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北拠点攻め 苑珠側

「ほい」パチ!

「……えーと、はい!」パチ

「ほら王手」パチ!

「え! ちょ……ええと、ここ!」パチ

「はい王手アンド詰み」パチンッ!


 茂仲の『玉将』は苑珠の駒に囲まれて打つ手無しになってしまい、詰みとなってしまった。


「ああ〜! そんなぁ!」


「おいおい茂仲〜、指すの遅いぞ」


「苑珠先輩が早いだけでは……」


 東拓討伐連合軍北拠点攻め苑珠部隊、後方。

 そこではブルーシートを敷いて将棋盤を挟み、苑珠と茂仲が将棋を指していた。茂仲は考えてゆっくりと指していたが、苑珠は考えている暇なんて全くないほどの速度で指し続けていた。

 そうして結果は苑珠の勝ち。


「どうしてそんなに早く指せるんですか?」


「別に特別なことはしてねーよ。単に盤上の駒の位置と、駒の動き方を頭ん中に入れておいてから、相手の動きを見て判断してるだけだ。そしたら打つのが早くなってた」


「考えている風には見えなかったのですが……」


「その遅さは紹美レベルだな。アイツ優柔不断だからな」


 まあ一回しか勝った事ないけど、と将棋を並べ直しながら心の中で付け加える。


「アイツさぁ、中学ん頃落葉(おちば)塾ってとこに通ってたんだけどさぁ、帰りに待ち合わせようってなった時、雨降り出したら待ち合わせ場所に行くかどうかで小一時間迷うんだぜ。ずぶ濡れになって待ってるこっちの身にもなれってんだ」


「へー、あの円月紹美がそんな感じだったんですか」


「そんで長時間悩んだ末にやっと来たと思ったら雨が止むし。別の日にはアイツ俺を放置して帰った事もあんだぞ。誰に似たのかねぇ、あの鈍臭さは」


 将棋盤に駒を並べて行く。

 と、その時横から声をかけられる。


「ねぇ……ずっと何してるの?」


 秋結だった。彼女は脱力して、将棋を指しあう二人を眺めていた。


「何って、見ればわかるだろ。あ、次も茂仲が先行な」


「そうじゃなくて! こんな大事な戦の時になんでのんびり将棋で遊んでるのって聞いてるの!」


「暇だから。なー、茂仲」


「うん」


「茂仲まで……はあ。琥珀もなんか言ってやって」


 秋結は頭を抱えて、隣に座る相棒を促す。


「茂仲、さっきの手は金を動かすよりも王自身を動かしたほうが良かったと思う」


「将棋のアドバイスを言えって言ってんじゃないのよ! あと問題はそこじゃなくて三つ前の銀を無闇に動かした事が敗因だから!」


「アンタも見てたんじゃない」



△▼△▼△▼△▼

 東拓派閥の北拠点を攻めるのは苑珠が大将の連合部隊。

 苑珠、琥珀、秋結、茂仲。そして苑珠派の仲間達は全員後方で待機している。

 苑珠派のメンバーは猿荻、橋渡、綱森、木家、楽土、燕、蜂巣、魚田の八名に、昨日の夜に新しく入ったばかりの四名を加えて十二人。

 新しく入ったのはロン毛の間柴東蘭(ましば とうらん)、白髪の博井真雷(はくい しんらい)、茶髪の恵目港(めぐみめ みなと)、青髪の金本尚人(かねもと なおと)


