第29話:『黄金のガレージ、鋼の現実』
ショーから一夜明けたサオトメ技研。事務所のテーブルには、
十一億円という現実離れした数字が並ぶ通帳が鎮座している。
「……さて。これからの進む道を決めようぜ」
俺は、欠伸を噛み殺すユイと、緊張で背筋を伸ばすアリス、
そして新しい動画の構成を練っているゼンジを見回した。
アリスがまず、震える手で通帳を指差した。
「この資金があれば機材も揃えられるし、ゲンさん……
ついに『空中換装システム』の開発だって始められるわ!」
瞳を輝かせるアリスに、俺は即座にストップをかけた。
「……待て。アリス、その話は時期尚早だ。却下する」
「えっ……どうして? 資金はあるし、ユイの腕なら!」
驚くアリスに、俺は冷めたコーヒーを煽りながら告げた。
「金があるからって、理論が形になるわけじゃねえんだ。
空中換装を安定させるには、機体の出力もソフトの精度も、
今の数倍は煮詰める必要がある。焦って欠陥品を作れば、
それは前職と同じ、ただの危ねえ玩具になっちまう」
俺は腕を組み、昨日ユイが命を預けた機体を睨みつけた。
「ユイに博打はさせねえ。だから、まずはそのための、
圧倒的な『土台』が必要だ。新しい格納庫を建設するぞ」
「新しい格納庫……。私たちの、本当の基地ね」
アリスが呟く。空中換装の研究ができる広さと設備、
そして地上での換装をコンマ一秒まで極めるための聖域。
十一億円という大金は、その建設に投じるべきだ。
そこへ、ずっと黙って端末を叩いていたゼンジが口を開いた。
「……フン、格納庫か。なら俺からも提案がある。
ただの基地じゃねえ。二万人規模が収容可能な、
『コンサートホール型・射出システム』を建造する」
「な、何それ……? ホールの中に格納庫を作るの?」
アリスが目を丸くする。ゼンジはニヤリと不敵に笑った。
「逆だよ。ホールそのものが巨大な射出装置なんだ。
壇上でユイが変身し、客席の真ん中を通ってコアが発進。
会場中央のリボルバーで換装して飛んでいく仕組みだ」
ゼンジの脳内では、既に次の「神話」が完成していた。
「二万人のど真ん中で鋼鉄が噛み合う衝撃。
その熱狂をそのまま戦場へ届ける。最高だろ、ゲン?」
「……ハッ、相変わらずイカれた発想だな」
俺は呆れながらも、既にその「二万人の中を突っ切るコア」の
風圧計算と安全マージンを脳内で弾き出していた。
空中換装への道はまだ遠い。だが、このイカれた基地こそが、
俺たちの「本物」を世界に刻むための、次なる戦場になる




