猿龍虎
———少し前。
秀倉呂布を倒した後、苑珠は龍布や琥珀達と集まって話し合っていた。そこで城の方にて周りを囲んでいる敵兵達の隊列が崩れたとの報告が。
しかし同時に、全体チャットに不穏なコメントが流れて来る。
「アホ紹美と曹沙がまた閉じ込められた?」
「新しい扉が現れて、壊せないから完全に分断されたってさ」
チャットを読んでいた卓川が説明する。そして曹沙を知る彼女は、大きなため息を吐いた。
「はあ。多分もう先に進んでるでしょうねあの二人は。特に曹沙はその場に立ち止まるよりも、自分が東拓を仕留めた方が旨みが大きいから先に進んでいるはず」
「仲間との合流よりもそっち優先したのか」
「きっとね。だからあの二人はすでに三階まで上ってると思う」
東拓の居城の最上階。
一同は見上げる。
「マヌケの紹美がどーなろうが知ったこっちゃねーが、もしやられると本末転倒だな」
「半端なことじゃやられないけど、東拓が半端な人間じゃない事は誰でも知ってる」
「はてさて、こっちが危ういか、はたまた東拓の首元に剣を突き立てているのか。どっちかわからねー状況だな」
苑珠は腕を組んで最上階を見上げ、考えた。
もはや勢力としての東拓派閥は風前の灯。拠点の外から攻めてきている阿多霍子や桑名里香も、煤孫や竜崎が抑えていて、さらにはその背後から別拠点に滞在していた勢力が攻め込んでいる。
城の周りを指揮する上条栄菜は足を負傷していてまともに動けない。指揮能力も低下して、城の内部からは春日や丹錦、紫龍が攻め立てて、正門前の大通りには神羽が陣取り後ろから圧力をかけ続けている。もはや守りも瓦解してきている。
(東拓三銃士はこの始末。他の“将軍”もことごとくやられてるらしいし、東拓の脅威はもうない)
なら問題になるのが紹美と曹沙の安否。
ここまで勝ちの流れができているのに、紹美がやられて全部おじゃんになりました〜なんて笑えっこない。
「なら最上階に向かうべきだが、上がれないんだよな」
「なんで?」
「あん?」
隣から純粋な声が聞こえてきた。
白髪の美少女、天宮龍布はきょとんとした顔をしている。
「なんでって……そりゃ、階段は扉で塞がれてるらしいからな」
「うーん、鍵を渡された時も思ったけどさ」
しなやかな腕を伸ばして、真っ直ぐに最上階を指差す。
「飛んで、突っ込めば良いじゃない。鍵なんていらない」
「はあ⁉︎ 飛ぶって……」
確かに龍布は飛べる。
そして最上階の壁も簡単に壊せるだろう。
龍布が可能なことは容易に想像できた。
「やる気なの?」
負傷した肩を手当してもらってようやく立ち上がれるくらいになった琥珀が、龍布に尋ねる。
「いや一人はダメだ。どんなにお前が強くても一人は一人。一人でそんな無茶するのは得策じゃない」
苑珠が注意して止めるが、龍布はいたって平然。
「なら一人じゃなきゃいいんでしょ?」
そう言って琥珀の方に目を向けた。
その視線の意味を察して秋結が間に入る。
「ダメよ! 琥珀は今怪我してるんだから!」
「雨が苦手な人」
秋結を無視して、龍布は語りかける。
「龍や虎が人のセオリーに囚われるかしら」
その言葉が琥珀の堰を切り破いた。
ギラリと赤い瞳が光る。
秋結の制止の声も聞かず、傷口に巻かれていた包帯を破り捨てた。中から現れたのは、もうほぼ治っている肩。
龍布の隣に並び立った。
「確かに、リードを引きちぎってこそか」
二人して足に力を込め始める。
それを見た苑珠は、どうしたもんかと見守っていた。だがそんな彼の背後に、うさぎが現れた。振り返ってそのうさぎに目を向けると、もしょもしょと動く小さな口から女の子の声が発せられた。
「紹美さんが危ないわ。あなたの助けが必要みたい」
それを聞いてすぐに苑珠は動き出す。
龍布と琥珀のいる位置を通り過ぎて、城の方まで走る。もうすでに東拓軍の隊列は瓦解して城までの道ががっぽり開いていた。
