銀色の君
目が覚めた。
ぼんやりとした視界がハッキリしてくると、目の前には星が瞬く夜空が広がっていた。中でも月の明かりは一層輝いていた。
「……寝てたか」
宴の途中までは記憶にあるが、体力切れで寝ていたらしい。ゆっくりと体を起こすと、そこは校舎の屋上だった。
“称号列挙”の儀式の前日に、玄岩隆美と話したベンチだった。
「……なんで俺はこんなところに?」
「私が運んできたの」
声がした方に意識を向けると、ベンチのそばで両手にジュースを持った玄岩が立っていた。
片方を渡してきたので受け取りながら座る体勢になる。すると玄岩はその隣に座ってきた。
「アイツらは?」
「四人衆って人たちや、猿荻くんや張田君のこと? あと……象谷さんもかな。苑珠の仲間達にはちゃんと断って私に預けてもらった」
「……俺を運んだのか? ここまで。一人で?」
「軽かったもん。それにこれでも私、武官だったからね」
「そ」
「あ、そう言えば気になってたんだけど」
「なにが?」
「なんで苑珠は武官だったの?」
「……そりゃ力弱いから疑問に思うだろーよ」
ふい、と目を逸らす。
慌てて玄岩は弁解する。
「そうじゃなくて! ほら、苑珠ってすっごく頭の回転早いじゃない? なのになんで文官じゃなくて武官なのかなーって」
「簡単だろ、円月だ」
「円月?」
「一年前の入学したての頃はまだ文武両道の円月家の子供だったんでね。前回儀式した時はまだ武の方が強かったんだろ」
「……じゃあこの一年であんな頭良くなったの?」
「武力と知力が2と1だったのが、2と3になったところで大差はねーだろ。そもそも今年は“天威”だからどーなのかわからねー」
内心首を傾げる玄岩。なんか、はぐらかされた気分だった。
それを玄岩は、一年前の事を話したくないんだと解釈した。
「で? なんで俺をここに?」
「話がしたくて」
苑珠がプルタブを開けられずにいると玄岩が開けてくれた。
遠慮なく貰ったジュースを仰ぐ。
「話、ってのは?」
頭も十分回るようになってから訊く。
玄岩はどこか言いにくそうにして、缶を両手に持ってイジイジしていた。
「その、まずはお疲れ様って言いたかった」
「おつ。で? それだけ?」
「せ、せっかちだね。もっと言うことないのかな」
「あー」
言いたいことと聞かれて真っ先に浮かんだのは、これだった。
「神羽と春日くれね?」
「あげないよ⁉︎ よりにもよって出たのがそれ⁉︎ 前にもここで言ってきたよね⁉︎」
「ダメか。だったら大事にしろよ」
苑珠が玄岩に言いたいことはそれくらいだった。もう聞きたいことは聞いたし、苑珠は興味がなくなっていく。
その気配を察知した玄岩は自分から話題を作る。
「そうだ、ビックリしなかった? “天威”になっちゃってさ」
「そりゃあ驚きはした。お前が成った時もな」
「……私ね、あの時。苑珠が“天威”になってくれて救われた気持ちになったの」
「は? 敵が増えて嬉しいのか? お前もいっぱしの派閥の長になったってわけか。ライバルのいない環境に未来はないしな」
「そうじゃなくて。その、私だけが“天威”だったら色んなものに押しつぶされちゃってたかも、だから苑珠が成ってくれて荷が軽くなった気分になった」
「ふーん」
「あ、それに私は苑珠のこと敵だとは思ってないから」
「余裕か」
「違うよ! もう! なんでそう考えちゃうの? 私はあなたの事、友達だと思ってる」
ずっと別の方を向いていた目を、彼女の方に向ける。すると彼女は真っ直ぐに苑珠を見つめていて、そして苑珠の視線に気づくとニコリと眩しい笑顔で笑った。
(友達ねぇ……)
そんな相手今までいたかな、と苑珠はふと考える。
小学、中学は……。
(ああそうだ。ウチの家がデカいからタカってくる奴らばっかだったな)
だから自分に近寄ろうとしてくる相手には常に警戒心を持っていた。
あれらは友達だったのだろうか。
そして目の前にいる純粋な女の子はどう形容するのが正しいのだろうか。
「なあ、友達の前段階ってなんて言うんだ?」
「え? えっと、知り合い? 知己かな」
「なんかしっくりこねーな」
「友達未満? それとも他人?」
「どれも違う気がする」
「あ!」
パチン、と手を叩いて閃いた顔をする。
「愛着! 親しくなれるかなって、思い始めるくらいなら愛着って言うんじゃない?」
