月と龍の増援
城の中から龍布が動いたのが見えた。空高く飛び上がり、そして拠点内に入ってきて暴れていたが張篭遼に止められている。
一方で城内は依然として窮地であった。完全に周囲を囲まれていて、抜け出そうにも抜けられない。紹美、曹沙の精鋭達や“将軍”も頑張っているが、そもそも向こうは財力があり装備も万全。
紹美と曹沙もこの日のために準備を入念に進めてきた。2人には沢山の優秀な軍師がいるので、拠点の政治もしっかりとしており準備には余念がなかった。
だが東拓、東拓葉緒。
侮っていたわけではない。しかし魔王は想定を超えて来た。
「卓川が相手の策略を暴いてくれたみたいだけど、まだ油断は出来ないわ。向こうはあらゆる手段で追い詰めてくる」
全体チャットの様子を確認していた曹沙は、スマホをスカートのポケットにしまってそう伝える。
紹美はずっと難しい顔をしていた。
「もしそこの扉が開いて、上階から東拓本人が攻めてきたら挟み撃ちになる……まずい、早くここから離脱しなくては」
「落ち着きなさいよ。さっきまでの気迫はどこ行ったの?」
「…………」
曹沙の指摘に紹美は答えない。
(別にあの気迫が無くなったわけじゃない)
まだ紹美は気合が入っていて、今にも爆発しそうだ。けれど徐々に弱くなっている。
ただ絶望はまだしていないはず。それでも窮地である事に変わりない。
(何か手立ては……)
そう思い悩んだ矢先、西と北の方角で大きな騒ぎが聞こえてきた。
「っ! 来た!!」
△▼△▼△▼△▼
「はあああ〜〜……!」
操神曹沙の弟であり、操神ハジメの双子の兄・昴は興奮していた。目の前で起きている光景に思わず心が昂り打ち震える。
「あ、あれが出雲神羽と荒益春日!」
噂に聞いた超人クラスの強さを持つという“将軍”二人。彼女らが通った後には大きな道が開かれる。
その道をスバルと味方の軍隊、そして玄岩隆美が歩き進む。
スバルはテンションが抑えられないまま隣の玄岩に顔を向ける。
「隆美さん! す、すごいです! やっぱりあの二人は強い!!」
「あ、あはは……そうだね」
スバルの興奮に付いて行けない玄岩は笑うしかない。
神羽と春日の隣では芦馬丹錦と堂棺峯兎も次々敵を薙ぎ倒して行く。
「あの二人もとんでもないですし! 隆美さん達が助けに来てくれて助かりました!」
「間に合ってよかった」
西の拠点を堕とした玄岩は、竜崎が用意した乗用車に乗って本拠地攻めに参加した。運転手は竜崎が依頼して協力してもらった“大人”。
仲間は神羽、春日、丹錦、峯兎の最強四人。
竜崎は西拠点で戦後処理をしてから来る。玄岩のすぐ後には竜崎派以外の仲間達も次々に本拠地まで到達して来ている。
「しかし隆美さん、よく来てくれましたね」
「え?」
「だって西拠点を堕としたなら、もうそれで仕事は十分なはずです。見たところ隆美さんは争いが好きではないようですし、頃合いを見て戦いから抜け出してもよかったのでは。あ! 隆美さんが邪魔だとかではないですよ、神羽さんと春日さんの強さは頼りになりますし、隆美さんも……」
「うん。そうだね。争いが苦手って言うのはその通りだよ。まあ、私は役に立てないけど神羽と春日を連れて来た方がこの戦いが勝てるって考えたの」
「え? いえ……」
隆美さんも十分戦力になりますよ、と言おうとしたスバルだったがそれよりも先に玄岩が話を続ける。スバルが何か言おうとした事は気づいていない。
「でも、西の拠点に行ってやっぱりわかったの。東拓葉緒のような統治は誰かが泣くだけ。こんなの認められないし、ここで戦いから背を向けて逃げれば絶対後で自分が自分を許せなくて後悔する。だから行動するしかなかったの」
「隆美さんっ! や、やはりあなたは素晴らしい心の持ち主だ!」
「い、いやぁ」
優しそうな顔の美少年に褒められて満更でもない玄岩。
そんな彼女のスマホに通知が来た。ポロンと鳴ったスマホを手に取り確認してみると、通知の帯にはこう書かれていた。
「……正面門に注意?」
△▼△▼△▼△▼
「琴! 今どう言う状況だ?」
「ん、ハジメか。今はどうやってあの城から外の敵軍を引き剥がそうかと考えているところだ」
北側門攻めの前線に辿り着いた操神ハジメと卓川獏。
ハジメは前線を指揮する“将軍”、宇都宮琴に状況を聞いた。
今は囲まれている曹沙と紹美を助け出すために、尻を包囲している敵を減らす方法を探しているところだった。
“凛”と言う音が聞こえてきそうな姿勢正しい立ち姿の宇都宮琴は、とりあえず他二人の“将軍”に城へ攻め込むように指示した。
「待て、鍵は? 城を攻めても上階には上がれないと先ほど全体チャットで……!」
「余裕はない。まずは助け出すことが先決」
「……お前がそう判断したならそれでいいが、しかし鍵も見つけないとダメなんだぞ。どうする」
「人手が足りないってところかしら。ウチの仲間達を総動員させて拠点の中を探し回しているけど」
そばで聞いていた卓川がアゴに手を当てて考える。
と、そんな彼女に向かって弓矢が飛んできた。
(っ! まず!)
