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浮気男

あれから数日間、夏未と明人はほとんど口を利かなかった。


明人が声をかけても、夏未は逃げるようにその場を離れていった。



その日の夜中。


陽介の泣き声で、二人は目を覚ました。


明人が陽介を抱き上げようとすると、夏未が奪うように先に抱きかかえた。


「……私がやるから」


冷たい声だった。


明人は何も言わず、キッチンへ向かった。


哺乳瓶に粉ミルクを入れ、湯を注ぐ。


温度を確かめてから寝室へ戻り、夏未の後ろから差し出した。


夏未は何も言わずに受け取った。


陽介がミルクを飲む姿を、明人は少し離れた場所から眺めていた。


「あのさ、夏未」


「なに?」


「この前は悪かった」


短い沈黙が流れる。


「本当に悪いと思ってるの?」


夏未の声には、まだ怒りが残っていた。


「うん。僕が自分勝手だった。反省してる」


夏未は明人へ顔を向け、睨むように見つめた。


「私、本気で傷ついたんだからね」


「うん。分かってる」


明人は少し黙ったあと、寝室の外を指さした。


「見せたいものがあるんだ。陽介を寝かせたら、リビングに来てくれない?」


夏未は何も答えなかった。


それでも、陽介をベッドへ寝かせると、黙って明人についていった。



リビングへ入ると、明人はタンスの引き出しを開けた。


奥から、小さな箱を取り出す。


有名な宝石店の名前が刻まれた箱だった。


明人は夏未をソファに座らせ、その箱を手渡した。


夏未がゆっくりと蓋を開ける。


中には、ダイヤモンドの装飾がついたネックレスが入っていた。


「これ……」


夏未が明人を見る。


「お詫びのしるしに買ったんだ」


明人は照れたように頭をかいた。


「けっこう高かったけどね」


夏未はネックレスを手に取り、しばらく眺めた。


先ほどまでの険しい表情が、少しずつ和らいでいく。


「ねえ」


「なに?」


「もう、あんなことしないって約束してくれる?」


夏未の声は、少し明るくなっていた。


「うん。約束するよ」


「じゃあ、許してあげる」


夏未は満足そうに笑った。


明人も、静かに笑い返した。



寝室へ戻った二人は、並んでベッドに横になった。


「ねえ、明人」


「うん?」


「さっきのネックレス、どうやって選んだの?」


「あれはね、相談したんだ」


「誰に?」


「前に話した、椅子を作ってあげた人。覚えてる?」


「うん。ホームセンターで知り合った人でしょ?」


「そう。その人に、妻と喧嘩したって相談したんだ」


明人は枕へ頭を沈めたまま、天井を見つめた。


「そしたら、あのブランドを教えてくれた」


「そうなんだ」


夏未はくすりと笑った。


「女性に慣れてる人みたいで助かったよ」


明人も小さく笑った。


やがて、その笑顔が消える。


「さすがに、不能のことまでは相談できなかったけど」


夏未は何も返さなかった。



翌日。


明人は朝から工房へ出かけていた。


夏未がリビングで陽介の相手をしていると、自宅の電話が鳴った。


「はい、もしもし」


受話器の向こうからは、何も聞こえない。


「もしもし?」


数秒後、男の声がした。


『……俺だけど』


夏未の目が見開いた。


「カズさん?」


思わず声を落とす。


「どうして、こっちに……」


電話の相手は、夏未の浮気相手である和宏だった。


『ちょっと事情があって、携帯が使えないんだ。だから、こっちにかけた』


「うん、大丈夫」


夏未は玄関の方へ目を向けた。


『ちょっと、ゆっくり話したいんだけど』


「ごめんなさい。明人がいつ帰ってくるか分からないの」


夏未は受話器を強く握った。


「明日の一時頃なら大丈夫。その時間に、また電話してくれる?」


『……分かった。また、かけ――』


そこで、電話が切れた。


「カズさん?」


夏未はもう一度呼びかけた。


返事はない。


受話器をゆっくりと胸元へ引き寄せる。


「何があったのかしら……」


夏未は、切れた電話を不安そうに見つめていた。

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