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「我々が暮らしている都市部では、道端に人が倒れていても、みんな知らん顔をして通りすぎていってしまうという話があります」
会議で発言なんて普段はまったくしない僕は、ドキドキして声が少し上擦った。
「通行人たちは薄情だと捉えがちですけれども、果たして彼らはその印象通りに無関心で、自分と関係がない人間なんてどうなったって構わないと思っているのでしょうか? 私は違うと考えています。というのは、人は他人に親切にすると脳内にオキシトシンという幸福感をもたらすホルモンが分泌されるので、むしろ助けたいと感じているのです。であるからこそ、ニュースで時折そういった出来事を取り上げるのを目にしますが、高いところから降りられなくなった動物を大勢で懸命に救助したりするのでしょう。ではどうして倒れている他人を素通りしてしまうのかというと、手に負えるかどうかわからない責任感が大きいと思います。もしも自分のできる範囲だけ関われば良く、解決しなかった場合は別の誰かが必ず処理してくれるのであれば、多くの人が手を差し伸べるはずです。人間の、善い行いをしたいという、こうした性質を使わないのは、実にもったいないと思います」
周りの人たちはみんな、当然とはいえ、真剣に僕なんかの言うことに耳を傾けてくれている。
「例えば、いつもは自分で買い物に行っている一人暮らしの高齢の方が、具合を悪くして外出が難しいといったケースで、代わりに店を訪れて必要なものを購入してきてくださる方を、あらかじめ了解して登録していただいた区民の方々のアドレスに一斉にメールを送信して募り、やっていいと手を挙げてくださった人のなかから、依頼者宅から一番近所であるなどふさわしい方を選んで実行していただく、というのはいかがでしょうか? 都合が良いときでOKで、それに行う領域も明確なので、ストレスがなく、応じてくださる人数は少なくないのではと考えています。トラブルを防ぐために、役所の人間が、依頼主と引き受け手双方の身分証を確認するなどし、間に入って、極力両者が接触することなく事を済ませられるようにし、内容によってお互いが会わなければならない場合は、とりわけ依頼者に『この方でよろしいでしょうか?』と尋ねて、許可を得た相手にやっていただく。この仕組みがうまく機能すれば、今しがた説明しましたように、区民の皆さま方はオキシトシンが分泌されることにより幸福感が高まりますから、精神面を通じて健康状態の向上に寄与するうえに、我々もそれまでは自分たちがしていた雑務を代わりにやってもらえて負担が減るなど、さまざまなメリットがもたらされると思います」
「鈴木くん」
え?
勤務している区役所から帰宅するので動きだした矢先に、仕事中以外でしゃべったりなどしない、陰山さんという年上の同僚の女性に、そう声をかけられた。
「はい。何か?」
普段のやりとりから叱られてしまうイメージしかわかず、僕は怖々といった状態で振り返った。
「ありがとう。あなたのおかげで、子どもと一緒にいられる時間がすごく増えて、大助かりだわ」
「本当ですか。それはよかったです」
はー、びっくりした。
すると、続けて、名前は下嶋さんである、こちらもきついことを口にされた記憶のみと言っていい、男性の先輩にも話しかけられた。
「なあ。同じ部署にお前みたいな手がかかる奴がいることを呪った日もあったけれど、見事な逆転ホームランを打ちやがったよな」
「あ、ありがとうございます」
や、や、や、やったー。
僕が会議で行った提案は予想以上にうまくいき、他の自治体でも同様の仕組みを取り入れているところがどんどん増えているのだ。
しかし、本当にお礼を言うべきは僕自身だ。
助かりました、ありがとうございます、角田さん。




