不能
それから明人は、宣言したとおり、自分のペースで生活するようになった。
好き嫌いをはっきり口にするようになり、生活時間も不規則になった。
夏未に断ることなく、好きなものを買ってくることも増えた。
夏未は、最初こそ戸惑っていた。
しかし、以前のように何も言わずに一人で悩み、突然怒り出されるよりはましだった。
子どもが拗ねているようなものだ。
そのうち収まるだろう——そう思い、しばらく様子を見ることにした。
◇
ある日。
夏未がソファに座って雑誌を読んでいると、後ろから明人に声をかけられた。
「ねえ、前に撮ったハロウィンの写真、見せてよ」
夏未は振り返った。
「うん」
テーブルに置いてあったスマートフォンを手に取る。
明人もソファの後ろから、画面を覗き込んだ。
夏未は少しだけ胸が高鳴った。
こんなに近くで明人の顔を見るのは、久しぶりだった。
「ちょっと待ってね」
夏未はロックを解除し、ハロウィンの仮装をした陽介の写真を開いた。
「これ?」
「うん。それ送ってくれる?待ち受けにしたくって」
夏未が写真を送ると、明人は身体を離した。
「サンキュー」
そのまま立ち去ろうとする明人の手を、夏未が慌ててつかんだ。
「待って」
「どうしたの?」
「ううん。ただ……なんか、久しぶりだったから」
夏未は明人を引き寄せ、その胸に顔を埋めた。
明人は優しく夏未の背中に腕を回した。
「……そうだね」
夏未からは見えなかった。
明人の顔には、一切の感情が浮かんでいなかった。
◇
その日の夜。
夏未が浴室から出てきた。
タオルで濡れた髪を拭きながらリビングへ入ると、明人がテーブルの前に座っていた。
手には、夏未のスマートフォンがある。
夏未は足を止めた。
「明人?」
声をかけると、明人は少し驚いたように顔を上げた。
「ごめん」
明人はスマホをテーブルに置いた。
「たまたま通知が来たのが見えて……どうしても我慢できなくなって、手に取ってしまった」
夏未は黙って明人を見た。
「中までは見てないから」
明人はそう言って、震える手でスマートフォンを差し出した。
夏未は何も言わずに受け取り、画面に表示されている通知を確認した。
「ああ、これ。仕事の連絡だよ」
「うん。分かってる」
明人は小さく頷いた。
「本当にごめん。もう気にしないって約束したのに…」
その声は震えていた。
夏未は、今にも泣き出しそうな明人の顔を見つめた。
それからそっと近づき、明人の肩を撫でた。
「ねえ、明人」
「なに?」
夏未は少しためらったあと、小さな声で言った。
「ベッド、行かない?」
明人が顔を上げる。
夏未はそれ以上、何も言わなかった。
しばらくして、明人は静かに頷いた。
◇
寝室。
ベッドに仰向けになった夏未へ、明人が覆いかぶさる。
唇を重ね、夏未も明人の背中に腕を回した。
数分後。
二人は裸のまま抱き合っていた。
明人の動きが止まる。
「……ごめん、夏未」
「どうしたの?」
明人は夏未から目を逸らした。
「なんか……無理かもしれない」
「無理?」
「身体が、反応してくれなくて」
短い沈黙が流れた。
「そっか」
夏未は少し寂しそうに笑った。
「仕方ないね」
「ごめんね」
明人は夏未の上から降り、ベッドの端へ腰を下ろした。
「また、試させて」
「うん……」
夏未の声は、小さかった。
◇
明人は浴室へ入ると、シャワーを強く出した。
壁に片手をつき、熱い湯を頭から浴びる。
「うっ……」
何度もえずいた。
口元を押さえ、目を閉じる。
夏未の身体へ触れた感触が、まだ手に残っていた。
「さすがに……無理だろ」
明人はシャワーの音に消えるような声で呟いた。




