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濁、溜飲

 街中の街頭モニターやテレビでその映像は映し出された。

 中には何かを察した者がすぐにチャンネルを変えた。

 映し出されていたのは東拓主流派の本拠地である北西砦の内部にある公園のステージに、東拓主流派のリーダー東拓葉緒(とうたく はお)が立つ。


「酒池肉林、欲の解放。素晴らしく守れているようでなによりなにより」


 澄んだ青いロングヘアーの美女は、ゆっくりと語る。

 “支配”。

 その意思と念が込められた声がマイクに乗り、街中に伝わる。


(チッ……)


 スマホで眺めていた苑珠が内心舌打ちする。

 そんな些細な音、学園の支配者には届かない。東拓葉緒は悠然と両腕を広げて、語る。


「我が東拓派閥。かつて学園を支配していた黄宮(こみや)高坂(こうさか)を降して、頂点に至ったのが一年前の冬。こうして私がこの位置に至れたのは……」


 東拓は舞台下に目を向ける。カメラはそちらに向かないから視聴者には東拓が何を見ているのかわからない。

 彼女の視線の先には東拓派閥のメンバーが揃っている。


「私の策略の左腕、“軍師”優谷梨樹(ゆうたに りじゅ)。私の攻撃の右腕、東拓三銃士である“将軍”の三名、阿多霍子、桑名里香、上条栄菜(かみじょう えいな)。さらには数多くの仲間達のおかげである」


 口だけだった。

 本心ではそんな事思っていない。


「そこで新たな仲間を紹介しよう。私の助けとなってくれる心強い仲間だ」


 コツ、コツと東拓のしゃべりの後に彼女の後ろから足音が聞こえた。そして現れたのは青い服を着た美少女。


「彼女の名をよく知っている者もたくさんいるだろうが、紹介しよう。彼女は操神曹沙(あやがみ つかさ)、私と同じ“王将”だ。入学時から話題が絶えない才女が、このたび私の力となってくれると申し出てくれた」


「はい。東拓派の方々、そして学園の皆様や街の皆様方、これからどうぞよろしくお願いします」


 うやうやしく、曹沙はカメラに向かって会釈した。


「ただ———」


 曹沙が頭を上げた後、東拓の口から思わせぶりな声がした。曹沙はそちらに目を向ける。

 そして察する。

 東拓の細めた目と、少し上がった口角。微細な変化でカメラの向こうの民衆には東拓の表情に気づかないだろう。

 だが間近で見た曹沙はわかった。彼女のこの表情は、この場で曹沙に対して何かを試そうとしているということ。


「彼女は知っての通り、元々高坂一派に所属していた。彼女の同期の円月(えんげつ)も同じように高坂一派だったが、我々東拓派閥が高坂を潰す動きを見せた途端、二人は高坂派から離反した。恐らく嗅覚が鋭いのだろう———だがな」


 ゆっくりと美女は、曹沙の周りを歩く。

 その時壇上に東拓配下の上条栄菜が上がってくるのが見えた。

 決して警戒を緩めない。


「それはすなわち、自分の所属する勢力が潰れる間際に逃げ出すような者という事だろう? 曹沙は今や50人以上もの派閥員を統率する、拠点を持った一大勢力だ。そんな彼女が再び私を裏切るようなことがあれば、たまらない」


 ドン、ドン、と少女上条栄菜が大きな足音を立てながら歩いてきて、曹沙の背後で止まった。

 そしてガチャリと後ろで両手が手錠によって捕まってしまった。


「は⁉︎ な、なにを……」


 曹沙は動揺する。だがしかし暴れようとした曹沙を、上条が強い力で押さえ込む。動くことができない。

 さらには片手で体を押さえつけられて、もう片方の手で曹沙の口が無理やりこじ開けられる。


「かっ、かはっ……」


 喋れない。

 そんな曹沙に、東拓が近づく。そして口を開ける。


「だから試そうと思う……れろぉー……」


 ネロォー……。

 東拓の口内から、舌を伝って、口を広げた曹沙に向かって垂れる。大粒の雫となったその粘液はゆっくりと曹沙に伸びる。


「———っ! あがっ! んぐっ!」


 曹沙は暴れる。だが後ろから上条に捕まっていて動けない。

 さらに。


「どーひた?」


 口を開けたまま東拓は短く聞く。

 それだけで頭の良い曹沙は察する。東拓の真意は、従順な仲間となり東拓に対して服従の意思があるのなら、この唾液を大人しく飲めと。

 曹沙は、曹沙は……抵抗をやめて、目を開けたまま、東拓の口から垂れ落ちる粘液を受け入れ———自身の舌の上に乗せると、体がブルリと痙攣したが、濁液を享受し———。


 ガシッ。

 ブチュッ!