「お前らちゃんとこの戦い見とけよ。これも経験だからな」


「「「「はい!」」」」


 新入り四人は萎縮しながらも大きな声で返事をした。


「で、猿。保留にした四人は今どうなってる?」


「四人とも事情を伝えてある。他の勢力に行かないよう繋ぎ止めるための交渉もしておいた。だがウチに来るのは100%じゃない事はわかって欲しい」


「あいよ。ま、保留の判断したのは俺だ。そこまでやってくれたんなら文句はねーよ。むしろ上出来だ」


「ところで」


 猿荻はすでに理解している事なのだが、周りにいる仲間に説明する意味合いも込めて、あえて尋ねる。


「どうして俺らは前線に行かないんだ? 確かに大将の苑珠がここにいれば負けないから安全だが」


「本番は東拓のいる本拠地に攻め込む時だ。紹美、曹沙が先に大軍勢を率いて攻めているあいだ、途中から参戦する」


 派閥が持つ拠点には三方向に門がある。

 学園と拠点をつなぐ正門と、隣り合う他の拠点と繋がっている二つの裏門。

 苑珠側が北を墜とし、玄岩側が西を堕としたのを合図に紹美曹沙の100人を越える本隊が本拠地へと攻め込み、さらには北と西から挟み込むように左右の裏門から攻める。

 包囲網を敷いて三方向から同時に攻める事で東拓派閥を完全に潰す。


「連合軍の大まかな作戦はわかった。なら問題の、転入生の件は? “原石”のタイトルを出した天宮龍布はどこにいる?」


「ん? えーと」


 苑珠は秋結に目を向ける。話を静かに聞いていた彼女は、苑珠からの視線に少し鬱陶しそうにしながらも答える。


「天宮さんは曹沙紹美の本隊の方にいるわ。まあそもそも天宮さんは派閥を作ってるわけじゃなくて、仲間が妹の玲姫と軍師の椿しかいない状態だから、ほとんど一人。大軍勢の本隊にいたほうが安全でしょ」


