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もーっ!
「バッカじゃねえの」
通っている高校の休み時間に、廊下を一人で歩きながら、俺は思わず独り言を口にしてしまった。
昨日、衆議院議員選挙があって、日本で最大のリベラル系の政党が大敗を喫した。彼らが力を入れて訴えた公約の一つに消費税の減税があったのだが、なんでそれを公約にするかね。
世論調査では確かに消費税を減税したほうが良いと答える人の割合は高い。だけど、かなりの数の有権者は、消費税は社会保障の財源になっているので減税すると困る事態になったり、財政への懸念から円安が進んで物価がさらに上がるゆえに減税した意味がなくなる可能性が高いことなんかをわかっていて、実際はやらないほうが賢明だと考えているってのに。もし本気で消費税をなんとかしてほしいと思っているなら、ずっと消費税を廃止すると主張し続けている小規模の政党の得票や議席が目に見えて増加していたはずだろう。だから、消費税を減税するという公約は効果がないし、それどころか票を減らす結果につながりかねないと、どうして読めないんだよ。
目先の選挙目的じゃなく、ちゃんと民衆のためになる政策を練って、公約に掲げろよ。国民はそんなにバカじゃねえんだからさ。
リベラルなスタンスの政党が負けて甚だ残念だが、俺は左寄りの勢力をどっぷり支持しているわけではなく、穏健だったら、右が勝とうが左が勝とうが、別にどっちでも構いやしない。
ただし、極右は駄目だ。なのに、保守色が強い、極右と言っていいところが相当の議席を獲得しちまった。国民はバカではないと言ったそばからになってしまうが、なんで大勢そこに票を投じるかな。世の中いろいろ大変で、不安感からというけれども、どうして極右が戦争を起こしたりだとか、自分たちをもっと苦しい状況に追い込むかもしれないといった不安は感じないのか?
しかも、普通、人間は歳を重ねるほど保守的になっていくものなのに、この国では若者の右寄りの政党への支持率がすごく高いからヘコむ。それは、昔に比べて良くも悪くも大人が子どもに厳しくしなくなったので、左寄りの政党に見られる権力に反抗する態度への共感が薄いってのがおそらくあるのと、政治に関して無知なために、有名な保守政党をなんとなくで支持してしまっているのもあるんだろう。
学校で現実の政治をまともに教えていないのが悪い。とはいえ、ちゃんと教育しても、望ましい状態になるかというと、それも怪しい。欧米なんて、日本より格段に政治について語り合ったりしているはずなのに、もっと極右勢力が台頭しているもんな。
だから、政治ではなく根幹である社会問題に生徒みんなが興味を持つようにできれば、政治のほうにも関心を抱いて意識が変わっていくに違いないと、俺は今まで校内でさまざま取り組みを行ってきた。しかし、全然というくらい相手にされない。ほんと、先々の日本や世界がどうなることやら、気が滅入るったりゃありゃしない。
それに加え、俺をいらだたせているのが——。
「ねえ、お菓子を食べたり、好きな音楽を聴いたりする、そんな部活があったらいいと思わない?」
——あいつ、今は別のクラスの、友人である、雫川清人だ。
清人は、サブカルチャーに詳しかったりと、どこにでもいる陽気な高校生といった印象の男だが、実は俺と同じく現在の社会の在りようを憂えていて、俺のやることにたびたび力を貸してくれた。
ところが近頃は、それを無駄な行いだと諦めたのか、元々あった人を笑わせたりする振る舞いの割合が増えていたのだけれども、五人ほどの同級生たちに口にした、俺の前方から聞こえてきた今の言葉も何なんだよ。
「『しいたけのチョコ』と『つくしのショコラ』っていうお菓子があるじゃん? 俺さ、絶対にしいたけのチョコのほうがおいしいと思うんだけど、どうもネットの情報だと、つくしのショコラのほうが人気があるみたいなんだよね。で、実際のところはどうなのか調べたくてさ。ただ、食べたことがないって人ももしかしたらいるかもしれないから、活動する部屋で部員みんなで味わったうえで、感想を言ったり、どっちがおいしいか発表したりするの。それとか、俺、ロックバンド『SELF』の最新アルバムをここのところ聴いてるんだけど、みんなはどの曲を良いと感じるのかをぜひとも知りたいから、その場で流して、あれこれ語ったり、一番好きな楽曲を選んだりするのをやる部を立ち上げることを考えてるんだ。名づけて『評価クラブ』。どう?」
その問いかけに対して、周りの男女数人ずつの生徒が笑顔で返した。
「なんか面白そう、それー。いいよ」
「うんうん。できたら入部するな」
「でも、そんな部、学校に認めてもらえないんじゃない?」
「大丈夫。承認してもらう自信はあるし、難色を示されるほうがむしろラッキー」
清人は微笑んでそう述べた。
「なんであっさり許可されないほうがいいんだ?」
「ごたごたするほうが注目されて、より生徒みんなにその部の存在が伝わり、関心を持ってもらえるからさ」
すると、少し離れた位置で、それまでのやりとりを見ていた俺に、気づいた清人が、こっちにやってきた。
「やあ、貴ちゃん」
俺の名前は薪沼貴博で、清人は俺を「貴ちゃん」と呼んでいる。
清人がこちらに移動したのと、その相手がつまらない奴と思われているだろう俺だからなのが大きい感じがするが、一緒にいた連中は去っていった。
「お前さ、何を言ってるんだよ」
俺は呆れたという調子で声をかけた。
「今の話、聞いてたの?」
「ああ」
「いや、しいたけのチョコの、しいたけの軸の部分にチョコが付いてないのが、人気が劣る理由らしいんだけど、あんな小さいの、一口で全部食べられるんだから関係ないでしょ。つくしのショコラもおいしいよ。でも、しいたけのチョコのほうがチョコ感が強くて、俺は断然うまいと思うんだよね」
「お前のお菓子の詳細な感想を聞きたいんじゃねえよ! 評価クラブってのをつくる件のほう!」
「ああ、何だ」
そっちのことについてだってわかんだろ。わざとか?
「なに、貴ちゃん、評価クラブに入りたい?」
清人はニヤニヤした表情で訊いた。
「入んねえよ。くだらねえって言ってんの」
「そう。まあ、入るか入らないかはもちろんきみの自由だけど、その部の設立が学校側に認めてもらえるように協力はしてよね」
はあ?
「どうして俺が?」
「だって、俺、貴ちゃんがやることに、これまでずいぶん協力してあげたよね? なのに、こっちにはしてくれないなんて、モラルを重んじる発言をしょっちゅうしていながら、そんなんでいいわけ? 実はそういう薄情な人間なんだって、みんなに言い触らすよ。俺、けっこう顔が広いから、悪い噂が広まっちゃうと思うけど、いいの?」
くっ……こいつ。
「でも、協力って、具体的に何をすりゃいいんだよ?」
「そうだなあ、さっき一緒にいた人たちに話したように、学校サイドが簡単に許可してくれないほうが注目されて都合がいいから、もしそうならなかった場合、きみに評価クラブ創設の反対派になって騒いでもらおうかな」
「えー」
何だよ、それ。
「よろしくー」
清人はちゃらけた態度で俺におじぎをした。




