赤虎
「琥珀、お前に派閥を預ける」
宴の隅っこで、兄若鬼からそう言われた。
琥珀は思わず相棒の秋結に目を向けた。彼女は頷いて見せる。受けるべきだと。
「……お兄、どうして?」
「見ればわかるだろ?」
若鬼は自分の怪我した足を見せる。
秀倉呂布との戦闘で負った傷だ。結局戦いが終わっても治ることはなかった。
ただ琥珀の傷の方はすでに傷跡もキレイになくなって治りきっている。
「どうして治ってないの?」
「そんな都合よく治るものではないさ。もはや俺は戦えない。東拓との戦争で出し切ってしまった」
「そんなことない。お兄はまだまだ若いんだし」
「当たり前だ、学生だぞ。けど身を引く理由には十分だ」
包帯を巻かれた足を撫でて若鬼は残念そうに言う。
彼もまだ派閥の長として戦いたかった。
けれどそうはできないと諦めてしまっていた。
「虎穴四騎はお前に預ける。他のメンバーもだ」
「……わかった」
「受けてくれるのか」
「うん。全然平気」
琥珀は平然としていた。
しかしその握った手には汗が滲んでいた。自分が派閥の長になる。兄の後を継ぐなら自分しかいないのは分かっている。
それでもやっぱり若鬼が率いる派閥の中で、暴れる方が心地よかった。
それが失くなるとなると心に迷いと不安が生まれる。けれどそれでも、煤孫若鬼が作った派閥をここで終わらせるわけにはいかない。
「だったら私の好きにしていい?」
「ああ」
「ならまずは拠点が欲しい。みんなを守るためには私一人じゃ守り切れない。茂仲もいるし……だから拠点が必要」
「はっはっは! やっぱりよく考えているな。必要なものがわかっている。だが必要なものが揃った途端、お前は手に負えなくなる。血濡れた虎になる。そこだけは気をつけろよ」
琥珀と、その隣に並び立つ秋結、そして背後に一人新しい顔が並んでいたがそちらにも若鬼は自信に満ちた信頼を置いて大きくな頷いて見せた。
「ならはい。はい。軍師秋結ちゃん」
「え?」
突然、緩い雰囲気に切り替わった。
意表を突かれた秋結は、自分に向けられた指先に目を丸くする。
「今の勢力図のおさらい。はい。はいどうぞ」
「あ、え、ああ……現状は」
秋結は琥珀の“軍師”としての働きを自分の目の前でやって見せろと、言外に言われているのだと察した。
「最も強いのが紹美、次点で曹沙です。紹美は元東拓拠点だった北拠点を確保していました。今回の勝利により人も増えていて、次期主流派の風格を見せています」
「曹沙は?」
「まだ拠点を増やそうとはしていません。人材の育成に注力している感じで、イタズラに人を増やして勢力を広げる気配は全くなく。動き出すとすれば紹美を倒す時かと」
「で、他は? 竜崎のやつとかはどうだ?」
「竜崎はちゃっかり西拠点を確保してました。東拓が作り上げた拠点の街をそのまま自分の物にして、政治面での安定を得ています。しかし問題は内部、分裂するのが目に見えています」
「他に拠点を取ったのは?」
「東拓が敗れてすぐに動いたのが塩谷派閥ですね。あそこは優秀なメンバーが揃っていて、空白だった南拠点に根を張りつつあります」
「残った空の拠点は?」
「南東、南西、それから東拓の本拠地だった北西拠点の三つ」
「なるほど。でだ、琥珀」
秋結の話を聞いていた琥珀に、目を向ける。
「今のを聞いて何をする?」
「………多分、まだ他勢力を攻める時じゃない。私が新しく頭になって仲間のみんなは不安があるだろうし、まとまりがない」
「その通り」
「けど、暴れたい気持ちも抑えられない。だから周囲が敵に囲まれてる南東拠点が欲しい」
「満点だ」
松葉杖を付いて立ち上がる若鬼。
彼を支えようと近づいた琥珀や秋結を止めて、若鬼は背を向けて歩き出す。
「こりゃ俺よりも大きくなりそうだな、煤孫派閥。後は任せたぜ、煤孫琥珀」
「……はい。任せてください、お兄様」
こうして一匹の虎が鎖から放たれた。
兄の存在があったからこそずっと鳴りを潜めていた彼女は、頼れる仲間達と共に南東拠点を獲得し、学園制覇を目指して台頭し始める。