「ただ問題は、あのもう一人の“りょふ”の存在だろうな」


 転入生であり東拓葉緒の義理の妹だと言う天宮龍布。そんな彼女と瓜二つの人物が現れた。

 実は苑珠はずっとあの謎の“りょふ”について調べていた。煤孫派閥の秋結も同じだ。

 だがどちらもまともな情報を得られていない。東拓派閥に所属していて、凄まじい強さを持っていると言うことだけわかった。


「猿と燕に探らせていたが、本名すら分からなかった。ただ初めて見た時、東拓自身が“りょふ”と呼んでいたな」


「恐らくあれは東拓の秘蔵っ子。今回の戦いを見越してか、用意していた特記戦力。侮れないわ」


「いくらこの学校が日本最大級で生徒数も世界一だとしても、ここまで人一人の情報を隠せるものかね」


「やろうと思えば出来ないわけじゃないわよ。ただそれをする必要性がある人物なんだとしたら、要注意人物である事に変わりはないけど」


 いまだに茂仲と将棋を指しながら話す苑珠と、煤孫派の頭脳秋結。猿荻もそばで聞きながら考えを巡らせていた。

 その時、城の方から大きな歓声が聞こえてきた。全員がそちらに目を向ける。


「お、城攻めが始まったか」


「お兄が、私はここで温存してろと言ってたけど、このまま勝てるのか?」


 煤孫若鬼が苑珠、琥珀、茂仲に後方で待機しろと指示していた。

 そして前線には若鬼と虎穴四騎、それから煤孫派閥の精鋭達が攻め込んでいる。他にも連合軍が攻めているが、中心は煤孫一派だろう。


「なあ、猿。俺らがこの拠点に入ってから何分経った」


「30分ほど、でしょうか」


「早過ぎず遅過ぎずってところか。だが本隊の方が気になるな。えーと」


 不意に苑珠は周りにいる全員を見た。そして1番背が高いのが楽土だとわかり、彼の肩に飛び乗る。


「よっと、楽土。背伸びしろ」


「御意」


 肩車してもらって背伸びしてもらったが、まだ戦場の全体が見渡せるわけではなかった。


「うーん……楽土、琥珀の上に乗れたりするか?」


「ふざけんな!」


 この中で琥珀の背は割とそこまで高くはないが、しかし力があって頑丈そうな琥珀の上なら苑珠と楽土の二人が乗っても大丈夫かと思って提案したが、当然秋結に怒鳴られた。

 仕方がないので苑珠は一旦降りる。


「仕方ない、琥珀。一緒に付いて来い。高い建物の屋根に登る」


「ん?」


 琥珀の返事を待たずに、苑珠は猿のようにスイスイと近くにあったショップの屋根の上に登って行った。

 それを見て少し感心した琥珀。彼女は助走をつけてから飛び上がり、一息で屋根の上に飛び乗った。


「あ、アイツあんな特技があったの?」


「まあ自信を失くす度に色んな高いところに登ってたからな。いつの間にかパルクールも得意になってたな」


 驚いた秋結に、橋渡が説明する。

 ……それだけ自信を失くす場面が多かったんだけどな、と橋渡は言葉に出さずに頭の中で付け加える。


「琥珀、お前は俺を守れ。飛んでくる矢とか槍とかに注意しろ」


「……なんで命令してるのかわからないけど、アンタがやられると負けだからね。仕方ない」


「んで」


 苑珠はさらに高い建物の上に登って周りを見る。全体を隅々まで見えたわけではないが、しかし大まかな状況は把握できた。

 まず煤孫一派が正面から城まで到達している。他の裏口の門から攻め込んでいた別の部隊は、まだそこまでではない様子。

 ただ尊馬珊瑚(そんま さんご)の一派の勢いは煤孫に引けを取らない。あそこは“将軍”が二人いるからだろう。


「……城攻めするにしても足並みが揃ってねーな。このままだと若鬼(オニキ)が孤立する」


「秋結!」


 それを聞いた琥珀はすぐに、下にいる秋結にその情報を伝えた。

 秋結はそれを復唱してから、考える。


「尊馬一派はほどなくして城に到達する。けど他の方面から攻めている部隊は足並みが揃ってない。若鬼先輩が孤立して、最悪挟み撃ちになる可能性がある」


「どうするの?」


 屋根から降りてきた琥珀が尋ねる。苑珠も降りてきた。

 秋結は情報を整理してから、作戦を決めた。


「若鬼先輩の勢いを緩めるわけにはいかない。ここは攻めて攻めて攻めまくるだけ。だから……苑珠! アンタらで茂仲を守って! 私と琥珀が今から城に攻め込む!」


「ようやく出番ってわけ!」


 パンッと琥珀は拳を叩く。犬歯を剥き出しにして嬉しそうだ。

 秋結は腰に携えた剣を抜く。そして城の方に体を向けたまま、細めた目を苑珠に向ける。


「……アンタに茂仲を任せるのは癪だけど」


「なあ、俺から一個提案いいか。作戦について」


「なに?」


「卓川を見つけたらアイツだけ先に本隊の方へ行くよう言っといてくれないか。ここはもう煤孫と尊馬が揃えば問題なく堕とせる。卓川が攻めているのは西側の門だし、そのまま後ろに引き返して真っ直ぐ行けば本拠地の方に行けるだろ? なるべく本隊の方に余力を残した状態の増援を送っておきたい」


