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「枝葉の部分は残っているけど、世の中のだいたいは科学によって解き明かされて、やれることはこれまでの世代の人たちがやり尽くして、もうそんなに必死に頑張るものはない感じじゃん。何かを一生懸命すると、例えば過労死になるとか、環境に負荷がかかって気候変動につながってしまうとか、だからスローライフが良いって価値観にもなってきてる。でも、平穏なんて退屈。それで人間は、誰かをこれでもかというくらいいじめたり、戦争をしたりするんだよ。やめろって止めたって、今言ったように熱中できることなんかないんだから無駄。退屈な毎日でも平気なんて、平瀬知子みたいな一部の変わり者くらいでしょ——そう思ってたんだ」
「……ふうん」
このコは賢いからかな? そんな考え方、私はしたことがない。
「角田さんは、そんな私に対して、こう言葉を返したんだ。例えば、戦争とは無縁で百歳まで生きた方は、亡くなる直前に『退屈で退屈でしょうがない人生でした』と口にするでしょうか? 戦争以外の、病気や貧困など苦労が多くて暇ではなかったというケースもあるでしょうけれども、楽しい時間が大半だった方でもやはり『自分の人生は退屈だった』とはならないと思いませんか?」
靖恵は、そのときの会話を思いだしているようで、視線を若干上に向けた。
「確かにそうかと納得した私に、彼は続けた。『生きていれば何かしらあるもので、たとえ平和で穏やかな毎日しかなかったとしても、中身のスカスカな人生にはならないと思います。その方に打ち込んでいる物事があったならば、なおさらでしょう。そして、そういう方には、いじめや戦争などの暴力行為は、やることを阻害するわずらわしいものでしかないに違いありません。学校の部活動で、上級生が下級生にしごきという名のいじめを行ったりしますけれども、部の活動に本気で取り組んでいるのであれば、そんな時間やエネルギーは無駄なはずです。欲求を五段階のピラミッドで表したマズローは、その最上位に自己実現という言葉を用いましたが、そういった人間的な心を満たしてくれる打ち込むものがない人が、他者を攻撃して快楽を得るという動物的な行いで欲求を満たそうとするのだと思います。人間的な満足感をもたらす代表的なものとして、夢というのが挙げられますけれども、夢だと叶わない人もいます。また、叶いにくいからこそ夢は価値があるとも言える。では、万人が心を満たすには——私は達成感が良いのではないかと考えています』ってね」
「達成感?」
私はその単語を口にした。
「うん」
靖恵はうなずいて、解説した。
「それは、他人からどう見えるかとか、一般的な基準は関係ない。本人が満足いくかどうか。スポーツでは、オリンピックで金メダルを獲るよりも、自己ベストを更新するほうが嬉しいと、本心で思う選手がいるらしいけれど、そんな感じ。それが私にとってはこの取り組みだったのよ。やるのはそれぞれ個人でだけど、解決策の話を持ちかける相手への信用が高まるから、角田さんが紹介してくれた私と同じ感性の人たちと組織をつくって活動してるんだけどね、面白い対策を発見したり、教えてもまともに耳を傾けてくれないときが多いなかで時折すごく感謝してくれて、それが成功に至ったりするのが、簡単に言うと快感なわけ。自分が気持ちよくなりたいんだから、とても善意だなんて言えない。あんたの知っている通り、私は善人じゃないからさ」
「いや、それは……」
「いいよ、フォローなんてしなくても。その通りなんだから。とにかく、世の中のすべての人に達成感、やりがいって言ってもいいかな、を得られるものがあれば、戦争や暴力行為なんかに時間や労力を使っていられなくて平和になるはずだから、学校や介護施設といったたくさんの場所でそれを見つけられるようにサポートするのがいいと思うって、角田さんは言ってて、私も今すごくその意見に共感してるんだ」
「……へー」
それからしばらくして、私はあの靖恵の話のなかで彼女の口から発せられた最も印象深いものと同じ言葉を聞くことになった。
「よかったね、知子」
「うん」
知子はほおを緩めた。
先日、相原穂南が活動を再開させたのである。
知子に勧めたくらいだから、私も彼女の楽曲をよく聴くし、ファンと言っていいくらいに好きなのだが、後で知ったのだけれどもラジオ番組に出演した際に、MCの人とこんなやりとりがあったそうなのだ。
「私、今、プラモデルを作るのにハマってるんです」
「えー? プラモデルですか? 本当に?」
「はい」
「そりゃまた、意外ですねー」
「完成すると、すごく達成感を得られるんです」
「へー。あ、そういえば、プラモデルを作ることがストレス解消になるというような話を聞いた覚えがありますね」
「ええ。私、ちょっと肩ひじ張って、いろいろなことを難しく考えすぎて、スランプに陥ってしまいまして。曲作りが私の達成感の源だったんですが、できない状態になったので、代わりのものを探したところ、プラモデルに行き着いたんです。それで精神が安定していって、音楽のほうも少しずつ感覚を取り戻せたんですよ」