弓矢に気づいたものの、逃げたり防ぐタイミングを逃した。助けてくれる仲間も今は周りにいない。曹沙派、紹美派の連中も卓川を守る意識がなかったため出遅れる。
咄嗟に手を顔の前に構える。
あわや、その柔肌に弓矢が突き刺さる———寸前。
ガキン!
背後から飛んできたドアノブが矢を打ち落とした。
「ドア……ノブ?」
弓矢が飛んできた事への恐怖もあったが、いきなり戦場に飛び込んで来たドアノブに卓川は思考が停止する。
「卓川!!」
「! あれは……! やっと来た!」
馬の嘶きが聞こえた。
振り返ると馬車がやって来て、そして荷台から銀色のおぐしの小さな人影が飛び降りた。
「出し惜しみ無しだ———」
その者は目の前に並ぶ東拓軍を見ると、大きく広げた手のひらを天高く掲げた。
「———張田!!!」
その手のさらに上。
太陽を背にして、一つの人影が現れた。それは苑珠の側に降り立つと同時に、彼の目の前にいた敵を刀の一閃で切り伏せた。
バタバタと倒れていく東拓の兵士たち。
「遅ればせながら馳せ参じました、我が主君」
刀に、黒髪に、着物。
サムライの姿をしたその者は、ゆっくりと刀を横にして構える。苑珠を守るように。
「へっ、いいや。絶好のタイミングだ。今までよく我慢したな」
「もったいないお言葉」
「もう隠れなくていい。これからはお前も俺の派閥の仲間だ」
ワアアア!
目の前からさらに敵が向かってくる。だが張田が刀を振る前に、橋渡、綱森、木家、楽土の四人衆が拳を突き出して向かってきた連中を抑える。
「よお勲! なんかすげー久しぶりに感じるな!」
「薙、お前もよく主君を守ってくれた」
「結構ボコボコにされたがな!」
橋渡と張田が話している時、苑珠はすぐ近くの建物の影に隠れていた人物に近づいた。
「陽杉、準備は」
「ぬかりなし」
緑色のボサボサ髪をして目が隠れた、やさぐれ気味の男は自分の背後を指差した。そこには良質で大量の剣や槍の武具が山盛りに積まれていた。
その中から槍を手に取ると、橋渡に向かって放り投げる。
「橋渡!」
「!」
苑珠から投げ渡されたそれを手に取る。すると途端に手に馴染んできた。ジンワリと神経と五感の全てが、槍と一体化するような感覚。
「槍! 槍だ!!」
感激してそれを掲げる。
そして向かってきた敵に対して、凄まじい横薙ぎにより吹き飛ばす。
明らかに先ほどまでの拳を握っていた時とは強さが違った。
「ふっ、相変わらず槍を持つと人が変わる」
「へっへー! 気分がいい! 休んでてもいいぞ勲!」
「ふざけるな」
調子に乗った橋渡の背後から襲いかかっていた敵を切り伏せてから、張田は橋渡と背中合わせになって並び立つ。
「拙者はこの時をずっと待っていた。ずっと一人で鍛錬しながら……主君の刀として戦えるこの時を!」
「だったら久しぶりに、最強コンビと復活と行こうか!」
「ふっ。ああ!」
互いに笑い合って敵に向かっていく。
「へぇ、やるもんだ」
その様子を曹沙派の宇都宮琴が見て、静かに小さく笑った。
四人衆のうちの他3人も武器を持つ。
「アイツらだけにカッコつけてたまるか!」
「俺らだって東拓にフラストレーション溜まってんだ!」
「……新入り達! お前らも武器を取れ!」
楽土は新しく入った四人に指示して、張田と陽杉が東拓拠点で調達した武器や武具を装備させる。そして装備したのを確認してから全員で攻めるために走り出す。
「苑珠!」
「陽杉?」
そんな仲間達の様子をニヤけ面で守っていた苑珠に向かって、陽杉が何かを投げ渡した。
見るとそれは鍵だった。
「鍵? なんだこれ」
「東拓派閥が拠点内で何か怪しい動きをしていたから、隙を見てアイツらが隠していったその鍵を回収しておいた」
「でも鍵なんて何に……」
「あー! もしかして!」
すぐ近くにいて話を聞いていた卓川が苑珠の持つ鍵を指差して大きな声を上げた。
「その鍵って必要なやつじゃない⁉︎」
「どう言うことだ?」
苑珠は卓川から説明を聞いた。途中から秋結も来て、現状の説明を聞かされた。
現在紹美と曹沙が率いる本隊は城の内部に到達していること。
しかし上階に行くには拠点内に隠された3つの鍵が必要なこと。
加えて今現在、城の周りを敵軍に包囲されて危機的状況だと言うこと。
「つまり陽杉ファインプレーか?」
「まだそれが件の必要な鍵だと決まったわけじゃないけどね」
苑珠が陽杉を褒めようとしたところで秋結が釘を刺す。
彼らが話している間にも周囲ではあちこちで争いが起こっている。途中で一緒になった新しい仲間の象谷も、双剣を使って敵を倒して行く。
そんな中で苑珠と共に来た琥珀と紫龍が目覚ましい活躍をしていた。
二人とも次々に敵をぶっ飛ばしていく。
「……鍵、か」
渡された鍵を見下ろしてどうしようかと考えていたその時だった。
正門の方から騒がしい声が聞こえてきた。