「なるほど……わかったわ」


 秋結はどこまで行っても苑珠に対して不服そうな態度を隠さなかった。しかし苑珠の言う事は正しいと判断して、頷いた。


「行くよ、琥珀!」


 秋結の掛け声を合図にして、虎が牙を剥いた。

 二人が走って行く。

 ちょうどその時、城の方を向いていた苑珠の視点からして左後ろの空。そこで煙を噴き出しながら赤く輝く光が打ち上がった。


「あれは合図の発煙筒!」


「先に西が堕ちた! チッ!」


 舌打ちして、城の方に顔を戻す。まだ北拠点は堕ちていない。


「ここを堕とすのに時間をかけすぎると、本拠地の方の守りが固くなる! 東拓はあの発煙筒を見てさらに防備を固めてるはずだ!」


「どうする苑珠! 俺らも攻めるか⁉︎」


 猿荻の提案に、苑珠はすぐに首を横に振る。


「ダメだ! 俺らが行ったところで戦況は変わらない! それよりもこっから東拓の本拠地まで素早く行く方法だ!」


「そんなの……」


「ここはでっかい拠点だろ! なんかあんだろ! 探せ!」


 苑珠の服の裾が引っ張られた。

 振り返ると茂仲が服を引っ張っていて、そしてすぐそばの路地裏の方を指差した。

 そこには物資を運ぶためなのか、それとも東拓達が娯楽のために用意していたものなのか。何故ここにあるのかはわからないが、この状況でうってつけの物が置かれていた。


「———馬車!!」



△▼△▼△▼△▼

 尊馬珊瑚は、仲間の東雲紫龍と共に目の前の軍勢を剣で切り伏せながら進んでいく。だがそこで不幸が起こる。

 バキィッ。紫龍の使っていた槍が折れてしまったのだ。


「あ!」


「……あちゃー、やっぱウチの派閥じゃやっすい武器しか買えないから耐久力が」


「どうしよう珊瑚さん」


 真ん中からポッキリ折れてしまった槍を持って愕然とする紫龍。

 そんな彼女に向かって攻撃してくる敵を防ぎながら、珊瑚は指示を送る。


「その辺の兵士から武器を奪っちゃいな!」


「はい!」


 言う通りにして剣を拾って思いっきり振ってみた紫龍だったが、それも相手の鎧に当たって砕けてしまった。

 剣で殴られた相手兵士はその威力をくらい、真後ろに吹っ飛ばされて行った。

 紫龍はまた壊れてしまった武器を見下ろす。


「こ、こわれちゃった……また」


「剣はダメ? 槍は?」


 バキィ!

 またしても破壊音。


「だ、ダメ……!」


「ええ、どうなってるの? もっと力加減を考えて……」


「もっと頑丈なものは……何かこう、硬くて、それで大きな……」


 紫龍は周囲を見回す。

 周りには東拓派の兵士たちがごった返していて、自分の仲間達が後ろから攻めて来ている。

 何かないか、何かないか。


「頑丈な……あ!」


 少女、紫龍は見つけた。

 ここは東拓の領地で金も沢山あり、周りの建物は立派な造りをしている。そんな建物の一軒に近づくと、入り口に付いている……と言うより付いていて当然のものを掴んで動かし始めた。


