油断できないな……」
若鬼は妹達を含めた仲間に手を振って、プールの方に戻っているよう指示した。
「お兄、いいの?」
「むしろ琥珀と茂仲がいない方がいい。すまないな」
琥珀と茂仲は逡巡して迷っていたが、他の仲間達に促されて大人しくプールの方へと戻って行った。二人だけになった若鬼と苑珠。
改めて煤孫若鬼という虎は、円月苑珠を見る。
「苑珠、お前は群雄割拠の中で覇を唱えられる逸材だと前々から思っていた。だからこそ俺はお前と付き合いを良くしたし、そばに置いて警戒もしていた」
「ふーん」
「その不遜な態度もそうだ。例えどんなに弱くて小さくても、決して何者にも囚われない。その性格が気に入ったんだ」
「……」
「だからこそ、あえて俺はこう申し出たい。苑珠よ、俺はまだ良い。ただ妹二人のことはどうか、気にかけてやってはくれないだろうか」
「ヤ」
「ヤダ、と言う前にもう一度改めて考えて欲しい」
そう言うと若鬼はベンチから降りて、その場で床に手をつき頭を下げた。
それを見下ろす苑珠の表情は、一切変わっていない。
「お前に土下座なんて意味がない事はわかってる。だからこれは俺なりの誠意の形と受け取って欲しい。どうか、頼む……」
「…………もしアイツらが敵対してきたら、どうする?」
「その時は遠慮なく叩き潰してくれればいい。その後に、気にかける程度で構わない。俺は……心配なんだ。俺がいなくなった時アイツらがどうなってしまうのかが」
その懇願を聞いていた苑珠は、聞き終わると頭を掻きむしって、ため息をつく。
「……なんか考えが足りてねーんじゃねぇか?」
「え?」
「アンタんとこの仲間は強い。何より琥珀はとんでもなく強い。だったらそれでいいじゃねーか。兄弟を心配する気持ちって言うのは………到底、これからもわかりっこないけど。でも信頼ってのは大切な相手の力を信じる事だろ」
「……苑珠」
「この先どうなるかはわからない。多分アンタは俺が“天威”を出したから危惧し始めたんだろうけど、現状もしアイツらが敵に回ったら俺はすぐに潰される。そんくらいの力量差だ。だから俺からアイツらにかけてやれる気持ちってのは、そんなにない」
けど、まあ……、と苑珠は言葉を繋げる。
「アンタの言葉は覚えとく」
「っ! そうか!」
「なに嬉しがってんだ。言っとくけど物覚えは悪い方だからな、俺は」
「嘘つけ。人の名前を忘れた事なんて一度もないだろうに」
「どーだろーな」
少し大人ぶった顔をする苑珠に対して、若鬼はちょっと揶揄いたくなった。
「———ただ周りに構って欲しいから忘れてるふりをしてるだけだろ」
「なッ⁉︎」
ボンッと音が鳴りそうなほど派手に一気に顔を赤くした苑珠。
それを見て思わずニヤリと笑ってしまう虎。
「いやー、お前のところは大変そうだなー。猿荻って軍師も、四人衆も。事あるごとに寂しがり屋なリーダーの相手してやらなきゃいけないんだから」
「テメェ! それ以上言うとタダじゃおかねーぞ!」
「はいはい、可愛い苑珠ちゃんは照れ隠しがヘタですね」
「死ね!!!」
立ち上がった若鬼の腹を思いっきり殴ったが全く効いていない。苑珠は歯噛みする。
舌打ちして体を反転させ、若鬼に背を向ける。
「帰る!」
「今日はありがとな」
「死ね!」
お礼を暴言で返して苑珠は帰って行った。
苑珠を見送った若鬼の後ろのプールから、琥珀達が出てきた。
「聞いてたか?」
「……まあ」
「ふん」
「………」
兄からの質問に琥珀はハッキリとしない返事を返し、秋結は気に入らず鼻を鳴らし、茂仲は苑珠が出て行った出入り口の方を見つめていた。
「ま、ああ言うやつだ。気楽に接してれば別にアイツも危害は加えてこない」
(あれ?)
出入り口を見ていた茂仲は、苑珠を追いかけるように出て行く紫髪の無表情な女の子の姿を見た。
両腰には一本ずつ刀を携えている。サイズの合ってないノースリーブを着ていて、大きな胸元と肩とヘソが出たズボンを履いた女の子。
苑珠に付いて行ったあの子は誰だろうと茂仲は思った。




