秀倉
「———そろそろ頃合いでしょう」
「ん?」
正門道で戦っていた天宮龍布と張篭遼。
互いに楽しみながら戦っていたが、少し前から張篭遼が力加減を加えていることを感覚的に察知していた。
そして遂に遼は戦いを止めた。汗をかいて、吐き出すような荒い呼吸をして、疲れを見せている。だが本気で流行っていなかったため余力は十分にある。
遼は、刃を止めると振り返って城の方を見た。そこではいまだに紹美と曹沙が敵に囲まれている。
「充分時間は稼ぎました。東拓殿への恩返しにはなるでしょう」
「終わり?」
「ええ。それから、こちらを」
遼はスカートのポケットから鍵を取り出した。
「今、あなた方に必要な鍵です。どうぞお待ちください」
訳がわからないまま龍布はそれを受け取った。
正直白髪の美少女的には、こんな鍵なんか放り捨てて遼との戦闘を再開させたかった。だが遼の態度を見て思い止まる。
静かに、冷静に、毅然としていた遼は不意にその場に跪いた。
「龍布殿。あなたと試合度に心の奥底から湧き上がる熱を感じることができました。あなたさえよろしければ、この戦いが終わったのち、この張篭遼をあなたの幕下に加えていただけませんか」
「え? 派閥ないよ?」
「構いません」
「まだ終わってないよ」
「構いません」
「葉緒姉様が勝ったら仲間にはなれないんじゃないの?」
「その時はこの首を切り落とされるつもりで、離脱の願いを東拓殿に直談判する覚悟です」
遼の目は真っ直ぐだった。
龍布はその目に心を奪われた。
龍は竜の追随を認めた。
「わかった。ただもうそんなバカなことは言わないでね」
「え?」
「あなたが死んだらもう戦えない。仲間にだってなれない。次からは命を落とす選択をする前に私に相談すること。わかった?」
「はいっ!」
花開くように笑顔になった遼は、感極まって嬉しそうに返事した。
「じゃ離れてて。姉様をここで裏切る必要はないからね」
「ありがとうございます」
遼は脇に逸れて姿を消した。
さて、また負けられない理由ができた。
彼女を見送った後に、龍布は手に持った鍵を確認する。
「これは……どこに持っていけばいいのかな?」
と、その時。破裂するような轟音が聞こえてきた。爆発音にも近かった。
方向は城の方を向いている龍布の位置からして右斜め前。北側門の方向。そしてちょうど目を向けた時、建物よりも高く飛び上がった黒髪の少女の姿が見えた。
「あれは———!」
もう一人の自分。自分と瓜二つの、もう一人の“りょふ”。
もう出て来ていた。そして何者かと戦闘している。すぐにでも向かいたい気持ちだった。
「えっ、と」
持っている鍵をどうしようかと迷った。
周りを見ると、曹沙派の軍師幾原攸が地面に尻もちをついた形でへたり込んだまま、スマホを眺めて頭を抱えていた。
何かを考え込んで、悩んで、追い詰められている感じだった。
異様な雰囲気を感じ取って話しかけられなかった。
幾原攸は頼れない。なら別の人にこの鍵を預けようか、と思ったところで街の裏路地から誰かが出てきた。
「はあ、はあ……」
少年だった。
手負いな感じ。肩から血を流して、ぷらぷらと力無く垂れ下がる腕を抑えていた。
そして彼は龍布の姿を見て一度ギョッと驚き、そのすぐ後に彼女が持つ鍵を見つけてさらに驚く。
「あー! 鍵!」
「ん? もしかしてこれを探してたの?」
「ああ! そうだ! 卓川リーダーの命令で……ああでも」
少年は城の方を絶望した顔で見る。
「あんな敵だらけのところを、こんな体で突っ切れない。せめて卓川リーダーの所に届けられればいいが、仲間はみんな後から現れた新庄文湖やられたし……」
「これ城に持っていけば良いの?」
「そ、そうだ」
そこで少年は今の状況を龍布に説明した。
それを聞いた龍布は頷いた。
「なるほど。なら簡単だね」
「か、簡単?」
「鍵なんていらない気もするけど、届ければ良いんでしょ? 中にいる円月紹美と操神曹沙の元まで」
「そうだけど………え?」
少年の返事なんて待たなかった。
轟音を鳴らして地面を蹴り、前方に向かって飛んだ龍布は、その勢いのまま城の周りを囲んでいた敵兵を衝撃でぶっ飛ばした。