「……何してるの?」


 珊瑚は思わず聞いてしまう。東拓側も何をしているのかわからなかった。

 紫龍は建物の扉を開け閉めしていた。引き戸の扉で、ドアノブを掴んで前後ろに動かしていた。パンパン、パンパンと扉を手のひらで叩いて耐久力も確かめていた。


「うん。これ、いいね!」


「は?」


「「はあ?」」


 珊瑚と尊馬派閥の兵士達、そして敵兵達の意見が完全に一致した。

 呆気に取られる面々の目前で、紫龍は扉を固定する蝶番を指の力だけで取り外すと、ドアノブを持って扉を肩に担いだ。


「うん! よし!」


「「「よくはないだろう……」」」


 コイツは何をしているのか。

 かと思えば突然紫龍が駆け出して敵兵につっこんだ。そして扉を振り回して次々と相手を吹っ飛ばして行くではないか。

 頑丈な扉は壊れなかった。


「やっぱり予想通り! この扉は壊れない!」


 アホみたいな光景だが扉を持った紫龍はこれまで以上の活躍を始めた。

 ドアノブは扉の両側にあるので、それを両手で持って頭の上から振り下ろし、相手をぶん殴ったり。

 扉の端っこを持って思いっきり前に押す事で、扉を相手に激突させて、まるで槍の突きのような攻撃を繰り出した。

 ぶんぶんと振り回して周囲の敵兵を一気に吹き飛ばす。


「あはは! 珊瑚さん見て! すごいしっくりくる!」


「……あなたがいいならそれでいいけど」


 もし彼女がアレを気に入ってしまったら、武器として新しい物を用意する時に苦労しそうね、と珊瑚は思った。


「———さて」


 珊瑚は切り替える。

 白髪の少女、尊馬珊瑚は鋭い目を城の方に向けた。先ほど西の空に発煙筒が打ち上がったのを見た。

 珊瑚にとって、同じ落葉(おちば)塾に通っていた仲である玄岩が西拠点を堕とした合図だ。珊瑚は急ぐ。


「紫龍! 城に入るよ! 先に煤孫が行っているから早く助けに行かないと!」


「任せてください! 私の相棒ルドルフが火を吹きますよ!」


(名前付けたの?)


 珊瑚と紫龍は城に突入した。一階は制圧されており、煤孫はすでに二階へ上がっているようだった。

 急いで駆け上がる。二階では煤孫の部隊と東拓の部隊が争っていた。三階に上がるための階段は奥だ。


「階段までの道を開けないと!」


「了解! うおおおお!」


 紫龍は扉を振り回して敵を吹っ飛ばす。あっという間に道が開けた。

 両陣営突然現れた扉を担いだ少女の姿にポカンとしていた。

 その中を突っ切る。三階に上がれば煤孫若鬼が東拓側の大将、阿多霍子と戦っていた。何度も剣を打ち合う。

 だがやはり大勢力東拓。武器の質の差で、圧倒的に霍子側が有利だった。それでも若鬼は実力と、何度攻撃を受けても挫けない胆力により互角の勝負に持ち込んでいた。

 周囲では煤孫派閥の幹部四人、『虎穴四騎』が戦いの行末を見守っていた。


「なんで加勢しないの?」


 すぐそばにいた虎穴四騎筆頭の松程天音に聞く。

 彼女は若鬼の戦いを静かに見守りながら、答える。


「———邪魔できないのよ」


 松程がアゴをしゃくってもう一度改めて若鬼の方を見るように指し示す。


「……なる、ほど」


 改めて見て、珊瑚は納得した。

 気迫。

 まさしく虎。傷を負いながら手負いのはずなのに、目は死なず、剣を握る筋肉は荒い息を吐くたびに力を増し、膨張し、狂ったように力任せに剣を振る。

 周りが見えていないほどに闘志を漲らせていた。


「下手に手を出すとこっちが死にそうね」


「でしょ」


 若鬼が吠え、剣を振り踏み込む足の音が大砲の如き轟音を鳴らす。


(けれど時間はかけられない……)


