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そのお店の店主は、わたしのことを「ダニエル・エトー」だと信じて疑わない。わたしの名前をダニエル・エトーと書き、わたしをダニエルさんと呼ぶ。以前、この町のボウリング大会でわたしが勝ちとった賞状とトロフィーは、そのお店の店主が発注したもので、だからダニエル・エトー様となっていて、わたしのウチに来る少ない友人を困惑させる。
あたり前のことを自信なさそうに言う人がいる。その表情がじつにあまりにもなので、そのあたり前のことがじつは間違いなんじゃないかなとこっちまで自信がなくなってしまう。そのお店の店主は、その逆だ。間違ってはいるけれど、そのことを自信に満ちて言ってくる。その表情がじつに自信にあふれているから、その間違っていることがじつは正しいんじゃないかなとこっちまで暗示にかけられてしまう。
しかし、なんだってダニエル・エトーなんだろう。どうせならエミリーとか、クリスチーヌとか、ちゃんと女性らしい名前で呼んでくれたらと思うこともないではない。でも、それだってわたしの名前でないことにかわりはない。それならとダニエル・エトーを受け入れた。いや、受け入れすぎてしまった。病院なんかで本来の名前を呼ばれても、わたしは返事をしない。何度も何度も呼ばれ、挙句、はっとして、返事をするでもない。何度も何度も呼ばれ、結果、わたしは呼ばれなくなる。それならと受付でダニエル・エトーと名前を書いてみると、怒られ、不審がられ、受け付けてもらえない。まったく難儀な世のなかだ。




