触らないで
三日が過ぎた。
相変わらず、夏未の顔をまともに見ることはできなかった。
それでも仕事と子育てに没頭している間は、余計なことを考えずに済んだ。
夏未も、気を遣っているのが痛いほど分かった。
以前より明るく話しかけてくる。
食事にも手をかけるようになった。
明人の顔色をうかがいながら、まるで付き合い始めた頃に戻ろうとしているようだった。
でも正直、そっとしておいてほしかった。
その行動に悪気がないことは分かっている。
浮気を告白した。
許すと言われた。
夏未の中では、時間をかければ、きっと元に戻れると思っているのだろう。
けれど、自分が浮気を知ったのは、まだ数日前だ。
夏未にとっては、終わらせた出来事。
明人にとっては、突然始まったばかりの出来事。
同じ三日間を過ごしているはずなのに、二人はまったく違う場所に立っていた。
◇
その日、工房で図面を広げていると、窓の向こうに夏未の姿が見えた。
陽介を抱き、こちらへ手を振っている。
明人は少し驚きながら、手を振り返した。
夏未が工房まで来ることなど、最近はほとんどなかった。
しばらくして、夏未が中へ入ってきた。
「ほら、パパのお仕事するところだよ」
陽介に話しかけながら、工房の中をゆっくり見て回る。
やがて、夏未が明人のそばまで来た。
その視線が、テーブルの上で止まる。
タバコとライターが置かれていた。
「あれ?やめたんじゃなかったっけ?」
「ああ、うん」
明人は淡々と答えた。
「やめてたけど、また吸いたくなったんだ」
「……そうなんだ」
「吸っちゃ駄目かな?」
夏未は少し黙った。
「別に。陽介の前で吸わなければいいよ」
それから少しだけ話をして、夏未は陽介を連れて母屋へ戻っていった。
扉が閉まる。
明人は胸に手を当てた。
夏未が工房へ入ってきただけで、心臓が締めつけられるように苦しかった。
ここにまで来られるのは、正直耐えられない。
そう思った。
◇
その日の夜。
明人の方から夏未に声をかけた。
「あのさ。今日みたいに、陽介を工房へ連れてくるのはやめてくれないか」
「どうして?」
「工具もあるし、薬品も多いから。危ないんだ」
「抱っこしてれば大丈夫じゃない?」
夏未は、不思議そうに首をかしげた。
「何かあってからじゃ困るから」
明人が言い切ると、夏未は口を閉ざした。
その表情に、わずかな寂しさがにじむ。
やがて、夏未はためらうように一歩近づいた。
「ねぇ」
「なに?」
「もしかして、まだ怒ってる?」
明人の胸が一瞬詰まった。
顔色が明らかに変わる。
夏未が明人の肩へ手を伸ばす。
明人は反射的にその手を避けた。
夏未が驚いた顔で見つめる。
「…ごめん」
明人は目を伏せた。
「…触らないでほしい」




