その者、円月家の苑珠
「行けー! 苑珠四人衆! 橋渡薙! 綱森梁平! 木家豊! 楽土就也! 一斉攻撃だ!!!」
「うおおおー! 任せろ!」
「任された」
「へっへー! ぶっ倒してくるぜー!」
「御意」
俺の号令で赤アフロ、糸目、モヒカン、スポーツ刈の四人組が前方に向かって一斉に走り出す。
その先に“凛”と言う効果音でも鳴ってそうな、涼しげかつ余裕な構えで悠然と立っている一人の学生服の少年がいた。
「やかましい」
そして、一閃。
彼の持っていた槍の横振りで、四人はいっぺんに吹っ飛ばされた。
「「「「ぎゃあああああ!!」」」」
「一撃で四人全員やられてんじゃねーか!!」
四人は吹っ飛ばされた先で目を回していた。あっさりと、瞬殺だった。
ザッ、と前方からこちらに迫る足音がした。槍を持った相手が、砂を踏み俺の方に近づいてくる。
「こ、こーれはマズいかぁ……?」
思わず後退りする。
逃げ出したくなる。しかし、と思い止まって後ろで倒れる四人を見る。仲間達は俺を信じてあの強敵に向かって行ったんだ。だったらここで俺一人逃げるのは、話が違う。
俺は決意して———相手から背を向けて一目散に四人の元へ駆け寄る。そして四人の体を抱えあげる。
「っ、ぐおおおおお! ぜ、全員で逃げる!」
倒れた四人を抱えて走り出そうとしたが、流石に無理だった。なぜなら俺に力が無いから。それでもなんとかこの場から逃げようと必死こいた。
汗をかいて、歯を食いしばって。
「挑む、という選択肢はないのねぇ」
後ろから呆れた声が聞こえてきた。
振り向けば、四人衆を一撃で倒した槍の男の後ろから、青い服を着た黒髪の美少女が現れた。見目麗しい最上の美しさを持った、令嬢。彼女は細い両腕を胸の前で組んで、やれやれと首を振った。
「記憶が正しければ、ほんの数分前に私たちに勝負を挑んで来たのはアンタらだった気がするんだけど? なのに仲間がやられたからすぐさま退散なんて、カッコつかないでしょ」
「チッ! うるせー!」
イラついたので舌打ちしてから、大きな声で悪態をつく。
確かに彼女の言う通り、俺は学校に登校して来て偶然昇降口前で居合わせたあの青い美少女に勝負を挑んだ。
その結果がこのザマ。
カッコ悪いのはわかってる。だが俺一人じゃ勝てないのもわかってるんだ。
「はあ〜、仕方ない。琴、やっちゃって」
「了解」
何も反応できなかった。
青い美少女の指示を受けて、琴、と呼ばれた槍の男が一息にこちらに向かって飛ぶように迫ってくると、瞬く間に俺の視界がひっくり返った。
青い空が足の下に広がっていた。それも一瞬で、すぐに頭をコンクリートの地面にぶつけて、痛みと共に意識が遠ざかって行った。
(ああ、くそ。やっぱ俺は———勝てないのか……)
薄れていく意識の中で、目の前にいた青い美少女とは違う、一人の金髪の少女の背中を思い浮かべていた。
誰よりも優秀な姉。文武両道を地で行く才女。カリスマもあってみんなを引っ張って行く力がある。周りから慕われているのは完璧に姉の方だ。円月家の正統な血筋を持っているはずの俺が、決して敵わない———妾の姉。
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「………い、おーい。生きてるかい、大将」
赤アフロの橋渡が呼ぶ声で、目を覚ました。
目が覚めて真っ先に、両腕がガッチリと固定されていることに気づく。糸目の綱森とスポ刈の楽土が両サイドから苑珠の腕をがっしりと捕まえていた。
「……なんで俺捕まってんの?」
「いやだって、なあ」
「ああ。こうでもしないとな」
橋渡の隣でモヒカンの木家が腕を組んで頷いている。
「とりあえず離して欲しいんだけど」
「まあ大丈夫みたいだし、いいか。離してやってくれ二人とも」
橋渡が頷いたのを見て、両サイドから苑珠を捕まえていた2人が離れていく。
周りを見れば生徒達がまだ通学している途中だった。全日本最大級の規模を持つ学園。その範囲は都市丸ごと。いわゆる学園都市と言うべきか。
そんな学校にゾロゾロと目まぐるしい数の生徒達が校舎の方に入って行く。
「……アイツらは?」
青い美少女と槍を持った男がいなくなっている。
「もう教室の方に行ったはずだ。まあ俺らもさっき起きたばっかなんだけどな」
「そうか」
思い返すと、ふつふつと不甲斐なさを思い知る。
あの美少女は姉の親友だ。実力も互角……いいや武術だけで見れば姉の方が上だが、それでも姉と同等の実力者だった。
そんな相手の、配下に一方的にやられた。
「くそ、くそ……くそおおおお!!!」
体が勝手に動いて走り出す。
「や、やばい! 始まった!」
「捕まえろ!」
後ろから仲間達の焦った声が聞こえるが足は止まらなかった。そしてすぐ近くにあった木に手をかける。
