第28話:『紳士たちの行列』
いよいよ握手会が始まった。俺は舞台袖でレンチを握り締め、
「変な奴が来たら即座に叩き出してやる」と身構えていた。
何しろ一枚百万円だ。どんな業の深い連中が来るのかと、
冷や汗を流しながらユイの背中を見守っていた。
だが、現実は俺の予想を大きく裏切ることになった。
列の先頭に現れたのは、汗だくで体格の良い、
お世辞にも清潔感があるとは言えない風貌の男たちだった。
世間でいう「キモオタ」そのものの見た目に、
俺は反射的に一歩踏み出そうとしたが、その必要はなかった。
彼らは驚くほど行儀よく並び、静かに順番を待っていた。
いざユイの前に立つと、目を逸らすほどに恐縮し、
壊れ物に触れるような手つきで、そっと指先に触れる。
「……あの、最高の機動でした。感動しました」
「アリス社長の言葉、胸に響きました。応援しています」
男たちは、自分たちの全財産かもしれない百万円を投じ、
ただ一言、震える声で感謝と応援を伝えるだけだった。
ユイの戦いとアリスの演説に、魂を揺さぶられたのだ。
彼らは粘ることも、卑猥な言葉を吐くこともなく、
一礼して、満足げな笑顔で去っていく。
「……なんだ。どいつもこいつも、ただの紳士じゃねえか」
俺は拍子抜けして、握っていたレンチを腰に収めた。
見た目で判断していたのは、俺の方だったのかもしれない。
「ゲンおじさん。みんなの手、温かかったよ」
ユイが小さく微笑み、次に来る「紳士」へ手を差し出す。
百万円の価値は、剥き出しの「本物」を信じる者たちの、
純粋な期待の重さだったのだ。