向かう途中真っ先に見えた姿は、象谷餡子。
「象! 真上に飛ぶ! 上げろ!」
「!」
象谷は持っていた双剣を放り捨てて、両手を組む。そして苑珠の足を手の上に乗せて、思いっきり真上に打ち上げた。
苑珠が飛び上がり、得意の高い所に登る能力を活かして三階まで到達する直前。龍布と琥珀が飛んできて、壁をぶち破り内部に侵入。
苑珠も後ろから入る。
そして、倒れている紹美を見つけて思わず笑った。
△▼△▼△▼△▼
入ってすぐに苑珠は“天威”能力でハチミツを操り、紹美の体を覆い隠した。弾力のあるハチミツはガードになる。
「へへへ、無様だな紹美ちゃ〜ん」
「くっ………! ん⁉︎ あ、あつっ! な、なにこれ……⁉︎」
バカにされた紹美は怒ろうとしたが、それよりも自分を包み込むハチミツから熱を感じて焦った。
「熱い……ちょっと! 苑珠⁉︎」
「熱いのは当然だろー、熱くしてるんだから。あ、でも温度の調節はちゃんとできるぞ。冷たくもできる。さっき秀倉を縛ってたのも冷たいハチミツだし」
「………き、聞くまでもないと思うけど。なんで熱くしてるの?」
身体中を包み込む熱によって大量の汗をかいて、たまらず舌を出してへばりつつある紹美はあえて聞いた。
そして案の定な答えが返ってくる。
「嫌がらせ」
「おまえっ!」
ゲスな表情だった。
東拓は、苑珠が紹美を好きだとかなんとか宣っていたが、絶対に間違いだと紹美は歯噛みして思った。
「お前がピンチだって聞いてさ、これはチャンスだと思って」
「助けに来たわけじゃないのか!」
「助ける? 何を?」
耳の穴を掘りながら興味なさそうにそっぽを向く。
だんだん体力が奪われていく紹美はもはや動けなかった。もといハチミツの拘束はどんなに力を込めても剥がすことはできなかった。
「さて本命の方はと」
苑珠は東拓を見据える。
東拓は現れた三人、特に龍布の方を注視していた。
「あら、来たのね」
「葉緒姉様。話は秀倉の方の私から聞いた」
「あっそう。まあ、他所様の家のことをとやかく言うのは良くないわ。あなたもほどほどにしておきなさいね」
どの口が言うか、と紹美は心の中でツッコむ。
「あれ? ところで曹沙は?」
「ここよ……」
琥珀の疑問に、女の子達に押しつぶされている曹沙が苦しそうな返事をした。
それを見て一層悪い笑顔になる苑珠。
「こ、これがあの操神曹沙の姿か……(笑)」
「アンタねぇ……」
「東拓倒すぜーって意気込んで先走った結果がこれなら笑うしかないだろ〜? ぷーくすくす」
「覚えてなさい」
「つーかなんだこの女子の量。やっぱ東拓はそう言う趣味が……」
部屋をぐるっと見回して、苑珠の目が一点に止まる。
舌を抜かれた女の子。
口から血を吹き出して苦しそうに喉の奥から枯れた音を出し続けるだけの女の子。
「下衆が———」
ずっとニヤけて笑っていた顔から一点、“戦士”の顔つきに変わると東拓を睨む。
ハチミツを二つ召喚する方法をまだ知らない苑珠は、即座に舌を抜かれた女の子の元に駆け寄る。近くにあった脱ぎ捨てられた服で口元を抑えて、血を止めようとする。
が———近づいてきた苑珠に、その女の子はナイフを突き立てた。腹に刃が突き刺さる。
「痛っ……!」
女の子の目は恐怖していると同時に、苑珠を敵と見定めていた。主人である東拓の敵。
だからナイフを突き刺した。
「苑珠!」
「ウルセェ! テメェは黙ってろ!」
紹美の投げかけた声にブチギレながら、腹にナイフが刺されたまま、刺して来た女の子を突き飛ばす。
ドタン、と床に仰向けに倒れた少女は噴き上がる血が口の中で溜まり、喉の奥まで流れ始める。
自分の血で溺れる。
「かっ……く……ゲハッ! …………」
最後に大きな咳き込みをして、そこで女の子の呼吸は止まった。