 もう時間はない。

 すぐにでもここを落として本拠地の方に行かないと、攻めるタイミングを逃して本隊にいる総大将の紹美がやられる確率が高まってしまう。

 紹美がやられれば本隊に参加する派閥の全員が一斉に解散となる。曹沙紹美が消えれば後は東拓の天下。

 今以上の暴虐が待っている事は容易に想像できる。


「止められないの⁉︎」


「できないわよ! とても!」


「くっ……」


 しかしこの場において阿多霍子に勝てるのは恐らく若鬼くらいだ。


「どうすれば……」


 その時だった。

 階下から誰かが上がってくる足音がした。珊瑚と紫龍、そして虎穴四騎は全員一斉に警戒体制をとる。

 だが足音を注意して聞いた四騎は、すぐに武器を下ろした。


「この足音は」


 勇ましく、迷いのない階段を登る足音。

 上がってきたのは赤い髪の少女。背が高く、動きやすそうな格好をした、赤毛の虎。


「煤孫琥珀!」


 現れた彼女は、現状をザッと見て状況を判断する。


「これ、もしかしてお兄のワガママに付き合ってる感じ?」


 ハッキリとそう言ってしまえる彼女は、兄に対して遠慮の気持ちなど無いのだろう。

 ワガママ、と言ってしまえばそれまでだが、しかし実際ここにいる琥珀以外の全員は若鬼の気迫に怯んで手が出せない。

 琥珀が現れても、若鬼は戦いを止めない。阿多霍子の方は冷静に、琥珀が現れた事に気づいている。


「天音、これ、やってもいいかな」


 琥珀は軽い感じでそう尋ねた。

 松程は一瞬迷ったが、すぐに頷いた。


「いいわ。もう充分でしょう」


「んじゃ———終わらせよう」


 そう言うのが早いか、琥珀の姿が珊瑚達の目の前から一瞬にして消えた。かと思えば若鬼と霍子が戦っている方から、グシャァと言う鈍い音が聞こえてきた。

 見れば阿多霍子が、琥珀の振り下ろした拳によって床に叩き潰されているところだった。

 たったの一発で霍子の意識を消し飛ばしてぶっ倒した琥珀は、まだ剣を振っていた若鬼の剣を片手で止めると、頭突きをくらわせた。


「落ち着け、お兄。もう終わった」


「…………琥珀」


 頭突きの衝撃で狂っていた意識が戻り、静かに妹の名を呟くと、潔く剣をしまった。そして倒された霍子の方を一瞥する事なく、号令を発する。


「全員すぐさま本拠地攻めへ向かえ!」


 そこで、あ、と珊瑚は気づいた。煤孫若鬼は琥珀なら阿多霍子を簡単に倒す事ができるとわかっていた。だから一人で戦い、時間を稼いで琥珀が来るまで待った。

 そのおかげで自分達は霍子と戦う事なく、大きな消耗をせずに済んだ。

 ボロボロになった体を引き摺りながら若鬼は三階の外に取り付けられたベランダに出ると、外に向かって大声で叫ぶ。


「阿多霍子! 撃破!!!」


 その瞬間、すぐさま発煙筒が打ち上がる。

 階下から秋結が上がってきて、琥珀の手を引く。


「琥珀、行くよ! すぐに向かわないと!」


「卓川は?」


「もうとっくに行かせた!」


 二人は話しながら下に降りて行く。


「紫龍!」


「はい、珊瑚さん」


「あなたもあの二人に付いて行きなさい。ここの処理は任せて」


「分かりました!」


 紫龍は敬礼のポーズを取ると琥珀達を追いかけて行った。

 急がなくては行けない。すると城から出た時に、横から馬と屋根の付いた荷車が目の前に止まった。

 スマホで何かを操作をしていた苑珠。それをすぐに終わらせて、馬車の外に顔を出す。


「琥珀! 秋結! あとそれから……そこの尊馬んトコの……? 扉? 持ってる茶髪のやつ! これに乗れ!」


 琥珀と秋結の目が大きく見開かれる。

 琥珀は思わず聞く。


「乗れるの⁉︎ 狭くない⁉︎」


「猿蜂燕魚の四人はここに残す! 茂仲の護衛と戦後処理の仕事があるしな! それから……」


 苑珠はザッと周りを見て、声の届く範囲に派閥の長がいるのを見つける。まだ派閥員も体力がありそうな感じだった。

 頭の上で二つ結びをした可愛らしい見た目の女子だった。苑珠はなんとか名前を思い出して呼びかける。


「東建恭架(きょうか)!」


「え?」


 少女はゆっくりとこちらを向く。

 驚く彼女に、苑珠は背後を指差しながら伝える。


「アイツら! 任せて良いか!」


 苑珠が指差した先には、服が乱れた女の子や衰弱し切った猫背の男子が沢山いた。東拓派閥の被害にあった生徒達だ。

 東建は大きく頷いて、両腕で大きな丸を作った。


「了解! 任せて!」


「ねぇ馬車の運転は⁉︎ 誰かできるの⁉︎」


「綱森がなんとか!」


「初めてやるから期待はすんなよ……!」


 汗を流しながら手綱を持つ綱森。そんな彼の震える汗で濡れた手に、小さな手が乗せられる。


「不安な気持ちは馬にも伝わる。お前なら大丈夫だ」


「苑珠……」


「やれるよな、綱森」


「応!」


 綱森が手綱をひいて馬が嘶く。

 苑珠は上を見上げて、城の三階から顔を出した若鬼と目を合わせて頷き合う。


「先に行け! 後から追いかける!」


「ああ! さあ、全員乗っ———」


 ガタン!

