軍師の本懐
正門前の大通りにて、一人の少女が頭から湯気を出して、ぶつぶつと呟いていた。
「……囲まれたら負け、囲んだら勝ち、それが戦の鉄則。それは全員わかってる。わかっていると前提した上で、東拓と、軍師梨樹の考えは……思惑はぁ………」
幾原攸は視界の片隅で天宮龍布がいなくなったのをちゃんと視認していた。だが東拓による包囲網の脱出方法を考える上で必要ないとして頭から外した。
捨てた。
だかその捨てた物を拾う者が彼女の背後に現れた。
「悩んでるみたいね、攸姉」
「え?」
振り返ってみるとそこには編笠を頭に乗せた小さな女の子、幾原攸と良く似た顔をした少女が立っていた。
服装は無地で飾り気のない野暮ったいシャツと長ズボン。
しかし綺麗な瞳と顔立ち、それと手入れの行き届いた柔らかそうな肌が彼女がただの浮浪者紛いなどではなく、意味があってあえてその格好をしているのだとわかる。
幾原攸は驚いて思わず立ち上がりかけた。
「旬!! あなた曹沙殿からこの学園の全てを歩いて知れと言われてたはず……なのにどうしてここに⁉︎」
「その任務の一環、と言いたいけど。やっぱり自分の仲間や姉が頑張ってると思うとどうしても来たくなっちゃった」
幾原旬は編笠を脱いで、そのまま姉に被せる。
そこで攸はハッと気づいた。今必要なのは妹の知恵ではないかと。被された帽子を乱暴に取り払って立ち上がり、妹に詰め寄る。
「旬! お願い知恵を貸して! 私だけじゃこの局面をどうすれば覆せるのかわからないの!」
「攸姉」
ふぅ、と鼻から息を出して旬は腰に手を当てる。母が子に言い聞かせるような優しさの詰まった言いつけ。
「攸姉は曹沙派閥筆頭軍師でしょ。私や他の二人はまだまだ未熟、ひと足先に熟した攸姉だからこそ曹沙様も期待してる」
「わ、私は……そんなんじゃ」
「それに私は助けるつもりで来たわけじゃないの、様子を見に来ただけ」
「なっ! それじゃあ負けたらどうするの⁉︎ この戦いに負けたら曹沙派閥は崩壊! 東拓は勢いを増してもう止められなくなる!」
「最悪な状況になるって言いたいの? でもね、考えてもみてよ」
姉の小さな鼻を指先でつついて、諭す。
「最悪な状況でこそ私たち軍師は輝く」
「!!」
「派閥がぶっ壊れたのならまたやり直す方法を考える。東拓が邪魔なら排除する方法を考える」
ただし彼女らの仕事は考えることまでであり、決定や判断は長たる曹沙の役目。
例えるなら主役である豪華な魚の生け作りが曹沙、軍師である攸や旬は添えられる菊の花のようなもの。長時間疲れながら考えついたものも、曹沙の一声で捨てられてしまう可能性が充分ある。
ただそれでも、それがわかっていても。
「考えるのが大好きなのが軍師という生き物」
「軍師としての生き様……」
「じゃあ気づいた? なら、そろそろ見るべき場所が違う事に気づいてよ」
「見るべき場所が、違う……?」
旬は編笠を返してもらうと、なんの素振りもしないままスッとその場から横に避けた。
姉が見ていたのは正門前の伏兵が潜む道の方、妹が立っていたのはその真反対の位置。
そして妹が避けた先の光景が目に飛び込んでくる。城の状況が目の中に飛び込んできて、幾原攸という一人の少女の脳内で“調理”されて行く。
(がんばれ、お姉ちゃん)
いつの間にか旬は何も言わずにその場からいなくなっていた。
だがすでに攸の脳内はそれを気にするほどの余裕はない。
「城を取り囲む敵の動きに乱れがある」
天宮龍布。
東雲紫龍。
二匹の龍が通った結果だった。
内側から曹沙・紹美派閥の“将軍”達が抵抗しているのに対して、城を取り囲む敵兵達はそれらを全部押さえ込む必要がある。城の中に曹沙と紹美を留めておく事が、東拓の作る包囲作戦での肝。
