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ハチミツ好きの宿命

 ぺっちゃぺちゃ。

 むっちゅむちゅ。

 苑珠は嬉しそうに、楽しそうに、ハチミツを絡めとる棒、ハニーディッパーに付いた黄金色のそれを舐める。

 そして来るべくして来る、その時がやってきた。


「ぎがぐっ! は、歯が……痛い……ッッッ」


 頬を抑えて絶望する苑珠の脳裏には、ドリルの音が鳴り響いていた。


△▼△▼△▼△▼

 街全体が学校の敷地内。嫌々ながらも苑珠はアスファルトで塗装された道路を歩く。予約した時間に余裕で着く。

 4月中旬。新学期が始まったばかりだ。


「そろそろ5月だなぁ……」


 嫌だなぁ、と思いかけて頭を振る。

 今から嫌なところに行こうとしているのに、さらに頭の中で嫌な事を思い浮かべたら、嫌嫌が重なる。そんなネガティブ精神は望んでいない。

 学校に行くのがダルいと思いかけた思考をどこかへ吹き飛ばす。


「着いちゃった」


 着いてしまった。

 目の前には歯をモチーフにしたキャラクターが出迎えてくれている。その手にはドリルを持っていて、およそ歓迎してくれているようには見えない。それどころかドリルを持っているせいで寄りつきたくない気分になる。

 だが、それは正解なのだろう。歯を大事にしなければここに来る必要があるよ。こんなドリルを口の中に突っ込まれたくないでしょ?と言う威圧感を出す事で、子供に歯を大事にしてもらおうと言う考えがあるのだろう。


「知らねーけど。……入るか」


 ゆっくりと扉を開けた。

 すると待合室のソファに見知った人物がいた。それも二人。


「あれ? 琥珀(こはく)秋結(しゅうゆ)


 扉を閉めてから、パーカーの腹ポケットに両手を突っ込んで苑珠は名前を口にした。

 それを聞いてソファに隣り合って座っていた二人が反応する。


「げ」


 口を嫌そうに歪ませたのは、楠美(くすみ)秋結。“()()”。

 隣に座る琥珀の相棒。柔らかそうな髪質の桃色の髪に、綺麗な顔立ちをしている。目が怪しく輝いていて、体つきはスタイル抜群。胸がふっくらとしていて腰は細い。

 服装は真っ白な学生帽子を目深く被り、白を基調とした上品な私服を着こなしている。


「あ、苑珠」


 そして秋結の隣、赤い髪の美少女。

 “()()”。足が長いため座高が低いが、立つと女の子としては背が高い方。サンダルを履いた足を組んで魚図鑑を読んでいた目を上げ、苑珠の姿を確認する。

 服装は黒と赤のライダースーツ。しかし別にバイクに乗る目的ではなく、ぴっちり体に張り付くその服が動きやすいから着ている。

 その虎のように鋭い目を、隣の秋結の反応とは違って、割とフランクな様子で片手を挙げた。

 親しいと言うわけではない、ただ顔を合わせる機会が多くて馴染みがあり、そして存在的にどうでもいい。


「なんで歯医者に? 肉の食い過ぎか?」


「うっさい。黙れ」


 軽く聞いてみると秋結に吠えられた。彼女は苑珠が気に入らないのだ。なぜなら……。

 と、待合室の入って右手側には扉がある。あの向こうが治療室。そこから大柄な少年が出て来た。最初その顔は琥珀&秋結の方を向いていたが、入り口の方で靴を脱いでいる途中の苑珠を見つけると、大きな口を開けて笑った。


「おお! 苑珠! お前も虫歯か」


「オニキ。うん、まあ」


 彼は誰よりも苑珠に好意的だった。

 彼の名前は煤孫(すすまご)若鬼(わかおに)。琥珀の実の兄であり、どう言うわけか苑珠の事が気に入っているようですっかり兄貴分。だから苑珠は彼のことを名前の鬼+兄貴を組み合わせてオニキと呼ぶ。

 そしてだからこそ、秋結は苑珠が気に入らない。


(どうして若鬼先輩はアイツを気に入ってるんだろう……)


 心の中で秋結はそう思った。

 その間にも、若鬼は苑珠の肩に手を置いて笑っていた。

 秋結は隣に目を向ける。そこには大きなあくびをする相棒の姿がある。随分と呑気そうだった。

 琥珀があくびとは違い、話しかけるために口を開ける。


「お兄、もう終わったの? 歯」


「いいやまだだ。ちょっとトイレにな」


 苑珠に手を挙げて、じゃあな、と挨拶すると若鬼はトイレの方へ。

 それを見送ってから、ふと、苑珠はすぐそばにあった鏡を見つけた。そこに映るのは銀髪のボサついたショートヘアーに、赤と青のオッドアイ、そして筋肉がない細くて背が低い体躯をした自分が写っていた。

 服装はパーカーに半ズボン。

 あー、と口を開けて虫歯を確かめてみようとした。


———その時だった。


 ガチャ、と苑珠すぐそばで扉が開いた音がした。横目でそれを確認すると白髪の美少女が入ってくるところだった。


「おあ?」


「ん………………?」


「あれは……」


 待合室の三人。

 苑珠は口を開けたままだったので変な声が出た。

 琥珀は“気配”や“匂い”を感じて顔を上げて、白髪の美少女の姿を視認する。

 そして秋結は一目で気づく。その者が何者なのか。


「あ。あなたは」


 全身黒いシャツとスカートを履き、赤い柔らかな素材のジャケットを羽織ったスタイルの白髪の美少女は自分より背の低い苑珠を見下ろして、あの日、スカートの中を見られた相手だと気づいた。

 しかし苑珠は覚えてなかった。キョトンとしたまま彼女を見上げて、見つめ返す。

 秋結はその様子を眺めながら考える。


(あれは東拓(とうたく)主流派の……? あれ? でも違う?)


「おや、お前は」


 煤孫若鬼が戻って来た。

 そして入り口に立つ白髪の美少女を見て、ハッキリと名前を言う。


天宮(あまみや)龍布(りょふ)。転入生だったな」


「え? でも、しかし……」


「秋結。アイツとは違うようだ。似てるけどな」


 秋結と若鬼が何か話しているが、苑珠は目の前の人物の名前はわかったが、誰だったかを思い出すのに頑張っていた。

 その時、天宮龍布と呼ばれた少女の背後からヒョッコリと黒白のツートンヘアーの女の子が顔を覗かせた。


「姉上ー? どうして入り口で止まって……って、あー! アンタは姉上のパンツ覗いたやつ!」


「パンツ……ああ、思い出した! 紫の!」


「口に出すんじゃねー!」


「ぎゃあああああ!!」


 玲姫、と呼ばれていた少女だった。

 歯医者にて頭を歯で噛まれるという、アグレッシブかつおかしな目に合う苑珠。やっと思い出せたがこのまま噛まれ続けていると痛みで、せっかく思い出せた事を忘れそうだった。


「玲姫、虫歯を治しに来たのに悪化するよ」


「あ……」


 カパッ、と頭から口を離す玲姫。

 苑珠は解放されたから、鬼若の方に逃げる。


「いてて……くそ」


「……………」


「? 見られてる?」


 円月苑珠。

 煤孫琥珀。

 天宮龍布。

 三人は歯医者(はいしゃ)にて、顔を合わせた。

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