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よけいな一言

「そうだよね。私なんかに触られたくないよね」


夏未は自分の手をさすりながら、弱々しく言った。


「そういう意味じゃない」


明人は夏未の顔を見ないまま答えた。


「ただ、まだ触ったりするの無理かもしれない」


短い沈黙が流れた。


「だったら……」


夏未の声が震えた。


「だったら、最初から嫌だって言えばいいじゃない」


明人が顔を上げる。


「私だってつらいのに、頑張ってるんだから」


明人の中で、何かが切れた。


「なんで、お前がつらいとか言うんだよ!」


自分でも驚くほど大きな声が出た。


「俺は、そっとしておいて欲しいんだよ!」


夏未は両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んだ。


「やっぱり言わなきゃよかった!」


「黙ってればよかった!」


そう言って、泣き崩れた。


明人は黙って夏未を見下ろしていた。


長い沈黙


もう、自分の気持ちを分かってもらおうとするのは無理だ。


そう思った。


明人は夏未のそばにしゃがみ、肩へ手を置いた。


「悪かったよ……もう泣かないで」


夏未はゆっくりと顔を上げ、涙を拭いた。目が真っ赤だった。


「浮気されて嫌なら、もっと怒ればいいじゃん」


「なんで何にも言ってくれないのよ」


明人は少し黙った。


「俺、あんまり恋愛経験ないから」


ぽつりと口にした。


「こういうとき、どうすればいいのか分からないんだ」


夏未は明人に抱きついた。


今度は避けなかった。


「大丈夫だから」


夏未は明人の背中へ腕を回した。


「二人なら、きっと大丈夫だから。ね?」


「うん…」


明人は無表情のまま、小さく頷いた。


「きっと、時間がたてば戻ると思うから」


明人は、自分に言い聞かせるように言った。


「だから、もう少し待って」


夏未は抱きついたまま答えた。


「分かった…待ってる」



それから、明人は少しだけ変わった。


自分の気持ちを整理しながら、前へ進むしかないと思った。


自分たちは、ただ付き合っているだけの恋人ではない。


陽介の父親でもある。


わざとらしく笑うことはできなかった。


それでも夏未と話すときは、無理にでも目を見るようにした。


数日後。


工房で仕事をしていると、夏未から電話がかかってきた。


「どうしたの?」


「あのね。今日、家に人を呼んでもいいかな?」


夏未は少し申し訳なさそうに言った。


「人って?」


「友達の美姫と、旦那さん。こっちに来る用事があるから、寄りたいって」


明人は正直、嫌だった。


顔を合わせても、自然に笑える気がしなかった。


「別にいいけど、僕は工房にいてもいい?」


「できれば、少しだけでも顔を出してほしいな」


「たぶん、二人も明人に会いたがると思うし」


明人は窓の外を見た。


顔を出さなければ、二人が工房まで来るかもしれない。


それはもっと嫌だった。


「分かったよ」


明人はそう答えた。



夏未から連絡があり、明人は作業着から普段着に着替えて母屋へ向かった。


美姫とその夫には、一度だけ会ったことがある。


そのとき、自分がオーダーメードの高級家具を作っているという話をした。


明人にはそんなつもりはなかったが、現場仕事をしている美姫の夫には、


遠回しな自慢に聞こえるかもしれないと、あとで夏未から注意されたことがあった。


そういう意味でも、あまり顔を合わせたくはなかった。


おそらく二人も明人に会いたがっているというのは、夏未の嘘だろう。


ドアを開け、リビングへ入る。


三人はテーブルを囲み、お茶を飲んでいた。


夏未が笑顔で、自分の隣の席を指さした。


「あのね、美姫たち、長崎に行ってきたんだって」


テーブルには、旅行先で撮ったらしい写真が何枚か並んでいた。


明人は作り笑顔を浮かべた。


「綺麗なところだね」


それだけ言って、会話に加わった。


夏未が写真を見ながら言った。


「今度、みんなでどこか行こうよ」


三人は曖昧に頷いた。


それからしばらくして、美姫が夏未に声をかけた。


「ごめん、旦那とタバコいいかな?」


夏未は明人に案内を頼んだ。


「灰皿、外なんだ」


明人はそう言って、二人を外へ連れ出した。


家の周りを半分ほど回り、テラスへ案内する。


美姫と夫がタバコに火をつけた。


明人も少し離れた場所に立ち、一本取り出した。


しばらく三人とも黙って煙を吐いていた。


そのとき、美姫が夫に聞こえる程度の小さな声で言った。


「それにしてもさ、よくこんな時に遊びにいこうとか言えるよね」


夫は何も答えなかった。


ただ、少しだけ口元を緩めた。


明人は二人を見た。


美姫は、明人に聞かれたことに気づいていないようだった。


タバコを吸い終え、三人はリビングへ戻った。


それからしばらくして、美姫たちは帰っていった。


夏未は見送りまで終始笑顔だった。


久しぶりに友人と会えたことが、本当に楽しかったのだろう。


その笑顔が、どうしようもなく腹立たしかった。


二人の姿が見えなくなると、明人は先にリビングへ戻った。


遅れて入ってきた夏未に、振り返って尋ねた。


「なあ」


夏未が足を止める。


「なんで、あの二人が浮気のことを知ってるの?」



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