「愛着……愛着か。確かにそうかもな」
「ねー! だから苑珠は私に愛着を……ヲ?」
自分の言っている事がとても恥ずかしいと気づいた玄岩の顔がポッと赤くなる。
「な、なんだか恥ずかしいんだけど」
「なにが?」
「その、愛って言っちゃうと深い関係みたいに聞こえない?」
「そうなのか? よくわからねーな」
「だってそうじゃん。愛って、二人の間でとっても大事な物って意味でしょ? かけがえのない特別な物で、失くせない繋がり」
「…………」
そんなの自分の人生の中で存在したのだろうか。
ふと、紹美の顔が浮かんだ。
(なんでこの話題でよりにもよってアイツが……)
けれど多分、自分でも気づかないようにしているけど、そうなのだ。
失くせない繋がり、ならば一度繋がってしまうともう引き剥がせない。
絆。
兄弟としての繋がりが生まれた時からあった。苑珠と紹美の間には、消そうと思っても消せない繋がりがある。なら苑珠が紹美に向ける感情の中にも、紹美が苑珠に向ける感情の中にも、愛と呼ばれるものがあるのだろう。
「……はあ、なんか余計なこと考えちまった」
「え! ご、ごめん」
「いや悪い。お前のことじゃない。こっちの話だ」
謝る玄岩に弁明してから、苑珠は立ち上がる。ジュースはまだ残っている。
「ま、少なくとも同業者ではあるんだ。仲良くしよーぜ」
「うん。そうだね」
「こう見えてもお前は頼りにしてるからな」
「頼りにって……あなたは私がどう見えてるの? 私なんて見ての通り、なんの取り柄もない凡人なんだから」
……?
苑珠は首を傾げる。
「取り柄がないって、あるだろフツーに。なによりお前強いだろ」
「強くないよ⁉︎ な、何言ってるのよ。私が強かった事なんて一度も……」
(———この謙虚さは“毒”だな)
謙虚なのは世間体的にはベストアンサーだろう。
だがクイズの問題は全部同じじゃない。
人間、個人個人、一人一人、正解は様々だ。だから全員に同じように謙虚な振る舞いをし続けていたら、ウザがられるならまだ良いが、最悪関係性が悪化しかねない。
あなたはこうだ、と言う相手の意見をなあなあで否定するのだから、トゲが立たないわけがない。
が。
(———俺にとっては“得”か)
直させるのも良いが、このままの方が都合のいい場合もある。だから苑珠はあえてそれ以上は何も言わないことにした。
「ま、なにより、お前可愛いしな。自信持っていいだろ」
「かわっ⁉︎ か、かか、かわいいとかそんな……」
「SNSとかで自撮りあげれば人気も出るんじゃねーか?」
「ええっ⁉︎ そ、そうかな? 本当に?」
「楽しく続けられるならそれが努力だ。いつか大人気なんとかグラマーになれるぜ」
「ぐ、グラマーだなんて……えへへ」
煽てるとふわふわな体を揺すりながら、モジモジと照れくさそうにする。丸っ切り嫌ではない様子。
期待されるのは嫌じゃないってのは本当らしい。
まあ苑珠としてはテキトーに持ち上げてみただけだが。これで本当に始めたら笑う。
△▼△▼△▼△▼
玄岩と別れて屋上から降りる途中、ポケットの中に何か入っていることに気づいた。
なんだこれ?と思い取り出してみると、何かの写真だった。それも数枚。
それと間には手紙が挟まっていた。
宛名は『et』。
「……紹美か?」
身内の匂いがした。
完全に直感だが、なんとなく“アイツ”の気配をこの宛名と、手紙を持った時の感触から感じた。
そう言えば苑珠に手紙を出す時は、自分の名前を書かないと言っていたっけ、と思い出す。
気付いたからには直ぐ燃やそうかと考えたが、意図せず手が止まった。階段の途中だったので一階まで降りて、階段下の物置きになっているスペースに入る。
そこで手紙を開いてみた。
ーーーーー
ーーー
ー
拝啓 銀色の君へ
私はet 本名は隠させてもらう
写真はもう見たかな
見てないなら説明させて欲しい
この写真は東拓の拠点を探して見つけ出した写真データだ
かつて円月家から学園に送られてきた手紙を東拓が盗み見するために 部下に撮らせた写真のデータを探し出し 見つけ出した
君にはこれを読んでもらいたい
ただ個人的な内容はこちらで省かせてもらった 君には必要のないものだったからね
これから君が何をするか 私にはわからない
ただ一つ提案させて欲しい
