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裏回し  作者: 柿井優嬉


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14/29

6-1

〈コラ、殺すぞ!〉

〈キャー! 殺されるー!〉

〈ちょっと、本当に殺さないから。殺すっていうのは、ビビらすための便宜的な言い回しだから〉

〈わかってますよ。こっちも怖いのを表現するために、便宜的に「殺されるー!」って叫んだだけですから〉

〈でも、そんな大声を出したら、聞いた人が本当に殺人が行われようとしているのかと思って、寄ってきちゃうじゃん〉

〈いやいや、来ないでしょう。本当に殺人が行われようとしていると思ったら、自分の身も危なくて〉

〈あ、ほら、人、来たじゃん〉

〈あら、どうもすみません。え? 本当に殺人が行われようとしているだなんて思ってなかったんですか。思ってたら、危なくて、避難してた? やっぱりねー。ほら、だから言ったでしょ〉

〈あら、どうもすみません。でも、じゃあ、なんで殺人が行われようとしていると思ってなかったのに、こっちに来たんですか? え? 便宜的に?〉

「ハアー」

 俺はでかいあくびをした。

「あー、もー、眠くて、こんなんしか思いつかん。ボツだ、ボツ」

 そう口にして、テレビ局の楽屋で、バタンと横になった。

 俺、長尾昭仁は、お笑い芸人だ。

 高校時代のクラスメイトで仲が良かった小泉壮介と、「ディスク」という名のコンビを組んでおり、扱っているネタは尺の長いコントで、台本はすべて俺が書いている。今も定期的に行っているライブ用のものを考えていたところで、小泉の奴はやることがないからどこかへと出ていっちまってる。

 現在、俺たちディスクは飛ぶ鳥を落とす勢いで売れている、と言うと、調子に乗っていやがるとツッコまれてしまいそうだが、ここ一年はずっと各テレビ局をはじめさまざまなメディアから休みの日が取れないほどたくさん仕事をもらえるようになっているのは否定しがたい事実である。

 今年三十二歳の俺は、デビューしてから十五年近くが経つ。こうなりたいと必死に努力してきて、ようやく叶ったわけであり、もちろん喜ばしい。ただ、反面、もうずっと会っていなくて再会したくはなかった野郎や、まったく面識がないのに親友のように馴れ馴れしく話しかけてくる頭のおかしい奴など、あっちゃこっちゃから面倒な人間がわんさと寄ってきてしまう。

「ども。失礼しまーす」

「何だ。またお前かよ」

 今やってきた、同じ芸能事務所に所属している、後輩芸人の守笠育郎もその一人だ。

 しかし、普通は、俺と親しいということで周囲に自慢したいためにもっとお近づきになろうとするとか、金を借りるのやメシをごちそうになる目的で迫ってくるものだが、こいつときたら——。

「お願いしますよー、長尾さん。僕のネタも作ってくださいって」

 こんなことを言ってきやがるのだ。

「無理、無理。自分で考えろっつーの」

 俺の相方の小泉もネタ作りを一切していないが、この守笠はピンで活動しているから自ら創作できないのは致命的だ。同じタイプの男とコンビをやっていながら言うことではないのかもしれないけれども、どうしてお笑い芸人になろうってのに己でネタを考える意欲がないのか。自分の面白い感性を、最も的確に、かつ、思う存分、披露できるのはネタなのに。まったくもって不思議な人種である。

「ピン芸人用のネタは作ったことがないし、ウケないかもしれないのに責任を持てないだろ」

「大丈夫ですよ、長尾さんは笑いの天才じゃないですか。それに、万が一スベっても、文句を言ったりしないので安心してください。頑張って、また新しいネタを用意してくれればいいんですから」

 ひゃー、図々しい。偉そうに、ウケるまでネタを作り続けろって? 何様だよ。こっちは寝る時間もろくにないくらい忙しいし、お前は俺に借りがあるわけでもない、ただの後輩だろうが。

 俺は呆れて、そうツッコむこともできなかった。

 そんな他人任せな姿勢で、よくプロになれたなと思う人もいるだろう。俺もそうだ。こいつがうちの芸能事務所に入った頃のことを俺は知らないが、伝え聞いた話では、俺のようにネタを全部考える男とコンビを組んでいたけれども、解散になったらしい。簡潔に言えば、その相方に愛想を尽かされて捨てられたみたいだ。こんな身勝手な性格だから、名前も顔も知らないが、元相方の奴の気持ちもわかるってもんだ。

「ネタが大変なら、ギャグでもいいですから。一発ギャグ。それをネタにしちゃえばいいですし、そのほうが覚えるの楽ですもん」

 楽って、おい。お笑いをナメんなよ。

「お前な、安易にそんなものに手を出すと、うまくいってもギャグもろともすぐに飽きられて、一発屋になって消えていく羽目になるぞ」

 そのようにせっかく俺がためになるアドバイスをしてやったというのに、こいつはへこたれない。

「いいですよ、それでも。とりあえず売れなきゃ話にならないじゃないですか。先のことはなったときに考えますから。ねー、お願いしますよー」

 守笠は、スーパーで母親にお菓子を買ってくれとねだる子どものように、俺の服をつかんで揺さぶった。

「もー」

 しつこい。

「うるせえな、わかったよ。自分たちのときみたいにじっくり作りはしないけど、隙間時間なんかに考えて、いいのを思いついたらな。それでいいか?」

「ありがとうございます! 約束ですよ。忘れないでください。楽しみに待ってますからね!」

 そう口にすると、漫画のキャラクターでも今どきしないような、浮かれたスキップで俺のもとから去っていった。

「やっほーい」

 最後にそんな言葉まで残していって。

 あいつ、売れている他の芸人連中にも同じように頼んでいるんじゃないか?

 そうした疑いや、うっとうしさがありつつも、何度もお願いにやってくるのは口先だけじゃなく本気で俺の笑いの能力を高く評価してくれている証拠と言え、まんざらでもないと思っている自分がいるのだった。


 その後、どれくらいの日数が経過したかは忘れてしまったけれども、俺は連絡を入れて守笠を呼び寄せた。

「確認するが、本当に一発屋になっちまってもいいんだな?」

「ええ。絶対に後々苦情を言ったりしません。すべて僕の責任ですから、長尾さんはどういう結果になるだとかはまったく気にしなくていいですよ」

 守笠はわざわざ正座になって、真剣な顔つきで答えたのだった。

「よし、わかった。じゃあ、言う通りにやってみろ」

「はい」

 こうして、俺はひらめいたネタを授けてやった。


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