子育て
それから三日間。
明人は、忙しそうにホームセンターやペットショップへ通い詰めていた。
家へ戻ってくるのは、いつも夜の九時を過ぎてからだった。
◇
翌朝。
明人は上機嫌で出かけようとしていた。
「ねえ、ちょっといい?」
夏未が声をかける。
明人は振り返ると、何かを思い出したように言った。
「あ、そうそう」
スマートフォンを取り出し、夏未へ画面を向ける。
「これ見てよ。かわいくない?」
待ち受けに映っていたのは、ハッピーだった。
以前は、陽介の写真だった。
夏未は画面を見たまま固まった。
「犬を飼えて嬉しいのは分かるんだけどさ」
明人が不思議そうに夏未を見る。
「ずっと付きっきりじゃない。いい加減、陽介の世話もしてよ」
「ごめん、ごめん」
明人は軽い調子で謝った。
「本当に分かってるの?」
「じゃあ、今日は一日、俺が見るよ。それでいいだろ?」
夏未は何も言い返さなかった。
明人は部屋へ戻ると、陽介を抱き上げた。
「湖の周りを散歩してくるよ」
「犬には近づけないでよ」
夏未が念を押した。
明人の表情が一瞬消える。
「分かってるよ。自分の子を危険な目に遭わせるわけないだろ」
そう言って、玄関の扉を閉めた。
◇
明人は家の前の空き地まで歩くと、陽介をそっと地面へ下ろした。
陽介はしゃがみ込み、落ち葉を拾って遊び始めた。
氷のように冷たい表情のまま、小さく呟いた。
「今さら、誰の子かなんて気にしてないけどな」
陽介は何も知らず、拾った落ち葉を明人へ差し出した。
◇
翌日。
明人は珍しく、自宅のテーブルで図面を引いていた。
「何してるの?」
夏未が後ろから覗き込み、声をかける。
「最近、知り合った人に椅子をプレゼントしたいんだ」
明人は図面から顔を上げることなく答えた。
「知り合った人?」
「うん。ホームセンターで知り合った人。すごく親切な人でさ。いろいろ教えてくれるんだ」
「そうなんだ。明人が友達を作るなんて珍しいね」
明人は嬉しそうに頷いた。
「この背もたれのところ、どんなデザインがいいと思う?」
夏未は少し驚いた。
これまで、明人から家具のデザインについて意見を求められたことなどなかった。
「どんな人なの?」
夏未はカタログを手に取った。
「四十歳。背丈は僕と同じくらいで、体格はがっしりしてる」
「それなら……」
夏未はカタログを何ページかめくり、一枚の写真を指さした。
「これなんてどう?」
「いいねえ。なかなかセンスあるじゃん」
「でしょ?」
夏未は少し得意そうに笑った。
明人は指さされた椅子を、しばらく黙って見つめていた。
◇
数日後。
予防接種を終えた夏未が、陽介を抱いて帰ってきた。
玄関脇では、リードにつながれたハッピーが、何かを夢中で食べていた。
「おう、おかえり!」
明人は犬のそばにしゃがみ、その様子を楽しそうに眺めていた。
夏未は陽介を抱いたまま近づいた。
「何を食べさせてるの?」
「さっき、君の実家から野菜が届いたんだ。ハッピーにあげてる」
夏未は足を止めた。
段ボールに入っていたはずの野菜が、いくつも地面に転がっている。
「ちょっと待ってよ!」
夏未は慌てて野菜を拾った。
「これ、陽介のために送ってくれた無農薬の野菜じゃない!」
「うん。でも、ハッピーも喜んでるし」
明人は悪びれる様子もなく答えた。
「なんで犬なんかに食べさせるのよ!」
夏未が声を上げる。
「ちょっと来て」
「え?」
「いいから、来て!」
夏未は明人を連れ、家の中へ入った。
◇
リビングに入るなり、夏未は明人を睨んだ。
「最近さ、ちょっとひどくない?」
「ひどいって、何が?」
「あまりにも自分勝手じゃない?」
「だって、好きに生きるって言っただろ」
「だからって、やっていいことと悪いことがあるでしょ!」
夏未の声がリビングに響いた。
明人は一瞬、目を逸らした。
「まあ、そうかもしれないけどさ」
少し間を置いて、夏未を見る。
「君だって、東京の親父のところには、ほとんど行ってなかったみたいじゃない」
夏未の表情が固まった。
「この前、親父と話したんだ」
明人は淡々と続ける。
「三か月に一回くらいしか来てないって言ってたよ」
夏未は怒りを残したまま、俯いた。
「私……」
やがて、低い声で言った。
「明人のお父さんの世話をするために、結婚したわけじゃないから」
それだけ言うと、夏未は明人の横を通り過ぎ、キッチンへ向かった。
明人はただそれを見ていた。




