飛将、襲来
「ねぇ椿、あれってヤバいの?」
「かなりヤバいですねー」
本隊が突入して行った正門側の後方には、龍布とその仲間である軍師の笠宮椿、妹の玲姫がのんびりと拠点の中を遠くから眺めていた。
しかし城の方を見れば、紹美達が入った後すぐに東拓軍がそれを囲み始めた。そしてとんでもない悲痛な叫びが聞こえて来る。
「曹沙や紹美がどうなろうがどうでもいいですけど、紹美がやられれば負けですからね。紹美がやられたら今回参加してる派閥は全滅です」
「……私、派閥作ってたっけ」
「作ってませんね。私も勝手に付いて行ってるだけですし」
負けても影響はありませんね、と椿は呑気に説明する。
「姉上、どうするの?」
玲姫から聞かれ、改めて龍布は自分のしたい事を考える。
城を見ればかなりやばい状況だと誰でも一目でわかる。
「私の目的はあの“りょふ”の事を葉緒姉様に聞くこと。姉様はあの城の中にいる。多分、“りょふ”もまだ姿を見せてないけどどこかにいるはず」
「……姉上、この学園に来る前に父上から言われたことを覚えてる?」
「ええ、覚えているわ」
龍布は思い出す。実家からこの学園に向かうために出立する前日、自分達姉妹を拾ってくれた義理の父の話。
「私たちは拾われた。本当の両親は別にいる。その両親を父上は知っていた」
「私たちの母親は……」
「桜蔭堂蝶泉。円月家と並ぶ由緒正しい家柄の桜蔭堂家当主の正妻」
「父親もその当主なんだよね」
「え、そうだったんですか?」
話を聞いていた椿が驚いた声を上げる。
「この学園の1番の家柄は円月だと思ってましたけど、まさか龍布殿がアイツらと同格の家の生まれだったなんて」
「会ったことないし、本当の両親だと言われても信じ切れないわ」
「東拓葉緒の義理の姉妹だと聞きましたし……どうも複雑な環境で育ったのですね龍布殿は」
そこで、ふと、龍布は気になったことを思いついたので椿に聞く。
「ねぇ、円月ってすごい家なんだよね」
「ええ。恐らくこの学園と同じ規模の学校を新しく作れるくらいの財産は持っているかと」
「こ、この学校って日本一の規模、世界一の生徒数よね……?」
「ええ、そのくらいあっさりと可能にできるくらいの家柄が円月家です」
目をまんまるにした玲姫に、椿は何でもないように平然と解説する。
それを聞いて龍布はさらに疑問が募る。
「じゃあなんでそんなお金持ちの家の二人が、この学園に来て争っているの? 家でゆったり贅沢に暮らしていればいいのに」
「アイツらの本当の理由は、本人達に聞かないとわからないですけどね。まあこれでも紹美は幼馴染なんで大体は察せます」
椿はつまらなそうに、城を眺めながら。
「この学園は『支配を学ぶ学校』。それが理由かと。円月家は誰もが羨む雲の上。雲の上から人を支配する子供が欲しかったアイツらの実家がここに入学させたか……あるいは」
「あるいは?」
「あの二人が自らの意思で来たか」
「どう言うこと? あの二人には家の都合とは関係なく、この学園で争い合う理由があったって事?」
「紹美と苑珠の二人にはもう一人上に兄がいました。名前を円月遺人。長男であり人柄も良くあの二人もよく懐いていて、後継者候補ナンバーワンだった彼が、若くして死んでしまったために後継者争いが始まりました。それが紹美と苑珠の亀裂の始まりでしょう」
「………」
「紹美は妾の子です。ですが誰よりも優秀だった。実際、曹沙や卓川と一緒に通っていた落葉塾でも曹沙よりも成績は良かった。スポーツ面でも群を抜いていました。それに対抗するのは———反対に才能のない正妻の第二子」
紹美も苑珠も当主の血を引いている。
優秀なのは紹美。
ならば後継者として軍配が上がったのは当然紹美。
「円月家内でも勢力争いがあったそうで。小競り合いなんかも家の中で起こっていたとか」
「つまり2人がここにいる理由って言うのは」
「その後継者争いの延長でしょう。どちらも力を付けるためにここに来た。派閥を作って稼いだお金は卒業後に派閥内で分配され、1番の取り分は派閥長のもの。その金を力として実家での戦いを有利にしようと考えたんでしょう」
けれど、と椿は冷たく吐き捨てる。
「結果は入学する前からわかってたと思いますね。苑珠が紹美に勝てるわけがない」
「でも苑珠は“天威”って言うのを出したよね」
「ええ。紹美も焦っていると思います。ただそれだけであの紹美に勝てるんでしょうかね」
ふぅ、と長話を締めくくるため息をつく。
「理想が無ければ計画も無し、計画が無ければ成功も無し。苑珠も理想があって慎重な計画もしている様ですが……紹美に勝つ算段が本当にあるのかどうか。もしくはとうの昔に諦めていたけれど、“天威”なんてものを手に入れてしまったが故に退くに退けない状況になってしまっていると思いますね」
まあ苑珠がそれに気づいているかどうかは分かりませんが、と椿は話を終えた。
龍布は考えた。転入して来た当日にパンツを見られた相手、円月苑珠。
苑珠にも色々ある、自分にも色々ある。自分とそっくりな“りょふ”の存在がどうにもノイズだった。まとまった思考が出来そうにない。
「椿、玲姫を頼める?」
うざったいものは力づくでぶっ壊す。この学園に来る前もそうだった。だから龍布がこれからするのはいつも通りの事。
椿は嬉しそうに頬を赤らめて何度も頷いた。龍布に頼りにされて嬉しいのだ。
そして妹の玲姫は不安そうに自分の胸に手を当てていた。そんな彼女の頭を優しく撫でてから、龍布は、敵地を見据える。
さあ、龍が飛ぶ。
ダンッ!と地面を蹴って龍布は天高く飛び上がった。その跳躍力は———東拓拠点を取り囲む城壁を軽々と飛び越えていた。城壁よりも二倍、いや三倍以上の高さまで飛んだ。
そして琥珀との戦いで見せた空気を殴る事で自身の体を吹っ飛ばす飛行方法により、城壁を軽く越えて内部に侵入。
空から落ちてくる白髪の美少女の姿に———敵味方問わず、天女が舞い降りてくると錯覚した。
ドゥズゥゥゥンッ!!!