———死んだのだ。
痛み。
苦しみ。
冷たさ、寂しさ。
それらを感じながらしかし、最後に東拓へ向けた目はどこまでも彼女を慕っていた。
「………っ」
ナイフを引き抜く事ができず、腹から血を流し続ける苑珠は引き攣った顔をした。
自分が殺した。
その瞬間だった。
「違う!」
紹美の声が聞こえる。
「あなたが殺したんじゃない! 東拓が殺したのよ! あなたは助けようとした! それをその子は自ら拒んだの!」
「……ウルセェよ」
「あらあら可哀想に」
東拓は、平然としていた。
そして龍布に目を向ける。
「どうしたの? そんな強張った顔をして。私たちは裏社会の家で育ってきた、こんな場面幾度となく見てきたはず」
「……葉緒姉様は、何も思わないの?」
「あなたの暴れたい、戦いたいと言う心の疼きはこの結果を産む感情だと気づいてないの?」
「……!」
「殺したいほど甘いわね。だったらあなたはやっぱり相応しくない。東拓家に相応しくないのに———どうしてあの人は、あなたにも愛をあげるの?」
ギリッと初めて東拓の表情が歪んだ。憎ましげに義理の妹を睨みつける。
実の父親の愛を、二人の“他人”が貰っているのが気に食わない。だから二人をこの学園に呼び寄せた。これ以上長い間、父のそばにいて欲しくないから。
「苑珠、見せてみろ」
「っ!」
琥珀が苑珠の肩を掴む。それを振り払おうとしたが、苑珠の力では何もできない。そのまま琥珀が苑珠の腹の様子を確認して、先ほど秋結から預かっていた包帯を巻こうとする。
だが服を脱がそうとした手から逃げて、苑珠は前に向かって指をさす。
「まずはアイツだ」
嫉妬に打ち震える魔王を指差す。
「もうアイツの顔は見たくない」
その言葉に、琥珀は頷いて立ち上がる。
「と言うわけだからそろそろ幕引きと行きましょうか。魔王」
「待って雨が苦手な人」
「……その呼び方どうにかならない?」
拳を握って東拓に近づこうとする琥珀を龍布が止めた。
「迷ってる暇はないはずよ。早くしないと苑珠の治療が間に合わなくなる。もっと言えばお兄の治療も早くしたい」
「分かってる。でもここは私がやる。やらせて欲しい」
「……なら、競争はどう? 私より先にあなたが殴ればいい」
「譲ってはくれないんだ」
「虎が龍に何を譲るの?」
「そっか」
軽い会話だった。
何気ない世間話のようだった。
油断する東拓ではない。しかしそのゆったりした会話が終わった瞬間に飛び込んでくる二つの獣に対して、何もできなかった。
ゴオッ、と競うように我先にと向かってくる化け物二つ。音速を遥かに超えたスピード。防げるわけがなかった。
決着は一瞬。
どちらも東拓が吹っ飛ばされる時には腕を振り終えた格好だった。
もはやどっちが殴り飛ばしたかわからない。
魔王はあっさりと城の外に吹っ飛ばされて行った。拠点からも大きく話されていき、天高く、遠くまで吹っ飛ばされていく。
城の下で戦っている者達にはそれが何かわからなかった。
(———)
一番初めに気づいたのは、曹沙。
次に気づいたのが苑珠。
三番目は紹美。
頭の回転が早く、決断が早い順に気づいていった。この場での一番の“旨み”を。
頭の良い三人が東拓がやられた現場にいて、そして唯一動けるのは———苑珠のみ。曹沙も紹美も身動きが取れない状態。
「すううううううう!!」
即座に城の外に出て、思いっきり息を吸い込む。
曹沙と紹美がマズいと悟った時にはもう遅い。
「俺たちの勝利だああああああああああああ!!!!」
味方は一瞬わからなかったが、すぐに嬉しさが込み上げてくる。
敵は各々脱力して武器を落とす。
苑珠が、勝鬨をあげた。味方は全員腹から血を流しながらも勝利を宣言した苑珠に向かって拳を突き上げて、歓喜して、打ち震える。
“天威”苑珠の声に、皆は歓喜した。
連合軍の勝利だ。




