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「お前、いいように利用されたんじゃねえか?」
と小泉が言った。
「かもな」
俺はそう返した。
人気の絶頂からおよそ一年が経過し、「あの人は今」的な扱いで多少はまた脚光を浴びるであろうまでの相当な期間、向かい風のつらい毎日を送ることになると、ほとんどの人間が考えていたに違いない守笠だったけれども、その予想を良い意味で裏切って、早期の表舞台への復帰を成し遂げたのだ。
ただし、お笑い芸人ではなく、俳優として。
あいつは現在、味のある脇役として、たびたびドラマ、そして映画にまで、出演しているのである。
聞いた情報によると、自ら芝居の仕事やオーディションの参加を取ってくるよう事務所に熱心に頼んでいたらしいし、あのこなれた感じは過去に演技のレッスンを受けたりしているはずだといった声も耳に入ってきた。確かに、芝居は上手い。演劇の素人の俺でもわかるレベルだ。
要するに、はなから役者で活躍するのが目的で、お笑いはそのために各方面に自分の存在を知ってもらったりするステップに過ぎなかったというわけだ。
「あいつ、ふざけてるよな」と、腹を立てている芸人もいる。俺たちの大切なお笑いを踏み台にされたということで憤る気持ちもわからなくはないが、じゃあ反対に俳優でありながらバラエティー番組にばかり出ている人はどうなのか? や、お笑い芸人で歌手デビューしたりと音楽活動に励んでいる奴は? はたまた、役者とミュージシャンを両立している芸能人なんて数えきれないほどいるじゃないか、など、突き詰めていったらキリがないし、芸人は笑いが絡むことしかやっちゃ駄目みたいな言い分は、若いくせに頭が固いとも言える。生活するためにお金を稼がなきゃならないんだし、みんな必死に進む道を試行錯誤しているんだからといった意見もあるだろう。
俺もどちらかというと擁護派だ。とはいっても、今回のことが関わりが深くて負い目もある守笠だったからで、俺とまったく関係のない人間だったらやっぱりムカついていたかもしれない。
そんなさなか、守笠に今度は女優との熱愛騒動が持ち上がった。その相手の女性が、二十代の半ばで、日本人であれば誰もが知っているといったクラスの知名度で、美人で、人気も実力もあるということで、スポーツ新聞の一面にデカデカとその憶測記事が掲載されたのだ。それは、男のほうは芸人で、しかも間抜けなイメージの守笠ということで、いわゆるいじりの、かなりあいつを馬鹿にした内容だった。
両者はテレビのドラマで共演経験があったのだけれども、一緒に食事に行ったりはしたものの二人きりではなく、双方の事務所ともに交際を否定した。それで間違いはないようだが、少しして「この件について言いたいことがある」と、守笠が公の場で訴えた。あいつはこう述べたのである。
「事務所が出したコメントの通り、僕と香菜ちゃんは付き合っていません。ただ、ぶっちゃけて言いますと、僕のほうは好意があったんですけど、彼女にその気はまるでなかったんです」
おいおい、そんなことをしゃべっちゃっていいのかよ、と目にした人はみんな思って、向けていた意識をもっと強くしただろう。守笠は続けた。
「おそらく、どう頑張っても、交際までこぎつけるのは九十九パーセント無理だったでしょう。でも、一パーセントは可能性があったんじゃないか? どうにかして奇跡は起こせたんじゃないのか? いろいろ努力してやっぱり駄目だったらしょうがないけれども、今回の報道によって道半ばでうまくいく確率をゼロにされたという思いが僕にはあり、とても悔しい気持ちだったんです。それを周囲の人に話したところ、『有名税だからしょうがないよ』と言われました。僕はものを知らないので有名税という言葉がわからず、訊いたら、有名なことでたくさん仕事やお金がもらえるのだから、税金みたいに今回の記事のような損な目に遭うのも仕方がないといった意味らしいですね。だけど、僕は納得できないといいますか、このたびの件はそこまで実害が生じてないので我慢して受け入れるにしても、有名人だからって、あることないこと好き勝手書かれて、プライベートをさらされて、辛らつな内容で傷つけられて、有名税ですからねって、そんな暴力的な行いが許されるのっておかしくないですか?」