だが羽衣で舞い降りる天女のような優雅さはない。
とてつもない轟音と共に着地した。地面にクレーターを作った龍布は、砂煙の中から姿を現す。そして周囲にいた全員を一瞬のうちに次々と殴り飛ばして無力化させていった。
目についた人間を殴ったのだが……。
「ちょー! 今仲間殴った! 仲間殴り飛ばしたぞー!」
「え? ほんと?」
味方陣からクレームが来たので龍布は足を止める。
もうすでに敵味方それぞれ10を越える兵士たちがぶっ飛ばされたわけなのだが。その場の全員すでに龍布の恐ろしさに絶句している。
クレームを飛ばしたのは曹沙派閥の軍師だった。小柄で龍布の腰あたりの位置に頭が来る彼女は、滝のように汗を流して龍布の目の前で腕を振り回す。
「あなた龍布さんですよね! “原石”の! どーみても人間ではなく戦略兵器ですけど! 暴れるなら城の方でよろしくお願いします!」
「わかった。名前は?」
「幾原攸!」
言われた通り城の方に行こうと目を向けた、その時だった。
横合いから刃物の光沢が飛んできて、龍布の足元にそれが突き刺さった。それは東拓派閥の財力でないと作れないほどに立派な槍だった。
「槍?」
「———どうもお久しぶりです、龍布殿」
「え?」
横から聞き覚えのある声が聞こえてきて、見ればそこには薙刀を持ったピンク髪の女の子が龍布の方へ歩いてくるところだった。
「! あなたは張篭遼……?」
「覚えていてくださりありがとうございます」
「どうしてあなたが?」
龍布は彼女がここにいるのが信じられなかった。
なぜなら彼女はとても良い人で、親切で、思いやりがあって、何より正義感の強い人だ。
なのにあの、義姉である東拓葉緒が仕切る派閥の仲間になるとは思えなかった。
「そう言えばあの戦いの後、姉様のところの人に話しかけられていたっけ」
「ええ、私は東拓殿の幕下に身を置いています。その理由は———」
「ごくり」
「あの時教室の壁を壊してしまったので……その修理費を東拓殿が肩代わりしてくれるそうで……そのため私は交換条件で仲間に」
ズデン!とそばで話を聞いていた幾原攸がミニスカートを履いているのにも関わらず大股で逆さにすってん転んだ。
恥ずかしそうに顔を赤くして頭を掻く張篭。そんな彼女に龍布はキョトンとした顔をしたまま。
「あなたって正しい事をしようとして周りが見えなくなって損するタイプね」
「ぐさぁ!」
「でも、その原因は少なからず私にもあるようね。あの行動はあなたが私を思ってやってくれたことだから」
「へ? い、いえ、私が勝手にやった事で龍布殿が責任を感じる必要は……」
龍布の言葉に刺されたように仰け反ったり、その次には手を振って弁解したりと、コロコロ表情と仕草が変わる。
そんな彼女を見て面白そうに小さく笑ってから、足元に刺さった槍を抜いて、背後に放り捨てた。
張篭の目つきが変わる。
「……なぜ、武器を捨てたのですか?」
「要らないから」
「私が姿を現した意味……そこの曹沙派閥の軍師殿ならわかりますよね」
「え゛?」
急に話を振られて潰れたカエルのような声を出してしまった幾原攸だったが、質問されてことにすぐさま答えを出す。
「そ、それは龍布殿を足止めするためでしょう。恐らく東拓側もそのために張篭殿を仲間にしたのでしょうし……」
「その通り。そして、東拓殿に対する恩返しの意味合いもあります」
薙刀を頭の上で回転させ、ビシッ、と切先を龍布に向ける。
「容赦はできません。それなのに、武器はいらないと?」
「ええ」
龍布は笑うと拳を握り、辺り一面に重圧を感じさせるプレッシャーを放つ。
「あの中庭の戦いの続き、ずっと叶えたかったからね」
「ふへっ———こほん」
思わず笑ってしまった張篭は取り繕って咳払いをし、それでもなお、笑顔は隠せなかった。
「龍布殿、胸をお借りします!」
「私の胸は安くないわよ?」
二人の強者がぶつかり合う。