 ジュルジュルッ!


 それで終わると思っていた。だがそこまで甘くはなかった。

 曹沙は首を掴まれて、そのまま接吻。さらなる大量の唾液が送り込まれた。

 東拓とのキス、彼女の匂いと、ぬめぬめした液体を送り込まれる事実に……曹沙は身震いをしたかったが、無理やりその本能を押さえ込んだ。

 白目を剥いて、頭の中が吹っ飛んで、足が震えて、倒れそうになるがそれでも両足をついてしっかりと立って、この狂気を受け入れた。


(耐えて……やるっっっ!!!)


(ふっ。曹沙。服従の意思を偽装してるつもりなのだろうが、その反抗の意思が、私を見る目からわかるぞ……フフフ、まだまだ子供ね)


 曹沙と東拓。

 繋がった唇と、口内と、銀色の糸。

 ごくりと曹沙は送り込まれた東拓の体液を飲み込んだ。喉と胃がカッと熱くなる。

 その熱を曹沙は反逆の発火剤に変えて、またしても東拓を睨んでいた。それを東拓は涼しげに、どこか楽しげに受け止めていた。

 ガクン、とその場に倒れそうになる曹沙の体を上条が支えた。


「ふっふっふ、酒池肉林を掲げた以上、欲望の吐口はこちらから差し上げないとね」


 東拓は、嬉しそうに曹沙の前に立つと、一息に彼女の服を破いた。

 捕まっているし、頭がクラクラしている曹沙はまともな抵抗ができずに、水色のブラとパンツをカメラの前に曝け出してしまう。


「はあっ、はあっ、はあっ……」


 生まれたての子鹿のような、ガクガクと震える細い足。

 顔は火照っていて赤く、汗が吹き出している。

 あられもない彼女の姿は晒された。


「栄菜、離してあげなさい」


「はい」


 手錠を外して上条は曹沙の体を解放した。

 曹沙はフラつく足を、一歩、二歩と動かしてカメラの方に歩み寄ると、その醜態を隠そうともせず指をさす。


「……見ていろ! 私が、いずれ天下を取る!!」


 その宣言の咆哮を最後に、曹沙は倒れ込んでしまった。

 東拓はとにかく愉しそうであった。


△▼△▼△▼△▼

 放送はその後、東拓が数分話して終わった。苑珠は終わるよりも先にスマホから目を離して、不機嫌に椅子の上で足を組んでいた。


「チッ、なんで見ちまったかなぁ〜……こうやってネガティブになるのはわかってたのに」


「「「「………」」」」


「あ? どーした四人とも……もしかして曹沙の裸を見て興奮してんのか?」


「違う……東拓が来た」


「は?」


 気づけば周囲の連中がザワついている。

 橋渡のその言葉に、苑珠は四人衆が見ている方向を確認した。そこには一人の胡散臭そうな男がいた。耳が大きい。

 周りにいた奴らは左右に避けてソイツの道を開ける。


「どうも円月苑珠殿の派閥のみなさま。私は東拓主流派のメンバー、馬耳(ばじ)と申します」


 うやうやしく礼をした馬耳。

 苑珠は睨みながら、組んでいた足を下ろす。


「なんの用だ? もしかしてさっきの放送の感想アンケートでも集めてんのか? だったら俺の感想は『受信料と時間返せ』だ」


「おや、私としては素晴らしい放送でしたが、どうやらあなた様には不評のようですね」


「ああ。くだらないもん見せやがって」


「見たのはあなたの意思でしょう」


「ああ見たぜ、くだらないテメェらの承認欲求と自尊心をな。それで金返せっつって文句来てんだから、これ以上恥の上塗りしないうちに消えちまえ」


「———おっと、このような話をしに来たわけではありませんでした」


「逃げたか。けっ、改善しますの一言も返せねーのか」


 馬耳はもう聞いていない。ポケットから手紙を取り出すと、つらつらと話出す。


「東拓葉緒から苑珠一派へのご連絡です。東拓主流派に加わる意思はありませんか?」


「ヤダ」


 即答だった。

 一切悩む素振りもなく、不機嫌な表情を変えることもなく、一言で断った。


「……随分と即決ですね」


「橋渡〜、俺のハチミツってどこに置いてんの?」


「え? えっと、そ、そこに……」


 馬耳の返した言葉を無視して、もう興味ないように苑珠はハチミツのツボに手を伸ばした。


「あの……これはあなた方への警告でもあるのですが。真面目に聞いていただきたい」


「あれ? まだいたの? 随分ヒマなんだな、お前らんとこは」


 煽る煽る。

 ぺちゃぺちゃとハチミツを舐めながら。


「まだキチンとした返答をいただいておりませんので」


「言ったろ。ヤダって」


「本当によろしいので? もっと慎重に考えるべきでは」