だが背後から二匹の龍が突撃してきたせいで、兵士たちの意識には背後に対する警戒心が生まれていた。
「恐怖している」
瞬時、攸の頭に策が浮かんだ。
ずっと悩んでいた正門前の大通りにもう一度目を向けて、ふっ、と小さく笑う。
「あそこに潜んだ伏兵達は家に入ってきた小アリのようなもの。一網打尽にするには、絨毯を敷いてあげよう」
その絨毯の素材は同類によって作られたものだが。
攸は改めて戦場の状態を確認してから、玄岩隆美に近づく事にした。
「もう一撃、もう一撃」
攸が玄岩の方に向かったおよそ数分後、芦馬丹錦と荒益春日が城の敵陣に突っ込んで行った。
『北西から龍布が、北から紫龍は敵陣を突破して見せたがこっち側にいる者達は出来ないかぁ〜』と挑発したら血気盛んな丹錦と春日が激怒して、弓兵も無視して突っ込んだ形だ。
そして最後の一計を講じる。
「おやおや次はどこから、次はいつ、化け物が背後から襲ってくるのかな?」
大勢いる兵士たちの中にいる一人に向かって、背後からその言葉を呟いた。
するとその学生兵士はビビってしまい、逃げ出した。最初の一人が悲鳴をあげて逃げ出したことで、次々と逃亡者が現れ始めた。
逃げる方向はバケモノも誰もいない、伏兵の潜む正門の方向。誰もいないから正門から出て行く前に道半ばでへたり込んでしまう者もいた。
続々と逃亡者が伏兵の潜む道を通り、ポツリポツリと道の真ん中には人が座り込む。
「流石に仲間を襲う伏兵はいないけど、でもあんな中途半端な位置に仲間がいられては敵が通っても出て来れないでしょう」
攸の背後から、勇者・出雲神羽が率いる部隊が現れて正門前の道を通って行く。攸の作戦を聞いて協力してくれたのだ。
神羽が目の前を通り過ぎても伏兵達は尻込んで飛び出してこない。
味方がいるからだ。
しかしそんな迷いなんて取っ払って出てくるものがいた。
「たあああああ!!」
“将軍”、関西優香。
目の前に座り込んでいた仲間を蹴っ飛ばして、剣を振り下ろして飛びかかるが———
「御免」
使い古された安っぽい薙刀。静かな一言と共に振るわれた薙刀の一振りによって、一撃で倒されてしまった。
誰も抜け出せなかった伏兵達。
一人果敢に飛び出した“将軍”は一瞬でやられた。
もう伏兵達は姿を出すことはなかった。
そしてその光景を城側の敵も見ていて、混乱状態に陥る。
城の内側には紫龍や大勢の“将軍”、西からは春日と丹錦、北には龍布がいる、正門前には神羽が陣取ってしまった。
さらに———
「秀倉呂布! 敗北!」
卓川獏の声が聞こえた。
彼女は苑珠達によって秀倉呂布が負けた事を知らせたのだ。
それがトドメだった。
「士気とは人の塊。怖がるし怯えるし、簡単なキッカケで瓦解してしまえるほどに脆い———もし東拓葉緒本人がこの場を指揮していれば、もっと状況は厳しかったはずだけどね」
幾原攸はそう締めくくり、西拠点からやって来て合流していた馬淵冬夜から預かった鍵を持っている玄岩隆美と共に軍隊を率いて城の包囲網を背後から突破。
丹錦と春日が道を開いていたので簡単に中に入れて、曹沙と合流できた。そして最後の鍵を玄岩が手渡した。
「どうぞ、これは竜崎さんより先に到達した馬淵さんから預かった鍵です。馬淵さんは助けに来ただけではなく、鍵を探すのにも力を入れてくださって。あ、馬淵さんは今西側から来た桑名里香の部隊を抑えているところで……」
「ありがとう玄岩さん。それから、頑張ったわね攸」
曹沙は鍵を紹美に渡してから、自分の軍師を目一杯褒めちぎった。頭を撫でて、顎を撫でて、頬と頬を擦り合わせたりもした。