悲鳴が上がる中で、龍布は内部へと辿り着く。そして呆気に取られている目的の二人へ鍵を投げ渡す。
「はいこれ」
「あ、ああ、おお……ありがとう」
「じゃ」
鍵を渡してすぐに今度は北側の方へと飛んで行った。当然敵兵を薙ぎ倒して、吹っ飛ばしながら。
曹沙も紹美も、周りにいた仲間の兵士達も。何も言えなかった。
△▼△▼△▼△▼
足元に黄金色の粘液が現れた瞬間、りょふはすぐさま真上に飛び上がった。だがどれだけ高く飛んでも粘液は逃すことなく、主人の“拘束しろ”という命令を忠実に遂行する。
飛び上がったりょふの体にさらに絡みつき、そのまま地上まで引き戻す。
「う、動けない……⁉︎ そんなバカな……!」
りょふの力を持ってしてもそれは振り解けなかった。
さらに怖いのが、徐々にハチミツが熱を浴び始めていること。
「熱い……! 暑い……!」
身体中を熱で覆われる。熱せられた鉄板を身体中に巻きつけられているような感覚だ。
筋肉が熱によって緩み、力が抜けていく。
汗が噴き出して体力が奪われていく。
火照った体を身じろいで、熱を逃がそうとしようにも動けないのだ。ただ突っ立ったままこの熱を耐え続けるしかない。
「クッ………!」
熱によりハチミツが凝固していく。そして地面とりょふを繋ぎ止めてガッチリと固定する。
「よし、今だ!」
苑珠は叫んだ。
だが、誰も動かない。
苑珠が何を指示しているのか四人衆も、秋結もわからなかったからだ。
「おい何してんだよ! 今だろ! 今しかない!」
「な、何が?」
「ボコスカタイムだ! 拘束したりょふをボコボコにしろ!」
「い、いやでも」
確かにりょふは強者だ。信じられないほどに強い。
だが目の前には汗をかいてもがいている黒髪の女の子の姿しかない。
「動けない女の子を寄ってたかってリンチにするってのは———」
「じゃあリンチじゃなけりゃ良いんでしょ?」
横から、ハチミツに拘束されている女の子と瓜二つの、白髪の女の子が猛スピードで飛んできて、そしてりょふの横っ面を殴り飛ばした。
その勢いとパワーで、りょふがどれだけ力を込めても千切れなかったハチミツが、殴り飛ばされたりょふの体に引っ張られてそのまま引き千切れた。
りょふの体がすぐ横の建物に向かって吹っ飛ばされ、壁をぶっ壊して飛んで行った。
「龍布!」
苑珠は現れたもう一人の“りょふ”にホッとした表情を浮かべる。
壊れた建物の壁の向こうには、殴られた衝撃で動けなくなっている“りょふ”が倒れている。苑珠と龍布が近づく。
念の為、もう一度苑珠はハチミツで拘束した。
「さてと、葉緒姉様に聞く前にまずはあなた本人から話を聞きましょうか」
龍布が見下ろして、問う。
りょふは観念して、ため息を吐いた。
「……いいえ全部話すわ。東拓に聞く必要はない。私の履いてるスカートのポケットに、学生手帳があるはず。それで名前を確認して」
それを聞いた苑珠が探って、手帳を取り出した。
そして中を開いて見た時、彼女の名前が最初のページに書かれていた。
『秀倉呂布』、と。
「しゅうそう?」
「秀倉呂布よ。それは私のお母さんの旧姓なの」
「旧姓?」
苑珠は聞き返す。
ハチミツに拘束されて建物内のタイル床に転がるりょふ……いいや、呂布は語り始める。
「私が産まれた時の名前は、秀倉じゃなかったの。産まれた時には、父親の姓名が付けられていた。その父親の名前は———桜蔭堂」
「なっ!」
その名を聞いて龍布は顔色を変えて驚く。
なぜならそれは、龍布と玲姫の姉妹が本来名乗るはずだった名前だからだ。
苑珠も、自分の実家と同格の、由緒正しい家の名前だと言うことは知っている。だが龍布の驚きようは金持ちの名前だからだとか、そう言う理由ではない。
「それは私と玲姫の本当の母親、桜蔭堂蝶泉の……」
「簡単にハッキリ言っちゃえば、私とあなたは同じ父親にルーツを持つ、腹違いの姉妹って事よ」
「腹違い……」
(腹違い、ね)
そのワードに苑珠も思うところがある。
秀倉呂布の話は続く。
