本性
「え……明人、何言ってるの?」
明人はもう一度言った。
「今日は、行かないでほしいんだ」
長い沈黙が流れた。
「な、なんで……」
夏未の声が震える。
「どうして、そんなこと言うの?」
明人は答えず、夏未の目をまっすぐ見つめていた。
夏未は唇を噛んで俯く。
しばらくして顔を上げると、安心させるように笑った。
「なに? もしかして、また浮気を疑ってるの?」
明人の表情は変わらない。
「大丈夫だから。すぐに帰ってくるから、ね?」
そう言って、スマートフォンへ手を伸ばす。
「返して」
明人はその手を見つめ、ほんの一瞬、寂しそうに目を閉じた。
「そっか」
小さく呟く。
次の瞬間、明人は夏未のスマートフォンを床へ思いきり叩きつけた。
乾いた音が工房に響き、液晶の破片が飛び散る。
「なっ……!」
夏未は壊れたスマートフォンを見つめたまま、動けなくなった。
明人は床へ目を落とし、低い声で言った。
「知ってるよ、これから浮気しに行くんだろ?」
夏未の表情が固まった。
身体が、動かなくなった。
◇
夏未が何か言おうとする。
しかし、それを遮るように明人が言った。
「今日、また会いに行くんだろ?」
夏未の顔が強張る。
「浮気してた男に」
「ち、違う…」
夏未は明人の圧に押され、言葉を詰まらせた。
「お前、いったい何なんだよ」
明人の声が震えた。
「本当に、何がしたいんだよ」
「どういう意味よ」
夏未の顔から作り笑いが消える。
「自分から浮気を告白して」
「もう絶対にしないから、許してくれって言って」
「それで、たった一か月でまたこれかよ」
「だから、違うって言ってるじゃない!」
夏未が叫んだ。
「どうせ、あれだろ?」
明人は止まらない。
「家庭がある者同士で不倫して」
「二人だけの秘密みたいにして、ロマンティックな気分に浸ってたんだろ」
夏未は何も答えなかった。
「そりゃ、相手のことなんて教えられないよな」
明人の目にわずかに涙が浮かぶ。
「俺がそいつの家に怒鳴り込んだら、向こうの家庭が壊れちゃうもんな」
「適当なこと言わないでよ!」
夏未は腕を組み、明人を睨み返す。
「自分の想像だけで、勝手に責めないで」
「想像?」
明人が低い声で聞き返した。
「じゃあ、何が違うのか説明してみろよ」
◇
夏未は唇を噛んだ。
何も答えられない。
明人は黙って待っていた。
その沈黙に耐えきれず、夏未が叫ぶ。
「あんた、めんどくさいのよ!!」
明人を鋭く睨みつけた。
「いつまで被害者ぶってるの?」
「私は戻ってきてあげたのに」
「それなのに、全部壊してるのはあなたじゃない!」
明人は何も言わない。
「私を抱くこともできないくせに!」
夏未は一瞬だけ息を止めた。
しかし、もう止まれなかった。
「勝手なことばかりして」
「私ばっかり悪者にして」
「そんなだから、浮気されるのよ!」
工房の空気が凍りついた。
夏未は息を切らしながら、最後の言葉を吐き出す。
「あんたは……」
「あんたみたいなやつは、黙って私を許してればよかったのよ!!」
静まり返った工房に、夏未の声だけが響いた。
「くくっ……」
明人が笑った。
「何がおかしいのよ」
「やっと本性が出てきたな」
「は?」
明人は顔を上げて睨みつける。
「お前の、どす黒い本性が出てきたって言ってるんだよ」
夏未は黙った。
「俺も、浮気相手も、お前の物語を盛り上げるための脇役だと思ってるんだろ?」
「何よ、それ……」
「夏未が何をしても、最後には俺がおまえを愛してる」
明人は夏未をまっすぐ見た。
「それが、お前の望んでたシナリオなんだろ?」
「残念だけど、お前の思いどおりに動く気なんかない」
明人の目から、涙がこぼれた。
「どうして……」
声が震える。
「どうして、黙っててくれなかったんだよ!!」
長い沈黙が流れた。
やがて夏未は、吐き捨てるように言った。
「わかったわよ」
「別れたいなら、別れてあげるわ」
明人に背を向け、出口へ歩き出す。
「待て…」
夏未は構わず、扉へ手を伸ばした。
「せっかくだから、俺の友達に会っていけよ」
その言葉に、夏未の手が止まる。
ゆっくりと振り返った。
明人は、床下へ続く扉の前に立っていた。
「友達って……誰よ」
明人は、扉へ手をかける。
「紹介する」
「和宏っていうんだ」