そばで見ていた玄岩は顔を真っ赤にして目を隠す。
「ふわあ〜〜〜!」
妹はさっき軍師は考えるのが大好きな生き物と言っていたが、けどやっぱり褒められたりもしたいなぁ、と攸は主人からのご褒美を享受した。
△▼△▼△▼△▼
「行くぞ、曹沙」
「ええ。いよいよって所かしら」
鍵を持った紹美は、それを鍵穴に差し込んだ。
後ろでは玄岩隆美、幾原攸、東雲紫龍などの面々が並んで見守っていた。
ガチャンと開いた音がして、ついに扉が開いた。
「ついに東拓の元へ行ける」
「前もって調べていた東拓派閥の構成員は総勢約170人。あちらこちらで猛将達がぶっ飛ばしていたり、作戦のために部隊としてまとめて動かしていたところを見ると……」
「東拓本人の守りは薄い?」
「多分ね」
開いた扉の先には二階に上がる階段がある。
紹美と曹沙は並んでその階段を上り———その背後でまた新たな扉が出現した。
「なっ⁉︎」
「まさか!」
紹美と曹沙は、後ろから付いて行こうとしていた玄岩達と完全に分断されてしまった。
その扉には鍵穴が無かった。
ガガガ……、とアナウンス音が聞こえてきた。
『あーあー、マイテスマイテス……こほん、まずは皆様ご苦労様でした。そしてこれから先、紹美さんと曹沙さんだけで我が主人の元へと進んでいただきます』
「おい! これはルール違反じゃないのか⁉︎ 開けられない扉なんて……!」
『東拓様はお二人とお話しするのを望まれています。それだけです』
「卑劣な……!」
『安心してください。この戦いが終われば開くようになっています。どうぞ紹美さんはやられないようにお気をつけを。お詫びとは言いませんが、二階部分には楽しめる催しがありますので〜……では〜』
そこで梨樹の声は途絶えた。
二人は視線を合わせる。
「どうする?」
「どうもこうも」
曹沙は腰に携えていた鞘から剣を一息に抜くと、階段を一段登った。
「行くしかないでしょ」
「……どうにか扉を開ける方法を探して味方と合流するのを優先すると言うのは?」
「さっき言った通り守りは薄いと予想しているわ。それに、東拓を倒す手柄を誰かに与えるくらいなら自分でやる」
「………先に、一つ確認だ」
紹美も金色の剣を抜いて、曹沙と同じ段まで登って隣に立つ。
そして横目で、聞く。
「お前は本当に東拓の仲間ではないんだな」
「え? もしかしてまだ疑ってたの? いや……こう言う場面になったからこそ、その疑いが強まったのか。でも安心しなさい」
曹沙は笑う。
「東拓なんてクソ喰らえ、とずっと思ってるわ。こうして自分でカタをつけられるチャンスが巡ってきて、体が疼いてもいる」
曹沙は先に登って行った。
「さあ急いで! 二階に何があるかわからないけど、会った相手は全員切り伏せる覚悟で!」
「……ああ!」
その勢いに紹美も続いた。
二人して登って行って、二階に上がる前に途中で止まった。
「警戒警戒、と」
「気をつけろ。先に何がいるか………ん?」
「どうしたの?」
キョトンとした曹沙が振り返る。
紹美は鼻を鳴らして何かを嗅ぎ取った様子だった。そして曹沙の背後に目を向けて、目を丸くした。
「あ。曹沙、剣をしまえ」
「は⁉︎ 何言ってんの⁉︎」
今し方戦う覚悟を持って駆け上がったと言うのに、何を言うのか。
しかし紹美はあっさりと自分の持っていた剣を鞘に収めた。その目はまだ曹沙の後ろに向いている。
何が……、と曹沙は振り返る。
するとそこには———
「———うさぎ?」
真っ白でふわふわな小動物がいた。
もしょもしょと動く口元とヒゲ、そしてまん丸な赤い目が曹沙と至近距離で向き合った。