「桜蔭堂、あなた達も知っての通りすごい家。だからこそ血統を重んじる。しきたりも重々しくてね。後継者争いなんかも日常的に頻繁に起こっている。そして現在の当主は、かつて後継が産まれない事に苦悩していた」
「よくある話だな」
「だから本来愛した正室である蝶泉とは違う、当時屋敷に仕えていた秀倉って使用人の女を側室として迎え入れて……子ができた」
「それがあなた?」
「ええ。けど、数ヶ月後、蝶泉にも子が出来た。当主は大層喜んだけど、もうその頃には屋敷内の後継者争いの流れで、蝶泉を追い出そうとする動きがあったし、お母さんもそれを利用して蝶泉を追い出そうと画策した」
(なるほどな……)
そこまで聞いて苑珠はもうすでにあらましを予想出来ていた。秀倉呂布のおかれた境遇も、同時に想像できた。
思わずハチミツの拘束を解いていた。
しかし秀倉は気づいているのかいないのか、床に転がったまま話を続ける。
「当主が愛したのは正室の蝶泉、そして蝶泉もまた当主を愛していた。しかし子ができた母親と言うのは子を守る。当時の派閥争いが巻き起こっていた桜蔭堂家に、あなたと、後からさらに産まれたあなたの妹を守ろうと蝶泉は動いたの」
「……それで、どうなったの?」
「屋敷から逃げ出してあなた達二人を、西涼会東拓組に預けた。桜蔭堂が表のトップなら、東拓家は裏の世界のトップ……そして東拓葉緒の父親でもある東拓真緒は、かつて蝶泉のことを好きだった」
まあこれはこの学園に来てから東拓葉緒に聞いたんだけどね、と秀倉は疲れたように笑う。
「旧姓天宮蝶泉は東拓家に二人の子供を預けた後、すぐに屋敷に戻って子供を川に落として殺してしまったと報告。屋敷の者達は悲しむもの、嬉しがるもの、怒り狂うものの3つに分かれた。そして蝶泉からの報告を聞いた桜蔭堂の当主は———それでも蝶泉を愛した」
「…………」
「その心意気は立派、と言いたいところだが正直もろてを振って褒められないな」
苑珠はどこか優しげな声色だった。言葉は少しトゲトゲしいが、そのトゲが向いているのは秀倉呂布に対してではない。
「それで、お前が秀倉って名乗ってるって事は」
「ええ、捨てられた。後継者争いが完全に私有利に働いていた所を……当主は、父とも呼びたくない血が結ばれているだけの父親は、私とお母さんを屋敷から追い出した。蝶泉を守るために」
「それで秀倉と名乗るようになったと」
「私が中学生になる頃、お母さんは死んだわ。悠々自適な屋敷暮らしに馴染みすぎてたのかも知れないし、単なる過労か、それとも心労が祟ったか……ただ一人の子供で、ただ一人の家族なはずの私は今でもちっとも分からない」
葬式も狭っ苦しい八畳部屋の中で細々とやったわ。参拝者は私一人。スーツの着方もわからなかったなぁ、と秀倉は泣いていた。
苑珠は脱力して突っ立っている隣の龍布に意識を向ける。
「なあ、酷だとは思うが……今のを聞いてどう思う」
「………私は東拓家で不自由ない暮らしをしてたわ」
龍布はポツリポツリと話し始める。
「お父様とか、周りの組員のお兄さんや、お世話係のお姉さんまで。みんな良くしてくれた。着物の着付け方もしっかり、厳しくも丁寧に優しく教えてくれた。でもやっぱり、裏の世界の住人だったお父様がなかなか家に帰って来ないことをどこか、恨めしく思ってた。子供心ながらに」
「そんなの、なんでもないじゃない……!」
泣きながら秀倉は恨めしそうな目を龍布に向ける。
「あなたは捨てられたんじゃない、救われたのよ……あなたの母、蝶泉によって! それなのに私は、その蝶泉のせいで人生メチャクチャになった! どうして私よりも先にあなたが生まれなかったの⁉︎ 蝶泉があなたを産んでいれば、お母さんが側室に選ばれることもなかったし、桜蔭堂の屋敷で今も召使いとして働いていたはず……なのに、どうして!」
「それを龍布に言ってもどうしようもないだろ」
「うるっさい! 外野が余計な口挟むな!」
苑珠は思った事をすぐに言ってしまう。それに秀倉は八つ当たりした。
龍布は目元が前髪で隠されていた。ずっと黙っていた彼女はゆっくりと口を開く。
「まだ聞きたい事があるんだけど、聞いてもいい?」