「俺が考えなしって言いたいのか?」


「そういうわけではなく、もっと真面目に……」


「へー、さらには真面目じゃないと。パシリのくせに偉そーじゃん」


「———いい加減にしろよ、サルが」


 苑珠の煽りに耐えきれなくなった馬耳が指を鳴らす。するとゾロゾロと東拓派閥の人間が沢山現れた。

 四人衆は驚いて立ち上がり、すぐさま苑珠を囲って守る。しかし苑珠は目の前に立った楽土の背中を押してどかせると、前に出た。


「よー、本気でお前らヒマなんだな。そんな集団でここまで来てさ」


「警告はもうすでに躾に変わった。言う事を聞かないサルには、お灸を据えなければ」


「交渉を断ったのは俺だが、交渉を脅迫に変えたのはお前だぜ? お前は叱られないの?」


「躾……と言ったはず。お前らは下なんだよ、下衆なサルどもが」


 周囲にいる人だかりのざわつきがさらに激しくなっていく。

 中には一歩前に出て止めようとした者までいた。けれど一歩出たところで、しかし東拓派を敵に回すのはヤバいと考えてそこで止まった。

 四人衆も事態のやばさに震えている。だが、苑珠は。円月家の苑珠は冷や汗一つかかずに真っ直ぐ、東拓からの使いに目を向けていた。


「虎の威を被ったところでテメェはテメェだ。余裕のない、度胸もない、我慢もできない短絡的な本質がお前だ———東拓のパシリ」


「では、もはや次のチャンスなどなく決裂ということでよろしいので? 東拓主流派と真っ向から戦うと⁉︎」


「何度も言わせんな。東拓の支配なんかまっぴらごめんだ」


 苑珠のその言葉が最後だった。

 馬耳は連れてきた手下に一斉攻撃を命令した。

 敵うはずもない、まともな抵抗すらできない。苑珠と四人衆はリンチにされ、傷だらけにされて床に伏した。

 特に苑珠は酷い有様だった。身体中アザができて、目の上にコブもできて片目しかまともに開かない。オッドアイの両目のうち、赤色の瞳で東拓の連中を見据える。

 馬耳達は制裁を加え終え、すぐに撤収していった。


「イテテ……」


 彼らがいなくなった頃にようやく苑珠は体が動かせるようになって、起き上がった。

 四人衆も傷だらけで這々の体だ。橋渡は痛む右腕を抑えながら聞く。


「苑珠、これでよかったのか?」


「なにが? 東拓が気に入らねーのも事実。アイツらに支配されんのも嫌だし、仲間になるのも嫌だ」


「だがこれで東拓の敵になったんだぞ」


「味方になった覚えはねーよ。それに、大したことねーだろ。見ろよ俺たちを。曹沙んとこにいた槍持ちの奴にやられた時は全員気を失ってたのに、アイツらのリンチはこの程度だぜ」


「苑珠……」


「そのデッカい赤アフロが剃られなくてよかったな」


 痛いはずだ。

 苦しいはずだ。

 それでも苑珠は平気な顔をする。でも悔しくて辛いはずなんだ。

 だってコブができた青い瞳の片目から、とめどなく涙が流れているのだから。

 橋渡も、綱森も、木家も、楽土も、より一層苑珠への忠誠を深めた。

 ———そして。


「おい、そこの猿顔の体デカいお前」


 唐突に苑珠はそう言った。蹴られて転がっていたハチミツのツボを起こして中身を確かめながら、目を向けず、指もささずに、誰かに声をかけた。

 四人衆も、周囲の人間も戸惑う。だが程なくして全員答えに行き着いた。

 集団から一歩前に出ている男がいた。確かに猿顔で身体も大きかった。


「俺……ですか?」


 彼は自分を指を差した。

 それに苑珠は一切目を向けることなく背を向けたまま答えを返す。


「ああ。お前、付いて来い」


 それだけ言って苑珠は立ち上がり、ハチミツのツボを持って部屋の扉の前に立った。そこで初めて振り返る。


「どーした、早く来いよ」


「いや……なぜ?」


「その一歩出た足が答えだ。一緒に来るだろ?」


 一方的な物言いだった。

 猿顔の男は当然戸惑いを隠せない。けれどすぐに前を向き、さらに一歩踏み出す。


「ええ、いいでしょう」


「で? 名前何?」


猿荻卿(さるおぎ けい)


 部屋を出た苑珠に猿荻は堂々と胸を張ってついていく。その後ろから四人衆も続く。


「———舌もそろそろ乾いてきた。魔王の鼻っ柱ぶっ潰すぞ」


 その数時間後、裸のまま簀巻きにされたズタボロの馬耳が東拓の拠点に送られた。

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