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夏未の告白

夏未が帰ってきたのは、終電だった。


明人はチャイルドシートに陽介を寝かせ、車で駅まで迎えに行った。


ロータリーで待っていると、改札の方から夏未が歩いてくる。


少し酔っているようだったが、足取りはしっかりしていた。


助手席に乗り込んだ夏未が、シートベルトを締める。


「ごめんね。遅くなって」


「ううん。どうだった?」


「別に…」


明人は車を走らせた。


「その先輩とは、どんな話をしたの?」


「大したことじゃないよ。前の上司がまだ同じこと言ってるとか、誰が結婚したとか。そんな昔話」


夏未は窓の外を見ながら答えた。


「そっか」


「本当に、それだけだからね」


明人は少し笑った。


「分かってるよ。気にしてないって」


夏未は何も答えなかった。


そのまま家に着くまで、会話はほとんどなかった。



深夜。


二人は寝室のベッドに入っていた。


テレビには、内容のよく分からないバラエティ番組が映っている。


夏未は画面を見ているようだった。


けれど、笑うこともなければ、出演者の声に反応することもない。


明人は枕元の時計を見た。


「テレビ、消していい?」


夏未は少し遅れて答えた。


「うん。見てないから消して」


明人はリモコンを取り、テレビを消した。


部屋が急に静かになる。


夏未は、天井を見ていた。


何かがおかしい。


疲れているだけかもしれない。


それでも、いつもの夏未とは違う気がした。


「夏未、どうかした?」


夏未は首を横に振った。


「ううん」


それだけだった。


明人は天井の照明を消し、枕元のランプをつけた。


やわらかな明かりが、夏未の横顔だけを照らす。


そのときだった。


「ねぇ」


夏未が、天井を見たまま話しかけてきた。


「もし私が、浮気してたらどうする?」


明人はすぐには意味が分からなかった。


「えっ?」


聞き返しても、夏未は何も答えない。


明人は身体を起こした。


「今日は、ただの飲み会じゃなかったの?」


夏未はゆっくりと視線を落とした。


その表情を見た瞬間、明人は枕元のランプを消し、部屋の照明をつけた。


白い光が寝室全体に広がる。


明人は真顔で聞く。


「どういうこと?」


夏未はしばらく黙っていた。


それから、消え入りそうな声で言った。


「……今日、ホテルに行ったの」


明人は夏未の顔を見た。


言葉の意味が、頭の中に入ってこない。


エアコンの音だけが、やけに大きく聞こえた。


「どういうこと?」


自分でも、さっきと同じことを聞いているのが分かった。


「浮気したってこと?」


夏未は黙ったまま、わずかに頷いた。


その瞬間、頭の奥が一気に熱くなった。


明人は両手で顔を覆った。


自分がどんな顔をしているのか分からない。


怒っているのか、泣きそうなのか、それすら分からなかった。


しばらくして、明人は手を下ろした。


「……説明して」


声は、自分でも驚くほど小さかった。


夏未は、途切れ途切れに話し始めた。


その男とは、同じ会社にいた頃、遊びで付き合っていた時期があるという。


会社で顔を合わせなくなってからも、数か月に一度、同窓会のような感覚で会っていた。


明人は黙って聞いていた。


けれど、話を聞けば聞くほど、頭の中が混乱していく。


「誰なんだよ」


夏未は目を伏せた。


「明人には話したことのない人」


「名前は?」


夏未は答えなかった。


それ以上、夏未から説明はなかった。


明人は、声を抑えているのも限界だった。


「そいつ、今どこにいる」


夏未が顔を上げる。


「会わせろ」


夏未は首を横に振った。


「もう今日で会わないことにしたから」


それ以上何もいわなかった。


明人の中の何かが切れた。


「ふざけるな!」


思わず声が大きくなった。


夏未の肩がびくりと震える。


「なんでそいつを守るんだよ!」


「守ってるわけじゃない」


「じゃあ言えよ!」


夏未の目から涙がこぼれた。


「本当に、ごめんなさい」


明人は何も返せなかった。


自分には謝りながら、男のことは守る。


明人には、そうとしか思えなかった。


夏未を睨むように見た。


「じゃあ、なんで。なんで俺に言ったんだよ」


夏未は涙を拭いながら答えた。


「明人を騙したまま一緒にいるのが、耐えられなくなったから」


「それで、全部話せば楽になると思ったの?」


「違う。そういうことじゃない」


夏未は首を振った。


「何でもするから、許してほしい」


明人は言葉を失った。


許す。


その言葉だけが、ひどく遠くに聞こえた。


「そんなの、今決められるわけないだろ」


夏未は俯いたまま、何度も頷いた。


「分かってる。でも、本当にもうしない」


少し間を置いて、夏未は続けた。


「浮気して、明人の良さに気づいたの」


明人は夏未の顔を見た。


「何だよ、それ」


「比べてたとかじゃなくて……やっぱり私には明人しかいないって分かったの。

もう絶対にしない」


夏未は必死だった。


だからこそ、その言葉が何も入ってこなかった。


明人はしばらく黙ったあと、低い声で聞いた。


「ホテルにいる間も、罪悪感はあったの?」


夏未の唇がわずかに動いた。


けれど、答えは返ってこなかった。


長い沈黙のあと、夏未が口にした。


「私は、明人に抱かれてる方が好き」


明人は目を閉じた。


何を言ってるんだ


それが慰めになると、本気で思っているのだろうか。


まるで、ドラマか何かの言葉を聞かされたような気がした。


「一人になりたい」


「明人……」


「今は、無理だから」


明人はベッドを降りた。


夏未の顔を見ないまま、寝室を出ていった。

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