24.私の選んだ未来
ルーディアへ来てから、三年が経った。
今ではクライン工房で私専用の作業台を使わせてもらっている。簡単な修理だけでなく、自分で設計した魔道具を任せてもらえることも増え、『L. Valentia』の銘を刻む機会も珍しくなくなった。
それでも、クラインさんからやり直しを言い渡される日はある。
時々落ち込むことももちろんある。だけど、何が悪かったのかを考え、失敗した分だけ次は良くできると、ようやく思えるようになった来た。
「レティ、お母様から手紙が届いていましたよ」
今日は珍しく、私とソフィの休日が重なっている。
朝から家でのんびり過ごしていたところ、玄関先を確認していたソフィが一通の手紙を持って戻ってきた。受け取る前から、見慣れた封蝋ですぐに公爵家からだと分かる。
「この前送った魔道具のことかしら」
「たぶんそうだと思います。絶対に喜んでますよ」
封を開きながら、先日公爵家へ送った洗浄用の魔道具を思い出す。
治癒院のために作ったものを元に、屋敷でも使いやすいよう少し大型化したものだ。衣類や小物を洗う手間が少しでも減ればと思って送ったのだけれど、ソフィの言う通り、どうやら予想以上に気に入ってもらえたらしい。
『とても便利に使わせてもらっているわ。侍女たちにも好評よ。あなたのお父様まで、今度は自分の書斎で使えそうなものを作ってもらえないかと言っているの』
そこまで読んだところで、思わず笑いがこぼれた。
家を買うために借りたお金も、魔道具師として稼いだ分から少しずつ返している。まだすべてを返せてはいないけれど、それを理由に時々実家へ帰ることも、今では楽しみの一つになっていた。
「お父様も何か欲しいみたい」
「レティが作ったものなら、何でも使ってみたいんじゃないですか?」
「だったら、お父様の手紙の方でそう書けばいいのに」
口ではそう言いながらも、嫌な気はしなかった。
離れて暮らすようになっても、手紙は途切れていない。お母様からは屋敷の出来事が届き、お父様からも以前よりずっと私的な内容の手紙が届くようになった。
お父様にはどんな魔道具を作ろうか。そんなことを考えていると、玄関の扉を叩く音が響いた。
今日は誰かが来る予定だっただろうかとソフィと顔を見合わせる。私が立ち上がるより先にソフィが玄関へ向かい、少しして聞き慣れた声が部屋まで届いた。
「こんにちは!」
入ってきたのは、小さな籠を抱えたリシェルだった。
こちらでの暮らしが長くなった今でも、彼女とは変わらず付き合いが続いている。けれど今日は、いつものように遊びに来ただけではないらしく、どこか得意げな顔をしていた。
「今日はせっかくソフィアちゃんとレティシア様のお休みが重なったので、リベンジに来ました!」
「……リベンジ?」
私とソフィは同時に首を傾け、リシェルの抱えている籠へ目を向ける。リベンジ……!
「あっ、もしかして、クッキー?」
「はい!」
リシェルは待っていましたとばかりに籠をテーブルへ置く。
蓋を開けると、甘い香りが部屋いっぱいに広がった。きれいな焼き色のクッキーが何枚も並んでいる。
「今回はちゃんと美味しくできていますからね」
そう宣言すると、リシェルは私ではなく、まっすぐソフィへ顔を向けた。
どうやら今日の目的は、最初から一人しかいないらしい。ソフィもそれを理解したのか、苦笑しながら一枚手に取った。
「だから今日は、ちゃんと『美味しい』って言ってもらいますからね、ソフィアちゃん!」
「分かりましたよ」
ソフィはそう答えると、クッキーを一口齧った。
さくりと軽い音が響く。リシェルは落ち着かない様子でその顔を見つめていて、事情を知っている私まで、つい結果を待ってしまった。
やがてソフィが、満足そうに目を細める。
「……全部、一人で食べたいくらいです」
「ソフィアちゃん!」
リシェルがすぐさま声を上げた。
その反応がおかしかったのか、ソフィは口元を押さえながら笑っている。昔と同じように言葉を選ぶ必要などないはずなのに、わざと困らせようとしているのが丸分かりだった。
「ですが、それは勿体ないくらい美味しいので、みんなで食べましょう」
「もう! 最初から普通に美味しいって言ってください!」
「ちゃんと美味しいって言いましたよ?」
二人のやり取りを聞きながら、私も一枚手に取る。
口に入れた瞬間、思わず頬が緩んだ。昔食べたものとは比べものにならないくらい美味しい。これなら、ソフィが言葉を選ぶ必要なんて最初からなかっただろう。
「本当に上手になったのね、リシェル」
「でしょう?」
今度はリシェルが得意げに胸を張り、ソフィも隣で楽しそうに笑っていた。
その後も、リシェルが持ってきたクッキーを三人でつまみながら、他愛のない話を続けた。
工房のこと、治癒院のこと、リシェルの最近の出来事。気づけば籠の中のクッキーも、ずいぶん少なくなっている。
窓の外には、三年前には見慣れなかったルーディアの街並みが広がっている。
今では、この家へ帰ってくることも、ソフィと今日の出来事を話すことも、リシェルが訪ねてくることも、すっかり日常になった。
遠く離れた家族とも手紙を通して変わらずつながっているし、時には私の作った魔道具を送ることもある。そして明日になれば、私はまたクライン工房へ向かい、自分で考えた魔道具を作って、その端に『L. Valentia』と自分の名を刻むのだろう。
王妃になる未来は、もうどこにもない。
けれど、それを惜しいとは少しも思わなかった。誰かに決められた未来を歩いていたあの頃より、失敗して、悩んで、それでも自分で次の一歩を選べる今の方が、ずっとこの先を楽しみに思える。
これから先もきっと、思い通りにいかないことはあると思う。それでも私は、自分で選んだこの道を歩いていく。
――魔道具師、レティシアとして。