「やめろ! 木に登るなって!」
「あーもうだから捕まえてたんだよ! 自信無くすといつもこうだ! 猿みたいに高いところに登ろうとする!」
気づいた時には四人に木の上から下ろされて、取り押さえられていた。
押さえつけられている間に苑珠は気を取り直した。ハッと目を覚ました、その時———奇跡が起きた。
(風……)
ふわり、とイタズラな風が吹いた。
その時たまたま白髪の美少女が、地面に仰向けで倒れているそばを通りかかった。
結果、学校指定ミニスカートを履いた美少女の下から、ふわりと風で持ち上がったスカートの中を、紫色のレースのショーツを目撃した。
「紫……」
「姉上のパンツ見てんじゃないわよー!」
ガブリ、と苑珠の頭に小さな口と鋭い歯がかぶりついた。
白と黒のツートンカラーな髪色をした少女であった。彼女は白髪の美少女のスカートの下から苑珠が見上げているのに気づいて、頭に噛みついたのだ。
「ぎゃあ! 痛い痛い痛い! やめろテメェ! いでででで!!」
たまらず苑珠は飛び上がって立ち上がり、暴れ回って頭に噛みついた少女を振り解こうとする。
苑珠四人衆もなんとかしようと慌てふためく。
「玲姫、やめなさい。今のは事故よ」
痛みで頭を振り乱す苑珠によって、振り回されていた少女の足をガシッと掴んで引き離したのは、紫色のショーツを履いた白髪の美少女……玲姫と呼んだ少女の、姉だった。
「だって姉上のパンツをこいつは!」
「別に私は気にしないわよ」
足を掴まれ、地面に降ろされた玲姫は文句を言うが、姉は平然としている。そしてそのまま妹を連れて、それ以上苑珠達の方に目を向けずにスタスタと校舎の方へ真っ直ぐ歩いて行った。
苑珠は頭をさすりながら、その二人の背中を見送っていた。
「なあ、アイツら誰だ?」
「え? あー、いや……わからねぇ。わかるか? 豊」
「いいや。あんまり目立った奴ではないのかもな」
橋渡と木家は頭を捻って思い出そうとするも、先ほどの二人のことは全然思い出せなかった。というより見た事ない顔だった。
「まあ仕方がない。この学校はマンモスを超えたブラキオ学校と言うべき超巨大学校だ。規模もとてつもないし、生徒数も世界一だ」
「そんな数から一人一人顔と名前を覚えるなんて土台無理だ」
頭を捻る橋渡と木家に助け舟を出したのは、四人衆の残りの二人。
そもそも四人とも頭を使うタイプではないのだ。そう言う情報なんかを集めるのも下手だ。
(……聞いても仕方ねぇか)
苑珠は諦めた。
しかし苑珠はわかっている。あの二人は新顔と言う事に。すなわち転入生か転校生のどちらかと判断している。
なぜなら“匂い”が違う。
「きゃー!」
「おいおい逃げるな! お前は俺の女なんだよ!」
すぐ近くで女の子の悲鳴が上がった。自然と周囲の人間達はそちらに意識を向ける。
四人衆は何が起きているのか目撃する。学生の女の子が、大柄な20代後半の男にスカートを引っ張られているところだった。
その場にいる全員は、またか、と思った。関わりたくない保身者は目を逸らしてそのまま校舎の方に消えていき、正義感ある者は留まったまま光景を眺めながら歯噛みしたり、そしてそれ以外のほとんどは生気が感じられないほど諦めた様子でのたりのたりと歩く。
「———ぼげふっ!」
そんな大衆の様子の中で一人、天高く吹っ飛ばされた人間が。
というか苑珠が女の子を助けようと駆け出して、男に突っ掛かり、結果殴り飛ばされた。
「え、苑珠!」
「どうして俺らに一言も言わずに!」
「大丈夫か!」
「……苑珠!」
落ちてくる苑珠の元に四人衆が駆け寄る。
男の悲鳴があがる。見れば、男が女の子のスカートから手が離れて、空に吹き飛ばされていた。
泣いていた女の子に、差し伸べられる手があった。
「大丈夫?」
「あ、ああ……いやぁ!」
しかし女の子はその差し伸べられた手に、怯えた。
そしてそのまま何も言えずに走り去ってしまった。
手を差し伸べた人物、背の低いピンク髪の少女は出していた自分の手を見つめて、歯を食いしばった。ギュッと握り込まれる手に力が込まれて、震える。
その拳は、正義感がありながらも傍観していた者達以上の、正義と勇気が垣間見えた。
「今のこの学校は、本当に私をイラつかせる……!」
そうこぼして落とした少女は、歩き出す。
大の男を吹き飛ばした力を持つ彼女に恐れて、人々は後退りした。
四人衆に支えられながら起き上がった苑珠は、校舎を見上げる。そこには垂れ幕がかかっている。誰もが見える文字。書かれている内容は四文字。
『酒池肉林』
この学校の頂点、主流派が掲げた混沌を引き起こすルールだった。
ズキズキと殴られたところが痛む。苑珠は垂れ幕に向かって大きな舌打ちをして、教室へと歩き出した。




