第8話 いっそ殺してやるのが親切心
マキナとタナちゃんが基地の正門をくぐったのは、空が濃い茜色に染まりきった頃だった。
「よぉ姫、もう帰ってきたの?」
「マキナちゃんおかえり~、あら、その子お友達ぃ?」
歩哨やら女性隊員やらに声をかけられたが「重要な任務の最中なのです」とだけ返事をして、マキナは一直線に少佐の執務室へと向かった。
ただし基地に興味津々なタナちゃんが何度か行方不明になったので、ここでもまた時間のロスがあった。
食堂、隊舎、医務室、弾薬庫、基地内を駆け回った。いくら注意を払っていてもロストしてしまうのは不思議だったが、今は緊急事態なのでそんな事を気にしている余裕はなかった。
結局、少佐と対面したのはさらに1時間も後のことだった。
直立するマキナに、少佐は言った。
「思ったよりも早い帰りだったね。とはいえ、事が事なので仕方ないね。まったく、無能な部下を持つと苦労させられる」
少佐はマキナを責めているわけではないと主張するように、ニコリと笑った。
「それで、大切なお話とはなんだったかな。後任のことならば、すぐに手配しよう」
「いいえ少佐。マキナ少尉は天草一郎中尉奪還のため、警察署への武力行使を上申します。重要機密漏洩阻止のため、可及的速やかに作戦行動を――」
「結構。君が決めたことなら、私に反対する理由はない。もしもの場合は責任を取ろう、信頼はしているけどね」
「はい、ありがとうございます。では、早速準備に取り掛かるので、これにて失礼させてもらうのです」
マキナは深く頭を下げた。顔を上げると
「ただし」と少佐は付け足した。
「目的のためとはいえ、人を傷つけたらいけないよ。相手も公職とはいえ、本来守るべき市民には変わりないからね。約束を守れるかい?」
マキナはまっすぐに少佐の目を見た。
「はい。必ず期待に応えてみせるのです。誰かを不幸にするような真似はしないと、約束します」
「よろしい。ならもう言うことはない、愚かな部下を助けてやってくれ」
マキナは敬礼で返事として、格納庫へと向かった。
一郎、今行くのです。
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「くそがっ、署内で発砲すんじゃねえ!」
散弾銃より放たれたゴム弾が天草の肩をかすめていった。
上に下にと逃げ回る。バリケードを構築して、破られて。階段に設置されていた刺股で反撃して、そのお返しとばかりに銃撃されて今に至る。
廊下はもはや戦場だ。指揮役の怒号、鳴り止まぬ銃声、割れる窓ガラス。
東ドイツが懐かしい、あそこもちょうどこんな感じだったぜ。シュタージとの攻防に比べたら、平和ボケした連中なんて屁でもねえ。
そう、よく似ている――あのスパイ映画に。
「テーザー放てー、外に出すなー」
物騒な叫びと一緒に飛んでくる銃弾が、耳に風切音を運んでくる。現実は映画のようには行かないかもしれない。
そのギャップに、自首という言葉が脳裏に浮かび始めていた。
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基地第二格納庫は、マキナ専用武装及び姉妹たち――3機の無人支援航空機を運用するための専用施設となっている。
人型兵器であるマキナとは異なり、駐機中の支援機はどれも戦闘機によく似た無骨な姿をしている。
搭載されている人工知能はプログラムによるものであり、バイオノイドであるマキナとは根本的に異なる存在である。
ならばなぜ姉妹なのか、そこには人には言えない深い闇が隠されている――そのようなことを、偵察ドローンを身体代わりにした支援AIが、タナちゃんに力説していた。
「だって戦友よ戦友。あっちの尖ってるのが攻撃支援で、真ん中の四角いのが防御担当、で、で、超プリティーなUFOみたいなのが頭脳担当、ちなあたしの本体。あたしたちはマキナちゃんに尽くすし、マキナちゃんはあたしたちを導いてくれる。それってもう、姉と妹の関係じゃない? わかる?」
フリスビーを一回り大きくしたようなプロペラを持たない軍用ドローン。一台5000万円超のそれを、支援AI、マキナの姉は雑談のために持ち出していた。
いつものことなので、作業中の整備員は誰一人として気にしていなかった。
