蓋
「ふう……」
明人は大きく息を吐いた。
「さすがにしゃべりすぎたかな。疲れてきたよ」
和宏と夏未を交互に見る。
「じゃあ、あとはお二人で仲良くどうぞ」
明人が階段へ向かうと、夏未がその背中に抱きついた。
「お願い、明人!」
明人の足が止まる。
「もう、こんなことやめて」
明人は夏未の手を振りほどき、振り返った。
その顔から笑みは消えていた。
「夏未」
「ここまでやったんだ」
「もう、引き返すことはできない」
一度、和宏へ視線を向ける。
「それと――」
「二人のエピローグは、俺が決めさせてもらう」
夏未は首を振り、再び明人の胸にすがった。
「お願い……」
「私たち、夫婦でしょ……」
「私だけでも、許して……」
明人は黙って夏未を見下ろした。
そして、そっと抱きしめ返す。
夏未がその胸に顔を埋めた。
明人は耳元へ口を近づけ、優しく囁いた。
「夫としての最後の忠告だから、よく聞いて」
夏未の身体が固まる。
「警察がここを見つけるまで、どれくらいかかるか分からない」
「二週間かもしれない。一か月かもしれない」
明人は地下室の隅を指さした。
「口にできるものは、限られた水とハッピーの餌だけだ」
「それをどうするのか、よく考えるんだ」
明人は夏未を離した。
「いや……」
夏未が服をつかもうとする。
明人は一歩下がった。
「いやあああっ!」
再び抱きつこうとした夏未を、力任せに押し返す。
夏未の身体が壁へぶつかりその場に倒れる。
その隙に、明人は階段へ向かった。
「待って!!」
夏未が追いすがる。
明人は振り返らず、木製の階段を上っていく。
地下室を出ると、重い扉へ手をかけた。
「お願い!閉めないで!」
明人は扉を閉めた。
最後に見えたのは、必死に階段を這い上がる夏未の顔だった。
重い音とともに、地下室は暗闇に閉ざされた。
明人の手は止まらなかった。
床にラグを敷き、その上へ重い収納棚を移動させる。
夏未の声は次第に遠くなり――
やがて、何も聞こえなくなった。