 ガン!

 ガタタン!

 後ろ、少女が扉を馬車に乗せようとしていた。もうすでに彼女自身は馬車に乗っていたが、扉は屋根にぶつかって乗せる事ができず苦戦していた。


「んっ……んっ! 大丈夫だからねルドルフ。あなたを置いては行かないから」


「———木家」


「ふんぐらぁ!」


 苑珠の指示を受けて木家が思いっきり扉を蹴り飛ばした。メキメキィ、と紫龍が掴んでいたドアノブと千切れて離れ、そのまま大きな扉は馬車の外に吹っ飛んでいった。


「あ、え、あ、え」


 何が起きたのかすぐに理解できず、紫龍は手に残った残骸と、吹っ飛ばされた相棒を何度も交互に見た。


「行くぞ! 目一杯飛ばせ!」


 馬車が走り出す。


「ルドルフううううううううううう!!!!!!」


 背後で少女の悲痛な叫びを聞きながら、秋結は苑珠と話す。


「さっきアンタが言った作戦の通り卓川はもう先に行かせてる。それよりさっきスマホ弄ってたよね? 何してたの?」


「派閥加入の承諾。二人分のな」


「攻城戦の最中に派閥員の増員はルール違反だけど、そうか今は、戦いが終わったばかりで次の戦い行く途中だからアリなのか」


 派閥の加入にはリーダーの承諾が必要。それはスマホでも出来るため、こうして攻城戦が終わってすぐに苑珠は承諾のボタンを押した。これにより2人の派閥入りが契約完了となった。


「ところでその2人って誰———」


 秋結が名前を聞こうとしたその時、馬車の後ろから自転車の音が聞こえてきた。凄まじい勢いで走ってきて、馬車に並走した。


「自転車? 敵⁉︎」


「いや、あれは……」


 馬車の外に目を向けると、そこには紫髪の少女が必死に馬車を追いかけて来ている姿があった。

 無表情で、両腰には一本ずつ刀を携えている。サイズの合ってないノースリーブを着ていて、大きな胸元と肩とヘソが出たズボンを履いた女の子。


「お前は、保留にした……」


「私、もっ!」


 必死に漕いで、汗をかいて歯を食いしばりながら、自分の意思を言葉で伝える。


「私も仲間に入れて! ください! 保留なんて! 言わないで!」


 彼女は苑珠をずっと追いかけていた。攻城戦中は乱入できなかったが、今なら仲間になれると思って。

 その姿を見た苑珠は驚いた。そして思わず吹き出して笑う。


「ははっ! 変な奴! 名前は?」


象谷(ぞうたに)……はあはあっ! 象谷餡子(あんこ)!」


「よし象! 乗れ!」


 走る馬車の上から手を伸ばした。象谷もそれを手に取り、自転車から飛び降りる。しかし苑珠の力では逆に象谷の方に引っ張られて馬車から落ちそうになる。

 それを橋渡、木家、楽土が苑珠の体を支えたり、一緒に象谷の細い腕を掴んで引っ張った。

 自転車が後ろの方で横転した音が聞こえる。馬車の中では苑珠の上に象谷が乗っかる形に。慌てて紫髪の女の子は苑珠の上から降りた。


「はあ、はあ……わ、私、入って、いいの?」


「おう。これからよろしく」


 その場で契約を成立させて、苑珠と象谷は握手を交わした。

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