表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

下痢

夏未は、昼間にかかってきた和宏からの電話について考えていた。


最後に会った日。


二人は、このままではいけないと分かっていた。


だから、もう会うのはやめようと決めた。


泣きながら別れたはずだった。


それなのに、どうして今になって電話をかけてきたのだろう。


夏未の目から、涙がこぼれた。


そのとき、玄関の扉が開いた。


「ただいま」


明人が帰ってきた。


夏未は慌ててティッシュで涙を拭き、玄関へ向かった。


しかし、明人の姿を見た瞬間、思わず鼻を覆った。


ひどい臭いがした。


「ちょっと、何、その臭い」


「いや、ハッピーが工房の中で下痢しちゃってさ」


明人は自分の服を見下ろした。


「ずっと掃除してたんだよ」


明人が家の中へ入ろうとする。


夏未は、反射的にその前へ立った。


「待って。外で洗い流してきてよ」


明人は少しだけ眉を下げた。


「分かったよ」


そう答えると、明人は肩を落とし、とぼとぼと玄関を出ていった。


夏未は扉を閉めたあとも、しばらく鼻を押さえていた。



翌日の昼。


夏未は落ち着かない様子で、和宏からの電話を待っていた。


何度も窓の外を眺め、明人が帰ってこないことを確認する。


午後一時十分。


家の電話が鳴った。


夏未はすぐに受話器を取った。


「もしもし!」


『……もしもし。夏未か?』


和宏だった。


昨日よりも、少しだけ声に力が戻っているように聞こえた。


「何があったの?」


夏未はすかさず尋ねた。


『妻に、不倫のことがバレそうになったんだ』


「えっ……」


『それで、今は携帯を見られてる』


「そんな……大丈夫なの?」


『ああ。君のことまでは分かってないから』


「よかった」


夏未は胸を撫で下ろした。


『あれから、元気だった?』


和宏に聞かれ、夏未は少し黙った。


「うん。でも、ちょっと大変だった」


「明人が、思ってたより怒っちゃって」


夏未は受話器のコードを指に巻きつけた。


「でも大丈夫。カズさんのことは話してないから」


「明人がそっちにまで行くことはないわ」


『……そうか』


短い沈黙が流れた。


『また、明日も電話していいかな?』


「うん。同じ時間にお願い」


『分かった』


電話が切れた。


夏未はしばらく受話器を見つめていた。


やがて、口元に小さな笑みが浮かんだ。



夕方。


玄関の扉が開く音がした。


明人が、何も言わずにリビングへ入ってくる。


夏未が振り向くと、明人はタバコを咥えていた。


「ちょっと!タバコ!」


明人は、今気づいたかのように口元へ手を伸ばした。


タバコを指でつまみ、窓を開ける。


そして何も言わず、外へ弾くように投げ捨てた。


夏未は、信じられないものを見るように明人を見つめた。


明人は気にする様子もなく、ソファへ腰を下ろした。


「夏未、面白いものがあるんだ」


「なに?」


夏未が警戒しながら近づく。


「ほら、これ」


明人は作業着のポケットから、一枚のDVDを取り出した。


派手な女性の写真が印刷された、アダルトDVDだった。


「何よ、それ……」


「この前、椅子をあげた人にさ」


明人はパッケージを眺めながら、にやにやと笑った。


「やっぱり不能のこと、相談したんだよね」


「そんなことまで話したの?」


「そしたら、こういうのを見ながら試してみろって」


明人はDVDを夏未へ向けた。


「嫌よ、そんなの。気持ち悪い」


夏未は、汚いものを見るような目を向けた。


「ねえ、その人大丈夫なの?」


「何が?」


「本当は、変な人なんじゃないの?」


「別に。ただの友達だよ」


夏未は明人の顔を覗き込んだ。


「その人、名前は?」


明人は黙った。


「どこに住んでるかとか、ちゃんと知ってるの?」


明人の表情が変わった。


先ほどまでの笑顔が消え、夏未を睨みつける。


「なんで?」


「え?」


「夏未は何も教えてくれないのに、なんで俺ばっかり話さなきゃいけないんだよ」


「それとこれは――」


明人は夏未の言葉を聞かず、ソファから立ち上がった。


そしてDVDを、部屋の隅に置かれた結婚式の箱の上へ無造作に置く。


そのまま何も言わず、リビングを出ていった。


夏未は言葉を失い、その場に立ち尽くした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