君の母親に電話してみて欲しい
私からの提案はこれだけだ
いずれ私の望みが叶うことを祈る
では
etより
ー
ーーー
ーーーーー
「東拓が盗み見た手紙の写真……? 実家からの手紙って、あの日の夜に見せつけてきたやつか」
写真の一枚目をめくる。
そこには確かに便箋が写っていて、手紙の内容も読みやすく写真に収められていた。
内容は現在の円月家の状況。
紹美の母親が書いた物だろうと言うことは文体から予想できた。加えて、紹美の母からの手紙ならSOSの内容でも書かれているだろうと思ったが二枚目にも、三枚目にもそれはなかった。
「省いた個人的な内容ってのはその辺のことか。で……」
円月家の現状については大体予想通りだったし、面白味もなかったので適当に読み飛ばした。
そして四枚目、最後の写真。
他と変わらず適当に読み飛ばそうとした時、序盤に書かれていた一文が目に止まった。
「………『正室が 第三子を 身籠った』……」
正室とは苑珠の実の母親だ。
そして正室の第一子とは死んだ兄のことで、第二子は苑珠のこと。紹美は別の母親から生まれているから、第三子とは……。
「おれの知らない新しい子供……お、おれの弟か妹……」
どんどん。
徐々に。
感覚が消えていく。身体中の感覚が、冷えるように無くなっていく。
「あ、ああ…………」
手が震える。
自分に新しい兄弟ができた。
それは苑珠にとっては嫌な報告でしかない。
紹美と後継者争いをしている最中に、正室から新しい子供が誕生。紹美と自分とでは圧倒的な才能の差があった。それでも正室の子だからと屋敷の大半は苑珠を持ち上げていた。けれど正室の子という同じ条件なら———奴らはどちらを選ぶ。
「俺は、いらない……?」
足がすくむ。
重心がぐらつく。
吐き気がする、悶え苦しむ自分がいる、怒る自分もいた。けれど何より泣きたい自分が一番にいて、でももう、泣かないと決めたのだから泣けない。
堪えるまでもなく涙は一粒も流れなかった。
汗で、濡れた手紙をもう一度確認する。
「…………母さんに、電話」
紹美が提案しているのは、母親への電話。
最悪の事実を知った上で、母と話せと言う。
「あの野郎……!」
どうする。
と、考える間もなかった。
苑珠はすぐさま震える手でスマホを持って母親の番号に掛けた。
……が、7コール経っても繋がらなかった。
「……繋がらない。寝てる時間でもないはずだが」
すると、10コール直前くらいに電話が繋がった。耳から離しかけていたスマホを慌てて元の位置に戻す。
『もしもしぃ?』
苛立った声色。
それに一瞬身がすくんだが、確かに母親の声だった。
「もしもし、母さん。苑珠だけど」
『それは電話かけてきた相手の宛名見ればわかるけどさ———』
久しぶりの母親との会話。
しかしとても淡白だった。
そして。
『———あんたまだ生きてたんだ』
………。
『あ、もしかして三人目のことツグから聞いたの? だから掛けて来たのかしら』
…………。
『てかツグがもう殺してるものだと思ってた』
……………。
『前まではアンタを恨んでた。なんで遺人が死んで、無能なアンタが生きてんだって。ほんと家にいる間はずーっと怨みつらみ言ってたわよねー』
………………。
『でももういいの。男の子だってさ! 名前ももう決めてあるの。燿人って言うの。曜日の曜の日の所が火の文字で〜、人は遺人と同じヒトって漢字!』
…………………。
『はあ……これで私もやっと解放されるの。ツグを後継者にしようとする敵からの“攻撃”から。やっと、やっと……!』
…………………………。
『あれ? てかさっきから返事ないわね? あ……もしかしてアイツの携帯から誰かがイタズラして掛けて来たの? ウチ金持ちだから……ったく! ふざけないでよね! アイツだと思って長々と話しちゃったー、恥ずかしい』
……………………………。
『もうアイツは死んでんのかな? 骸から盗んだとか。あーもう、アイツはどこまでも私の邪魔ばかりする。勝手に家から出て行って私を一人にして……あの学園に行くし……アイツがいたせいで私がどれだけ苦労したか……!』
……。
諦めた。
「母さん」
『んあ? あれ? その声やっぱりアイツ』
「死ね!!!!! バァァァァァァカ!!!」
ガシャン!
力一杯にスマホを床に叩きつけた。