スピーカー越しのややカスれた合成音声が、格納庫内に反響する。支援AIは1分以上の長口上で姉妹の絆について語っていた。そして一段落ついところで、タナちゃんが言った。
「全然わかんなぁい」
「そう? なら機密レベルを2段階引き上げて、もう少し深く説明するわね」
支援AIは、人間のように咳払いをした。
「このクソッタレな組織、じゃなくてぇ、東部方面軍は先端研究計画局の口車に乗せられて、対タナトスの新プロジェクトに莫大な予算を投じたの。具体的には国家予算の百分の一くらいね。それで私達とマキナちゃんが産まれたんだけど、肝心の敵がどこにもいなくなっちゃったの。そうなると人類の希望が一転、目の上のたんこぶ、厄介者扱い。中性子星にでもぶち込んでやりたいくらいムカつく話だけど、私達はめげなかったから、結果として絆を深めることになったの。これでわかったかしら?」
「わかんない」
支援AIは「えぇ、じゃあプロテクトを全部外して、軍上層部の腐敗と汚職から話をするわね」と、また饒舌に話を始めた。
マキナは止めるべきかと一瞬思案して、不要だろうという結論に至った。
機密云々の話はきっと冗談であり、支援AIはタナちゃんが暇を持て余さないようにしてくれているだけなのだ。
ならば、自分も手早く支度を済ませなければならない。
マキナは二人に背を向けて、格納庫の奥へと向かった。
山積みになったコンテナ、壁掛けになっている試作兵器群、この一角にはマキナ専用の装備が保管されている。
マキナは管理責任者であるリクさんに声をかけた。
軍歴30年の大ベテランで、引退を拒んで上官に暴行を働いた結果、この部署に左遷されてきたという経歴の持ち主だ。
「こんばんは、なのです」
ノートパソコンを抱え込んでいたリクさんは、マキナを見るやいなや破顔した。
「おお、嬢ちゃんか。どうした、もうわしが恋しくなったか!」
「違います。天草が逮捕されたので、救出に向かうことになったのです」
「おぉ、そうかそうか、天草が……なにぃ?」
マキナは事細かに事情を説明した。
最後まで伝えると、リクさんは油の染み付いた帽子を脱いで、天辺が光る頭をかきあげた。
「陽電子ライフルでヤツの頭をぶち抜くのか?」
「違うのです」
「高周波ブレイドで真っ二つにするとか」
「それも違うのです」
「だったら対戦車……いやしかし、誘導弾なんかを使えば民間人に被害が出るぞ?」
どうしてかリクさんは天草を攻撃するものと勘違いしているようだった。
「そうではなく、天草を救出するための装備を受け取りに来たのです」
「なあ嬢ちゃん。仕事中に警察の厄介になる諜報員なんてのは、基地の、いや軍の恥だ。それは本人も重々承知しているはず。いっそひと思いに消してやるのが、思いやりってもんじゃないか?」
人情、というものなのだろうか、とマキナは思った。
もちろん法治国家の一市民として、故意の殺人は許容できない。
たとえそれを本人が求めていたとしても、命令の実行は不可能だ。故に、リクさんの提案には明確に反対する必要がある。
しかし、だとしたら、マキナのやろうとしていることはなんなのだろうか。
天草は助けに来いと命じてきた。だが、天邪鬼で内面を隠そうとする彼のことだ、本音が対極にあることは十分に考えられる。
実際に人間がそのように振る舞うことは珍しくない。
リクさんは、感情の表面的理解ではなく、内面を深く理解し、慮り、天草の真意を汲んでやろうと考えたのではないか。
ならば肯定するべきなのか。それは不可能だ。法律的に、違う、それだけではない。
胸の奥で、天草を死なすべきではないという、言語化不可能な“何か”が蠢いている。
「ごめんなさいです。マキナにはその理屈はまだ理解できないので、やはり助けに行きたいと思います。非殺傷武器の準備を手伝ってくれると嬉しいのです」
リクさんは顎に指を置いて、一度まばたきをした。それから少し間を開けて、ぼそりとつぶやいた。
「……理解できたらあいつは死んでたのか」
「それはどういう意味なのです?」
マキナが首を捻ると、リクさんは苦笑で答えた。
「嬢ちゃんはまだまだひよっこだってことだよ。ったく命拾いしたなあんにゃろうめ。っし、じゃあ仕事すっかあ、仕事」
リクさんは急に声のトーンを上げて、ぐるぐると肩を回し始めた。
誤解ではないのなら、どことなく楽しそうに見える。
一郎に死んでほしかったはずではないのだろうか?
やはり、人間の感情はまだまだ難しい。