ちゃらんぽらんな奴だと、世間だけでなく近くにいた俺も思っていたのに、真面目なことを実に熱く語った。
「それで、僕、考えたんです。代償としての有名税を払いたくないので、元の有名だから良い思いをしているという部分、そこを減らしたらいいんじゃないかと。具体的に言いますと、日本で働いている人の平均年収に、僕ら芸能人は自由業で不安定な身分のうえに退職金なんかもないですからその一割を足した金額を、僕の稼ぎが上回った場合、その超えたぶんのお金を本当の税金の代わりとして国に寄付します。ただ、政治家がせっかくのそのお金を有効利用してくれるかかなり疑問があるので半額にして、もう半分はお金に困っている人たちに寄付したいと思います。ですから、個人的なことを報道するのはやめにしてほしいんです。寄付はちゃんとやったのを証明できるようにしますし、犯罪をしでかすといった一般の人でも報じられる事柄であれば該当せず、文句は言いませんよ。僕が皆さんにお伝えしたいことは以上です」
後日、守笠は、自身が開設しているSNSにも発言したのと同じ趣旨の文章を記して、世間の人々に思いを伝えた。それに対する反応は、「今の時代、たとえ有名でも、そもそもタレントは公人じゃないんだし、プライベートは守られるべし」とか、「膨大な日本の借金を少しでも減らし、お金に困っている人の助けにもなるんだから、メディアも一般人もこの動きを後押しすべきだ」といった賛成の声と、「芸能人なら個人的なことも書き立てられるのなんてわかりきった話なのに、何の覚悟もなくお笑い芸人になった自分を棚に上げて、マスコミ批判みたいな振る舞いをするのはおかしい」や、「自分に都合が良いだけのふざけた提案をして、まるで立派なことをしてる感じを出して世間を味方につけようなんて図々しいぞ」などの反対意見が拮抗した。
今回の件のもう片方の当事者と言えるマスメディアのほうは、反論や突っ込んだ言及は批判を招きかねないという判断か、冷ややかな態度で無視に近い反応だったが、守笠はその問題に関しての動きを止めることはなく、賛同して同じように寄付を行う有名人を求め、それについて記載されたSNSには芸能人や他の分野の著名人など行動をともにする人の名前が少しずつ増えていった。彼らがあいつに同調する理由は、「自分のプライバシーを守りたいので、この主張を盛り上げたいから」や、「経済的に困窮している人たちに支援をしたいから」「批判されても自分を突き通す守笠を意気に感じて応援したいから」「マスコミのやり方が気に入らないから」といった具合に、さまざまなようだ。
ネットユーザーに限らない世間全般で見ると、芸能人の私生活を保護することよりも寄付を行う点から支持する人が多数いて、増加してもいるみたいである。
それよりも、俺は発見したし、気になっているのだ。守笠が、お笑いですごく売れたときよりも、役者で安定的な地位を築いたときよりも、そのアクションを始めてからが最も生き生きしていることに。
「こいつ、本当は何がしたくてこの世界に入ってきたんだ?」
マスコミに盾突いた格好だけれどもケンカ腰ではなかったのと、活動の場がそのことに触れないのは不自然になってしまうバラエティーでなく現在はドラマがほとんどとなっているからだろう、干されるような状態には至らずに、テレビに映っている守笠に目をやりながら、思わず俺はつぶやいた。
そういえばあいつ、どうしてそんな話になったんだったか、以前に、そのときもやけに偉そうな態度で、こんなことを言っていたっけ。
「長尾さん。世界を平和にするにはねえ、世の中の人みんなが、いじめられたりしないで心が健康で、普通に生活していけるだけのお金があるようにすることなんですよ。そうすれば、暴力行為をする動機の大半がなくなりますから」




