玄龍と臥龍
電子音が絶え間なく鳴るカーテンに締め切られた薄暗い部屋。
お菓子や好物の肉まんを床に散らばらせたまま、部屋の主はゲームに熱中していた。
「もったいないと常々思ってるんだけどさ」
そんな部屋の主に、玄岩隆美は気兼ねない声色で物申す。
モニターから目を離さず、コントローラーからも手を離さずに、言われた方は言い返す。
「お互い様だと思うけど。というかボクのどれがもったいないの?」
可愛らしい舌足らずなロリ声を、ひどくネバつかせたダルダルな口調で答える。しかし言葉はハッキリと伝わる。
「何個かあるけど一つは」
玄岩は物が散乱した床をなんとか進んで、締め切られたカーテンの元まで辿り着く。
カーテンの柄は龍。かっこいい龍ではなくて、デフォルメされた可愛い龍の絵が描かれているカーテン。
その大きな大きなカーテンを開いてみると、大きな大きな窓が出て来て、外の光景は広大な海の景色。
星が瞬き、月明かりを反射して煌めく夜の海。
「綺麗な景色が見えるのに締め切っててもったいない」
デッカいカーテンも窓も締め切ったままでもったいない。
この部屋もグランドピアノが何個も置けるくらい広いのに所狭しと物や本やお菓子が散乱してて、そして生活区域はそのパソコンの前だけ。もったいない。
「すごいゆーね。ヒマなの?」
「用がなかったらこんな学園から遠く離れた海岸の屋敷まで来ないわよ……」
片付ける気力も起きないほどのゴミ屋敷。
玄岩は輝く夜の海を背景にして、主に答える。
「ありがとう。あの時、『正面門に注意』って伝えてくれて」
「メール送っただけで別になんの手助けにもなってないけどねー」
「その気持ちだけでじゅうぶんだよ」
「ならお菓子くれなーい?」
「もう買って来たでしょ」
この屋敷に来てすぐに渡したチョコのお菓子は、すでに全て腹の中に収められている。
ゲームをしながら片手間でバクバクと食べていた。
「そういえば、うさぎが来たよ」
「うさぎ?」
「彩陽んとこのうさぎ。言ってたよ、曹沙と紹美にうさぎの幻術を使ってみたらどっちも好感触だったって」
「はあ……なんの話?」
「この学園にいる何人かにも幻術を使ってみたことがあったって言ってたけど、知っての通りみんな荒んでるからねー。本心が解放された途端に、うさぎをナイフで殺そうとするのもいたし、散々だったって話。でもあの二人は違った」
曹沙と紹美は、愛を求めた。
「人の上に立つ者には格がなけりゃ成れない。その格って言うのは人々に認められて然るべき行いや、心根のこと。人に悪口言ったり、暴力を振るったり暴言を吐くような人には格なんてない。だってそんな人が上に立って『こうしましょう』ってルールや決まりを作ったら、暴力OK、イジメOKな世界になる」
「それって……東拓のこと」
「それも然り、ただの一例でしかないけどね。逆に曹沙や紹美は、どこまで行っても甘ちゃん。非道ぶっても、王道ぶっても結局は心優しい女の子」
「じゃあ……」
玄岩の頭に思い浮かんだのは、ここに来る前に友達になった相手。
「苑珠って子はどう? 私と同じ“天威”なんだけど」
「実はねー、彩陽は苑珠にもうさぎの幻術を仕掛けてたみたい。それも二度」
「え? それって、本心の解放ってやつ?」
「そそ。入学したての頃と、その一年後辺り」
「どうだったの?」
「どちらも———うさぎに怯えていた」
一度目は純粋な恐怖。
二度目は荒い口調でうさぎを近寄らせないようにしながら、身を守った。
「うさぎに危害を加えようとはしなかった。けど近づいて撫でようとする事もなかった。ただただ、周囲に現れたうさぎの大群に怯えていた」
「怯える……? あの苑珠が?」
「うさぎの目は龍の目ってことかな? ううん、実際は苑珠の本心ってのは、とことん弱いってことかな」
愛にも、と付け加えられた。
玄岩は知っている。苑珠が愛とか、そう言う繋がりに疎い事を。
さっき屋上で話した時がそうだった。
「非道を行く曹沙に、王道を行く紹美。その2人を遠い後方から眺めるばかりだった苑珠、しかし“天威”を得て一気に追いついた」
「天威……」
「さらには、突き抜けた力を持つ2人が現れた。群れを統率する猛虎・琥珀と、孤高の龍・龍布。東拓と言う壁を越えた先には、混沌極まる新世界が待ってました。で———あなたはどーするの? りゅーび」
「私は———」
玄岩隆美は答えた。
変わらない答えを。
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大きな屋敷の扉を開けて外に出た緑髪の少女は、ふぅ、とため息を吐く。
「そう言えば一回も顔見れなかったなー」
せっかく遠い所まで訪問しに来たのに、相手の顔を見ることはなかった。
ずーっとゲームと向き合って操作しながら、玄岩と話していた。一度だって玄岩の方を見ようとしなかった。
「まったく。ちょっとは外に出なさいよ、もったいない」
吐き捨てるように言い残して、玄岩は学園へと帰って行く。八畳の部屋では神羽と春日が待っている。
彼女が背を向けた屋敷の表札。
そこには『岡津孔明』と書かれていた。