「なによ!」
「どうしてあなたはこの学園に来たの? そしてなんで葉緒姉様の元にいるの?」
「アンタを、殺すためよ……!」
「嘘つき。私は一年前までここに来る予定はなかった。葉緒姉様に誘われて転入して来たんだから」
「それは……」
「同時にあなたがもし私をこの学園に誘き寄せるために葉緒姉様に近づいたんだとしても、あの人はあなたにいいように利用されるような人じゃない。あの人はあなたなんて関係なく、私を呼んだ。ならあなたが学園に来た理由は別にある。でしょ?」
「…………」
「あなたがこの学園に来た本当の理由は、なに?」
「っ……っ…………ここしか無かったから」
嗚咽と共に気持ちを吐露する。
「ここは誰でも歓迎な学校。親を亡くして行き場をなくした私は、学費も払えない……でもここは、そんなのいらない。学費は完全免除。それだけじゃなく、武器を持って、己の力でお金を稼げるの」
「それで東拓葉緒がお前の実力を見込んで誘い入れた。いやそれとも、その龍布と瓜二つの容姿を見たのが理由かもな」
「その通りよ……東拓葉緒と出会えたのはほとんど奇跡。行き場のない私が流れ着いた場所に、偶然東拓家の人間がいて、そして真実を知った。私は蝶泉が産んだ子供が川に沈んだって聞かされてて、まだ生きてるなんて知らなかった……あなた達が東拓家に預けられた真実は東拓から聞いたのよ」
そこまで喋って、やっと彼女は憑き物が落ちたような顔になった。まだ目は虚だったが、泣き腫らした顔のまま龍布を見上げる。
「自分の父親がかつて愛した女が持ち込んだ血のつながらない兄弟……そして父親は、あなた達を自分の娘と同じように愛した。まるでかつて失恋した心を埋めるかのように———東拓葉緒はあなたのことが嫌いみたいよ」
「だと思うわ。もし私が姉様の立場だったら同じようになってたと思う」
ただ、と龍布は前髪で隠れていた目を晒した。その目は平常時と同じ揺らぎのない真っ直ぐな瞳だった。
今の話を本当に聞いていたのか?と問い正したくなるくらい、平常心だった。
秀倉はその表情に口元がひくつく。だがそんな卑屈な心を吹き飛ばすほどの、龍布の言葉が後から続いた。
「ただ、期待してた答えとは違った」
「……え?」
「私とあなたは境遇が違う、けどそれだけじゃないってわかったわ」
龍布は建物の外、陽の光が差し込む方へと向いて、秀倉に背を向ける。
「あなたが私でも、私があなたでも、天宮龍布ならこの学園に来たら真っ先に心が疼く。体が暴れ出したくて堪らない。その衝動は抑えきれなかったはず。何かに迎合するとか、群れるとか、出来なかったはず」
陽の光が彼女の背を黒く染める。
彼女の体の形が浮かび上がる。
天宮龍布、ここにありと天が認める。
「だからあなたと私の決定的な違いは———龍か、そうでないか」
そうして彼女は歩き出す。
とっくに苑珠の拘束は解かれている。けれど秀倉は動けなかった。動かなかった。
(……これが、“龍”か)
同時に苑珠も、龍布に対して眩しさを感じていた。
「……ねぇ」
秀倉がポツリと苑珠に声をかける。
「今の話、桜蔭堂家の弱みにならないかしら。だったらあなたにもう一度話して、それを録音すれば……桜蔭堂を貶めて円月家を大きくできるキッカケにならない? なら……協力しても」
「……あいにくそこまで無粋じゃねぇ。それに協力するってなんでお前が助けるみたいに言ってんだ、協力して欲しいの間違いだろ。お前が桜蔭堂に復讐するための」
「…………ごめん」
「…………」
苑珠は静かに歩き出す。龍布が出て行った壁の穴から、外に向かう。
しかし途中で意外にも足を止めた。
「この学校は、支配を学ぶ学校だ」
「……え?」
「支配する側、支配される側、どちらも学べる。お前はせっかく強いんだ、だから身勝手にどっちを選んだって誰も文句は言わない。誰にも文句を言わせない人生、それが支配者の人生だ」
もう一度振り返った苑珠は、赤と青の両目は静かに虚い、どこか諦めた表情だった。
「お前の苦労して、頑張った人生はお前のもんだ。他人に預けるなよ」




